「こ、告白?保那くんに?」
「うん…」
大道さんは確かに昨日私にそう言った。最初の言葉は告白と理解できるのには程遠くて私はその日、2度目の焦りを引き出した。その後は大道さんからは何も言葉は貰えず私からその発言の意味を問いかけると少し笑った声で「俺と付き合ってください」と言われた。その瞬間、忘れていた恋の感情が私の奥底から這い上がってくるのを感じてつい黙ってしまい、大道さんは「返事は今度でいい。でも早めにお願いします」とだけ返ってきて通話は切れてしまった。通話が終わった途端に私はベッドの端をガリガリと引っ掻き始める。恥ずかしいさと心のむず痒さを紛らわすように傷ができたベッドにまた傷をつけた。誰かと付き合う行為はここ2年行っていない。それ以前に私は恋を避けるように過ごしていた。高校生の時にした心の隙間を埋めるための恋しか経験したことのない私は恋自体が辛く感じるようになってしまったから。どうせ大学でも胸がときめくことは無いだろうし、私に言い寄ってくる人なんているはずがないとほとんどを諦める、というか興味を無くしていた。それにも関わらず昨日の告白で心臓がうるさく騒いでる。呆れると同時に戸惑いを感じる私はどうしたらいいのかわからずに現在、七海を大学の食堂に誘って聞いて貰っていた。
「どうするの?美湖ちゃん」
「どうすればいいと思う?」
「私には美湖ちゃんの気持ちわからないからなぁ〜」
七海は笑ってミニうどんを啜っていた。啜る姿も絵になるのは美人の特権だ。羨ましいと思いながら同じように私もうどんを啜るけど、絵にはならなかった。
「今日はカレーじゃないんだね」
「うん。最近はうどんばかりかな。恋人がうどんにハマってるから」
「そう…」
幸せそうに話す七海に一瞬は順調なんだなと想ってしまうけど、一瞬を過ぎれば不安に変わる。何事もこの子は大袈裟だ。それは恋人の松本さんに関わることになると大袈裟が倍になる。例えば、松本さんが指を怪我しただけで取り乱してしまうだろう。もし、松本さんが死にそうになったら松本さんを殺して自分も死ぬだろう。それくらい七海は松本さんを大事にしていて、依存しているんだ。
「あの、恋人さんとはどんな感じなの?」
「櫻ちゃんとはいつも通りだよ。あ、でも最近色々と大変らしくて疲れているからお泊まりに行く回数が増えたかな。1年生は大変だよね。私もわかるよ」
七海は心配そうな顔をしながら今度はつゆに浸かった天かすをレンゲで掬って食べた。私もそれに釣られてつゆと一緒に天かすを口に運ぶ。しなしなの食感がとてもいい感じになっていた。
松本さんが疲れているのは七海のせいではないのかと口から出そうになるも、グッとそれを飲み込む。ここで私が余計なことを言って機嫌が悪くなったら、松本さんに迷惑をかけてしまう。友達とまでは行かないけど知り合いが辛い思いをするのは見ていられない。でも現に松本さんは辛いと思う。それなのに七海への機嫌取りしかできない私は無力そのものだろう。とは言え、私が何かしたところで何も変わらないし最悪、悪い方向に前進だろう。
「それで、美湖ちゃんはどうするの?」
「えっ」
「保那くんのこと!付き合うの?振るの?」
どっちなのと言わなくてもわかるウキウキした表情は私を困らせる。大道さん繋がりで七海に相談したのは間違いだったかもしれない。結局その日、私は何の収穫もないままうどんをつゆまで飲み干してしまい七海の質問攻めを適当にあしらうことしか出来なかった。
夜の7時過ぎ頃、傷だらけの汚い部屋で私は木製のタンスに背中を預けて床に座りながらスマホと向き合っていた。右手だけでスマホを操作して左手はタンスの側面をガリガリと引っ掻く。昨日今日で出来た傷は果てしない数だった。そろそろ崩壊するのではないのかという見た目の家具も増えてきた。
しかしそんな空間に2年も住んでいれば私からしたら普通の風景にしか見られない。私は歯形がついた家具や破けているカーペットに目を向けずにそばに置いてあったペットボトルの水を飲み干した。いつもより水分が欲しくなってしまうのはきっと昼間のうどんのつゆを飲み干したせいだろう。柔らかい素材のペットボトルは私にとってありがたい。怪我することなく潰せる。私は今日2本目の500mlのペットボトルは私の手でぐしゃりと破壊した。
破壊の音と同時にスマホから通知が鳴る。画面には『松本櫻』が表示されていてホッとしてしまった。もし大道さんだったらどうしたらいいかわからずにスルーしてしまいそうだった。私は胸を撫で下ろした後、松本さんとのトーク画面を開いた。
【影月さん今日もありがとうございます。実は相談があるのですがよろしいでしょうか?面と向かって話したいので良ければ大丈夫な日を教えてください】
【わかりました。私は週末ならどこでも大丈夫です。後は松本さんの予定に合わせます】
未だお互いに敬語で連絡を取り合うのは何度目か。週に1、2回は七海関連で連絡し合っている。今日の機嫌や話していたこと。それ以外は何も話していない。プライベートに突っ込まない主義なのは私も松本さんも同じらしくて今までは報告しかしてなかった。もし七海に見つかってトーク欄を見られたとしても誤解される内容なんて1つも無い。見たいのならどんどん見てくださいと言えるくらいだ。
だから少し驚いている。面と向かって相談とはよほどのことに違いない。もしかしたら七海と別れるか
、別れたと言い出すのかもしれない。それに松本さんは私の1個下。つまり後輩だ。ここは先輩らしく話を聞いてあげるべきだと松本さんのメッセージに即私からも返信をした。数10秒経てばポンと音がして画面を見ると松本さんから敬語の文章が送られてきた。
【ありがとうございます。では土曜日の11時くらいに私の大学の近くにあるファミレスでどうでしょうか?】
【了解です。隣に本屋さんがあるファミレスですよね?】
【そうです。よろしくお願いします】
スタンプも送らないトーク画面はまるで業務連絡用のようだった。私は松本さんの返信に既読をつけてアプリを閉じると左手に違和感があり目の前に持ってくる。長い時間無意識で、タンスの側面をガリガリと引っ掻いていたから中指と薬指の爪がボロボロになってしまっていた。しかしこれも日常茶飯事。壊せば怪我することもある。もし先程潰したペットボトルのように柔らかい素材だったらこんな風に怪我することなく指も綺麗になっていたと思う。でも全部が全部あの素材だったら私の心は満たされないだろう。硬いからこそ壊す快感がある。壊れにくい物が崩れる瞬間はいつ何時も気持ちがいい。私はこの癖という名の呪いは解けるのか。もし解けたらどんな人生が待っている?物ではなく人を壊すかもしれない。そう考えたら今のままでいいと甘えてしまう自分の弱さに呆れつつも私はスマホを床に置いて今度は右手でタンスの側面をガリガリと引っ掻き始めた。
「うん…」
大道さんは確かに昨日私にそう言った。最初の言葉は告白と理解できるのには程遠くて私はその日、2度目の焦りを引き出した。その後は大道さんからは何も言葉は貰えず私からその発言の意味を問いかけると少し笑った声で「俺と付き合ってください」と言われた。その瞬間、忘れていた恋の感情が私の奥底から這い上がってくるのを感じてつい黙ってしまい、大道さんは「返事は今度でいい。でも早めにお願いします」とだけ返ってきて通話は切れてしまった。通話が終わった途端に私はベッドの端をガリガリと引っ掻き始める。恥ずかしいさと心のむず痒さを紛らわすように傷ができたベッドにまた傷をつけた。誰かと付き合う行為はここ2年行っていない。それ以前に私は恋を避けるように過ごしていた。高校生の時にした心の隙間を埋めるための恋しか経験したことのない私は恋自体が辛く感じるようになってしまったから。どうせ大学でも胸がときめくことは無いだろうし、私に言い寄ってくる人なんているはずがないとほとんどを諦める、というか興味を無くしていた。それにも関わらず昨日の告白で心臓がうるさく騒いでる。呆れると同時に戸惑いを感じる私はどうしたらいいのかわからずに現在、七海を大学の食堂に誘って聞いて貰っていた。
「どうするの?美湖ちゃん」
「どうすればいいと思う?」
「私には美湖ちゃんの気持ちわからないからなぁ〜」
七海は笑ってミニうどんを啜っていた。啜る姿も絵になるのは美人の特権だ。羨ましいと思いながら同じように私もうどんを啜るけど、絵にはならなかった。
「今日はカレーじゃないんだね」
「うん。最近はうどんばかりかな。恋人がうどんにハマってるから」
「そう…」
幸せそうに話す七海に一瞬は順調なんだなと想ってしまうけど、一瞬を過ぎれば不安に変わる。何事もこの子は大袈裟だ。それは恋人の松本さんに関わることになると大袈裟が倍になる。例えば、松本さんが指を怪我しただけで取り乱してしまうだろう。もし、松本さんが死にそうになったら松本さんを殺して自分も死ぬだろう。それくらい七海は松本さんを大事にしていて、依存しているんだ。
「あの、恋人さんとはどんな感じなの?」
「櫻ちゃんとはいつも通りだよ。あ、でも最近色々と大変らしくて疲れているからお泊まりに行く回数が増えたかな。1年生は大変だよね。私もわかるよ」
七海は心配そうな顔をしながら今度はつゆに浸かった天かすをレンゲで掬って食べた。私もそれに釣られてつゆと一緒に天かすを口に運ぶ。しなしなの食感がとてもいい感じになっていた。
松本さんが疲れているのは七海のせいではないのかと口から出そうになるも、グッとそれを飲み込む。ここで私が余計なことを言って機嫌が悪くなったら、松本さんに迷惑をかけてしまう。友達とまでは行かないけど知り合いが辛い思いをするのは見ていられない。でも現に松本さんは辛いと思う。それなのに七海への機嫌取りしかできない私は無力そのものだろう。とは言え、私が何かしたところで何も変わらないし最悪、悪い方向に前進だろう。
「それで、美湖ちゃんはどうするの?」
「えっ」
「保那くんのこと!付き合うの?振るの?」
どっちなのと言わなくてもわかるウキウキした表情は私を困らせる。大道さん繋がりで七海に相談したのは間違いだったかもしれない。結局その日、私は何の収穫もないままうどんをつゆまで飲み干してしまい七海の質問攻めを適当にあしらうことしか出来なかった。
夜の7時過ぎ頃、傷だらけの汚い部屋で私は木製のタンスに背中を預けて床に座りながらスマホと向き合っていた。右手だけでスマホを操作して左手はタンスの側面をガリガリと引っ掻く。昨日今日で出来た傷は果てしない数だった。そろそろ崩壊するのではないのかという見た目の家具も増えてきた。
しかしそんな空間に2年も住んでいれば私からしたら普通の風景にしか見られない。私は歯形がついた家具や破けているカーペットに目を向けずにそばに置いてあったペットボトルの水を飲み干した。いつもより水分が欲しくなってしまうのはきっと昼間のうどんのつゆを飲み干したせいだろう。柔らかい素材のペットボトルは私にとってありがたい。怪我することなく潰せる。私は今日2本目の500mlのペットボトルは私の手でぐしゃりと破壊した。
破壊の音と同時にスマホから通知が鳴る。画面には『松本櫻』が表示されていてホッとしてしまった。もし大道さんだったらどうしたらいいかわからずにスルーしてしまいそうだった。私は胸を撫で下ろした後、松本さんとのトーク画面を開いた。
【影月さん今日もありがとうございます。実は相談があるのですがよろしいでしょうか?面と向かって話したいので良ければ大丈夫な日を教えてください】
【わかりました。私は週末ならどこでも大丈夫です。後は松本さんの予定に合わせます】
未だお互いに敬語で連絡を取り合うのは何度目か。週に1、2回は七海関連で連絡し合っている。今日の機嫌や話していたこと。それ以外は何も話していない。プライベートに突っ込まない主義なのは私も松本さんも同じらしくて今までは報告しかしてなかった。もし七海に見つかってトーク欄を見られたとしても誤解される内容なんて1つも無い。見たいのならどんどん見てくださいと言えるくらいだ。
だから少し驚いている。面と向かって相談とはよほどのことに違いない。もしかしたら七海と別れるか
、別れたと言い出すのかもしれない。それに松本さんは私の1個下。つまり後輩だ。ここは先輩らしく話を聞いてあげるべきだと松本さんのメッセージに即私からも返信をした。数10秒経てばポンと音がして画面を見ると松本さんから敬語の文章が送られてきた。
【ありがとうございます。では土曜日の11時くらいに私の大学の近くにあるファミレスでどうでしょうか?】
【了解です。隣に本屋さんがあるファミレスですよね?】
【そうです。よろしくお願いします】
スタンプも送らないトーク画面はまるで業務連絡用のようだった。私は松本さんの返信に既読をつけてアプリを閉じると左手に違和感があり目の前に持ってくる。長い時間無意識で、タンスの側面をガリガリと引っ掻いていたから中指と薬指の爪がボロボロになってしまっていた。しかしこれも日常茶飯事。壊せば怪我することもある。もし先程潰したペットボトルのように柔らかい素材だったらこんな風に怪我することなく指も綺麗になっていたと思う。でも全部が全部あの素材だったら私の心は満たされないだろう。硬いからこそ壊す快感がある。壊れにくい物が崩れる瞬間はいつ何時も気持ちがいい。私はこの癖という名の呪いは解けるのか。もし解けたらどんな人生が待っている?物ではなく人を壊すかもしれない。そう考えたら今のままでいいと甘えてしまう自分の弱さに呆れつつも私はスマホを床に置いて今度は右手でタンスの側面をガリガリと引っ掻き始めた。