1コール、2コール、3コールとスピーカーにしたスマホから音が鳴り出す。俺はメッセージアプリの1番上にあった名前『影月美湖』のスマホに電話していた。影月さんは出ないかなと思って5コール目で通話を切る。別に話し相手は誰だっていいから他の人にかけようとした瞬間、俺のスマホの画面に『影月美湖』の文字が表示された。折り返し電話が来るとは思っておらず急いでボタンを押すと影月さんの驚いたような、急いでるような声が聞こえた。

「大道さん、どうしましたか!?」
「えっどうもしませんよ」
「じゃあなんで急に電話なんか…」
「あーと話したいなと思って」

俺に何かあったのではないかと優しい勘違いをしてくれたのだろう。スピーカーから聞こえた最初の焦った声は次第に聞こえなくなっていた。

「すいません。急に電話なんかして」
「だ、大丈夫です」
「でも普段クールな影月さんの焦った声が聞けて嬉しかったです」
「からかわないでください…」

初っ端から大きな声を出してしまったせいか、ドンドン小さくなる影月さんの声に笑ってしまう。それにしてもこのうつぶせの姿勢は意外に辛い。
しかし、今起き上がることや電話を耳に持ってくるだけでも体力を使ってしまうのでうつぶせでベッドにいるほうが体にストレスを感じさせない唯一の方法だ。時々姿勢を直しながら俺はスマホから出てくる声に耳を傾けた。

「話すって何を話せばいいんですかね…?」
「あ、今話せるんですか?時間とか大丈夫?」
「それなら大丈夫です。後は寝るだけですし」
「そっか。なら良かった。…緊張してます?」
「まぁ、はい」

今日、この通話には七海ちゃんはいない。対面してなくても俺と影月さんの2人きりだ。声からわかる影月さんの緊張にこっちまで何故か緊張する。女の子と夜に通話するなんてもしかしたら初めてかもしれない。そんな妙なドキドキ感を味わいながら俺は影月さんに話題を色々と提供する。いつものスイーツの話題から、コーヒーの種類の話。そこから大きく話題を広げるように話していく。お互いに緊張も解けてきて笑いを混ぜ合わせながらの会話が増えてきた。気づけばうつぶせの姿勢の苦しさは無くなっていて、ただただ俺は影月さんの心地よい声と会話に落ち着きを取り戻していった。

「ねぇ、影月さん」
「何でしょうか?」
「例えば最初で最後の恋愛をする時はどんな人がいい?」
「難しい質問ですね…。大道さんはどんな人がいいんですか?」
「…わからないなぁ」
「だから私に聞いたんですよね。どんな人……か」

スマホ越しに悩んでいる影月さんが想像できる。こんな状況だからか俺らしくない質問を問いかけてしまった。最初で最後の恋愛。俺はそれをできるのだろうか。最初の恋もない。最後の愛も味わえない人生は納得がいかない。少なくとも俺は恋愛を経験したい。家族以外に愛されるとは、他人に恋するのはどのような感じなのだろう。まだ悩んでいる影月さんは「んー」と声を出しながら真剣に考えてくれていた。

「難しいなら別にいいですよ」
「いや、思いついたけど言葉が文章にしにくくて」
「何だろう、優しい人とかですか?」
「違いますね…。捉え方によっては優しくなるかもしれませんが」
「真面目な人?それともチャラい人?」
「……壊してくれる人、ですかね」
「壊す?」
「最初で最後だったら自分の考え方や価値観、普通と言ったものを壊してくれる人がいいです。いっそ、この身を壊してくれても……なんて馬鹿みたいですよね。思いついたのがこれだったので」

心も体も壊してくれる人。そんな人はいないかもしれない。でも、俺はその言葉に重さを感じて言葉では言い表せない感情を起こしていた。

「大道さん?」
「俺も。俺もそんな人がいい」
「壊す人ですか?」
「そうすれば、苦しい思いも一瞬で0にしてくれる。悲しい感情も痛い感情も苛立ちも全部。だったら全てを壊してほしい」
「私と同じですね」
「影月さん」
「何ですか?」


「俺を壊してくれない?全てをさ」


スピーカーからは驚いたような声が聞こえてくる。それでも俺は静かに返事を待っていた。
俺の最初で最後の恋愛は影月さんに託すことに決めた。