最近、辛いと楽しいが混ざり合ってよくわからない感情になる。これは通常運転の感情なのか。それもよくわからない。
私、松本櫻は大学1年生で文武両道で頑張っている。でもこの頃調子がおかしい。いつもなら勉強は理解してノートに沢山の文字を書いていくのに、ここ何週間かは理解するのにも時間がかかるしノートにペンを走らせること自体億劫だった。おかげで課題をするのに沢山の時間を取ってしまうと同時に睡眠があまり取れなくて、バレー部の活動も調子が全く出ない。以前に比べて点が入る確率がガクッと下がってしまった。チームの同級生や先輩方は凄く心配してくれているけど、こうなってしまったのは自分のせいなので頼れずにいた。
「…ちゃん、櫻ちゃん」
「あっ、うん何?先輩」
「大丈夫?ボーッとしていたから」
「平気だよ。何かあった?」
「ねぇ、今日いい?」
「…うん。勿論」
原因はわかってる。そして私自身が悪いってわかってる。心配かけてごめんね、不安にさせてごめんねと伝わるように私は目の前にいる七海先輩を抱き寄せた。嬉しそうにする先輩は私の耳にキスをする。その姿に胸を撫で下ろす。
最近、先輩が私の家に来ることが多くなった。前は2週間に1回でお互いのことを気遣ってそう決めていた。会えない時は連絡を取り合って、その日によってメッセージだったり電話だったりと何かしら接点を持つようにしていた。けれど、現在は1週間に1回。いや2、3回のペースになっている。週1の時は先輩が私に連絡を入れて確認してから来ていた。しかし合鍵を渡した途端、連絡も入れなくなって、私が家に帰って来た時に先輩の靴を見て初めて来ていたんだとわかる。別に嫌ではない。先輩は私のために来てくれているから。私が疎かにしがちな食事を作ってくれて、レポートやスポーツ雑誌にまみれた部屋を掃除してくれる。それも、軽口は叩くけど表情は嬉しそうに。だから私は全く嫌ではない。
「櫻ちゃん…」
「先輩、好きだよ」
先輩が私の家に来れば必ずお泊まりをする。それは前から変わってはいなかったけど、最近新しく『必ず』のことが出来た。それは身体を重ねること。先輩が作った美味しい晩御飯を食べ、お互いお風呂に入って、ダラダラと過ごす時間に先輩が私を誘う。それを断ることなく2人で甘い時間を迎える。この『必ず』は私が先輩を不安にさせているから『時々』から変わったのだ。これも私の責任にある。だから私は今日も先輩を私で包み込む。ごめんねの意味を込めながら、優しく。
行為が終われば先輩は私に抱きついて寝る。前までは恥ずかしいからと背中を向けて寝ることが多かった。でも今現在も私の腕に閉じ込められて寝ている。規則正しい寝息に安心しながらもまた申し訳ない気持ちが出てくる。私は、先輩に謝ってばかりだ。
目を閉じようとすると暗い部屋に薄っすらと明かりが見えた。ベッドの隣にある小さなテーブルでスマホが光っているのに気づいて、目を細くしてスマホを取る。少し動いたからか先輩が小さな声を出したけどすぐにまた眠りの世界に入っていった。先輩の頭をひと撫でしてスマホの画面を開くと、
【影月美湖さんからメッセージが届いています】
の文字が写っていた。そのままメッセージアプリを開いてトーク欄を押す。
【今日も学校では何もありませんでしたよ】
影月さんからのメッセージに何度目かの胸を撫で下ろした。
【そっか。ありがとうございます】
【いえ、大丈夫です。遅い時間にごめんなさい】
【気にしないで。教えてくれるだけありがたいから】
影月さんからOKのスタンプが送られるのを見て私はアプリを閉じ、スマホを消した。
以前、先輩が私の大学に来た時に一緒にいた影月さんと連絡先を交換した。先輩の学校のことを聞きたいのもあるけど、実際は先輩自身の異変を調べるためだった。先輩と同じ学校で、友達の影月さんなら先輩から何かしら私のことを聞いているのかもしれない。もしかしたらあの時みたいに誰かに対して叫んで怒鳴っているかもしれない。それを個人的に聞くべく影月さんと連絡先を交換したのだ。しかし全く成果は出なかった。影月さんいわく、学校では至って普通に過ごしているらしい。怒鳴ることも叫ぶこともない。私の話をすることは多いけど、そこまで感情的にはならないと。しかし、それが分かった今でも連絡は取り合っている。初めて先輩が怒鳴り、感情的になった姿を見て影月も異変を感じたようで、私達を心配してくれていた。先輩と大学の時間が一緒だった時は毎回報告してくれる。私にとって本当にありがたかった。
スマホをテーブルに置いて先輩を抱きしめながら目を閉じる。眠りの世界に入るまでに頭の中に浮かんでくるのは全て先輩のこと。私は目の前にいる先輩の寝息と自分の呼吸を合わせながら少し抱きしめる力を強めて意識を無くした。
先輩と初めて会ったのは中学1年生の時だった。入学したての私は、部活に入るのはバレー部一択で他の部活に目を向けることなく入部届を出した。当時のバレー部はそこまで強くはなくて、部員も少なくはないけど、多くもない。同じ学年の子達も何人かは入っていたけど私以外は初心者だった。練習の時も取れるようなボールは取れないし、それ以前にレシーブの体勢やサーブの打ち方が全く違う本当の初心者。経験者である私は毎日放課後の部活はイライラしていた。もう、中学校の部活には行かないで何処かのクラブチームにでも入ろうかなんていう選択も考えていたくらいに。そんな時、1人の先輩が部活の休憩中話しかけて来た。
「松本さん!バレー上手でしょ?私と組んでもらってもいいかな?」
笑顔で私の方に駆け寄る姿は本当に可愛かった。今まで同級生のことしか見てなかったから先輩とはあまり繋がりがない私は最初、誰だかわからなかった。先輩からのお誘いは受けた方がいいと私は思って「わかりました」と、愛想のない返事で応える。
2人で組んでボールを打ち合う音が体育館に響き渡る。この先輩は正直言うとそこまで上手くはない。たまにブレるし、ボールが一定方向に来ない。けれどもなぜか私は楽しかった。
「松本さんって本当に上手だね〜。やっぱり経験者?」
「一応、小学生の時にやってました」
「そっか!打つのが上手いのは勿論だけど、教えるのも上手だね!」
「えっ、教えるのは苦手ですけど…」
「上手だよ!だって言葉でなくて行動で教えてくれるんだもん!途中途中、見ていたけどフォームが綺麗だからそれを真似すれば方向も強弱もちゃんとできるし。だからさ、1年生の子達にも色々教えてあげよ!コツとかさ!あ、私にも教えて欲しいけど!」
この時の言葉でなぜ先輩が私と組みたかったのか理解できた。きっと同級生達と上手くいってないと、イライラしていると見抜かれていたんだ。その先輩のお節介に私は呆れたしもう少し違う方法でも良かったのではないのかと思ってしまった。でもそれと同時に嬉しかった。この人は私のことをちゃんと見てくれたって。そう自覚した時には私の中でイライラが消えていった。
「ねぇ、どうかな?」
「…はい。わかりました」
「OK!なら今から1年の子達集めよう!」
「え、今から!?」
「大丈夫!私が一緒にいるから!」
同級生の子達の方向へ向かっていく先輩は私よりも身長は小さいはずなのに大きく見えた。私は先輩を呼び止めて細い足を止める。
「先輩、名前教えてください」
「……知らなかったの…」
たぶんこれから私はこの先輩に話しかけるし、先輩も私に話しかけてくれるだろう。そう確信した私は先輩に名前を聞いた。それを聞くと先輩は何故か絶望したような顔になって面白くて笑ってしまう。先輩は少し怒ったような声で「もー!」と言って私の方に体を向けた。
「小日向七海!2年!」
「小日向先輩…。松本櫻、1年です」
…少し首が痒くて目を開く。ここは体育館ではなく私の家のベッド。目の前には服を着ていない先輩がいた。私の方に体を向けて顔を胸に埋めている。首の痒みは先輩の髪の毛が触れていたからだった。そこまで出ていない胸におでこをつけて幸せそうに寝ている先輩。今の時刻は6時30分だった。
私、松本櫻は大学1年生で文武両道で頑張っている。でもこの頃調子がおかしい。いつもなら勉強は理解してノートに沢山の文字を書いていくのに、ここ何週間かは理解するのにも時間がかかるしノートにペンを走らせること自体億劫だった。おかげで課題をするのに沢山の時間を取ってしまうと同時に睡眠があまり取れなくて、バレー部の活動も調子が全く出ない。以前に比べて点が入る確率がガクッと下がってしまった。チームの同級生や先輩方は凄く心配してくれているけど、こうなってしまったのは自分のせいなので頼れずにいた。
「…ちゃん、櫻ちゃん」
「あっ、うん何?先輩」
「大丈夫?ボーッとしていたから」
「平気だよ。何かあった?」
「ねぇ、今日いい?」
「…うん。勿論」
原因はわかってる。そして私自身が悪いってわかってる。心配かけてごめんね、不安にさせてごめんねと伝わるように私は目の前にいる七海先輩を抱き寄せた。嬉しそうにする先輩は私の耳にキスをする。その姿に胸を撫で下ろす。
最近、先輩が私の家に来ることが多くなった。前は2週間に1回でお互いのことを気遣ってそう決めていた。会えない時は連絡を取り合って、その日によってメッセージだったり電話だったりと何かしら接点を持つようにしていた。けれど、現在は1週間に1回。いや2、3回のペースになっている。週1の時は先輩が私に連絡を入れて確認してから来ていた。しかし合鍵を渡した途端、連絡も入れなくなって、私が家に帰って来た時に先輩の靴を見て初めて来ていたんだとわかる。別に嫌ではない。先輩は私のために来てくれているから。私が疎かにしがちな食事を作ってくれて、レポートやスポーツ雑誌にまみれた部屋を掃除してくれる。それも、軽口は叩くけど表情は嬉しそうに。だから私は全く嫌ではない。
「櫻ちゃん…」
「先輩、好きだよ」
先輩が私の家に来れば必ずお泊まりをする。それは前から変わってはいなかったけど、最近新しく『必ず』のことが出来た。それは身体を重ねること。先輩が作った美味しい晩御飯を食べ、お互いお風呂に入って、ダラダラと過ごす時間に先輩が私を誘う。それを断ることなく2人で甘い時間を迎える。この『必ず』は私が先輩を不安にさせているから『時々』から変わったのだ。これも私の責任にある。だから私は今日も先輩を私で包み込む。ごめんねの意味を込めながら、優しく。
行為が終われば先輩は私に抱きついて寝る。前までは恥ずかしいからと背中を向けて寝ることが多かった。でも今現在も私の腕に閉じ込められて寝ている。規則正しい寝息に安心しながらもまた申し訳ない気持ちが出てくる。私は、先輩に謝ってばかりだ。
目を閉じようとすると暗い部屋に薄っすらと明かりが見えた。ベッドの隣にある小さなテーブルでスマホが光っているのに気づいて、目を細くしてスマホを取る。少し動いたからか先輩が小さな声を出したけどすぐにまた眠りの世界に入っていった。先輩の頭をひと撫でしてスマホの画面を開くと、
【影月美湖さんからメッセージが届いています】
の文字が写っていた。そのままメッセージアプリを開いてトーク欄を押す。
【今日も学校では何もありませんでしたよ】
影月さんからのメッセージに何度目かの胸を撫で下ろした。
【そっか。ありがとうございます】
【いえ、大丈夫です。遅い時間にごめんなさい】
【気にしないで。教えてくれるだけありがたいから】
影月さんからOKのスタンプが送られるのを見て私はアプリを閉じ、スマホを消した。
以前、先輩が私の大学に来た時に一緒にいた影月さんと連絡先を交換した。先輩の学校のことを聞きたいのもあるけど、実際は先輩自身の異変を調べるためだった。先輩と同じ学校で、友達の影月さんなら先輩から何かしら私のことを聞いているのかもしれない。もしかしたらあの時みたいに誰かに対して叫んで怒鳴っているかもしれない。それを個人的に聞くべく影月さんと連絡先を交換したのだ。しかし全く成果は出なかった。影月さんいわく、学校では至って普通に過ごしているらしい。怒鳴ることも叫ぶこともない。私の話をすることは多いけど、そこまで感情的にはならないと。しかし、それが分かった今でも連絡は取り合っている。初めて先輩が怒鳴り、感情的になった姿を見て影月も異変を感じたようで、私達を心配してくれていた。先輩と大学の時間が一緒だった時は毎回報告してくれる。私にとって本当にありがたかった。
スマホをテーブルに置いて先輩を抱きしめながら目を閉じる。眠りの世界に入るまでに頭の中に浮かんでくるのは全て先輩のこと。私は目の前にいる先輩の寝息と自分の呼吸を合わせながら少し抱きしめる力を強めて意識を無くした。
先輩と初めて会ったのは中学1年生の時だった。入学したての私は、部活に入るのはバレー部一択で他の部活に目を向けることなく入部届を出した。当時のバレー部はそこまで強くはなくて、部員も少なくはないけど、多くもない。同じ学年の子達も何人かは入っていたけど私以外は初心者だった。練習の時も取れるようなボールは取れないし、それ以前にレシーブの体勢やサーブの打ち方が全く違う本当の初心者。経験者である私は毎日放課後の部活はイライラしていた。もう、中学校の部活には行かないで何処かのクラブチームにでも入ろうかなんていう選択も考えていたくらいに。そんな時、1人の先輩が部活の休憩中話しかけて来た。
「松本さん!バレー上手でしょ?私と組んでもらってもいいかな?」
笑顔で私の方に駆け寄る姿は本当に可愛かった。今まで同級生のことしか見てなかったから先輩とはあまり繋がりがない私は最初、誰だかわからなかった。先輩からのお誘いは受けた方がいいと私は思って「わかりました」と、愛想のない返事で応える。
2人で組んでボールを打ち合う音が体育館に響き渡る。この先輩は正直言うとそこまで上手くはない。たまにブレるし、ボールが一定方向に来ない。けれどもなぜか私は楽しかった。
「松本さんって本当に上手だね〜。やっぱり経験者?」
「一応、小学生の時にやってました」
「そっか!打つのが上手いのは勿論だけど、教えるのも上手だね!」
「えっ、教えるのは苦手ですけど…」
「上手だよ!だって言葉でなくて行動で教えてくれるんだもん!途中途中、見ていたけどフォームが綺麗だからそれを真似すれば方向も強弱もちゃんとできるし。だからさ、1年生の子達にも色々教えてあげよ!コツとかさ!あ、私にも教えて欲しいけど!」
この時の言葉でなぜ先輩が私と組みたかったのか理解できた。きっと同級生達と上手くいってないと、イライラしていると見抜かれていたんだ。その先輩のお節介に私は呆れたしもう少し違う方法でも良かったのではないのかと思ってしまった。でもそれと同時に嬉しかった。この人は私のことをちゃんと見てくれたって。そう自覚した時には私の中でイライラが消えていった。
「ねぇ、どうかな?」
「…はい。わかりました」
「OK!なら今から1年の子達集めよう!」
「え、今から!?」
「大丈夫!私が一緒にいるから!」
同級生の子達の方向へ向かっていく先輩は私よりも身長は小さいはずなのに大きく見えた。私は先輩を呼び止めて細い足を止める。
「先輩、名前教えてください」
「……知らなかったの…」
たぶんこれから私はこの先輩に話しかけるし、先輩も私に話しかけてくれるだろう。そう確信した私は先輩に名前を聞いた。それを聞くと先輩は何故か絶望したような顔になって面白くて笑ってしまう。先輩は少し怒ったような声で「もー!」と言って私の方に体を向けた。
「小日向七海!2年!」
「小日向先輩…。松本櫻、1年です」
…少し首が痒くて目を開く。ここは体育館ではなく私の家のベッド。目の前には服を着ていない先輩がいた。私の方に体を向けて顔を胸に埋めている。首の痒みは先輩の髪の毛が触れていたからだった。そこまで出ていない胸におでこをつけて幸せそうに寝ている先輩。今の時刻は6時30分だった。