全試合が終わった後、私は体育館の外のベンチで余韻に浸っていた。さっき近くの自販機で買った炭酸水を時々口にしながら今日の松本選手の姿を思い返していく。試合結果は五分五分といったところだったけど、松本選手の笑顔は沢山見れた。微笑んでしまう顔を誤魔化すようにまた炭酸水を口に含む。そういえば自販機にレモン味の飲み物があった。初恋はレモンの味なんて言うくらいだし、雰囲気的にそれが良かったかもしれない。炭酸水も美味しいのだが。試合が終わればみんなそれぞれ帰って行く。時刻は2時半くらいで遅いお昼を食べる人もいれば、この後買い物に行く人もいるかもしれない。私はそのどちらでもなくて、かと言って家に帰る気にもならなかった。
もう少しだけここでゆっくりしようかな、なんて思っていると選手達が少しずつ体育館を出始めていた。もしかしたら松本選手が見れるかもしれないと私は瞬時にそう思いながらまた炭酸水を口に運んだ。しかし見れば見るほど高身長の人達ばかりで誰が誰だかわからない。一応松本選手のチームメイトの人達は通っているうちに覚えてはいたけれど他の人達とぞろぞろと歩いていると混ざってしまって全くわからない。チームメイトと言ってもレギュラー入りしてる人達だけであって全員を覚えているわけではないのだ。でもみんな共通してるのは高身長と顔の良さだろうか。1番最初に試合を見たきっかけは、茉莉から
「女子イケメンが沢山いるから見に行ってみない?まぁ私の推しには叶わないけど」
の一言から始まり、私と月花を連れて松本選手の大学に行ったことだ。私は松本選手を見つけて恋を落ちたけど、茉莉は好みがいなく月花は3次元には興味を持てなくて2人は途中で飽きていた。しかし、面食いの茉莉も2次元オタクの月花も松本選手の大学のバレー部は顔面偏差値が高いと賞賛していた。
顔面偏差値が高い集団は、早くバスに乗り込もうとする人やそこら辺で相手チームの選手と話している人もいる。結局私は松本選手を見つけられなくて手に持っていた炭酸水のペットボトルは空になっていた。
私は期待の気持ちを失いながらペットボトルを近くのゴミ箱に捨てる。家に帰って今日の余韻に浸るかと、歩き出すと大きな声が聞こえてきた。思わずそちらに振り向くと逆光になってよく見えない。しかし2人の人間がいるのは見えた。他の人達は聞こえていないのか誰も興味を示さない。私は雰囲気からして喧嘩をしているのだとわかった。本来ならば人の喧嘩には口を出さない方がいいし、出そうとも思わない。なのに私の足は逆光へと向かっていた。
「やっぱり、……でしょ」
「違うよ……な訳がない」
「だって今日も…!」
「違うから。だからもう口出さないで」
建物の影に背中をくっつけて耳を傾ける。揉めているのは雰囲気と言葉で分かった。立ち去った方がいいのに動かず聴いている私は悪い子だろうか。すると私の横に風が通る。強風ではない。人間が走った時にできる風だけど、私は立ち尽くしてしまった。通った女の子が涙目で、今にも目からこぼれ落ちそうな顔をして通って行ったから。そんなに泥沼の関係なのと焦ってしまう。しかも試合会場の体育館で揉め合うとかどう言う過程?とも思ってしまう。
「誰?」
女の子が走って行った方向を向いて焦っていると後ろから声をかけられる。音なんて一つも立ててないのになぜがバレていた。いや、もしかしたら私に言っているのではないかもしれない。
「誰かいるよね。そこの壁の方」
「すみませんでした」
私のことだった。頭を下げて登場する私は謝罪の言葉と共に頭を上げる。
息が止まった感覚がした。
「松本選手…」
「貴方は」
私よりも高い身長。キリッとした顔立ちだけど優しそうな目。短めのサラサラな髪。ユニホームではなく学校のジャージ姿は今は上下長袖だった。また息が止まる感覚がする。実際には止まってはいないけど、呼吸がしづらい。少しずつ入ってくる空気に混じって松本選手の香りがする。清潔そうな香りは全くくどくない爽やかな香りがした。
「あの、いつも試合に来てくれる人ですか?間違ってたらすみません」
「えっ、いや、あの、間違ってない、です」
「やっぱりそうですか。ありがとうございます。チームメイトとも「今日も来てくれているね」ってよく話をしているんですよ」
「あ、はい…」
声を近くで聞いたことない私は予想よりも少し高い声に恋心が跳ねていた。このまま、録音して目覚まし時計の音声にしたい。そうすれば嫌いな朝も余裕で起きられる気がする。
「応援してくれてありがとうございます。バレー好きなんですか?」
「そうですね…。できないけど見るのは好きです」
「なるほど…。それなら、これから時間ありますか?少し付き合ってくれませんか?」
「えっ、あ、あります!!」
「ではこっちに来てください。今なら誰もいないし」
「バ、バスは大丈夫ですか!?」
「現地解散なので。それにバスの子たちはもう出発してますよ」
『今なら誰もいない』
その言葉はそういうお誘いなのかと心臓はドクドク、バクバクして不協和音を奏でていた。そういえば以前、そんなタイトルの曲が話題になったようななんて状況と理解が追いついておらず関係ないことを考えてしまう。まさかずっと喋れなかったのに今日一日でそんなに進んでしまっていいのだろうか。いや、もしかしたら今までの積み重ねがこの状況を生んでくれているのかもしれない。
『ずっと応援してくれている私と話したかったけど、話せなくて心の中に閉まっておいた。でも偶然、鉢合わせて話せたからこれをチャンスに誘った。』
きっとこのストーリーだ。今の私はどこぞのキッズ名探偵よりも冴えている。
松本選手の後ろで推理をしていると開けた場所に出た。もう少し先の方を見ると、子供用の遊具なんかが置いてあったりバスケットボールのカゴが設置されたりしてた。ここで何が始まるのか。松本選手は持っていた荷物を置いて私にここで少し待っているようにと声をかけて何処かに消えてしまった。
待てをされた犬のように飼い主(松本選手)を待っていると爽やかに小走りで戻ってきてくれた。手には1つのバレーボールを持っていて、これから何をするのだと私の頭にハテナマークが生まれる。
「お待たせしました。一緒にやりません?」
「ば、バレーをですか?私やったことないし…」
「大丈夫。私が教えますから。それに本気なんて出しませんよ」
松本選手は笑って私にボールを軽く投げてくる。驚いて一回バウンドしたボールを取ると意外と硬い表面に今までイメージしていたボール概念が覆される。こんなに硬いとは思わなかった。
「意外と硬いんですね」
「そうですね。最初は痛いけれど慣れた今だと全く痛いと思いません」
「でも、あのスピードでこの硬いのが来るんですよね。バレー選手は凄いです…」
「ふふっ。ありがとうございます。それじゃあ一回ボールをこっちにください。……はいナイスボール。レシーブって知ってますか?」
「あの両手で受けるやつですか?」
「そうそう。こうやって、ボールを上に飛ばして……」
松本選手は器用にボールを両手首に当てながら跳ねさせる。跳ねる回数は止まることなくずっと続いて、なおかつ体がブレずに動かないでその場でレシーブをしていた。私は真似して両手を握り、ピンと腕を伸ばす。すると松本選手がボールを私の腕に飛ばしてきた。しかし、初心者の腕には乗らずに当たって落としてしまう。
「あっ、ああ…」
「最初はこんな感じですよ。でも形は上手いです」
「難しいですね。見た感じ簡単そうなのに」
「何事も練習ですね」
「ま、松本選手はいつからバレーを?」
「私?私は小学生の時からですよ。元々身長が高くてクラブチームに誘われたんです」
「そんなに前から!通りで上手なわけだ…」
「そんなことないです。私より上手な人は沢山います。上を見れば空が見えないくらいに人に埋め尽くされてるし」
「で、でも松本選手は結構注目されてますよ!今日だって他の人達が試合中とか絶賛していたし」
「そっか…」
私が落としたボールを拾い、また1人レシーブを始める松本選手は少し不満そうで、悲しそうな表情を見せた。
なんでそんな悲しそうな顔をするの?
バレーしてる時は楽しそうなのに。
絶賛されて嬉しくないのかな?
もしかしたら私が失礼なことを言ってしまった?
私の中で負の感情がグルグルと回る。1分くらいの沈黙が私の体感では5分くらいに思えた。私と松本選手の間で、バレーボールが跳ねる音しか聞こえない。私は沈黙を破る言葉を口から出した。
もう少しだけここでゆっくりしようかな、なんて思っていると選手達が少しずつ体育館を出始めていた。もしかしたら松本選手が見れるかもしれないと私は瞬時にそう思いながらまた炭酸水を口に運んだ。しかし見れば見るほど高身長の人達ばかりで誰が誰だかわからない。一応松本選手のチームメイトの人達は通っているうちに覚えてはいたけれど他の人達とぞろぞろと歩いていると混ざってしまって全くわからない。チームメイトと言ってもレギュラー入りしてる人達だけであって全員を覚えているわけではないのだ。でもみんな共通してるのは高身長と顔の良さだろうか。1番最初に試合を見たきっかけは、茉莉から
「女子イケメンが沢山いるから見に行ってみない?まぁ私の推しには叶わないけど」
の一言から始まり、私と月花を連れて松本選手の大学に行ったことだ。私は松本選手を見つけて恋を落ちたけど、茉莉は好みがいなく月花は3次元には興味を持てなくて2人は途中で飽きていた。しかし、面食いの茉莉も2次元オタクの月花も松本選手の大学のバレー部は顔面偏差値が高いと賞賛していた。
顔面偏差値が高い集団は、早くバスに乗り込もうとする人やそこら辺で相手チームの選手と話している人もいる。結局私は松本選手を見つけられなくて手に持っていた炭酸水のペットボトルは空になっていた。
私は期待の気持ちを失いながらペットボトルを近くのゴミ箱に捨てる。家に帰って今日の余韻に浸るかと、歩き出すと大きな声が聞こえてきた。思わずそちらに振り向くと逆光になってよく見えない。しかし2人の人間がいるのは見えた。他の人達は聞こえていないのか誰も興味を示さない。私は雰囲気からして喧嘩をしているのだとわかった。本来ならば人の喧嘩には口を出さない方がいいし、出そうとも思わない。なのに私の足は逆光へと向かっていた。
「やっぱり、……でしょ」
「違うよ……な訳がない」
「だって今日も…!」
「違うから。だからもう口出さないで」
建物の影に背中をくっつけて耳を傾ける。揉めているのは雰囲気と言葉で分かった。立ち去った方がいいのに動かず聴いている私は悪い子だろうか。すると私の横に風が通る。強風ではない。人間が走った時にできる風だけど、私は立ち尽くしてしまった。通った女の子が涙目で、今にも目からこぼれ落ちそうな顔をして通って行ったから。そんなに泥沼の関係なのと焦ってしまう。しかも試合会場の体育館で揉め合うとかどう言う過程?とも思ってしまう。
「誰?」
女の子が走って行った方向を向いて焦っていると後ろから声をかけられる。音なんて一つも立ててないのになぜがバレていた。いや、もしかしたら私に言っているのではないかもしれない。
「誰かいるよね。そこの壁の方」
「すみませんでした」
私のことだった。頭を下げて登場する私は謝罪の言葉と共に頭を上げる。
息が止まった感覚がした。
「松本選手…」
「貴方は」
私よりも高い身長。キリッとした顔立ちだけど優しそうな目。短めのサラサラな髪。ユニホームではなく学校のジャージ姿は今は上下長袖だった。また息が止まる感覚がする。実際には止まってはいないけど、呼吸がしづらい。少しずつ入ってくる空気に混じって松本選手の香りがする。清潔そうな香りは全くくどくない爽やかな香りがした。
「あの、いつも試合に来てくれる人ですか?間違ってたらすみません」
「えっ、いや、あの、間違ってない、です」
「やっぱりそうですか。ありがとうございます。チームメイトとも「今日も来てくれているね」ってよく話をしているんですよ」
「あ、はい…」
声を近くで聞いたことない私は予想よりも少し高い声に恋心が跳ねていた。このまま、録音して目覚まし時計の音声にしたい。そうすれば嫌いな朝も余裕で起きられる気がする。
「応援してくれてありがとうございます。バレー好きなんですか?」
「そうですね…。できないけど見るのは好きです」
「なるほど…。それなら、これから時間ありますか?少し付き合ってくれませんか?」
「えっ、あ、あります!!」
「ではこっちに来てください。今なら誰もいないし」
「バ、バスは大丈夫ですか!?」
「現地解散なので。それにバスの子たちはもう出発してますよ」
『今なら誰もいない』
その言葉はそういうお誘いなのかと心臓はドクドク、バクバクして不協和音を奏でていた。そういえば以前、そんなタイトルの曲が話題になったようななんて状況と理解が追いついておらず関係ないことを考えてしまう。まさかずっと喋れなかったのに今日一日でそんなに進んでしまっていいのだろうか。いや、もしかしたら今までの積み重ねがこの状況を生んでくれているのかもしれない。
『ずっと応援してくれている私と話したかったけど、話せなくて心の中に閉まっておいた。でも偶然、鉢合わせて話せたからこれをチャンスに誘った。』
きっとこのストーリーだ。今の私はどこぞのキッズ名探偵よりも冴えている。
松本選手の後ろで推理をしていると開けた場所に出た。もう少し先の方を見ると、子供用の遊具なんかが置いてあったりバスケットボールのカゴが設置されたりしてた。ここで何が始まるのか。松本選手は持っていた荷物を置いて私にここで少し待っているようにと声をかけて何処かに消えてしまった。
待てをされた犬のように飼い主(松本選手)を待っていると爽やかに小走りで戻ってきてくれた。手には1つのバレーボールを持っていて、これから何をするのだと私の頭にハテナマークが生まれる。
「お待たせしました。一緒にやりません?」
「ば、バレーをですか?私やったことないし…」
「大丈夫。私が教えますから。それに本気なんて出しませんよ」
松本選手は笑って私にボールを軽く投げてくる。驚いて一回バウンドしたボールを取ると意外と硬い表面に今までイメージしていたボール概念が覆される。こんなに硬いとは思わなかった。
「意外と硬いんですね」
「そうですね。最初は痛いけれど慣れた今だと全く痛いと思いません」
「でも、あのスピードでこの硬いのが来るんですよね。バレー選手は凄いです…」
「ふふっ。ありがとうございます。それじゃあ一回ボールをこっちにください。……はいナイスボール。レシーブって知ってますか?」
「あの両手で受けるやつですか?」
「そうそう。こうやって、ボールを上に飛ばして……」
松本選手は器用にボールを両手首に当てながら跳ねさせる。跳ねる回数は止まることなくずっと続いて、なおかつ体がブレずに動かないでその場でレシーブをしていた。私は真似して両手を握り、ピンと腕を伸ばす。すると松本選手がボールを私の腕に飛ばしてきた。しかし、初心者の腕には乗らずに当たって落としてしまう。
「あっ、ああ…」
「最初はこんな感じですよ。でも形は上手いです」
「難しいですね。見た感じ簡単そうなのに」
「何事も練習ですね」
「ま、松本選手はいつからバレーを?」
「私?私は小学生の時からですよ。元々身長が高くてクラブチームに誘われたんです」
「そんなに前から!通りで上手なわけだ…」
「そんなことないです。私より上手な人は沢山います。上を見れば空が見えないくらいに人に埋め尽くされてるし」
「で、でも松本選手は結構注目されてますよ!今日だって他の人達が試合中とか絶賛していたし」
「そっか…」
私が落としたボールを拾い、また1人レシーブを始める松本選手は少し不満そうで、悲しそうな表情を見せた。
なんでそんな悲しそうな顔をするの?
バレーしてる時は楽しそうなのに。
絶賛されて嬉しくないのかな?
もしかしたら私が失礼なことを言ってしまった?
私の中で負の感情がグルグルと回る。1分くらいの沈黙が私の体感では5分くらいに思えた。私と松本選手の間で、バレーボールが跳ねる音しか聞こえない。私は沈黙を破る言葉を口から出した。