歩いている途中に何人もの運動部の人とすれ違う。同じ部活をやっていても筋肉のつき方が違うのは人間の体の不思議なところだなと頭の良いひと風に考える。私と美湖ちゃんは先程覗き見していた扉周辺に着くと櫻ちゃんをまた探し始める。

「ねぇ、七海」
「ん?何?」
「私も居ていいの?」
「うん!美湖ちゃんがよければ紹介してもいい?」
「全然いいよ。ていうかどこに行ったんだろうね」
「うーん…。私そっちの方見てきていい?美湖ちゃんはここに居ていいから」
「えっ、嘘、1人?」

美湖ちゃんを端っこの方に置いといて私は別の扉の方に移動する。出入りがあると言ってもみんながみんなこの扉から出てくる訳ではないから。少し歩いて行くと流れる水の音がしてふと私は足をそちらに運ぶ。少し大きめな木の影の下に水道があって2人のバレー部の人が何やら喋っている。他の音と混じって何を喋っているのかは聞こえないが、1人は水を飲みながら。1人は水を飲む人の足に何かをしながら楽しそうに喋っていた。逆光になって最初はよく見えなかった。その時までは微笑ましい風景だと思って見ていた。しかし目が慣れると同時に空が少しだけ暗くなりはっきりと人が見える。私はその瞬間、歩き出していた。

「櫻ちゃん」
「えっ、先輩!?何でここに!」
「櫻ちゃん」
「何かあった?連絡してきてないよね?」
「松本さんこの方は…?」
「あっ、えっと私の先輩。中学生の時からの仲なんだ。今もよく会っていて…」
「なるほど。はじめまして。マネージャーの潮﨑(しおざき)です」
「何をしているんですか?」
「何を…?」
「何で櫻ちゃんの足を触っているんですか?」
「ああ、先輩。これはちょっとさっきぶつけちゃって。潮﨑さんにテーピングしてもらって……」
「……れて」
「えっ、先輩?」
「離れて!櫻ちゃんから離れて!早く、早く!」

櫻ちゃんの綺麗な足を私以外の人が触っている。その事実だけが私を動かす。離れろ。離れろ。マネージャーの女は戸惑いの表情を見せるが構わない。私は威嚇を続ける。それでも女は足から手を離さないし離れようとしない。言葉でダメなら行動だ。私は近づいて無理矢理剥がそうとする。
しかし体を誰かに止められていた。

「七海!何やってるの!?」
「…美湖ちゃん。待っててって言ったよね?」
「コミュ障の私を置いて行くのが悪い!てか、何をしようとしてるの!」
「何を?何って剥がそうとしたの。ああ、そうだ。美湖ちゃんとあんたにも紹介しておかなきゃね。
美湖ちゃん。あそこで水筒を持っているかっこいい人は私の恋人の松本櫻。付き合って3年目かな。
そしてシオザキサン?はじめまして。貴方が今足を触っている松本櫻の彼女の小日向七海です。よろしくね」

丁寧に自己紹介と櫻ちゃんを紹介する私。いつか美湖ちゃんにも教えてあげたかったから連れてきてよかった。美湖ちゃんは私の腕を掴んだまま何とも言えない顔をしている。きっと櫻ちゃんと私がお似合いすぎて言葉が出ないのだろう。さっきまでは私が掴んでいたのにいつの間にか逆転しているねなんて頭の片隅にはくだらない事を考えている。
櫻ちゃんを見ると目を丸くして驚いているようだった。たぶん照れているのだろう。普段はかっこいいのにたまに可愛い部分が出るのが堪らなく愛おしい。
ついでに言うと女は私を睨んでいるような目つきだった。最後の最後までムカつく奴だ。何で美湖ちゃんは止めるのだろう。こんな奴櫻ちゃんの近くに置いてはいけない。櫻ちゃんは一瞬グッと目を瞑った後に女に話しかける。

「潮﨑さん。先戻っていて。そしてコーチに体調悪くなったから抜けるって伝言よろしく」
「えっ、でも」
「いいから。大丈夫。お疲れ様」
「…お疲れ様です」

櫻ちゃんは女にそう伝えるとテーピングするために脱いでいた靴を履いて私の近くに来る。またまたついでだけど女は私とすれ違いざまに舌打ちしてきた。本当に性格が悪い。櫻ちゃんに後で教えてあげよう。

「先輩。帰ろ?」
「うん、わかった」
「あ、あの……」
「ねぇ先輩。この方と連絡先交換してもいい?」
「なんで?」
「先輩の大学の様子とか先輩自身の事とか沢山聞きたくて。いいかな?」
「私に聞けばいいのに…」
「保那くんに私の事聞いてるでしょ?それと同じ。いいよね」
「しょうがないな。美湖ちゃんならいいよ。私の友達だし」
「ありがとう。…スマホ出してもらっていいですか?」
「あっ、はい」
「……影月美湖さん。私は松本櫻です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」

2人がスマホを近づけて連絡先を交換するのを私は見る。櫻ちゃんの言う通り、私も保那くんに櫻ちゃんのことを沢山聞いている。何を占っているのか、どんな内容なのか。私が気になるのなら櫻ちゃんだって気になるはずだ。そして美湖ちゃんだから連絡先交換を許した。憶測だが美湖ちゃんは恋愛には興味がない。私が櫻ちゃんとの話をしたってよくわからなそうに聞いている。あの女は危険だけど、美湖ちゃんなら大丈夫だろう。
いや、もしかしたらあの女と連絡先を交換しているかもしれない。そう考えるだけでイライラが湧き出てくる。いいや。どうせ今から一緒に家に帰るんだ。2人の時間は沢山ある。櫻ちゃんと沢山話そう。今後について色々と。





美湖ちゃんと私達は向かう駅は違うので途中で別れることになった。美湖ちゃんは「それじゃあね」とまたよくわからない表情をしながら私達と別の道に行く。ここからは2人の時間だ。

「櫻ちゃん。何食べたい?」
「なんでもいいよ」
「もー、困るよ」
「先輩…」
「何?食べたい物浮かんだ?」
「……回転寿司がいい」
「前言ってたもんね!いいよ、行こう!」

櫻ちゃんの腕を掴んで私達は歩き出す。美湖ちゃんと同じように引っ張っていくスタイルだが、少し違うところがある。私は、愛しい貴方にしか伝えない感情を手に込めた。優しく、そっと掴んだ腕に願いを込めて。

【離さない】と。