鈴鹿が口に出した瞬間、眉間にしわを寄せた天馬が、噛みつくように唇を触れさせてきた。
 突然どうしたのだろう。また悪しき鬼でも近づいてきたのだろうか。

 周囲をキョロキョロと見回すと、なぜか目の前から深いため息が聞こえてくる。

「あの、どうしたんですか? 結界は?」

 キスをしたのに結界を張らない。どうしてだろうと、困惑しつつ口に出すと、さらにわざとらしく大きなため息をつかれた。
 なんだか怒っている、というか機嫌が悪いのはたしかなようだ。

「そういう行為をするだけ、なんてよく言えたな。ずっと守ってきた女を、たった一度抱いただけで諦めろと言うのか?」

 射貫くような眼差しで見つめられ、微動だにできない。彼の強い瞳に目を奪われる。どうしてこんなにも惹かれるのだろう。
 食らい付かれてしまいそうで怖いのに、それでも構わないと思ってしまうなんて。

 もしかしたらと期待は高まるばかり。先ほどまでも茶化してはいたが、天馬の瞳は真剣そのものだった。鈴鹿は、彼の発する言葉の一字一句を聞き漏らさないよう耳を傾ける。

「なんだか……告白、されてるみたい」

 うっとりと目を細めて天馬に魅入る。彼にとって自分はどういう存在なのだろう。聞きたいけれど、聞いてしまったら逃れられない、そんな気がした。

「もっと、直接的な表現で言ってやろうか?」

 鈴鹿が小さく頷くと、天馬が諦めたような顔で苦笑を見せる。
 照れているような拗ねているような表情は、天狗一族の長というより、普通の青年といった風で。

「ずっとお前を俺だけのものにしたかった。できるなら、自分の手で守りたかった。お前の近くにいられる那智に、嫉妬さえした」

「嫉妬……なんて。那智は幼馴染みで、お兄ちゃんみたいなものです」

 彼の嫉妬が嬉しかった。そうか、本当は那智に任せるのではなく、自分が守りたいと思ってくれていたのだ。それを知ると、心が浮き立つのを抑えられなくなる。

「それでも、だ」

 彼がキスをしてきた理由を察して、口元が緩む。
 ──たった一度抱いただけで諦めろと言うのか。

 天馬の告白はプロポーズのようなものなのだ。守ってやるから、一生そばにいろと、そう言ってくれているのだろう。

「先ほども言っただろう? 選ぶのはお前だと。もし俺の求婚を断ったとしても、これから先、俺が守っていくのは変わらない。多少の不便はあるだろうが、鈴鹿の好きなように生きていけばいい」

「多少の不便って、天馬さんと一日一回キスをすること、ですよね?」

「まぁ、そうだな」