「言っただろう? 妖力を使うときは、あやかしは人間の形を保っていられない、と。俺の今の姿を見て、なにも思わないのか?」

 鈴鹿は顔を上げて、天馬の背中を覆う真っ黒いなにかを見つめた。

(なにこれ? 羽根? すごい大きい)

 天馬の背中には、その体を覆い尽くすほどの大きな翼が生えていたのだ。なんというファンタジーかと、鈴鹿は天馬の顔と翼を凝視する。

 人間の形を保っていられないと言っても、顔の造形がかわるわけではないらしい。彼は相変わらずイケメンのままだ。
 不思議と怖いとは思わなかった。悪しき鬼はその形もなにも恐怖しか覚えなかったが、天馬は違う。触れているだけで安心する。

「天馬さんは、羽根が生えるとイケメンっぷりが増しますね」

「そうか。今なら、那智がほっとした気持ちがわかるな」

 天馬は鈴鹿の腰を片方の腕で支えながら、ほっとしたように微笑んだ。喜んでいるようにも見える。

「どういうことですか?」

「那智も、一族の話をしたとき、お前に恐れられるのではと思っていたようだぞ。鈴鹿の態度がまったく変わらないから拍子抜けしていたくらいだ。俺も今、安心している。お前がそういう女で良かった、と」

「なんだか、あまり褒められてる気がしません」

 単純だと言われているように聞こえた。
 頬を膨らませると、空気を抜くように人差し指で突かれる。

「お前が鬼の血を引いているのは、生まれたときからわかっていたんだ。だから、那智に幼馴染みとしてお前のそばにいてもらった。なるべく普通の生活ができるようにお守りも持たせていただろう? 俺がそばにいられれば良かったんだが、年齢が離れすぎているからな」

 まさか那智が、生まれたときからつけられた自分の護衛だったとは。那智がいなければ、自分がとっくに悪しき鬼にバリバリと食べられていたのかもしれない。

「そういえばさっきもお守りって……どういうことですか?」

 そんなの知らない、と首を傾げれば、地面に叩きつけられた携帯用SPがふわふわと宙に浮き、天馬の手の中にすっぽりと収まる。

「これだ。那智を通して渡してもらった」

「そのストラップ」

 那智が旅行に行った時に買ったと言っていた。いくつかの石が連なったシルバーのストラップだ。

 そういえば幼い頃から、那智は綺麗な石をよくプレゼントしてくれた。「これは鈴鹿を守ってくれるから絶対に持っていて」そう言って。

 那智からではなく、本当は天馬からの預かり物だったのか。