そこには先ほどと同じ人間の比子がいた。ほら、やっぱりうそだ──そう思うも、彼女の顔は見たこともないほど醜く歪んでいる。

「今……っ、チャンスだったノニ、ジャマをスルナ!」

「悪しき鬼風情が、俺に勝てると本気で思っているのか?」

 天馬が鈴鹿を片手に抱き締めたまま、もう片方の手を翳す。
 すると、比子だったものは、まるで砂が風に飛ばされるようにさらさらと消えてなくなっていった。

 本当に一瞬の出来事だった。まるでその辺の石ころを蹴飛ばすくらいのあっけなさで、天馬は比子だったものを倒してしまったのだ。

「ひ、比子……は」

 鈴鹿が震えることで言うと、宥めるように背中が撫でられる。

「安心しろ。眠っているだけで生きているから。今、一族の者を呼んだ。彼女を自宅まで送り届けてくれるはずだ。ただ……目が覚めても、お前と友人であったことは覚えてはいないだろう」

 比子は地面に蹲るような形で倒れていた。
 その顔は穏やかで、呼吸も正常なようだ。

「そうなんですか……」

 また、普通のクラスメイトとして比子と友人になれるだろうか。なにもかもをなかったことにして。

 けれど、今日味わった恐怖はすぐに忘れることができない。悪しき鬼に取りつかれている間の記憶がなくなると聞いてほっとした。

 それからすぐに仲間だという天狗がやってきた。天馬が一言二言告げると、平身低頭のまま黙って比子を連れていく。


 公園に二人きりになり、鈴鹿は疑問に思っていたことを尋ねた。もしかしたら、なにかのまちがいではないかと、まだ期待している自分がいる。

「比子は今まで何度だってチャンスがあったはずなのに、どうして今日までなにもしてこなかったんでしょう」

 それは、友人として鈴鹿を傷つけたくなかったからじゃ。そんな期待を天馬は一刀両断にした。

「しなかったんじゃない。できなかったんだ。お前のそばには、那智が常についていただろう? それに、常にお守りを携帯していたからな」

「お守り?」

 天馬はまだ鈴鹿を守るように抱き締めたままだ。そろそろ落ち着かなくなってきた。

 いつまでこの体勢でいればいいのかと、話をしながらもぞもぞと身動いでいると、頭上でくすりと天馬が笑う。

「それより、もっと怯えると思っていた」

「え……?」