真後ろに立っていたのは比子だった。まったく気配も足音も聞こえず、驚いたものの、怯えていたわりには元気そうだ。

「良かったぁ、来てくれて! ごめん、悪いんだけど、家に電話したいから、すずちゃんのSP端末貸してくれない? 私の持ってくるの忘れちゃってぇ」

「え、うん……いいけど」

 鈴鹿はポケットに入れてあるSPを取り出し、比子に手渡そうとする。だがすぐにその手が上から激しく叩きつけられ、手に持っていたSPを落としてしまう。

「比子っ!?」

 いったいなにをするのかと声を荒げた瞬間、そこにいた比子の姿が異形の者へと変化していく。

 空気がゆらゆらと揺れて、空蝉と幽世が曖昧になってしまったかのように空間が歪む。

 はっきりと目に見えないのに、目の前にあるもやもやが牙を剥きだしにして鈴鹿に襲いかかろうとしてきたのは感じられた。

「や……っ」

 思わず身体を庇おうとして、前屈みになる。その瞬間、強い風が吹いてきて、目の前が真っ黒のなにかに覆われた。

「なにっ、やめ」

「俺だ」

 誰かに抱き締められている。その誰かが天馬だとわかったのは、低く艶めいた声と、キスをしたときに感じた香の匂いからだ。

「天馬さ……」

 ほっと胸を撫で下ろす。不思議だ。
 彼の胸に包まれていると、根拠もないのに大丈夫だと思える。安心したからか、胸が詰まり涙が溢れてくる。

「安心していい。絶対に守ると言っただろう? お前には傷一つつけさせない」

 力強いその声に顔を埋めたまま頷いた。

「やってくれたよな。まさか鈴鹿の友人に取りついていたとは。いや、そもそも友人になったのも、取りついてからだな」

「え……」

 まさか、とは思っていた。だが信じたくなかったのだ。

 比子が悪しき鬼だったなんて。
 どうして鈴鹿のSPを壊そうしたのかはわからないが、歪んだ空間の中にいたのは、たしかに見たこともない異形のものだった。

(友人になったのも、取りついてから……? うそ)

 クラスの女子の中では一番仲がいい友人だと思っていた。休み時間には恋愛の話をしたり、流行のテレビ番組の話をしたり。あれが全部うそだったと言うのか。

(私を食べるためだけに近づいてきたの?)

 天馬の腕の中から、比子がいた方へ視線を向ける。