天馬が自分のために忙しい時間を割いてくれているという事実が、なぜかすごく嬉しかった。甘えるのは申し訳ないと思うのに、甘えさせてくれることが嬉しいだなんて。

 彼を見送って、鈴鹿はごろりとベッドに横になる。そして天馬が触れていた唇にそっと触れた。彼の舌は熱くて、甘くて、心地いい。身体が蕩けてしまいそうなほどに。

(わぁ~むりむり!)

 恥ずかしさのあまりベッドでごろごろと身悶えた鈴鹿は、何度か深呼吸を繰り返し、机に向かう。

 首を振って頭から追い出そうとしても、ふとした瞬間に唇に触れてしまう。今日一日、天馬とのキスばかり思い出してしまいそうだ。


 一週間後、比子からSP端末に連絡が入った。
 珍しく彼女は沈んだ声で「大変なことがあった」と言う。
 まさか鈴鹿を狙っていた悪しき者が比子の方へ行ったのではないか。そう頭に過る。

「なにがあったの?」

「なんか、変なのが家の外にいて、今逃げてきたの。ふわふわ浮いてて。どうしよう……これって、鈴鹿が言ってたことと関係ある?」

 音声電話の向こうでぐすぐすと鼻を鳴らす声が聞こえてくる。
 鈴鹿は血の気が引く思いで、頭を巡らせた。自分のせいかもしれない。

 天馬が結界を張ったこの家に近づけなくなったため、悪しき鬼は友人である比子を狙ったのではないだろうか。もし比子が取りつかれでもしたら、そう考えて、不安に襲われる。

「どうすればいい? これってなにもされない? 助けて、怖いよ……っ」

「今から行く。迎えに行くから場所を教えて。とりあえずうちに避難していれば、その変なのも入って来れないと思うから」

 すると、比子の口から漏れる涙声の中に、いつもの「出てこい、出てこい」という声が聞こえた気がした。

 気のせいだろう。そう思い、電話を切り、出かける支度をする。
 念のため、居場所を天馬に伝えておこうと連絡を入れる。彼から返信はなかったが、鈴鹿は鍵をかけて玄関を出た。

「比子……? あれ? ここにいるって言ってたのに」

 比子は、鈴鹿の自宅近くの公園にいると言っていた。
 自宅から五十メートルほどの場所にある公園は、真夏になると子どもの姿がまったくなくなる。遊具はあるのに人っ子一人いないのは寂しい光景だ。

 きょろきょろと辺りを見回すと、背後からとんと肩を叩かれる。

「きゃ……っ、び、っくりした! 比子、良かった!」