そうか。自分は妖力を求められているに過ぎないのだ。それがわかると不思議と胸がつきりと痛んだ。

 また明日来る、と言って天馬は帰っていった。
 今日はいろいろあり過ぎた。ぐったりと疲れてしまい、二人を見送った後、鈴鹿は寝入ってしまった。

 起きると朝になっていた。
 久しぶりによく眠れた気がする。今日だけは守られていると信じられたから、インターフォンにも電話にも怯えなくて済んだのだ。

 叔父たちと朝食を済ませて、慌ただしく仕事に出かける二人を見送る。キッチンで皿を洗っていると、インターフォンが鳴り響いた。
 鈴鹿は思わずびくりと肩を竦ませる。おそるおそるカメラを見ると、そこには天馬の姿がある。胸を撫で下ろして、玄関に向かった。

(天馬さん……ってことは、また……キスしにきたってこと……)

 昨日はかなりパニックになっていたためスルーしてしまったが、彼がしたことはれっきとしたキスである。しかも、鈴鹿にとっては初めてのキス。

 人命救助、人工呼吸のようなものだと思えればいいが、これほどの美形にキスをされるとわかっていて落ち着いていられるほど、鈴鹿は達観していないのだ。

 恋人でもなんでもない人と二度、三度とキスをすることになるなんて。人生なにがあるかわからないものだ。

 あやかしの話よりも、天馬とキスをする方が重大事件に思えてくる。それもこれも、原因がわかって安心したからだろうか。
 もう一度チャイムが鳴らされて、慌ててドアを開ける。

「おはようございます……早いですね」

「あぁ。この時間しかあけられなかったんだ。邪魔をしていいか?」

「は、はい、もちろん」

 良かった。玄関先で片手間に済まされるのかもしれないと思っていた。
 だが、部屋に入っていざキスをしましょうというのも、おかしい気がする。

「動揺してるな」

 天馬が背後でくすりと小さく笑ったのがわかった。

「当たり前じゃないですか。初めてだったんですよ」

「へぇ、キスが? それは得した」

 彼はそう言って、軽く舌を舐める。その仕草がなんとも言えず艶めかしく、こちらが照れてしまいそうになった。
 真っ赤になった鈴鹿を見て、天馬は声を立てて笑った。
 完全にからかわれている。