「でも……どうしてわざわざ人間に取りつくんですか? だって変身できるんでしょう?」

「それは力の強いあやかしだけだ。悪しき鬼たちは、小さな悪意の塊のような存在で、形を保っていられない。人間に取りつくことはできるが、逆に言えばそれしかできないんだ。だから妖力の強い人間を食らって力をつけようとする。俺たちは悪しき鬼から人間を守るための役割を担っている」

「守るって……どうやって」

 妖力が足りない状態が続いていると言っていたのに。
 結界が維持できないくらい大変な状況なのだろう。それでどうやって人間を守るのか。

「今はまだ、この部屋に入ってこられないくらい力の弱い鬼だ。だからこそ、本能のままに鈴鹿を食らおうとしている。向こう側に取り込まれれば、俺の張った結界なんぞ一溜まりもない。それだけお前の妖力は強大なんだ」

「まさか……私が、あやかしに力を与えられるってことですか? たとえば、あなたに?」

「察しがいいな」

 そう言って天馬はにこりと微笑む。
 美丈夫の笑顔は魅力的で、動揺しているはずの鈴鹿でさえつい頬を染めてしまう。
 那智に冷ややかな視線を向けられて、はっと我に返る。

「あなたに力を与えれば、その結界が強まって、悪しき鬼が入ってこられなくなる?」

「そうだ」

 混乱の最中にあるが、一つだけはっきりとしていることがある。
 いくら那智の知り合いとは言え、初めて会ったばかりの人を無条件には信じられない。
 那智が鈴鹿を騙すなんてあり得ないが、那智も騙されているとしたら。

「那智のことは信じてます。でも、あなたが……悪しき鬼の一味ではないって言えますか? 私を騙そうとしているって可能性もありますよね?」

 鈴鹿にとって、悪しき鬼も目の前にいるこの人も信じられないのは同じだ。

「鈴鹿っ」

 慌てたように那智が叫ぶ。那智にとっては上司に当たるのだ。
 しかも相談したいと言ってわざわざ自宅まで来てくれた人。鈴鹿自身、礼を欠いている自覚はある。

 だが、天馬が一言「いい」とだけ言うと、不満げな顔をしながらも那智が引き下がった。那智はこの人に心酔しているように見える。

 鈴鹿を不安にさせる悪しき鬼とは違う、と信じたいが、彼の話は荒唐無稽すぎて、どうやって信じればいいのかわからないのだ。

「最初に言っただろう。信じられないと思うが、と。人間の中にも悪しき者がいるように、あやかしの中にもいる。それは事実だ。悪しき鬼の仲間ではないと証明できる手立てがないからな。ただ……信じようが信じなかろうが、お前のことは、俺が命に代えてでも守ってやる」

 命に代えてでも──なんて。そんな軽々しく言えることではないのに。