「カラス?」
どうやらカラスが飛び石のあたりを往復しているようだ。その動きを目で追っているうちに、飛び石の上にある小さなものに気がついた。
「あれって……」
子ネコだ。子ネコが飛び石の上に取り残されている。
あたりを見回すけれど、近くに母ネコらしき姿は見当たらない。璃世以外の人も子ネコの存在には気付いていないようだ。
そうしている間にも、カラスは何度も子ネコめがけて飛んでくる。このままだとカラスにやられるか川に落ちるかしかない。川は浅そうだけれど、子ネコが溺れるには十分。
気がついときには、スーツケースを片手に走り出していた。
豪快にゴロゴロと音を立ててダッシュで橋を渡りきる。河川敷に下りる階段のところでスーツケースは手離した。勢いのまま駆け下りる。
飛び石は近くに来ると意外と大きいが、ひとつひとつの距離が大人の足でちょうどいいくらい。幼児や小さな動物だと落ちてもおかしくない。
璃世がポンポンとリズムよく飛び石を渡っていくと、ちょうど真ん中にある亀の形をした石の上に茶トラの子ネコがうずくまっていた。
子ネコを驚かせないようにスピードを落とし、そうっと近づく。あと少し――飛び石三つ分まで近づいたところで、カラスが後ろから猛スピードで抜いていった。
「あっ!」
子ネコにカラスが足を延ばす。次の瞬間、反射的に飛び出していた。
驚いたカラスが慌てるように飛び去っていく。
「よかったぁ……」
ほっと息をついてから、腕の中の子ネコを見た。
「おまえね……この亀に乗っても竜宮城には連れて行ってもらえないのよ」
そう言うと、子ネコがタイミングよく「ニャー」と鳴いたので、まるでなにを言われたのかわかっているみたいで、璃世はおかしくなった。
「それともおまえが私をどこか素敵な場所に連れて行ってくれるのかな?」
小さな額を指先でなでてやると、子ネコは気持ちよさそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
――とそのとき。
頭の上でバサバサという大きな羽音が。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げ、思いきりのけ反った。そのせいでバランスを崩し、後ろにぐらりと体が傾く。
傾いでいく視界に、カラスが飛び去って行くのが見える。
(やられた!)
カラスに仕返しをされたのだと気づくと同時に、璃世は「ボチャン」と盛大な音を立て川底に落ちた。
「つ……つめたぁいっ!」
川底に尻もちをついたせいで、一瞬にして凍えそうになる。
けれどもっと重大なことを思い出し、一瞬で魂が凍りついた。
「け、携帯!」
慌ててスカートのポケットから携帯電話を取り出すと、完全に濡れてしまっていた。貴重品と一緒にショルダーバックの中に入れておけばよかったのに、子ネコを助けなければと急いでポケットの中につっこんでしまったのだ。二つ折りのコンパクトさがあだとなってしまった。
よりにもよってこれから再就職先へ連絡をしようと思っていたところなのに――。
(つ、詰んだ……)
心折れそうになったとき、腕の中で小さく「ミィ」という声。見るとつぶらな瞳がうかがうようにこちらを見上げていた。幸いなことに子ネコはまったく濡れていない。
「よかった……」
この小さくて愛くるしい生き物を最後まで守りきれたことで、自分の方が救われたような気分になる。
「落ち込んでる場合じゃないわよ、璃世! なんとしてでも職と住み家を確保すべし!」
自分を叱咤して立ち上がり、子ネコを抱えて飛び石を来た方へと渡っていく。
無事に岸に着いたところで子ネコを下ろし、自分は濡れた体を拭こうとスーツケースのところに戻った――のだけれど。
「あれ……?」
肝心のスーツケースが見当たらない。
あのときたしかに階段の上のところに置いたはずだ。――とは思うものの、念のため辺りをキョロキョロと探し回ってみるけれど、影も形もない。
「う、嘘でしょ……」
『置き引き』という言葉が頭の中に浮かび、へなへなとその場に座り込んだ。
どうやらカラスが飛び石のあたりを往復しているようだ。その動きを目で追っているうちに、飛び石の上にある小さなものに気がついた。
「あれって……」
子ネコだ。子ネコが飛び石の上に取り残されている。
あたりを見回すけれど、近くに母ネコらしき姿は見当たらない。璃世以外の人も子ネコの存在には気付いていないようだ。
そうしている間にも、カラスは何度も子ネコめがけて飛んでくる。このままだとカラスにやられるか川に落ちるかしかない。川は浅そうだけれど、子ネコが溺れるには十分。
気がついときには、スーツケースを片手に走り出していた。
豪快にゴロゴロと音を立ててダッシュで橋を渡りきる。河川敷に下りる階段のところでスーツケースは手離した。勢いのまま駆け下りる。
飛び石は近くに来ると意外と大きいが、ひとつひとつの距離が大人の足でちょうどいいくらい。幼児や小さな動物だと落ちてもおかしくない。
璃世がポンポンとリズムよく飛び石を渡っていくと、ちょうど真ん中にある亀の形をした石の上に茶トラの子ネコがうずくまっていた。
子ネコを驚かせないようにスピードを落とし、そうっと近づく。あと少し――飛び石三つ分まで近づいたところで、カラスが後ろから猛スピードで抜いていった。
「あっ!」
子ネコにカラスが足を延ばす。次の瞬間、反射的に飛び出していた。
驚いたカラスが慌てるように飛び去っていく。
「よかったぁ……」
ほっと息をついてから、腕の中の子ネコを見た。
「おまえね……この亀に乗っても竜宮城には連れて行ってもらえないのよ」
そう言うと、子ネコがタイミングよく「ニャー」と鳴いたので、まるでなにを言われたのかわかっているみたいで、璃世はおかしくなった。
「それともおまえが私をどこか素敵な場所に連れて行ってくれるのかな?」
小さな額を指先でなでてやると、子ネコは気持ちよさそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
――とそのとき。
頭の上でバサバサという大きな羽音が。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げ、思いきりのけ反った。そのせいでバランスを崩し、後ろにぐらりと体が傾く。
傾いでいく視界に、カラスが飛び去って行くのが見える。
(やられた!)
カラスに仕返しをされたのだと気づくと同時に、璃世は「ボチャン」と盛大な音を立て川底に落ちた。
「つ……つめたぁいっ!」
川底に尻もちをついたせいで、一瞬にして凍えそうになる。
けれどもっと重大なことを思い出し、一瞬で魂が凍りついた。
「け、携帯!」
慌ててスカートのポケットから携帯電話を取り出すと、完全に濡れてしまっていた。貴重品と一緒にショルダーバックの中に入れておけばよかったのに、子ネコを助けなければと急いでポケットの中につっこんでしまったのだ。二つ折りのコンパクトさがあだとなってしまった。
よりにもよってこれから再就職先へ連絡をしようと思っていたところなのに――。
(つ、詰んだ……)
心折れそうになったとき、腕の中で小さく「ミィ」という声。見るとつぶらな瞳がうかがうようにこちらを見上げていた。幸いなことに子ネコはまったく濡れていない。
「よかった……」
この小さくて愛くるしい生き物を最後まで守りきれたことで、自分の方が救われたような気分になる。
「落ち込んでる場合じゃないわよ、璃世! なんとしてでも職と住み家を確保すべし!」
自分を叱咤して立ち上がり、子ネコを抱えて飛び石を来た方へと渡っていく。
無事に岸に着いたところで子ネコを下ろし、自分は濡れた体を拭こうとスーツケースのところに戻った――のだけれど。
「あれ……?」
肝心のスーツケースが見当たらない。
あのときたしかに階段の上のところに置いたはずだ。――とは思うものの、念のため辺りをキョロキョロと探し回ってみるけれど、影も形もない。
「う、嘘でしょ……」
『置き引き』という言葉が頭の中に浮かび、へなへなとその場に座り込んだ。