「待って!」
叫びながら千里の顔を両手で押さえた。「往生際が悪い」と短く言い放った千里が、邪魔な手を排除しにかかってくる。力勝負で璃世に勝ち目はない。
大事なファーストキスを身の安全と引き換えに売り渡してしまう前に、できることはあるはずだ。そう思った璃世は、とっさに口を開いていた。
「試用期間よ!」
「試用期間?」
千里が訝しげに聞き返してくる。
「そう! よくあるでしょ? 会社が雇用者を見極める期間! 試用期間中にお互いに合わないと思ったらやめられた方がいいと思うの。ほら、私であなたの嫁が務まるかも不安だし」
必死に言い募る璃世。頭の片隅では、『そんな屁理屈通らない』と言われかもと思いきや、千里は少し逡巡したのち、「なるほど」とうなずいた。
(え? 納得してくれたの⁉)
ひと筋の希望が見え、ほっと胸をなで下ろそうとしたとき。
「いつまでだ」
「え?」
「その試用期間とやらはいったいいつまでなんだと聞いている」
(そんなの知らないわよ……)
あやかしのくせに細かいことを気にするんじゃないと言いたくなるが、ここで機嫌を損ねて「やっぱり結婚」と言われでもしたら元の木阿弥。
「半年……三か月!」
「長い! 今年中だ」
「えっ!」
明らかに「長い」と眉を跳ね上げた顔に慌てて言い直すもあえなく却下。
今年なんて、あと残り一か月しかない。いくらなんでも短すぎると抗議しようしたら、先手を打たれた。
「嫌なら今すぐにでも――」
「わかったわよ!」
半ばやけっぱちで叫ぶ。すると千里は口の端をクッと持ち上げた。
次の瞬間――。
頬に柔らかな感触。
両目をこぼれんばかりに見開いて言葉を失っているうち、押しつけられていた唇が大きくリップ音をたててから離れていった。
「な、な、なななな……っ」
フルフルと小刻みに震えながら見る見る真っ赤になっていく璃世。それを見た千里は、満足げな笑みを浮かべ口を開く。
「仮契約だ」
動揺が収まらない璃世をよそに、千里は今の行動の意味をスラスラと説明する。
体の一部に口づけることにより、妖気が付着する。正式な契約と違い効力は弱いが、お守り代わりには十分だと。
ファーストキスも命もどちらも守られる。ならばこれで手打ちにすべきかもしれない。
そう必死に言い聞かせていたところに、信じられない言葉が聞こえた。
「毎日つけ直さないといけないのが少し面倒だが、まあ仕方ないか」
「え……、毎日⁉」
「ああ。言わなかったか? 効果は一日だって」
サラリと返され言葉を失う。
(毎日これを? この人と⁉)
信じられない気持ちで相手を凝視したら、「どうした?」と顔をのぞきこまれた。間近に見上げられて胸がドキンと跳ねる。
今の千里はどこからどう見ても普通の――いや、普通以上にすばらしい容姿を持つ男性なのだ。うっかりときめいたのはきっとそのせい。絶対そのせいだ。
必死に頭をブンブンと振ったら、頬をパシパシとポニーテールの毛先にはたかれる。
「なにをやってるんだ、おまえ」
千里は呆れ声で言い、璃世の毛束を掴んだ。
「ちょっと!」
離して、と抗議しようとしたが、千里が言う方が一瞬早い。
「面倒なら今からでも本契約を――」
「断固としてお断りいたします!」
「ブレねぇな」
秒で断ったのに、千里はなぜか楽しげにくつくつを肩を揺らして笑う。そんな仕草すら絵になるのが妙に悔しい。
すると彼は璃世を見つめてニヤリと口の端を上げながら、掴んでいる璃世の毛先に口づけを落とした。
「これからよろしくな、嫁さん」
「~~~っ、仮嫁です!」
ほとんどやけっぱちで叫んだ璃世を見て、千里は満足そうに目を細めた。
【おしまい】
叫びながら千里の顔を両手で押さえた。「往生際が悪い」と短く言い放った千里が、邪魔な手を排除しにかかってくる。力勝負で璃世に勝ち目はない。
大事なファーストキスを身の安全と引き換えに売り渡してしまう前に、できることはあるはずだ。そう思った璃世は、とっさに口を開いていた。
「試用期間よ!」
「試用期間?」
千里が訝しげに聞き返してくる。
「そう! よくあるでしょ? 会社が雇用者を見極める期間! 試用期間中にお互いに合わないと思ったらやめられた方がいいと思うの。ほら、私であなたの嫁が務まるかも不安だし」
必死に言い募る璃世。頭の片隅では、『そんな屁理屈通らない』と言われかもと思いきや、千里は少し逡巡したのち、「なるほど」とうなずいた。
(え? 納得してくれたの⁉)
ひと筋の希望が見え、ほっと胸をなで下ろそうとしたとき。
「いつまでだ」
「え?」
「その試用期間とやらはいったいいつまでなんだと聞いている」
(そんなの知らないわよ……)
あやかしのくせに細かいことを気にするんじゃないと言いたくなるが、ここで機嫌を損ねて「やっぱり結婚」と言われでもしたら元の木阿弥。
「半年……三か月!」
「長い! 今年中だ」
「えっ!」
明らかに「長い」と眉を跳ね上げた顔に慌てて言い直すもあえなく却下。
今年なんて、あと残り一か月しかない。いくらなんでも短すぎると抗議しようしたら、先手を打たれた。
「嫌なら今すぐにでも――」
「わかったわよ!」
半ばやけっぱちで叫ぶ。すると千里は口の端をクッと持ち上げた。
次の瞬間――。
頬に柔らかな感触。
両目をこぼれんばかりに見開いて言葉を失っているうち、押しつけられていた唇が大きくリップ音をたててから離れていった。
「な、な、なななな……っ」
フルフルと小刻みに震えながら見る見る真っ赤になっていく璃世。それを見た千里は、満足げな笑みを浮かべ口を開く。
「仮契約だ」
動揺が収まらない璃世をよそに、千里は今の行動の意味をスラスラと説明する。
体の一部に口づけることにより、妖気が付着する。正式な契約と違い効力は弱いが、お守り代わりには十分だと。
ファーストキスも命もどちらも守られる。ならばこれで手打ちにすべきかもしれない。
そう必死に言い聞かせていたところに、信じられない言葉が聞こえた。
「毎日つけ直さないといけないのが少し面倒だが、まあ仕方ないか」
「え……、毎日⁉」
「ああ。言わなかったか? 効果は一日だって」
サラリと返され言葉を失う。
(毎日これを? この人と⁉)
信じられない気持ちで相手を凝視したら、「どうした?」と顔をのぞきこまれた。間近に見上げられて胸がドキンと跳ねる。
今の千里はどこからどう見ても普通の――いや、普通以上にすばらしい容姿を持つ男性なのだ。うっかりときめいたのはきっとそのせい。絶対そのせいだ。
必死に頭をブンブンと振ったら、頬をパシパシとポニーテールの毛先にはたかれる。
「なにをやってるんだ、おまえ」
千里は呆れ声で言い、璃世の毛束を掴んだ。
「ちょっと!」
離して、と抗議しようとしたが、千里が言う方が一瞬早い。
「面倒なら今からでも本契約を――」
「断固としてお断りいたします!」
「ブレねぇな」
秒で断ったのに、千里はなぜか楽しげにくつくつを肩を揺らして笑う。そんな仕草すら絵になるのが妙に悔しい。
すると彼は璃世を見つめてニヤリと口の端を上げながら、掴んでいる璃世の毛先に口づけを落とした。
「これからよろしくな、嫁さん」
「~~~っ、仮嫁です!」
ほとんどやけっぱちで叫んだ璃世を見て、千里は満足そうに目を細めた。
【おしまい】
