「お騒がせなやつらだな」
ふたりが出て行った戸口を見ながら千里がつぶやく。
「まあこれで徳々ポイントダブルだから結果オーライってやつだな」
「は?」
なにが『結果オーライ』だというのだろう。スーパーのお得セールのようなネーミングも手伝って、いったいどこからつっこんでいいのか迷ってしまう。
すると千里は、今回は一気にふたつの徳を積めたのだと言った。
ひとつは家出の白ウサギを泊めてあげたこと。
そしてもうひとつは、夫ウサギに頼まれてアリスのところまで連れて行ってやったことだそう。
璃世とアリスが出かけた後しばらくして、夫ウサギが千里のもとを訪ねて来た。まねき亭の店主に、妻の居場所を探してもらおうと。
その頼みを聞いて夫ウサギを無事妻のもとへ届けた千里は、そこで璃世が迷子になっていることを知った。アリスが通って来た道のことを聞きこれはまずいと探しに向かい、今に至る。
「ところでなにを貰ったんだ?」
言いながら千里が璃世の手元をのぞきこんできた。すぐに「お!」と嬉しそうな声を上げる。
「出町柳の豆大福じゃないか」
璃世が首をかしげると、いつも行列ができる人気店のものだと言う。
わざわざ並んで買ってきてくれるなんていいところあるじゃないか、あのウサギ夫婦。
そんなふうに思いながら袋の中身を眺めていたら、パックの下になにかあることに気がついた。小さな紙の袋だ。
「なにこれ……」
中身を取り出した瞬間、絶句した璃世。反対に千里は「ふはっ」と吹き出した。
「気が利くじゃねぇか、あの白ウサ」
千里がおかしそうに言う。璃世の手の中にあるのは、『縁結守』と書かれた桃色お守りだ。二羽の白ウサギも描かれている。
「いくらウサギがついているからって……」
「そりゃそうだろ、あいつら狛兎なんだから」
「え⁉」
思いもよらぬ返事に驚くと、千里が目を丸くした。
「知らなかったのか? この岡﨑神社は縁結びや子授け安産にご利益がある。そこの神様に仕えているのがあの夫婦狛兎ってわけだ」
「え、ええー!」
もしかしたら自分は、壮大な夫婦げんかに巻き込まれたのかもしれないと今頃ながらに思う璃世である。
すると千里が突然、「さっきの話だけどな」と切りだしてきた。
「さっきの話?」
「おまえがあやかしに襲われずに済む方法」
「ああ!」
そう言えばその話をしている最中だった。アリスが現れたせいですっかり忘れていた。
待ってましたとばかりに前のめりになったところで、千里が口を開く。
「俺の嫁になることだ」
「は⁉」
ポカンと口を開けた璃世に、千里は綺麗なアーモンドアイを細めてニヤリと口の端を持ち上げた。
「俺と夫婦契約を交わせば、俺の気でおまえは守られる」
「気で……」
「妖力の高い俺に、そんじょそこらのあやかしは立ち向かってこない。さっきみたいに一瞬で消されるのが目に見えているからな」
夫婦契約は生気を交換することだと聞いた。ということは、璃世の体の中に入った千里の気で、あやかしが寄りつかなくなるということなのか。
命の危険にさらされるのは嫌だけれど、かといって化け猫の嫁になるなんてそうやすやすと決められるものでもない。
頭を抱え込む勢いで悩んでいると、横から伸びてきた腕に腰をさらわれた。
「わっ!」
「なにをそんなに悩むことがある。嫁になればあまたの厄災から守ってやると言っているんだぞ」
瞬く間にあごを掴まれて上を向かされた。三十センチほどの距離にある整った顔に、璃世の心臓が早鐘を打った。
どうしよう。このままでは“夫婦契約”というのを結ばれてしまう。
危険から身を守ることを考えるならきっとそうするべきなのだ。璃世さえ一瞬我慢すれば弟のことも守れる。
だけど、こんなに簡単にファーストキスを――しかも好きでもない相手と済ませてしまうことに抵抗がある。璃世にだって、人並みに恋愛や結婚に対する憧れがあるのだ。
頭の中で葛藤をくり返しているうちに、いつの間にか目の前の虹彩の色が変わっていた。まるで何万年もかけて宝石になった樹脂のように、飴色の美しい輝きにくぎ付けになる。
気づいたときには、そこに映りこんでいる自分の顔が目前にあった。
「安心しろ。このうえなく大事にしてやる」
壮絶な色香にぞくりとする。身じろぎどころか呼吸すら忘れる。
あと少しで唇が触れる――そのとき。
ふたりが出て行った戸口を見ながら千里がつぶやく。
「まあこれで徳々ポイントダブルだから結果オーライってやつだな」
「は?」
なにが『結果オーライ』だというのだろう。スーパーのお得セールのようなネーミングも手伝って、いったいどこからつっこんでいいのか迷ってしまう。
すると千里は、今回は一気にふたつの徳を積めたのだと言った。
ひとつは家出の白ウサギを泊めてあげたこと。
そしてもうひとつは、夫ウサギに頼まれてアリスのところまで連れて行ってやったことだそう。
璃世とアリスが出かけた後しばらくして、夫ウサギが千里のもとを訪ねて来た。まねき亭の店主に、妻の居場所を探してもらおうと。
その頼みを聞いて夫ウサギを無事妻のもとへ届けた千里は、そこで璃世が迷子になっていることを知った。アリスが通って来た道のことを聞きこれはまずいと探しに向かい、今に至る。
「ところでなにを貰ったんだ?」
言いながら千里が璃世の手元をのぞきこんできた。すぐに「お!」と嬉しそうな声を上げる。
「出町柳の豆大福じゃないか」
璃世が首をかしげると、いつも行列ができる人気店のものだと言う。
わざわざ並んで買ってきてくれるなんていいところあるじゃないか、あのウサギ夫婦。
そんなふうに思いながら袋の中身を眺めていたら、パックの下になにかあることに気がついた。小さな紙の袋だ。
「なにこれ……」
中身を取り出した瞬間、絶句した璃世。反対に千里は「ふはっ」と吹き出した。
「気が利くじゃねぇか、あの白ウサ」
千里がおかしそうに言う。璃世の手の中にあるのは、『縁結守』と書かれた桃色お守りだ。二羽の白ウサギも描かれている。
「いくらウサギがついているからって……」
「そりゃそうだろ、あいつら狛兎なんだから」
「え⁉」
思いもよらぬ返事に驚くと、千里が目を丸くした。
「知らなかったのか? この岡﨑神社は縁結びや子授け安産にご利益がある。そこの神様に仕えているのがあの夫婦狛兎ってわけだ」
「え、ええー!」
もしかしたら自分は、壮大な夫婦げんかに巻き込まれたのかもしれないと今頃ながらに思う璃世である。
すると千里が突然、「さっきの話だけどな」と切りだしてきた。
「さっきの話?」
「おまえがあやかしに襲われずに済む方法」
「ああ!」
そう言えばその話をしている最中だった。アリスが現れたせいですっかり忘れていた。
待ってましたとばかりに前のめりになったところで、千里が口を開く。
「俺の嫁になることだ」
「は⁉」
ポカンと口を開けた璃世に、千里は綺麗なアーモンドアイを細めてニヤリと口の端を持ち上げた。
「俺と夫婦契約を交わせば、俺の気でおまえは守られる」
「気で……」
「妖力の高い俺に、そんじょそこらのあやかしは立ち向かってこない。さっきみたいに一瞬で消されるのが目に見えているからな」
夫婦契約は生気を交換することだと聞いた。ということは、璃世の体の中に入った千里の気で、あやかしが寄りつかなくなるということなのか。
命の危険にさらされるのは嫌だけれど、かといって化け猫の嫁になるなんてそうやすやすと決められるものでもない。
頭を抱え込む勢いで悩んでいると、横から伸びてきた腕に腰をさらわれた。
「わっ!」
「なにをそんなに悩むことがある。嫁になればあまたの厄災から守ってやると言っているんだぞ」
瞬く間にあごを掴まれて上を向かされた。三十センチほどの距離にある整った顔に、璃世の心臓が早鐘を打った。
どうしよう。このままでは“夫婦契約”というのを結ばれてしまう。
危険から身を守ることを考えるならきっとそうするべきなのだ。璃世さえ一瞬我慢すれば弟のことも守れる。
だけど、こんなに簡単にファーストキスを――しかも好きでもない相手と済ませてしまうことに抵抗がある。璃世にだって、人並みに恋愛や結婚に対する憧れがあるのだ。
頭の中で葛藤をくり返しているうちに、いつの間にか目の前の虹彩の色が変わっていた。まるで何万年もかけて宝石になった樹脂のように、飴色の美しい輝きにくぎ付けになる。
気づいたときには、そこに映りこんでいる自分の顔が目前にあった。
「安心しろ。このうえなく大事にしてやる」
壮絶な色香にぞくりとする。身じろぎどころか呼吸すら忘れる。
あと少しで唇が触れる――そのとき。
