***
「ねえ璃世。こっちの方が絶対映えだと思いませんこと?」
「えっと……そう……かも」
璃世は差し出されたスマホの画面を見て、ぎこちなくうなずいた。スマホの持ち主は金髪の美少女。年齢は璃世と同じくらいだが、見た目はまったく違う。
透き通るような白磁の肌。髪の色はストロベリーブロンド――ほんのり赤みの入った白金色で、背中から腰にかけて緩く波打っている。
髪と同じ色の長いまつ毛に覆われた瞳は、パッチリと大きく、ルビーのように真っ赤だった。
『どうして外国人の女の子がここに……』
『あなたにはそう見えるますのね』
驚きながらとつぶやいたら、美少女は一瞬驚いた顔をしてからそう言って微笑んだ。そうして、自分は昨日のウサギだと名乗ったのだ。
千里と違い、白ウサギはこれまで人型をとったことがなかったそう。そのため決まった容姿を持っていない。人型を目にした人が “どう見えたか”で、姿かたちが安定するのだと言った。
説明を聞いても璃世には今ひとつよく理解できなかったけれど、とにかく目の前の金髪美少女が白ウサギなのだということはわかった。
千里との接吻攻防のさなか、危機一髪というところで乱入してきた彼女は、璃世を急き立てるようにこう言った。
『今すぐお仕度なさって! 映えスイーツが呼んでますわよ!』
そういうわけで、どういうわけか璃世はウサギが化けた外国人美少女と京都の街を並んで歩いている――というわけだ。
「ねえ、アリス。本当に歩いて行くの?」
「ええ。大丈夫、アタクシちゃんと行き方は調べましてよ」
そんな会話をしている今は、ちょうど賀茂大橋を渡っているところ。昨日子ネコを助けた『鴨川デルタ』も見える。
さっき見せてもらったスイーツ店は四条河原町(しじょうかわらまち)にあるようだ。璃世は昨日ここまで来るために私鉄を使ったので、なんとなくだがここから四条河原町まで距離があることはわかっている。
けれどアリスは――『アリス』というのは、璃世がつけた名前だ。人の姿をしている相手を「ウサギ」と呼ぶことに抵抗があったので名前を聞いたら、本人が好きに呼んでいいと言ったのだ。その名前がパッとひらめいたのは、おそらく彼女の服装が淡いブルーのエプロンドレスだったせいだろう。
そのアリスがスマホを片手に自信満々に言うのだから、京都に不慣れな璃世としては黙ってついていくしかない。
「それにしてもあなた、ほんとうにいいんですの?」
跳ねるような軽やかな足取りで橋を渡りきってすぐ、振り向いたアリスが璃世に言った。
本当にいいもなにも、そっちが映えスイーツとやらを食べに行くと言って、半ば強引に璃世のことを引っ張り出したくせに。文句のひとつでも言ってやろうかと口を開きかけた矢先。
「お嫁入りのことですわ。あなたこのままあの化け猫店主に嫁ぐおつもり?」
「いや、それは」
「覚悟がないならおやめなさいな。面倒なだけですわよ」
「え?」
まさかやめろと言われるとは思わなかった。同じあやかし同士、アリスは千里の味方をすると思っていたのだ。
そもそも、はなから化け猫の嫁になる気などない璃世。あのときアリスが入ってきたおかげで、無理やり夫婦契約を結ばずに済んだのだ。そのお礼がまだだったことに気づく。
「ありがとう、アリス。あなたのおかげで、あの人となし崩しに夫婦にならずに済んだわ」
ペコリと下げた頭を上げたら、アリスが大きな目をさらに大きく見開いていた。あれ? と思うと同時に璃世からサッと顔をそむける。
「ア、アタクシは別に……あなたのためにしたわけじゃ……。夫婦なんて愛があるのは最初のうちだけ。あとは惰性だったりいがみ合ったり。とにかく面倒なものだとよく知っているだけですわ」
ツンと横を向いてそう言ったアリスの耳が心なしか赤い。高飛車なお嬢様かと思いきや、意外とかわいいところもある。ビスドールのごとく美しい横顔をじいっと見つめていたら、「ほら、早く行きますわよ」と足を速められた。
「ねえ璃世。こっちの方が絶対映えだと思いませんこと?」
「えっと……そう……かも」
璃世は差し出されたスマホの画面を見て、ぎこちなくうなずいた。スマホの持ち主は金髪の美少女。年齢は璃世と同じくらいだが、見た目はまったく違う。
透き通るような白磁の肌。髪の色はストロベリーブロンド――ほんのり赤みの入った白金色で、背中から腰にかけて緩く波打っている。
髪と同じ色の長いまつ毛に覆われた瞳は、パッチリと大きく、ルビーのように真っ赤だった。
『どうして外国人の女の子がここに……』
『あなたにはそう見えるますのね』
驚きながらとつぶやいたら、美少女は一瞬驚いた顔をしてからそう言って微笑んだ。そうして、自分は昨日のウサギだと名乗ったのだ。
千里と違い、白ウサギはこれまで人型をとったことがなかったそう。そのため決まった容姿を持っていない。人型を目にした人が “どう見えたか”で、姿かたちが安定するのだと言った。
説明を聞いても璃世には今ひとつよく理解できなかったけれど、とにかく目の前の金髪美少女が白ウサギなのだということはわかった。
千里との接吻攻防のさなか、危機一髪というところで乱入してきた彼女は、璃世を急き立てるようにこう言った。
『今すぐお仕度なさって! 映えスイーツが呼んでますわよ!』
そういうわけで、どういうわけか璃世はウサギが化けた外国人美少女と京都の街を並んで歩いている――というわけだ。
「ねえ、アリス。本当に歩いて行くの?」
「ええ。大丈夫、アタクシちゃんと行き方は調べましてよ」
そんな会話をしている今は、ちょうど賀茂大橋を渡っているところ。昨日子ネコを助けた『鴨川デルタ』も見える。
さっき見せてもらったスイーツ店は四条河原町(しじょうかわらまち)にあるようだ。璃世は昨日ここまで来るために私鉄を使ったので、なんとなくだがここから四条河原町まで距離があることはわかっている。
けれどアリスは――『アリス』というのは、璃世がつけた名前だ。人の姿をしている相手を「ウサギ」と呼ぶことに抵抗があったので名前を聞いたら、本人が好きに呼んでいいと言ったのだ。その名前がパッとひらめいたのは、おそらく彼女の服装が淡いブルーのエプロンドレスだったせいだろう。
そのアリスがスマホを片手に自信満々に言うのだから、京都に不慣れな璃世としては黙ってついていくしかない。
「それにしてもあなた、ほんとうにいいんですの?」
跳ねるような軽やかな足取りで橋を渡りきってすぐ、振り向いたアリスが璃世に言った。
本当にいいもなにも、そっちが映えスイーツとやらを食べに行くと言って、半ば強引に璃世のことを引っ張り出したくせに。文句のひとつでも言ってやろうかと口を開きかけた矢先。
「お嫁入りのことですわ。あなたこのままあの化け猫店主に嫁ぐおつもり?」
「いや、それは」
「覚悟がないならおやめなさいな。面倒なだけですわよ」
「え?」
まさかやめろと言われるとは思わなかった。同じあやかし同士、アリスは千里の味方をすると思っていたのだ。
そもそも、はなから化け猫の嫁になる気などない璃世。あのときアリスが入ってきたおかげで、無理やり夫婦契約を結ばずに済んだのだ。そのお礼がまだだったことに気づく。
「ありがとう、アリス。あなたのおかげで、あの人となし崩しに夫婦にならずに済んだわ」
ペコリと下げた頭を上げたら、アリスが大きな目をさらに大きく見開いていた。あれ? と思うと同時に璃世からサッと顔をそむける。
「ア、アタクシは別に……あなたのためにしたわけじゃ……。夫婦なんて愛があるのは最初のうちだけ。あとは惰性だったりいがみ合ったり。とにかく面倒なものだとよく知っているだけですわ」
ツンと横を向いてそう言ったアリスの耳が心なしか赤い。高飛車なお嬢様かと思いきや、意外とかわいいところもある。ビスドールのごとく美しい横顔をじいっと見つめていたら、「ほら、早く行きますわよ」と足を速められた。