『お……おいマジかよノインのやつ……』
『か、勝ちやがった』
『あの神速の剣姫に……』
周囲から起こるどよめきを耳にしながら剣を収める。
「わ、私が……負け……た……?」
驚きから呆然。そして俺を睨みつけるような表情へと変わり。
「……貴方一体何をしたのよ」
「何ってただその辺りの地面を水魔法で濡らしただけだぞ。ぬかるみが出来る程度にな」
それが俺が準備中にやっていたこと。これを近くで見ていたトマスは「こんなので勝てるわけないだろ」と言っていたぐらいに拙い仕込み。不自然に草が濡れているし、地面も泥になっている部分は周りと違って黒くなっている。普通なら剣で切り結ぶ間合いに入ろうとする前に気が付いて当然のことだ。
だが。
「やっぱり”神速で見ている景色”ってのは融通が効かないんだな」
「っ!」
図星だったらしく俺を睨む視線がより厳しいものになる。
通常、間合いを詰める時はその最中でも色々な情報を目や耳、そして肌で感じ取ることが出来る。そしてそれらの情報を元に最適な行動を考えて対応するというのは意識せずとも誰もがやっていることだ。
しかし神速は一瞬で移動するというその特性から、”相手に近付くにつれて得られる情報”というものが極端に少ないのではないかと俺は考えた。そこで仕掛けたのが地面のぬかるみトラップ。普通に間合いを詰めていればすぐに気付くような杜撰なものだが、一瞬で移動する神速では気付けずに引っ掛かったという訳だ。
「こんな……こんな単純な手にこの私が……」
悔しそうに顔を伏せる。
Sランク冒険者に勝利したという事実に、周りの奴らと同じように俺も騒ぎ立てたいところではあるが――。
「君の神速は確かに弱点がある。でもその弱点をカバーして能力を最大限に発揮するためにパーティを組むんだろ?」
努めて優しい口調で語りかける。
なんたって彼女とはこれからパーティを組む仲なんだ。不和を抱えることなく良好な関係を築く必要がある。
「俺のさっきの罠なんて”天眼の賢女”が居たらすぐに見破られるさ」
ロイヤルブラッド所属のSランク冒険者。クロナ・ウインドファーム。
彼女の持つ”天眼”の天恵は戦場を俯瞰的に見ることが出来る上に、相手の能力や弱点まで見破ることが出来るという、まさにパーティの司令塔的な存在。もしこの場に彼女が居たら神速を発動させる前にシエラに罠の存在を伝えていただろう。
そう思っての発言だったが――。
「…………クロナならこの間脱退したわよ」
「な、なに? そ、そうか……」
シエラの口から衝撃的な新事実が告げられた。
他の人も知らなかったのか、周りからも「お前知ってた?」「いや初耳だ」というようなやり取りが聞こえてくる。
しかしなるほど。脱退者が出たから今回の募集に踏み切ったわけか。道理で試験内容のレベルも高かった訳だ。とはいえロイヤルブラッドのメンバー層は非常に厚い。
「なら”鉄壁の全方位防御”でもカバーは可能だ。多少突出したところで防御範囲が広いからな」
ロイヤルブラッド所属のSランク冒険者。ガイウス・クロータス
彼の持つ”全方位防御”の天恵は自身だけでなく、周囲にも障壁を張ることが出来、その障壁の硬さは上級の防御魔法を遥かに凌駕すると聞く。もしこの場に彼が居たら俺の攻撃なんていとも容易く防がれてしまっていただろう。
「…………ガイウスもこの間抜けた」
「な、なに? そ、そうか……そうなのか……鉄壁までもか……」
周囲のざわめきと俺の戸惑い、どちらも先程よりも大きくなる。
まさか2人も脱退者が居るとは……いやしかしロイヤルブラッドにはまだ人材は残っている。
「”奇跡の癒し手”と呼ばれる彼女がいればダメージを負ったところで――」
「……フェリスも抜けた」
「な、なら”未踏の走破者”である彼がいれば卓越した技術でサポートを――」
「……ハドンが一番最初に抜けた」
…………。
……。
ええと。
「じゃ、じゃあ誰が残っているんだ……?」
「………………私だけよ」
小さく呟く。
そして少しの間、辺りを沈黙が包み――。
『え? じゃあ俺たちの知ってるロイヤルブラッドじゃないってことか?』
『そういうことらしいな……しかも残ってるのがあのお嬢ちゃん1人か……』
『なぁ……これ加入する意味あるか?』
『いやないだろ……もう別物のパーティだぞ』
周囲からそんな声が聞こえてくる。そんな空気になってしまっているのだから当然。
『なぁもう行こうぜ。こんなところに居ても時間の無駄だ』
『そうだな。まったくとんだ詐欺募集だったぜ。管理局もなんでこんなのに募集許可出しやがったんだ』
『だよな。ちょっと抗議しとくか』
『ったく。ただの小娘が何を勘違いしたか知らんがいい迷惑だ』
口々にそう言いながら選考会を受けた冒険者が続々と去っていく。
「ノインも行こうぜ」
そしてその中にはトマスも含まれていて、俺にそう声を掛ける。
……そうだな。パーティが崩壊している以上、加入したところで旨味がない。いくらSランク冒険者とはいえリーダーのシエラがこの有様ではメンバーを集めるのも一苦労だろう。
賭けに勝ったのにリターンがないのは腑に落ちないが、これ以上ここに居ても意味がない。
「ああ、行こ――ん?」
トマスに返事をして歩き出したところで、袖を引っ張られる感じがした。
振り向くとシエラが顔を伏せたまま、俺の袖を掴んでいた。
「……何をしている。離せ」
軽く振りほどこうとするが、強く握っているようで離れる気配がない。
「貴方は合格したんだから残りなさいよ……」
ぽつりと漏れたような、か細い声。
「悪いが辞退する。だから離してくれ」
「やだ」
「やだってお前そんな子供みたいな――」
言っている途中で顔を上げたシエラを見て言葉に詰まる。
彼女の瞳には今にも零れ落ちそうなぐらいの涙が溜まっていたのだ。これまでの言動からは予想もつかない様子に振りほどこうとする手が一瞬止まってしまった。
そしてその隙に。
「…………あー……すまん、ノイン。先に行くわ」
「ちょ、ちょっとトマス待ってくれ」
アイツ逃げやがったな……ったく……異性の涙が苦手なのは変わってないな。
だが俺はあいつと違って相手が誰だろうと何だろうと態度を変える人間ではない。
「泣いても無駄だ。離せ」
容赦なく腕を強く振りほどこうとする。
くっ、こいつ中々離さないな……。
「俺は金にならない仕事はしない。わかったら離してくれ」
「お、お金ならいっぱい出すわよ……」
……何?
思ってもみなかった発言に、振りほどこうしていた腕の動きを止める。
「具体的にいくらだ? いつの支払いだ? 歩合制か? 定額か?」
「え? ええっと」
シエラは一瞬戸惑った様子を見せた後、俺の袖から手を離し、その手で自分の懐から。
「今出せるのはこれぐらいかしら……」
そう言って貨幣袋を手渡してきた。
早速中身を見てみる。
「……おお」
思わず感嘆の声が出てしまった。
これ助っ人何回分だ? 少なくとも1ヶ月毎日助っ人として働いたとしても稼げない額。それが今俺の手の中にあった。
「これ毎月貰えるのか?」
「ま、毎月はちょっと厳しいわね……」
頭の中で試算する。
この額を毎月貰えないとなるとパーティでの稼ぎの何割かが俺の取り分になるのだろう。だが完全に落ちぶれているロイヤルブラッドで、この面倒くさそうなリーダーと一緒に仕事するとなると……うん、割に合わんな。
「これは返そう。それで俺は辞退する」
「わ、わかった! 毎月この額払うから! 払うから行かないでよぉ!」
悲痛にも聞こえる叫び。人によってはこの態度に同情して加入してしまいそうな、それぐらい真に迫ったものだった。
しかし情よりも金を取る俺にとっては。
「よし毎月だな。あとで書面で契約交わすぞリーダー」
と、金に釣られてパーティ加入を決めるのだった。
『か、勝ちやがった』
『あの神速の剣姫に……』
周囲から起こるどよめきを耳にしながら剣を収める。
「わ、私が……負け……た……?」
驚きから呆然。そして俺を睨みつけるような表情へと変わり。
「……貴方一体何をしたのよ」
「何ってただその辺りの地面を水魔法で濡らしただけだぞ。ぬかるみが出来る程度にな」
それが俺が準備中にやっていたこと。これを近くで見ていたトマスは「こんなので勝てるわけないだろ」と言っていたぐらいに拙い仕込み。不自然に草が濡れているし、地面も泥になっている部分は周りと違って黒くなっている。普通なら剣で切り結ぶ間合いに入ろうとする前に気が付いて当然のことだ。
だが。
「やっぱり”神速で見ている景色”ってのは融通が効かないんだな」
「っ!」
図星だったらしく俺を睨む視線がより厳しいものになる。
通常、間合いを詰める時はその最中でも色々な情報を目や耳、そして肌で感じ取ることが出来る。そしてそれらの情報を元に最適な行動を考えて対応するというのは意識せずとも誰もがやっていることだ。
しかし神速は一瞬で移動するというその特性から、”相手に近付くにつれて得られる情報”というものが極端に少ないのではないかと俺は考えた。そこで仕掛けたのが地面のぬかるみトラップ。普通に間合いを詰めていればすぐに気付くような杜撰なものだが、一瞬で移動する神速では気付けずに引っ掛かったという訳だ。
「こんな……こんな単純な手にこの私が……」
悔しそうに顔を伏せる。
Sランク冒険者に勝利したという事実に、周りの奴らと同じように俺も騒ぎ立てたいところではあるが――。
「君の神速は確かに弱点がある。でもその弱点をカバーして能力を最大限に発揮するためにパーティを組むんだろ?」
努めて優しい口調で語りかける。
なんたって彼女とはこれからパーティを組む仲なんだ。不和を抱えることなく良好な関係を築く必要がある。
「俺のさっきの罠なんて”天眼の賢女”が居たらすぐに見破られるさ」
ロイヤルブラッド所属のSランク冒険者。クロナ・ウインドファーム。
彼女の持つ”天眼”の天恵は戦場を俯瞰的に見ることが出来る上に、相手の能力や弱点まで見破ることが出来るという、まさにパーティの司令塔的な存在。もしこの場に彼女が居たら神速を発動させる前にシエラに罠の存在を伝えていただろう。
そう思っての発言だったが――。
「…………クロナならこの間脱退したわよ」
「な、なに? そ、そうか……」
シエラの口から衝撃的な新事実が告げられた。
他の人も知らなかったのか、周りからも「お前知ってた?」「いや初耳だ」というようなやり取りが聞こえてくる。
しかしなるほど。脱退者が出たから今回の募集に踏み切ったわけか。道理で試験内容のレベルも高かった訳だ。とはいえロイヤルブラッドのメンバー層は非常に厚い。
「なら”鉄壁の全方位防御”でもカバーは可能だ。多少突出したところで防御範囲が広いからな」
ロイヤルブラッド所属のSランク冒険者。ガイウス・クロータス
彼の持つ”全方位防御”の天恵は自身だけでなく、周囲にも障壁を張ることが出来、その障壁の硬さは上級の防御魔法を遥かに凌駕すると聞く。もしこの場に彼が居たら俺の攻撃なんていとも容易く防がれてしまっていただろう。
「…………ガイウスもこの間抜けた」
「な、なに? そ、そうか……そうなのか……鉄壁までもか……」
周囲のざわめきと俺の戸惑い、どちらも先程よりも大きくなる。
まさか2人も脱退者が居るとは……いやしかしロイヤルブラッドにはまだ人材は残っている。
「”奇跡の癒し手”と呼ばれる彼女がいればダメージを負ったところで――」
「……フェリスも抜けた」
「な、なら”未踏の走破者”である彼がいれば卓越した技術でサポートを――」
「……ハドンが一番最初に抜けた」
…………。
……。
ええと。
「じゃ、じゃあ誰が残っているんだ……?」
「………………私だけよ」
小さく呟く。
そして少しの間、辺りを沈黙が包み――。
『え? じゃあ俺たちの知ってるロイヤルブラッドじゃないってことか?』
『そういうことらしいな……しかも残ってるのがあのお嬢ちゃん1人か……』
『なぁ……これ加入する意味あるか?』
『いやないだろ……もう別物のパーティだぞ』
周囲からそんな声が聞こえてくる。そんな空気になってしまっているのだから当然。
『なぁもう行こうぜ。こんなところに居ても時間の無駄だ』
『そうだな。まったくとんだ詐欺募集だったぜ。管理局もなんでこんなのに募集許可出しやがったんだ』
『だよな。ちょっと抗議しとくか』
『ったく。ただの小娘が何を勘違いしたか知らんがいい迷惑だ』
口々にそう言いながら選考会を受けた冒険者が続々と去っていく。
「ノインも行こうぜ」
そしてその中にはトマスも含まれていて、俺にそう声を掛ける。
……そうだな。パーティが崩壊している以上、加入したところで旨味がない。いくらSランク冒険者とはいえリーダーのシエラがこの有様ではメンバーを集めるのも一苦労だろう。
賭けに勝ったのにリターンがないのは腑に落ちないが、これ以上ここに居ても意味がない。
「ああ、行こ――ん?」
トマスに返事をして歩き出したところで、袖を引っ張られる感じがした。
振り向くとシエラが顔を伏せたまま、俺の袖を掴んでいた。
「……何をしている。離せ」
軽く振りほどこうとするが、強く握っているようで離れる気配がない。
「貴方は合格したんだから残りなさいよ……」
ぽつりと漏れたような、か細い声。
「悪いが辞退する。だから離してくれ」
「やだ」
「やだってお前そんな子供みたいな――」
言っている途中で顔を上げたシエラを見て言葉に詰まる。
彼女の瞳には今にも零れ落ちそうなぐらいの涙が溜まっていたのだ。これまでの言動からは予想もつかない様子に振りほどこうとする手が一瞬止まってしまった。
そしてその隙に。
「…………あー……すまん、ノイン。先に行くわ」
「ちょ、ちょっとトマス待ってくれ」
アイツ逃げやがったな……ったく……異性の涙が苦手なのは変わってないな。
だが俺はあいつと違って相手が誰だろうと何だろうと態度を変える人間ではない。
「泣いても無駄だ。離せ」
容赦なく腕を強く振りほどこうとする。
くっ、こいつ中々離さないな……。
「俺は金にならない仕事はしない。わかったら離してくれ」
「お、お金ならいっぱい出すわよ……」
……何?
思ってもみなかった発言に、振りほどこうしていた腕の動きを止める。
「具体的にいくらだ? いつの支払いだ? 歩合制か? 定額か?」
「え? ええっと」
シエラは一瞬戸惑った様子を見せた後、俺の袖から手を離し、その手で自分の懐から。
「今出せるのはこれぐらいかしら……」
そう言って貨幣袋を手渡してきた。
早速中身を見てみる。
「……おお」
思わず感嘆の声が出てしまった。
これ助っ人何回分だ? 少なくとも1ヶ月毎日助っ人として働いたとしても稼げない額。それが今俺の手の中にあった。
「これ毎月貰えるのか?」
「ま、毎月はちょっと厳しいわね……」
頭の中で試算する。
この額を毎月貰えないとなるとパーティでの稼ぎの何割かが俺の取り分になるのだろう。だが完全に落ちぶれているロイヤルブラッドで、この面倒くさそうなリーダーと一緒に仕事するとなると……うん、割に合わんな。
「これは返そう。それで俺は辞退する」
「わ、わかった! 毎月この額払うから! 払うから行かないでよぉ!」
悲痛にも聞こえる叫び。人によってはこの態度に同情して加入してしまいそうな、それぐらい真に迫ったものだった。
しかし情よりも金を取る俺にとっては。
「よし毎月だな。あとで書面で契約交わすぞリーダー」
と、金に釣られてパーティ加入を決めるのだった。