この場にいる全員に、補助魔法をかける――それも同時に。
 それが彼女、シエラ・グレンヴェールが提示した試験内容だった。

「ちょ、ちょっと待ってください。ここにいる全員に同時に、ですか?」

 ザウスさんが困惑した様子で確認を取る。それもそうだろう。この試験はあまりにも難易度が高すぎる。
 魔力を相手にぶつける攻撃魔法や、魔力で障壁を作り出す防御魔法と違い、補助魔法は主に対象者の能力を向上させる魔法。故に対象者に合わせた調整を行わなければ効果が薄くなってしまったり、逆に強すぎて反動を受けてしまったりなどの思わぬ副反応を引き起こしてしまう。
 そういった事態を避ける為に”個別調整”という工程が必要な以上、複数人同時というのは到底不可能だ。
 補助魔法の特性と扱いの難しさをこの中で一番よくわかっているザウスさんだからこそ確認せずにはいられなかったのだろう。

 ……だというのに彼女はまた溜息を大きくついて。

「そうよ。1回言っただけじゃわからない? それともうちに入ろうとしているのにこんなこともできないのかしら?」

 さも出来て当然、のような口調で言い放った。
 ……さすがにこの発言には驚きだ。求めているレベルが高すぎる。

「すみません、少なくとも私にはできないですね。……ですが上級補助魔法であればいくつか習得しています」

 パーティとはお互いの命を預け合う関係上、何が出来て何が出来ないのかを明確に伝えることが大事だ。経験豊富なザウスさんはそれをよく知っているので正直にそう伝えたのだろう。

「さっきも言ったけれど私は優秀な人材を求めているの。上級補助魔法が使える程度じゃ話にならないわね」

 しかし彼女は取り付く島もないといった感じで、それ以降ザウスさんには見向きもしなくなった。

「他に出来る者はいないようね……まったく、この程度で使えるなんて言わないで欲しいわね」

 ザウスさんだけでなく、俺を含めて名乗りでた3人は何も言えず列に戻る。
 さすがはSランク冒険者というべきか、それとも現実が見えていないというべきか……。初っ端から次元の違う試験内容に俺たちを取り巻く空気が一気に重くなったように感じた。
 しかし、そんな空気を全く意に介していない様子で彼女は。

「次の試験は”アイテム探知”よ。自信がある者は前に出なさい」

 今度は探索系スキルのテストか……。補助魔法よりは得意ではあるが求められるレベルを考えると足が重い……。いや、弱気になるな俺。ある程度器用にこなせることをアピールするためには試験を受けるしか道はない。
 ――よし。
 小さく気合いを入れて一歩踏み出す。今回は俺を含めて4人立候補したようだ。

「試験の内容だけれど――この草原のどこかにアイテムを埋めてあるわ。見つけてみなさい」

 発表された内容にまたもや周囲がざわつく。
 それも当然だ。草原といっても見渡す限り、いやそれよりも広い範囲の中からアイテムを探し出すなんて、探索スキルに優れた人でも1日かけても終わるかどうかのレベルだ。彼女はそんなにも長時間試験をするつもりなのか……?

「ちっ、探しゃあいいんだろ!」

 俺たちが動揺している間に、1人が駆け出す。
 くそっ、俺としたことが出遅れてしまった。今からでもアタリをつけてそこから順次サーチを――。

「待ちなさい。どこへ行くつもりなのかしら?」

 駆け出そうとする俺たちを突如呼び止める。

「なにって……アイテムを探しにいくんだけど……なぁ?」

 同意を求められたので頷いておく。
 すると、彼女はまた呆れたように「はぁ」と溜息をついて。

「これは探索スキルの試験なのよ? この場から動かず探し出してみせなさい」

 またもやとてつもなく難易度の高いことを言い出した。
 普通、罠やアイテムなどの探知はスキルを使って行うのだが、当然検知できる範囲というのは決まっている。人によっては横の探知範囲は狭いが遠く離れた距離まで探知できたり、範囲は狭いが円形に探知できたりといったような個人差はあるが、全体的な面積で考えると大きい差はない。
 結局自分を中心とした位置を中心に探索範囲が決まってしまうので、一切動かず草原全体を探知するだなんて上級スキルを使っても不可能だ。

「……まさかこれも出来ないのかしら?」

 無言で頷くしかない俺たち。それを見て彼女はまた呆れたように溜息をついた。




 ――そしてその後も試験は続いた。
 ……が、誰もが予想していた通り、その難易度は高く。


『そこの森に入って魔物を3体同時にテイムしてきなさい』
『転移魔法でこのアイテムだけ自分の元に引き寄せてみせなさい』
『私のステータスを見破ってみせなさい』
『ここに寝食可能な野営を1分以内に設営しなさい』


 等など。
 上級のスキルを身につけていても、ある程度使いこなせていても更にその上をいく能力が必要なモノばかり。
 当然誰もクリア出来る訳もなく、続け様に無理難題を要求されているせいか見るからに機嫌が悪い冒険者も多く、周囲の空気はこれ以上ないぐらい重く張り詰めている。
 しかしこの中でもっとも機嫌が悪いのは――。

「まさか全員何一つ出来ないとは思わなかったわね……」

 この選考会の主催者。アイナ・グレンヴェールはこの選考会への期待が大きかったのか、苛立ちを全く隠そうとしていない。

「はぁ……なら最後に聞くわ。この中に何らかの天恵を持っている人は?」

 俺たちはお互いに顔を見合わせ、力なく首を振る。
 一部の人にのみ備わる特別な力――それが天恵。能力は多種多様だが、低ランク冒険者でもAランク冒険者を模擬戦闘で圧倒できる程に常軌を逸した能力があることも珍しくはない。
 もし俺たちの中に天恵持ちがいれば、彼女の出した試験も1つぐらいは突破出来たかもしれない。努力や経験では補うことの出来ない特別な力……。この場にいる誰もが「自分にも天恵さえあれば」と何度も思ったことだろう。
 それをこの試験の場においても強く自覚させられた為か、みんなして顔を伏せてしまう。
 そんな様子を見て。

「結局貴方達は一体何ができるのよ? その程度の実力でうちに入れると思ってたのかしら?」

 彼女の言うことはある意味で正しい。普通のAランク冒険者の能力では加入が適わないからこそのSランクパーティなのだ。それをこれまでの冒険者生活で痛いほどに理解しているからこそ、みんな彼女の言動に思うことはあれど何も言い返さずに居る。
 ――但し、俺は例外だ。


「そうだな……あんたに勝つぐらいなら出来るかもな」


 ざわっ。
 俺の発言に辺りがざわめく。

「お、おまっ! ノイン! 何言ってんだよ!」

 トマスが焦った様子で声を掛けてくるが、俺は真っ直ぐに彼女を見る。

「へぇ……貴方、面白いことを言うわね」
「そうか? 俺は現実的なことを言っているだけだが」

 そう言うと彼女の表情がむっとしたものになって。

「なら――」

 その瞬間、姿が消えて。


「私の”神速”に貴方は勝てると、そう言いたいのよね?」


 気が付けば離れていたはずの彼女の姿がすぐ目の前に現れていた。
 ……これがシエラ・グレンヴェールの天恵、神速か。噂に違わぬ速さ――いや、これはもう速いという次元ではない。身体が反応出来る出来ない以前に目ですら捉えきれなかった。

「あら? 全く反応出来てなかったようだけれど、本当に私に勝てる気でいるのかしら?」
「そ、そうだぜ。謝っとけって! あんな速いの見えねえって!」

 近接戦闘では俺より強いトマスでも捉えきれない速度か。それは俺が見えなくても仕方ないな。
 だが、勝算はある。


「もし俺が勝ったら合格にして貰うぞ」


 だからここで逆転合格ってやつを狙うことにする。