選考会当日。
 選考会の会場となる町外れにある草原に参加希望者が続々と集まっていた。
 自分以外は全員競争相手であるためか空気はヒリついている。Aランク冒険者ばかりなので見知った顔しか居ないが、さすがにこの空気の中でお喋りに興じるような奴はいな――。

「よぉノイン。やっぱりお前も来てたんだな」

 …………居たか。
 まるで箒のようにツンツンに逆立てた特徴的な髪型をしている知人は、場の空気を一切読んでないような気さくな感じで話しかけてきた。

「……トマスか。今集中してるんだ。悪いがあっちに行っててくれ」
「おいおい、そんな釣れないこと言うなよ。オレ達友人だろ?」

 素っ気なく対応したというのに気にした様子もなく絡んでくる自称友人。
 俺と同じAランク冒険者であるトマスは、冒険者学校時代の同期で卒業後も何かと交流……というか向こうから勝手に絡んでくることが多い。

「やっぱ金に釣られたクチか?」
「当たり前だ。それ以外に何がある」
「ほんとブレないねぇお前は」

 やれやれと肩をすくめるトマス。
 まるで金目当てなのが悪いような態度を取られているが――。

「そういうお前はどうせ”モテたい”からだろ」
「おうよ!」

 物凄く爽やかな笑顔で返された。
 俺は金でトマスは女が目的。お互い欲に正直だ。性格は真反対だが何だかんだでよく話すのは似たようなところがあるからだろう。

「で、ノイン。採用される自信はいかほどで?」
「当然あるに決まっている」

 と、見栄を張ってみたものの厳しいと感じ始めているのが正直なところだ。
 俺は前衛でも後衛でも立ち回ることができるし、ダンジョン攻略に於いても罠の解除や探索スキルも習得していて、どんなパーティでも活躍出来る自信と実績がある。
 だがSランクパーティともなると話は別だ。恐らくだが求められるのは各分野のスペシャリスト。戦闘に魔法にその他技能……分野特化という観点で見た場合、俺では勝てない奴らがこの場にはゴロゴロと居る。
 ロイヤルブラッドがどのような人材を求めているのかはわからないが、俺みたいな器用貧乏ではなく、各分野のスペシャリストを求めていたとしたら厳しいものになるだろう。
 そんな風に試験についてトマスと話をしていると、周囲がざわつきだした。

『おい、きたぞ……』
『ああ……やっぱ雰囲気あるな、歳下とは思えないぜ』

 トマスとの会話を切り上げ、皆が見ている方向に視線を移す。
 腰辺りまでの長い金髪のサイドテール。やけに胸の辺りのところが膨らんでいる軽鎧にド派手な赤いマント。歩く度に髪が揺れ、マントがはためく。
 品定めをするかのように俺たちを見る視線は堂々としていて、派手な見た目と相まって存在感がある。
 彼女が若干18歳にしてSランクパーティ、"ロイヤルブラッド"を束ねるリーダー。シエラ・グレンヴェールか……。噂はよく耳にしていたがこうして目にするのは初めてだ。

「いいねぇいいねぇ、やっぱり可愛いねぇ。華がある」

 そう言いながら横で鼻の下を伸ばしているトマス。
 ……コイツ、前のパーティを色恋沙汰で追放された癖に、もし採用されたらまた同じパーティの奴に手を出すつもりなのだろうか。
 そんな下心を隠そうとしないトマスが隣にいるせいか、彼女がこちらに冷めた視線を向けたかと思うとすぐに逸らされてしまった。トマスのせいで試験前から悪い印象を持たれたらしい。最悪だ。
 そうして彼女は辺りの参加者を一通り見回したあと。

「選考会を始めるわよ。横一列に並びなさい」

 挨拶も何か一言もなく、それだけ言い放った。
 あまりの素っ気なさに周囲も戸惑っている空気が漂うが、誰も選考会前から心象が悪くなるような態度を取りたくないのか指示に従う。勿論俺もトマスも同じだ。
 ……にしても選考会にはメンバー全員が来るものかと思っていたが……まぁそれだけリーダーが信頼されてるということか。

「12人……結構集まったわね」

 それは俺も同じ感想を抱いている。Sランク程ではないがAランク冒険者はそもそもの数が少ない。俺のようなフリーは極稀なのだが、この選考会には所属パーティの主力を担っている奴もいれば自身がリーダーの奴までもが参加している。参加者がここまで多いのは誤算だった。厳しい試験になりそうだ。

「それじゃ最初の試験だけれど」

 さて、どんな試験が飛び出してくるか。特定の分野に特化した内容じゃなければ俺に合格の目はあるのだが……。

「補助魔法が得意な人はいるかしら? 居たら一歩前に出なさい」

 くっ。よりにもよって補助魔法か。
 ある程度のものなら使えるが、参加者の中には――。

「――補助魔法であれば少々覚えがありますよ」

 穏やかな口調でそう言いながら、列から一歩前に踏み出した白髪交じりの男性――冒険者歴20年を超えるベテランのザウス・アーカイヴ。
 ”少々”などと謙遜しているが、この人は上級補助魔法の殆どを習得している実力者。その能力の高さは彼の所属しているパーティに参加した時にこの身で体感している。
 補助魔法の練度でザウスさんに勝てる人など今この場……いや、全てのAランク冒険者の中にも居ないだろう。現に補助魔法を扱える者がこの場には居るが、俺を含めて誰も名乗り出ようとしないのがその証拠だ。
 もうザウスさんで決まりなのか、という空気が周囲に漂う中――。

「あーちょっといいかな? もしかして補助魔法が使えないと選考対象外だったりする?」

 トマスがある意味で空気の読める質問をした。
 ザウスさんのような補助魔法のエキスパートもいれば、トマスのような近接戦闘に特化した人もいる。もし選考基準が補助魔法の練度だけなのであれば、ザウスさん以外は完全に無駄足になってしまう。
 そんなトマスの質問を聞いて、シエラ・グレンヴェールは「はぁ」と溜息をつき。

「”最初の試験”と言った筈よ。私は優秀な人しか要らないの。補助魔法に限らず各分野の能力を確認して判断するに決まっているでしょう?」

 と、「それぐらい察しろ」と言わんばかりの、心底面倒くさそうな態度を隠すことなく言い放った。

「……なぁ。なんか性格キツくない?」

 小声でトマスが話しかけてきたので心の中でだけ同意しておく。
 ……まぁとにかく補助魔法一本で決まらないというなら望みがある。補助魔法がザウスさんに劣っていてもそれなりに扱えるところを見せておきたい。そう思った俺は一歩前に踏み出す。同じ考えなのか、他にも2人の冒険者が名乗りを上げた。

「やる気だなぁノイン君」
「当たり前ですよ。こんなチャンス滅多にありませんからね」
「はは、怖い怖い。まぁお手柔らかに頼むよ」

 ザウスさんは目を細めたまま人の良さそうな笑みを浮かべるが、俺にははっきりとその奥にある威圧感が感じ取れた。俺がザウスさんのことを知っているように、向こうも俺のことを知っているので脅威に感じているのだろう。

「他にはいないようね。なら試験の内容を説明するわよ」

 さて、肝心の試験内容がどうなるかだが……。
 

「この場にいる全員に――同時に補助魔法をかけなさい」


 俺が――いや、この場に居る誰もが想像していないような、高難易度の試験を提示されてしまったのだった。