.1 最後の関門へ


 俺たちは地下道を出て、地上に戻った。

 地上で行く手を塞いでいた『ギガントロック』を上手く乗り越えて、その向こう側に出た形だ。

「じゃあ、次の関門を目指そう」

 残るはもう一つ。

 二つ目の関門を抜ければ――いよいよ今回の目的である『三つの魔道具』を収めた古城に到着する。

 首尾よく『三つの魔道具』を手に入れれば、『絶望の神殿』の三重結界を通り、内部に入ることができる。

 その神殿内ではラストイベントである『剣魔ドレイク戦』が待っている。

 奴は手ごわいが、今の俺には『超加速の宝玉』もあるし、決して難しい相手じゃないだろう。

「おっと、『超加速の宝玉』の性能テストもやっておかないとな」

 なにしろ虎の騎士との戦いで一度使っただけだ。
 どんな欠点があるかも分からないし、どれくらいまで加速できるのかも不明だった。

「この先はどんな難関が待っているのでしょう?」

 コーデリアがたずねた。

 俺はこの先にどんなイベントが起きるか知っている。
 彼女にもそれを伝えて、心の備えをしてもらうのが、戦術的にはベストだろう。

 だが、『この先ではこういうことが起こるぞ』って素直に伝えたら、『なぜそんなことを知っているのですか!?』って反応が返ってくるに決まっている。

 コーデリアに怪しまれないよう、少しボカして伝えるしかないか……。



 ここから先で起きるイベント――『三つの魔道具を収めた古城』にたどり着くための、最後の関門。

 それは『青き墓場の峡谷の戦い』だ。

 名前の通り、峡谷に作られた墓地を通ると、無数の骸骨兵が現れて襲ってくる、というもの。

 骸骨兵が現れるタイミングにバラつきがあり、さらに地形変動も起きるため、仲間同士が分断させられ、各個人で骸骨兵を撃破していかなければならない。

 仲間の協力不可のイベントだった。

 イベント通りに行くと、俺とコーデリアは引き離され、それぞれが一人ずるで骸骨兵の群れを撃破しなきゃいけない。

 俺は大丈夫だと思うし、コーデリアも……まあ、まず大丈夫だろう。

 とはいえ、さっきの未実装キャラみたいな『未知の敵』が現れないとも限らない。

 地形変動の場所はだいたい覚えているから、それを先読みして、何とかコーデリアと分断されないように動きたいところだ……。
.2 コーデリアと野宿


 俺たちはさらに進む。

「今日はこの辺りで宿泊でしょうか」

 コーデリアが言った。

 暗い森の中だ。

「野宿か……」

 そういえば、彼女と二人っきりで泊まることになるんだよな?

「……ベルダ様、今何か邪なことを考えませんでしたか?」

 コーデリアにツッコまれてしまった。



「あたしが見張り番をしますね」
「いや、女の子一人にそんなことはさせられない」
「……お言葉ですが、あたしは魔族の騎士です。『女の子』扱いは侮辱となります。いかにベルダ様のお言葉とはいえ、聞き捨てなりませんよ」

 コーデリアがじろりと俺をにらんだ。
 デレ傾向にあるとはいえ、やっぱり彼女の態度は厳しい。

「……いや、そもそも今のは俺が悪いか。すまない、コーデリア。他意はなかったんだ」

 俺は素直に頭を下げた。

「……やはり、以前とはまったく性格が違いますね」

 ため息をつくコーデリア。

「以前ならば、下手をすればあたしは斬り捨てられていたでしょう」
「えっ、そうなの?」

 オリジナルの『暗黒騎士ベルダ』ってとんでもないパワハラ野郎だな……。

「殺される覚悟を持って、あたしは騎士の誇りを守るために、今の言葉を継げました。まさか、素直に謝られるとは予想外でしたが……」
「……俺はそんなことしないよ。本当にすまなかった」
「い、いえ、二度も謝らないでください。悪気も他意もないと十分に伝わりましたので」

 俺たちは互いに何度も謝り、その後で互いの顔を見合わせて小さく笑った。

 結果的に――。
 彼女との距離が少し縮まった気がする。

 こういう他愛のないやり取りが、人との距離を近づけることもあるんだな。
 前世では希薄な人間関係の中で生きてきたから、こんなふうに家族以外の人間と一緒に何日も旅をするなんて初めてだ。

 悪い気分じゃなかった。



「どうぞ、ベルダ様」

 コーデリアが木のトレイに乗せた料理を差し出した。
 同じく木の器に入ったサラダやスープである。

「これ、コーデリアが作ったのか?」
「この辺りの野草や木の実などを選別して、火や水、風の魔法を使って簡単に調理してみました」
「この器は?」
「木をくりぬいて、魔法で加工してあります。もちろん魔法を使って消毒もしてありますので」
「便利だな、魔法……」
「これくらい造作もありません」
「いや、すごいよ。コーデリア、本当にありがとう」

 俺は彼女に感謝した。

 まさか野宿でこんな立派な料理を食べられるとは。
 魔法戦闘なら俺の方が彼女を圧倒的に上回っているけど、俺にこんな真似はできない。

 うん、持つべきものは仲間だな。
.3 コーデリアとイチャラブっぽく過ごす


「ふう、美味しかった。料理も上手いんだな、コーデリアって」
「そんな……褒めすぎです。いいお嫁さんになれますか?」
「なれるなれる」
「やった」

 コーデリアが小さくガッツポーズしている。

 可愛い。
 ……っていうか、こんなキャラだったっけ?

「あ、すみません、ついはしゃいでしまったみたいです」

 コーデリアが照れた。

「コーデリアってさ、けっこうツンデレ?」
「つんでれ……?」
「あ、この世界にそういう言葉はないのか」
「もしかして――褒められました?」
「うーん……誉め言葉なのかな、ツンデレって」

 何とも言えないけど、コーデリアがデレているっぽい姿は、可愛らしいと思った。



 料理の後片付けも、コーデリアが各種魔法を組み合わせて手早く終わらせてしまった。

 食べものの残りがあると、それをかぎつけて野生のモンスターが来るかもしれないそうだ。

 なので、そういった痕跡自体を彼女が魔法ですべて消し去ってしまった。

「何から何までありがとう。コーデリア、本当に優秀だな」
「造作もないことです」
「感謝してるよ」

 俺はにっこり笑った。

「えへへ」

 コーデリアがはにかんだ笑みを浮かべた。

 俺は懐から小さな宝玉を取り出す。

「よし、少し『超加速の宝玉』の使用テストをしてくる」
「それなら、あたしも一緒に。お手伝いできることがあると思います」

 と、コーデリア。

「だけど、疲れてないか?」
「大丈夫です」

 見た感じ、多少の疲労はありそうだったが、コーデリアは健気にそう言ってくれた。
 まあ、宝玉のテストは大事だし、ここは彼女にも頑張ってもらうとするか。

「じゃあ、頼む。ただし無理はするなよ」
「お気遣いありがとうございます。ベルダ様」

 コーデリアが微笑む。



 俺たちは森の中の広まった場所に移動した。

「まずはどれくらいまで加速できるのかをテストするよ」
「あたしが速度を計測しましょうか?」
「できるのか?」
「【鑑定】系の魔法を組み合わせれば可能です」

 お、そういう細かい技術はたぶんコーデリアの方が上っぽいな。

「頼もしいよ」
「これくらいのこと、造作もありません」

 会釈して一礼するコーデリア。

 この有能感……心地いいな。
 彼女みたいな部下がいて幸せだ。
.4 『超加速の宝玉』性能テスト


 俺は宝玉を剣にはめこんだ。

「いくぞ――【超加速】!」

 地面を蹴って突進する。

 ヴンッ!

 おおよそ300メートルほどを走り抜けた。

「計測終わりました」

 と、コーデリア。

「どうだった?」
「ベルダ様のスピードが約8倍ほどにアップしています」
「8倍か……!」

 思った以上に上がっていた。

 このゲームにおいて、キャラクターの速度を上げるアイテムや魔法などはいくつかある。
 が、上位のものでもアップする倍率はせいぜい3倍から5倍。

 8倍もの速度アップというのは破格である。

「こいつが実装されなかったのは、ぶっ壊れ性能だからなのかな……」

 可能性は、ある。

「じゃあ、次は持続時間とクールタイムをテストするぞ。とりあえず十分程度から――」
「はい、どうぞ」

 コーデリアが合図をくれたので、俺はさっそく『超加速の宝玉』を発動する。
 先ほど同様にすさまじい加速感とともに、俺は走り回った。

 五分経過。
 まだ使用できる。

 十分経過。
 まだ使用できる。

 十五分――で突然、宝玉から光が消えた。

「連続使用は十五分までかな」

 俺はコーデリアの元に戻ってきた。

「このままクールタイムを測ればいいんですね?」
「ああ、頼む」

 それから三十分ほどが経ち、

「お、宝玉に光が戻った」

 試しに【超加速】を発動すると、ちゃんと効果を発揮した。

 どうやら連続使用は十五分まで、一度使うと再使用までに三十分かかる――ということらしい。

「ありがとう、コーデリア。有用なテストができた」
「わずかでもお役にたてたならば光栄です」

 恭しく頭を下げるコーデリア。

「そろそろ夜も遅くなってきたし寝ようか」
「っ……!?」

 いきなりコーデリアの顔が赤くなる。

「ね、ね、ね、寝るというのは、つまり、二人で一緒に、ということでででででしょうか……っ!?」
「いやいやいやいや」
「あ、あたしは処女なのでっ……や、優しくしていただけると……っ」

 言いながら鎧を外し始める。
 肌着が見えて、ドキッとした。

 ……コーデリア、けっこう胸あるんだな。

「じゃなくって! 違うから! そういう意味じゃないから!」

 俺は頬が熱くなるのを感じながら、慌てて彼女を止めたのだった。
.5 コーデリアと過ごす夜



 すぐ側でコーデリアが眠っている。

 野草を集め、彼女が魔法で加工して即席の布団に仕立てたのだ。
 本当に何から何までありがたい。

「魔法って便利だよな……」

 あらためて思う。

 ゲームだと攻撃や防御、補助など戦闘面にかなり偏った使い方をするけど、実際に『魔法が存在する世界』に転生してみると、こういう生活面でのちょっとしたことに魔法がすごく役立つ。

 もちろんコーデリアの魔法の実力あってこそだ。

 俺の方は戦闘面はともかく、こういう生活面での魔法はさっぱりだった。
 いちおう彼女に教わって同じようなことをやってみようとしたのだが、俺の魔法は威力が大きすぎて、生活面で使用するには向いていないのだ。

 ――ともあれ、代わりばんこに寝ることにして、今は俺が見張り番をしている。
 とくにやることもなく、手持無沙汰で空を見上げた。

「なんだか……随分と遠いところまで来ちゃったなぁ……」

 地球とは違う、どこか別の世界。

 ゲームそっくりの世界に転生したのか。
 それともゲームの中のキャラクターとして俺は存在しているのか。

「いや、ゲームのキャラクターってプログラムとかで動いてるんだよな……どう考えても、今の俺は前世と一緒で『生物』だ。ゲームのキャラクターになった説は却下だな」

 とすれば、ここはやはりゲームそっくりの世界か。

 しかし、俺の前に現れた虎の騎士は自分が未実装のキャラクターである、みたいなことを言っていたわけで。

「その言い回しからすると、ここはゲームの中そのもの……?」

 うーん……分からん。

 ともあれ、俺たちの旅はまだ続く。
 そして俺の新たな人生もまだまだ続くはずだ――。



 朝になり、俺はコーデリアと一緒に出発した。

 二時間ほど進み、

「そろそろ『青き墓場の峡谷』が見えてくるはずだ」

 俺はつぶやいた。

 本来のシナリオなら突然の地形変動で、パーティメンバーが全員バラバラに分断されてしまう。

 同じことが起きるなら、俺とコーデリアは分断されるだろう。
 そうならないよう、対策を考えてある。

「コーデリア、手を」
「えっ」
「手を握っていいか?」
「っっっっ……!?」

 たちまちコーデリアが真っ赤になった。

「な、ななななななな、あたしとベルダ様が手を握る!? いけません、そんな! け、結婚前の男女がはしたないっっっ!」

 こいつ、本当に男に免疫がないんだな。

 っていうか、いくらなんでも価値観が前時代すぎるような……。
 まあ、魔族だしな。

「いや、これは妙な意味じゃない。互いの陣形を保つための対策だ」

 正確には、対策の一つである。

「対策……つまり戦術上の行動ですね? それなら大丈夫ですっ」

 いきなりコーデリアの表情がキリッとした。

 自分の中でなんらかの折り合いがついたらしい。
.6 青き墓場の峡谷


 やがて俺たちは峡谷地帯にたどり着いた。

 ここが『青き墓場の峡谷』だ。
 墓場、といっても墓石な墓標が立っているわけじゃない。

 むき出しの岩場に無数の骸骨が転がっている殺風景な場所だ。
 いずれも、ここを訪れた魔族の死体である。

「ゾッとする光景だな」
「あら、暗黒騎士ベルダ様ともあろうお方が怖いのでしょうか?」

 コーデリアがクスリと笑う。

 もちろん、冗談だろう。
 ただ、こんなふうに軽口を叩くのは、俺に対して打ち解けている証だと思う。

 最初のころの彼女なら、絶対にこんな冗談は言わなかったはずだ。

「はは、正直言うとちょっと」

 なんか、目の前の髑髏が動いてる気がするしな。
 気のせいか……ん?

「――って、本当に動いてる!?」

 いや、落ち着け。

 こいつらは髑髏の兵士として動いて襲ってくるんだ。
 ただ、それはイベントが始まってからだと思ってたんだけど、どうやら普段からちょこちょこ動いてるらしい。

「そういう細かい動きってゲームじゃ分からないもんな……」
「げえむ? なんの話ですか?」

 コーデリアが首をかしげた。

「いや、なんでも……とにかく、俺の手を離すなよ」
「はい、ベルダ様」

 俺たちはさっきから手を握りっぱなしだ。

 地形変動に備えた対策である。
 別に女の子と手を握った経験がないわけじゃないけど……いや、ほとんどないな。

 ちょっと甘酸っぱい気分になるというか、なんというか。

「ベルダ様?」
「いや、なんでもないっ」

 俺は頬が熱くなるのを自覚し、コーデリアから視線を逸らす。

 と、そのときだった。

 ごごごごご……っ!

 突然、地鳴りがした。

 来たか、地形変動――。

 古城にたどり着く前の、最後の関門の始まりだ。
.7 女勇者ミリーナ(勇者ルーカス視点)


「へえ、これが異世界転生ってやつですか? それとも転移の方?」

 新たに召喚された二人目の勇者……ミリーナは自分の体を見下ろし、興味深げにしている。

 紫色の髪を三つ編みにした美しい少女だった。
 身に付けているのは扇情的なビキニアーマーで、グラマラスな肢体が息を飲むほど艶めかしい。

「まずはそなたの力を見せてみよ、新たな勇者」

 女王が厳かに言った。

「あんた、誰――って女王様? やっぱりエルシドと同じ世界か」
「えるしど? ルーカスもそのような単語を口にしていたが……そなたも同じか。同郷のようだな」

 女王が眉根を寄せた。

「まあ、よい。そなたにはこれと戦ってもらう――【召喚】」

 と、呪文を唱え、モンスターを召喚した。

 現れたのは全長五メートルほどの鋼鉄の巨人。

 アイアンゴーレムだ。

「中位魔族程度の力を持たせた特別製じゃ。勇者の力があれば、造作もない敵じゃろう」
「……けっこうハードだな」

 端で見ているルーカスがつぶやく。

 勇者としての力を使いこなせればともかく、素人同然の状態では絶望的な敵だった。
 生身で虎100頭を倒せ、と言われるようなものである。

「ふーん、チュートリアルってやつですか?」

 だが、ミリーナは動じない。
 口元に好戦的な笑みを浮かべていた。

 この状況を――このピンチを、楽しんでいるかのように。

「好きな武器を取るがいい」
「じゃあ、ナイフで」

 ミリーナは小ぶりなナイフを一本手にした。

「むっ、ナイフ一本で戦う気か? それほど易しい相手ではないぞ」
「だって、重そうな武器を振り回すの、だるいじゃないですか。これなら軽いし」

 ミリーナがナイフを構えた。

 あまり様にならない構えだった。
 武術の心得はなさそうだ。

「それに――」

 ナイフの先端部に光が宿る。

「これ、ただの『発射装置』だからどうでもいいんですよね。魔法を撃つためのイメージ作り用の小道具ってとこ――」

 ボウッ!

 宿った光が一気に膨れ上がった。
 直系数百メートルの光球に。

「馬鹿な、この膨大な魔力は――!?」

 女王が驚愕の声を上げる。

「魔王ゼルフィリスをも大きく超えている――」
「吹っ飛べ――ですっ」

 ミリーナが放った光球は、テスト用のモンスターを跡形もなく消し飛ばし。

 さらに、大爆発とともに、周囲に直径一キロにも及ぶ巨大なクレーターを作り出したのだった。
.8 女勇者が引き起こした惨劇(勇者ルーカス視点)


 もうもうたる黒煙はまだ収まらず、周囲には爆発後の熱が充満していた。

 周囲は阿鼻叫喚に包まれていた。
 それはそうだろう、王都の一画が勇者の一撃によっていきなり焼失してしまったのだ。

「ふふ、我ながらすっごい威力」

 ミリーナが微笑む。

「お、おい、いくらなんでもやりすぎだろう!」

 ルーカスはさすがに見かねて飛びだした。

「誰、あんた?」

 ミリーナが冷ややかに彼を見据える。

「ルーカスだ。お前の先輩勇者だぞ」
「へえ……ルーカスって、確か主人公の性別を男にしたときのキャラクターですよね。普段使わないから覚えてないけど、こんなルックスでしたっけ」
「……ああ」

 ルーカスがうなずく。

「『エルシド』を知ってるってことは、お前も日本から来たのか? いや、別の国かもしれないが」
「日本人ですよ。『元』日本人って言うべきかしら?」

 ミリーナがクスクス笑う。

「俺も同じだ。死んだはずなのに、気が付いたらこの世界にいて、勇者になっていた」
「同じくですね。私は殺されたはずなんですけどね……」
「殺された?」

 物騒な話に、ルーカスは思わず聞き返す。

「ええ、警官との銃撃戦で」

 ミリーナはニヤニヤ笑っていた。

「こう見えても、前世じゃ連続殺人犯だったりするんですよ、私」
「な、何……!?」

 驚くルーカス。
 と、

「き、貴様。この私まで巻きこもうとするとは……」

 黒煙の向こうから怒りの表情を浮かべた女王が現れた。
 どうやらとっさに魔力のシールドを張ってやり過ごしたらしい。

「あ、生きてたんだ。いきなり女王殺し、なんてのも面白いかな、って思ったんだけど」

 ミリーナが笑う。

「――その者を殺せ」

 女王が冷たい瞳でミリーナを見据えた。

「その者、勇者にあらず! ゆえに、勇者ルーカスよ、その女を殺せ!」
「ええっ、私ですか!?」

 ルーカスは思わず自分自身を指さした。

 はっきり言って――勝てる気がしない。
.9 勇者VS女勇者(勇者ルーカス視点)


「他に対抗できる者がおるか?」
「いや、その、騎士団とか魔法戦団とか……」
「瞬殺されるに決まっておろう。そなたは曲がりなりにも勇者! 立ち向かえるのは、そなたを置いて他におらん」
「ううう……最悪だ」

 ルーカスはうなだれた。

 どう考えても、勝ち目のない勝負だった。
 それほどまでに、ミリーナの魔力量は異常だった。

「たぶん基本ステータスが違うんだろうな……俺、【鑑定】スキルを持ってないから、彼女のステータスを見られないけど」
「ん、私は自分のステータスを見れるよ」

 ミリーナが言った。

「えっ」
「だって【鑑定】スキル持ってるし」

 言うなり、彼女はスキルを使ったようだ。

「んーっと……あ、すごいレベル500だって」
「な、何……!?」

 ルーカスは呆然となった。

 異世界に来て数か月、勇者としての能力をフルに生かしてレベル上げをした彼でさえ、やっと100ちょっと。
 それでも、この世界では大陸でも指折りの実力者だ。

 ミリーナのレベル500というのは、規格外だった。

「か、勝てるか、こんなもん……」

 ルーカスは及び腰だ。

 こうなったら逃げるしかない。
 脳内で必死に逃げる算段を整えながら、ルーカスはミリーナを、そして周囲にいる女王や兵士たちを見つめていた。

「覚悟は決まった?」
「決まるか!」
「ふーん、私はもう覚悟を決めたから……いっくよー!」
「お、おい、待」

 俺はみなまで言うより早く、

 どんっ!

 ミリーナが空中を突進してくる。

 飛行魔法だ。
 その速度はルーカスとは比較にならなかった。

「くっ、速すぎる――」

 気づいたときには、ミリーナはもう目の前だ。

「殺される……!」
「ねえ、手を組まない? あたしたち」

 ミリーナがささやいた。

「……手を組む?」

 ルーカスの眉がぴくりと動く。

「どのみち、このままなら、あんた死ぬよ? 私が殺す」
「……淡々と恐ろしいこと言うな」
「本気だから」

 ミリーナの声には、確かな殺気がこもっていた。
 ルーカスはゾッとなって彼女を見つめる。

「死にたくなければ、言うことを聞いて」
「……分かった」

 彼はうなずくしかなかった。

「で、俺は何をすればいい?」
「まず、私を倒したフリをして。私は死んだことにして、裏で動きたい。で、あなたは王国を牛耳り、私が色々と手を引く」

 ミリーナが言った。

「そして、しかるべきタイミングで表に出て、私がこの世界を支配する」
「は? 支配?」

 何を言ってるんだ、こいつは――。

 ルーカスはポカンとなったが、ミリーナの表情は真剣だった。
.10 イベント最速攻略1


「地形移動が始まる――俺から離れるなよ、コーデリア」
「は、はい、ベルダ様……ぎゅっ」

 いきなり抱き着いてくるコーデリア。

「んっ?」
「とりあえず、しがみついてみました――あわわ」
「お前、顔真っ赤じゃないか」
「だ、男性に免疫がないんです……っ」

 ますます赤くなりながらも、コーデリアは俺にギュッと抱き着いている。

 豊かな胸がぎゅうっと腕や胸に押し付けられ、俺もドギマギした。
 まあ、鎧を着ているから、残念ながら彼女の胸の感触はあんまり味わうことができない。

 ただ、気分的にはやっぱりドキドキする。

 少なくとも前世で、こんな綺麗な女の子とこんな密着したことは一度もないからな。
 ……というか、女性とこんなに密着したこと自体が……げふんげふん。

「と、とにかく、二人で突破するぞ!」

 俺は気を取りなおして叫んだ。

 と、第二波が来た。

 ごごごおおっ!

 足元の地面が大きく揺れる。
 岩というより、まるで波だった。

 とても立っていられない――。
 もしくっついていなければ、俺たちはとっくにバラバラだっただろう。

「【フライト】」

 俺は飛行呪文をコントロールし、揺れる岩場から飛び上がっていた。

「……というか、この辺り一帯を爆裂系の呪文で吹っ飛ばせばいいのか」

 ゲームでは基本的に『魔法で地形を壊す』なんてことはできないが、ここは現実(?)の世界だ。
 きっと魔法で地形を破壊することもできるはずだ――。

「吹き飛べ――」

 俺は魔力を集中した。

「【ダークボム】!」

 地面に向けて暗黒エネルギーの爆弾を放つ。



 大爆発――。
 爆炎が晴れると、周囲の岩場がまとめて吹き飛んでいた。

「……まあ、こんなもんだよな」

 竜や大型の魔族などですら一撃で倒せる呪文だ。
 地形を多少壊すくらいは当然できる。

 ゲームでは仕様上できないとしても――ここは、やはりゲーム内じゃない。

 俺はあらためて確信した。

「さあ、先へ進もう」

 分断を阻止したから、後はコーデリアとともにこの先の敵を蹴散らすだけだ。
.11 イベント最速攻略2


 前方から大量の髑髏兵が現れた。

「来たぞ、コーデリア」
「ここはあたしが」

 俺が声をかけると、彼女が前に出た。

「雑魚はあたしにお任せください」

 と、剣を抜く。

 ひゅうっ……!

 その刀身から吹雪がほとばしった。
 彼女の氷雪魔法で、髑髏の兵士たちは一蹴される。

「さすがだな……」
「この程度の敵を相手にお褒めいただく必要はありません」

 コーデリアはあくまでもクールだ。

「で、でも、やっぱり褒められると嬉しいです……」

 と、いきなりデレた。

 だんだん、彼女のデレっぷりが可愛く感じられるようになってきたぞ。
 まあ、俺は彼女の両親の仇みたいだし、そもそも魔王への忠誠を疑われていたりとか、まだまだコーデリアに関しては油断はできないんだけど。

 さらに側方から、後方から――髑髏兵は次々に現れる。

 コーデリアは剣を掲げ、吹雪を放った。
 広範囲の氷雪魔法だ。

 髑髏兵は現れる端から吹っ飛ばされていく。

 本来のシナリオなら、地形変動に巻きこまれ、不利な地形での戦いを強いられたり、不意打ちを食らったりするんだけど、俺たちはその地形変動を最初から見極めて移動したから、ベストの陣地で戦いに臨めている。

 その状態なら、髑髏兵なんて敵じゃなかった。

 コーデリア一人の活躍で髑髏兵を一掃し、俺たちは峡谷を抜けた。



 なんなく『青き墓場の峡谷』イベントを突破した俺たちは先へ進んだ。

「いよいよ、この先だな」

 俺は自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。

『三種の魔道具』を収めた古城があるはずだ。
 一時間ほどの道程で、俺たちはその古城までたどり着いた。

「へえ、あんたが『暗黒騎士ベルダ』か」

 城の前に誰かがいた。

「お前は……?」

 鳥のような翼を備えた女魔族だ。
 身に付けているのは魔法使い風のローブ。

「『虎の騎士』から聞いてるよ。なかなかの腕だそうじゃねーか」

 彼女が笑う。

「あたしは『鷹の魔術師』。『虎の騎士』の――同類さ」
「同類……!?」

 まさか、こいつも未実装のキャラか――。
.12 鷹の魔術師


「『虎の騎士』から聞いているよ。あんた、見た目は『暗黒騎士ベルダ』だけど、中身はちょっと違うみたいじゃねーの」
「……何?」
「あたしたちのようなイレギュラーなのかい? 面白いねぇ」
「イレギュラー……?」

 ゲーム内の用語だとしたら、俺には聞いたことのない言葉だった。
 ただ、イレギュラーという言葉の意味から、だいたいの想像はつく。

「ふん、自分が何者なのかも知らないか――創造神(ウン=エイ)に会ったことはなさそうだね」
「創造神……?」
「ま、いずれ知るだろうさ。あたしが教えなくてもね」
「……教える気もなさそうだけどな」
「さあ? あたしに勝ったら……ヒントくらいは教えてあげようかな」

『鷹の魔術師』が笑う。

「俺と戦う気か?」
「別に敵対する気はないよ。するメリットもない。けど――」

 ばさり、と『鷹の魔術師』が羽ばたく。

「いずれ創造神(ウン=エイ)と相まみえる可能性もあるし、そのときに味方としてふさわしいかどうか、あるいは敵になるのか――どっちにしても力量は把握しておきたいねぇ!」

 言うなり、『鷹の魔術師』は飛び立った。

「【フェザーバレット】!」

 羽毛が無数の弾丸となり、空中から降り注いだ。

 いや、よく見れば羽毛じゃない。
 羽毛型をした魔力の塊――魔法弾か。

「しかも、めちゃくちゃ速いぞ、これ――!」

 超高速の連撃だ。

 防御の暇もないタイミングで、数百単位の魔法弾が雨あられと降り注ぐ。

 こんな呪文は見たことがない。
 もしかしたら……いや、きっとこれも未実装の攻撃呪文だろう。

「なら、これで――【超加速】!」

 俺は宝玉を剣にはめ込み、一気に加速した。

「これは――!」
「『虎の騎士』から聞いてなかったか? 未実装の力を使えるのは、お前だけじゃない!」
.13 『絶望の神殿』へ


 超高速の魔法弾を、それを上回る超加速能力で避けていく。

「こ、このスピードは――話に聞いていた以上の――」
「おおおおおおっ!」

 俺は咆哮とともに剣を繰り出す。

「くっ……【防壁】!」
「【魔導破壊】!」
『鷹の魔術師』が張った魔法のシールドを、俺は魔法を破壊する剣技で打ち砕いた。
「……負けだよ。あたしの」

 彼女は両肩をすくめた。

「さすがはゲーム内最強格の一人だ。大した強さだねぇ」

 正直、簡単な相手じゃなかった。

『超加速の宝玉』がなければ、もっと苦戦しただろう。
 やはり未実装の敵キャラは、通常の敵よりもずっと強いようだ。

「約束通り創造神のヒントを教えるよ」

 はあ、とため息をつき、悔しげに俺を見る『鷹の魔術師』。

 創造神――。

『ウン=エイ』と呼ばれているなら、まあ要するに……ゲームの『運営会社』だよな、たぶん。

 だとすれば、ここはゲームの中なのか?
 それとも、やっぱりゲームそっくりの世界?

 そして、運営会社はこの世界にどうかかわっているんだ――?
 いくつもの疑問が俺の頭の中に浮かんでいく。

 と、そのときだった。

「【石化】!」

 背後にいきなり出現する気配。
 そして放たれたのは、灰色の霧だった。

「くっ!?」

 慌てて避けるが、

「きゃあっ……」

 コーデリアが霧をまともに受けてしまった。
 あっという間に石像と化すコーデリア。

「ああっ……」
「何をしている、『鷹』」

 現れたのは獣人型の魔族だった。

 蛇の頭部に人間型の体。
 身に付けているのは軽装鎧で弓を背負っている。
 腰からは蛇の尾が生えていた。

「『蛇の弓術士』ってところか……?」
「ふん、名前など好きに呼ぶがいい。俺たちには正式な名前などない。名を付けられることなく、世界に捨てられた存在だ」

 と、『蛇の弓術士』が言った。
.14 石化を解くために


「わざわざそいつの有利になる情報を与える必要はない。行くぞ」
「けど、あたしはこいつと約束――」
「行くぞ。二度は言わせるな」

 抗議しかけた『鷹の魔術師』に、『蛇の弓術士』が告げる。

「……分かった」

 彼女は俺を見て、わずかに申し訳なさそうな素振りを見せた。
 それから『蛇の弓術士』を抱え、空に飛び上がる。

「待て――」

 追いかけようとしたときには、もう二人は空の彼方へと飛び去っている。

 すさまじい飛行速度だった。
 俺の飛行魔法でも、あれには追いつけないだろう。

 たぶん、あれも未実装の飛行呪文だと思う。

「まずは……コーデリアの石化をなんとかしないとな」

 俺はため息をついた。

 石化を施した『蛇の弓術士』を倒せば解けるかもしれないが――奴に追いつくのは難しいだろう。

 とりあえず追いかけて、奴を探すか。
 それとも、別の手段を探すか。

「……まずは古城に入るか。そこで石化解除のアイテムを探してみよう」

 俺は決断した。

「【インベントリ】」

 俺は収納呪文を唱え、石化状態のコーデリアをその内部に入れた。
 このまま置いておくと、誰かに壊されないとも限らないからな。

「ちょっと狭いけど我慢してくれ。すぐに元に戻してやる」

【インベントリ】の異空間内にいるコーデリアに声をかけた。

 当然、返答はない。
 石化している間、意識があるのかどうかも分からない。
 ともあれ、

「待ってろよ、コーデリア――」

 俺は古城の内部に入る。

『絶望の神殿』に行くための三種の魔道具を手に入れるのはもちろんだが、なんとかコーデリアの石化を解けるようなアイテムも一緒に見つけたいところだ。



 俺は古城の中に入った。

 ひと気のない城の中を進んでいく。

 ときどきモンスターが現れたり、罠があったりしたが、いずれも俺のステータスの前には障壁にすらならなかった。
 楽々突破して進んでいく。

 やがて最上階にたどり着いた。

 そこは王に謁見するための広間だ。
 赤絨毯がまっすぐに敷かれ、その最奥に数段高くなった場所がある。

 そして、玉座が。

 そこには一体の髑髏が腰かけていた。

「王の死体か……?」

 それとも――。

 ヴンッ。

 突然、髑髏の両眼が赤く輝いた。
.15 古城の王


「何用か、生者よ」

 髑髏の王がたずねる。

 このキャラクターは見たことがなかった。

 ゲーム内で『三種の魔道具』を手に入れるときは、簡単なテキストが流れるだけだったからな。

 だけど、イラスト化さえされてないキャラクターにしては、この髑髏の王はなかなか存在感があった。
 そして、威圧感も。

 こうして向かい合っているだけで、背中にじっとりと汗がにじむ。

「この城にある『三種の魔道具』が欲しい」

 俺はその威圧感に対抗するように奴をまっすぐ見据え、ストレートに用件を告げた。

「『三種の魔道具』?」
「それを使って『絶望の神殿』の結界を通りたいんだ」
「なぜ、かの神殿に向かう?」
「それは――」

 ゲーム内のイベントだから、なんて正直に言っても、相手は理解できないだろう。

「答えられぬか。何やら、やましい事情でもありそうだな」

 髑髏の王が立ち上がった。

 ボウッ!

 その全身から黒いオーラが立ち上る。

「ここって戦闘イベントがあったっけ……?」

 俺は記憶をたどった。

『三種の魔道具』って古城に寄っただけで、特にイベントもなく手に入ったはずなんだが――。

 俺の記憶違いだろうか?
 それとも、もしかしたら――。

「……まさか、お前も未実装キャラなのか」
「何をわけの分からぬことを。さあこの『髑髏王』の力を受けよ!」

 ボウッ!

『髑髏王』の周囲に立ち上った黒いオーラが、無数の黒い魔力弾と化して発射された。

「【防壁】」

 俺はシールドを張って防ぐ。
 攻撃力はそこそこだが、俺の防御を破れるほどじゃない。

 こいつが未実装キャラだとしても、『虎の騎士』たちほどの強さじゃなさそうだった。

「悪いけど、立ちふさがるなら薙ぎ倒していく」

 俺は剣を抜いた。

「コーデリアの石化も解かなきゃならないからな」
「……ほう」

『髑髏王』が小さくうなった。

 ボウッ!

 ふたたび飛んでくる無数の魔力弾。

 当然、これらも俺のシールドで全部防ぐ。

 俺は剣を手に玉座に近づいた。
『髑髏王』は玉座の側に立ったまま、逃げようとしない。

 傲然と俺を見下ろしていた。

 その様は、まさに王者の風格――。
.16 シナリオの流れ


「【腕力強化】【脚力強化】」

 俺は例によって身体能力を強化する。

 四肢に力がみなぎると、床を蹴って一気に髑髏王へと斬りかかった。

 奴は避けない。
 俺は剣を振り下ろす。

 ざしゅっ!

 あっさりと奴の体を両断できた。

「無駄だ。我は不滅――」

 バラバラになった骨が空中に浮かび上がり、ふたたび髑髏王になって降り立つ。

「……アンデッドだもんな。剣じゃ倒せないか」
「【ゴーストキャノン】」

 髑髏王から紫色の瘴気の砲撃が放たれた。

「【防壁】」

 俺はすかさず魔法のシールドでそれを防ぎ、

「剣が駄目なら魔法で――【ラグナフレア】」

 反撃に上級の火炎魔法を放った。

 物理的な火炎ではなく、魔力の炎。
 その効果は物質だけでなく、エネルギー体などを燃やすこともできる。

「ぐおおおおおおおっ……こ、これほどの高位魔法を易々と操るとは……さすがは名高い暗黒騎士……!」

『髑髏王』は絶叫とともに燃え尽きた。

「意外とあっけないな」

 っていうか、俺のことを知っているみたいだったな。
 やっぱり『暗黒騎士ベルダ』って魔界でも有名なんだな。

「まあ、そりゃそうか……ん、あれは?」

『髑髏王』が燃え尽きた後に何かが落ちている。

「エリクサー……?」

 魔法薬の入った瓶である。

――――――――
『石化解除薬』
――――――――

 俺の頭の中に自然とその情報が入ってきた。

「石化解除……」

 じゃあ、コーデリアを元に戻せるかもしれないな。

「えらいピンポイントなアイテムが手に入ったな……」

 つぶやいたところで、ハッと気づく。

 いや、これは一連の『シナリオ』なのか。
 仲間が石化される→その先の敵を倒すと石化を解くアイテムが手に入る。

 いかにもゲーム的な流れである。

「じゃあ、やっぱりこれがコーデリアを元に戻すことのできるアイテムか」

 さっそく使ってみよう。

 俺は【インベントリ】に収納しているコーデリアの石像を取り出した。
 そして『石化解除薬』を使う。

 ぽんっ。

 白煙が立ったかと思うと、石像だったコーデリアが生身に戻った。
.17 三種の魔道具ゲット



「あ、あれ……? あたし――」
「よかった、元に戻ったみたいだな」

 俺はホッとして彼女に語りかけた。

「そうか、あたしは石化して――ベルダ様が助けてくださったのですか」
「ああ、首尾よく解除薬が手に入ったんだ。
「ありがとうございます……!」

 コーデリアは深々と頭を下げた。

「とりあえず『三種の魔道具』を探そう。たぶんこの部屋にあるんじゃないかな」

 ゲームではテキストでサラッと説明されていただけだったから、実際にどこに『三種の魔道具』があるのか、よく覚えていない。

 とはいえ、さっきの『石化解除薬』のようにゲーム的にアイテムを手に入れられるとしたら、分かりやすい場所においてあるはず――。

「あ、玉座の裏にありました!」
「わかりやすっ!?」



 こうして首尾よく『三種の魔道具』を得た俺は、いよいよ本来の目的地である『絶望の神殿』に向かった。

 途中までは飛行魔法で移動したのだが、神殿の数キロ四方からはその飛行魔法が使えなくなった。
 結界のせいだ。

 やむなく、そこからは徒歩で進んでいく。

「ありがとうございました、ベルダ様」

 彼女は何度も礼を言ってくる。

「いや、そんなにかしこまらないでくれ。仲間なんだから助けるのは当たり前だろ」
「仲間――」

 コーデリアがハッとした顔になる。

 ……そう、俺と彼女は仲間だけど、同時に俺は彼女の親の仇でもある。
 俺自身の意志でやったことではなく、俺が『暗黒騎士ベルダ』に転生する以前の出来事。

 だけど、そんなことは彼女には関係がない。
 そもそも俺が現代日本から転生してきた存在だということを、彼女は知らない。

「……そう、ですね」

 コーデリアがうなずいた。

 その口元にかすかな笑みが浮かぶ。
 どこか寂しげで、悲しげな笑みだった。

 その表情が意味するものをくみ取ろうとした、そのとき、

「見えてきましたよ、ベルダ様」

 コーデリアが前方を指さす。

 小高い丘の上に、巨大な神殿が鎮座していた――。
.18 勇者たちの策動(勇者ルーカス視点)


「よくやったぞ、ルーカス。やはり、そなたこそが真の勇者だ」

 女王がルーカスをねぎらった。

 ミリーナとの打ち合わせ通り、ルーカスが彼女を倒した。
 一撃を受けて気絶した(と見せかけている)ミリーナは、すでに地下牢へと運ばれていた。

「王都の復興が急務だが……それはそれとして、そなたの功績をたたえて、今宵は宴を開く。主賓として出席するがいい」

 ミリーナの一撃で王都の一画が吹き飛ばされてしまったため、まずそこの復興に全力を尽くすべきでは? と思ったものの、

「承知いたしました、女王陛下」

 ルーカスは恭しく頭を下げた。

 とにかく、今は女王の機嫌を取り、チャンスを待つのだ。

 ミリーナはミリーナで、牢に捕らわれたまま、自分の力の使い方を研究する、と言っていた。
 ルーカスをはるかに上回る彼女が、その力を使いこなせるようになれば――世界中に敵はいないだろう。

 そのときを待って、ルーカスがミリーナを脱獄させ、二人で世界を制圧する――。

 ミリーナは大雑把にそんなことを言っていた。

「いくらなんでも、滅茶苦茶だ……そんなこと、できるわけがない」

 ルーカスはそう思っているのだが、ミリーナに『逆らえば殺す』と言われては、従うしかなかった。

 それほどまでに彼女の力は圧倒的だった。



 翌日、ルーカスはミリーナが捕らわれている牢を訪れた。
 門番たちは、勇者であるルーカスをフリーパスで通してくれた。

 彼女は魔力を封じる首輪や腕輪などを付けられ、ほとんど下着同然のボロ布一枚を着た状態で牢に放り込まれている。

「【遠隔視】?」
「うん、勇者のスキルの中にあったから、使ってみた」
「俺、そんなの使えないぞ?」
「ミリーナ専用のスキルよ。ルーカスには使えない」

 と、ミリーナが言った。

「で、その【遠隔視】で魔界の動向を探ってるの」
「魔界の?」
「だって、このゲーム内じゃ魔界がこの世界に攻めてきてるでしょ。まず、あいつらをどうにかしないと、世界制覇なんて言ってられない」
「世界制覇か……」
「他人事みたいに言わないでよ。私とあんたでするのよ」

 ミリーナが言った。

「なんか現実感がなさすぎて……」
「異世界で勇者として生まれ変わる時点で現実感なんてないと思うけどな、私」

 ミリーナが言った。」

「まあ、確かに……」
「せっかく現実離れした体験してるんだから、とことん味わってみようよ」

 言うと、彼女の姿が消えた。

 次の瞬間、彼のすぐ側にミリーナの姿があった。

「えっ……!?」
「【空間転移】よ。勇者のスキルの一つ。私にとって、こんな牢なんていつでも抜け出せるの」

 こともなげに言って、ミリーナが顔を近づける。

「えっ、ミリーナ……?」
「世界を征服したら、私が女王、あんたは王様。でしょ?」

 ちゅっ、と音を立て、ルーカスの唇にミリーナの唇が軽く触れた。

 それは――恋人同士の甘いキスではなかった。

 戦友同士の、誓約の口づけだ。
.19 勇者たちの目的(ルーカス視点)



「で、話の続きだけど」

 まるで先ほどのキスなどなかったかのように、ミリーナは平然と言った。

 ……俺のことをどう思ってるんだ、この女?
 ルーカスの方はキスで多少なりとも気持ちが盛り上がってしまったため、憮然としてしまう。

「ん、どうしたの?」
「あ、いや、なんでも……」
「魔界の最大勢力は言うまでもなく魔王ゼルフィリス。ついで暗黒騎士ベルダ。覇王アルドーザに関しては、少し前に討たれたみたいね」
「アルドーザって中ボスの一つだよな。このタイミングで死ぬんだっけ?」
「うーん……ゲームのシナリオとはだいぶズレてる感じがあるわね」

 と、ミリーナ。

「そもそもゲーム内に私とあんた、勇者が二人いるっていう状況がかなりイレギュラーなわけだし……シナリオ通りにはいかない、という前提で今後の行動を決めた方がいいと思う」
「なるほど……」

 確かに一理ある。

「で、魔王軍を撃退するためには、まず暗黒騎士を殺す。次に魔王ね」

 とミリーナ。

「魔王軍は魔王と暗黒騎士の二強よ。二人を順番に撃破すれば、残りは雑魚――私はもちろん、あなたでも滅ぼせる」
「け、けど、その二強がとんでもないレベルだろ」
「魔王は当然だけど、暗黒騎士だって俺はまったく歯が立たなかった」
「あなたじゃそうね。でも、私は違う」

 言って、ミリーナの姿がまた消えた。
【空間転移】で牢の中に戻る。

「まず暗黒騎士ベルダから殺しに行くわ」
「けど、君はここから出られないぞ。もちろん【空間転移】で出られるだろうけど、それをしたら世界中でお尋ね者だろう」
「ええ、だから合法的に出ましょ」
「合法的?」

 首をかしげるルーカスに、ミリーナが笑う。

「あなたがあたしを従えて暗黒騎士を討ちに行くの」
「俺が?」
「女王の許可を取ってきなさい」
「……簡単に言ってくれるな」

 ルーカスは憮然となった。

「大丈夫よ。あの女王、あなたに惚れてるから」
「まさか」
「本当だってば。ゲーム内の裏設定でそうなってるの」
「まじか!?」

 ルーカスは心の底から驚いて、声を上げてしまった。