.14 未実装の存在


「私もまた世界の理から外れた存在……未実装の存在ゆえに」

 奴は、小さく笑ったようだ。

「だが、お前はさらにイレギュラーな存在のようだな」
「お前、何か知っているのか」

 俺は思わず身を乗り出した。

「この世界の秘密みたいなものを……? 俺がどうしてこの世界に来たのかも、もしかして知って――」
「ふふ、少ししゃべりすぎたかな?」

 虎の騎士はニヤリとした。

 虎の顔をしているのに、まるで人間みたいな表情だ。

「未実装とはいえ、私には役割がある。実装されていれば、私もまたこのイベントの敵キャラだった」

 と、槍を構える虎の騎士。

「ゆえに、ここでお前を阻ませてもらう」
「なら、俺はここでお前を打ち破り、先へ進む」

 剣を構える俺。

 一瞬の静寂――。

 次の瞬間、

 どんっ!

 同時に突進した。

 まず仕掛けたのは俺の方だ。
 最高速度で突進し、正面から【超級斬撃】を叩きつける。

 その一撃が空を切った。
 奴が俺の攻撃を避けたのだ。

 さらに追撃も簡単に避けられてしまった。

「こいつ――速い!」

『暗黒騎士ベルダ』はゲーム内でも最強クラスのステータスを備えている。
 当然、スピードも最速クラス。

 にもかかわらず、虎の騎士はその速度にやすやすと付いてくる。
 いや、それどころか、

「どうした? それが限界か」

 余裕の笑みとともに――。

 ブンッ……!

 奴のスピードがさらに加速する!

「は、速――!?」
「こっちだ」

 背後に現れた虎の騎士の斬撃を、

「【防壁】!」

 とっさに展開した防御魔法でかろうじて防ぐ。

「ほう、詠唱破棄による魔法の高速発動か。さすがに剣士としても魔法使いとしても、実装されたキャラの中で最高ステータスだけのことはある」

 虎の騎士が笑う。

「何……?」

『実装されたキャラ』……か。
 なら、こいつはゲーム内に登場する予定だったけど、なんらかの事情で実装されなかったキャラクターってことなんだろう。

 それが、この世界には存在している――。

 理由なんてわからない。
 ただ、俺の前に立ちはだかっているのは事実だ。

 なら、攻略方法を見つけて、撃破するしかない。

 ……とそこまで考えを整理したところで、ふと気づく。
 奴が未実装キャラだというなら、俺にだって――。

「未実装のアイテムが、ある!」

『超加速の宝玉』。
 こいつの力を使えば、あるいは――。

「いくぞ」

 俺は宝玉を剣にはめこんだ。

「【超加速】!」
.15 超高速の決着


 もしかしたら――『超加速の宝玉』はこの『虎の騎士』に対抗するためにアイテムだったのかもしれない。

 こいつのスピードは作中最速クラスの俺をも上回っている。
 それを攻略するために、スピードアップアイテムである『超加速の宝玉』が実装される予定だった。

 が、『虎の騎士』が未実装に終わったため、このアイテムも同じく未実装になった。
 可能性としてはあり得る。

 だから俺は、その可能性に賭けてみたんだ。

「おおおおおおおっ!」

 限界速度のさらに先――。

 俺はステータス上の最高速度をはるかに超えて加速した。

 黒い鎧が空気との摩擦で赤熱化する。
 暗黒騎士というより、さながら『灼熱騎士』といった出で立ち。

 赤い鎧をまとった俺は、虎の騎士へと肉薄した。

「ほう!? この私の速度をさらに上回るか! 面白い!」

 奴は逃げない。

 長大な槍を頭上に掲げ、俺を待ち受ける――。

「はあああああっ!」

 俺と奴の気合いの声が重なった。

 俺の剣と奴の槍が交差する。
 そして――。

 きんっ……!

 俺の剣も奴の槍も、ともに真っ二つに折れ飛んだ。



「――私の負けのようだ」

 折れた槍を手に、虎の騎士は後退した。

 その口元には、どこかシニカルな笑みが浮かんでいる。

 素直に負けを認めたとはとても思えない笑みが。

「引き分けじゃないのか?」
「そちらにはもう一人、戦闘力を残した騎士がいる。丸腰の私では勝てんよ」

 虎の騎士の笑みが苦笑に変わった。

「潔く負けを認めよう。そしてここは退かせてもらおう」

 背を向ける虎の騎士。

「――我が名は『獣人型モンスター502S』。いずれ、また」

 なんだ、その名前は。

 いや、それってまるで……。
 ゲームの未実装キャラにとりあえず付けた整理番号みたいに思えた。
.16 地下道突破、そして次の関門へ


「大丈夫か、コーデリア」
「は、はい、治りました……」

 見れば彼女の両腕は火傷一つなく、完全に元通りだ。

「よかったな。綺麗だ」
「えっ、き、綺麗……っ!?」

 コーデリアが赤い顔をした。

「そ、そんな、あたしなんて、全然美人じゃないです……も、もう、ベルダ様はいきなり何を言い出すんですか……っ!?」

 めちゃくちゃ戸惑っている様子だ。

「コーデリア……?」
「意外とベルダ様って軽薄なことも言うんですね……で、でも、悪くない気分かも……ふふふふ」
「……肌が綺麗に治ったな、って意味で言っただけだぞ」

 思わずジト目になる俺。

「っっっっ!?」

 たちまちコーデリアが目を見開いた。



 俺たちは地下道を進んでいた。
 フロアボスや虎の騎士を突破したから、もう間もなく出口が見えてくるはずだ。

「さ、先ほどは本当にすみません……早とちりしてしまって……ああ」

 コーデリアはまだ顔が赤い。
 よっぽど恥ずかしかったらしい。

「いいって、そんな。何度も謝るなよ」

 俺は苦笑した。

「俺も誤解を招く言い方をして悪かった」
「いえ、あたしが勝手に勘違いしただけです……ああああああああああああああ」

 思い出してまた恥ずかしくなったらしく、コーデリアが頭を抱えている。
 と――そのとき、前方から光が差しこんできた。

「出口みたいだな」
「あああああああああああああああああ」
「まだ照れモードなのか……」
「あああああああああああああああああ」
「ほら。いくぞ、コーデリア」

 彼女の肩にポンと手を置く。

「あああああああああああああああああ………………は、はい」

 お、ようやく照れモードから脱したか。

 俺とコーデリアは並んで出口へと向かった。
 地下道突破だ。
.17 そのころ、王国では(勇者ルーカス視点)


「魔王軍に負けて逃げ帰ってくるとは……勇者の恥さらしよな」

 女王に嫌みったらしく言われて、ルーカスは怒りを抑えるのに必死だった。
 日頃は自分のことを『勇者』として持ち上げるくせに、ちょっとでも戦果が低かったり、今回のような敗北を喫すると、手のひらを思いっきり返される。

(勇者ってのも楽じゃないよな……あーあ)

 ため息をついた。

 この世界に召喚――いわゆる『異世界転移』をしてから数か月、さまざまな体験をしてきた。

 現代日本ではとても味わえない冒険の数々。
 仲間との絆。

 それらはかけがえのないものではあったが、同時に、常に死と隣り合わせの危険なものでもあった。

 実際、モンスターや罠に出会って死にかけたこともある。
 仲間や兵士たちの死を目の当たりにしたことなど、何度もある。

 前世の日本での生活と比べて、どっちがいいんだろう?
 比較しても仕方がないことを、つい考えてしまう。

「次こそは、必ずや」

 ルーカスが女王の前に恭しく跪く。

 寄る辺のないこの世界で、多大な権力を持つ女王に逆らうことはできない。
 こうして従順な態度を装うしかないのだ。

(今に見ていろ、このクソ女……!)

 内心では怒りを燃やしているにせよ。
 と、そんな彼の内心を知ってか知らずか、女王が微笑んだ。

「そこで――新たな勇者を召喚することにしました」
「…………………………はい?」

 ルーカスは思わず目を見開いた。

 今、なんと言ったのだ?
 この女は、俺を差し置いて、新たな勇者を……呼び出す?

「い、いえ、勇者ならば、すでにこの私がいるわけで――」
「魔王軍に負ける勇者などいりません」

 女王はぴしゃりと言った。

「異世界にはまだまだ勇者候補がいる。お前の代わりなど、いくらでもいるということです」
「っ……!」

 ルーカスは言葉を失った。

「ま、まさか、あなたはこの私を――」
「お前には今までの戦いでの多大な功績があります。無下にはしませんよ」

 女王がにっこりと笑った。
.18 勇者召喚の儀、ふたたび(勇者ルーカス視点)

「では、召喚の儀を行います」

 女王の前に巨大な魔法陣が描かれている。

「俺もこうやって召喚されたのか……」

 どうも、この魔法陣を作るには莫大な費用がかかるらしい。

 高価な特殊魔道塗料を大量に使って描いた魔法陣。
 その原料も魔獣の血や爪、希少な魔石などをふんだんに使っている。

「まあ、軽々しく次から次に召喚、ってのは非現実的なんだろうな」

 勇者を三人も呼べば、まちがいなく国家の財政が傾く、と女王が言っていた。

 とはいえ、それでもなお二人目を召喚することに決めたのは、女王なりに財政リスクを背負う覚悟があるんだろう。
 その価値が、あるのだろう。

「俺にはもう期待してない、ってことなのか……?」

 あの、たった一回の敗北で――。

(くそっ、ふざけるなよ……!)

 ルーカスははらわたが煮えくり返る思いだった。

「――神の聖なる光に導かれし魂、この地に降臨せよ! 【勇者召喚】!」

 女王が厳かな呪文とともに【勇者召喚】を発動する。

 その場に、まばゆい輝きがあふれた。
 同時に圧倒的な魔力が場に膨れ上がっていく。

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 ルーカスは思わず声を上げた。

 信じられないほどの、すさまじい魔法力を感じる。

 勇者はもともと魔力ステータスが高いのだが、それにしても異常だった。
 自分の、ゆうに五倍はありそうだ。

 といっても、ルーカスが低いわけではない。
 彼自身の魔力だって、並の魔法使い十人分くらいはあるのだから――。

「こいつが……化け物すぎるんだ……」

 一体、どんな奴が出てくるのか?

 光が晴れると、そこにはグラマラスな裸身をさらした美しい少女が現れていた。
.19 二人目の勇者(勇者ルーカス視点)


 光が弾け、一瞬見えた裸体にビキニアーマーが装着される。
「来たか、勇者ミリーナよ」
 女王が満足げにうなずいた。

 ミリーナ――ゲーム内で女主人公を選んだときのデフォルトネームである。
 ちなみにルーカスは、男主人公のデフォルトネームだ。

「あれ、ここは……?」

 彼女……ミリーナは戸惑ったように周囲を見回していた。

「私は……確か、死んだはず……」

 同じだ。
 ルーカスは思った。

 彼もまた現代日本で死んだ。
 彼の場合は発作的な自殺だったのだが……気が付いたら、この『エルシド』そっくりの世界で『勇者ルーカス』として召喚されていたのだ。

 生まれ変わったのか、死ぬ寸前に転移したのか。
 正確なところは分からないが、直感が『自分は一度死んだ』と告げていた。

 死んで、このゲームそっくりの世界に生まれ変わったのだ。
 彼は現世での名前を捨て、ルーカスとして生きることにした。

 幸い『エルシド』はそれなりにやりこんでいたため、シナリオに沿ってさまざまな物事を進めていくだけで、大きなトラブルはなかった。
 魔王軍との戦いで次々に勝利を収めていく彼に、人々は大きな称賛を送った。

 女王も同じだった。
 未亡人の彼女は、「いずれはそなたを我が伴侶に」とまで言っていた。

 だが――順調だったルーカスの異世界ライフに暗雲が生じた。

 そう、先日の『暗黒騎士ベルダ』との戦いである。
 ベルダにあっさりと敗れて以来、女王の態度が急変したのだ。

「そなた……思ったほど強くなかったのだな。いくら敵が陣営最強クラスとはいえ、あまりにも無様な負けっぷりじゃ」

 そして今回、二度目の勇者召喚を行った。

(俺は明らかに……女王に見限られようとしている)

 冗談ではない。

 このまま無用者として国外追放ならまだマシ。
 苛烈な一面を持つ女王のことだから、役立たずとして処刑される可能性も低くない。

 そんな死に方は嫌だった。

 せっかく現代日本から異世界の勇者として転生したのだ。
 どうせなら英雄になり、栄耀栄華を極めたかった。

 そこまでいかなくても、最低でも平穏で幸せな生活は送りたい。

(見てろよ……俺はこのままじゃ終わらない)