「ベルダ様……?」

 コーデリアが不審そうに俺を見つめた。

「なぜ部下を止めたのですか」
「なぜって……村人を殺そうとしたし」

 俺は半ば反射的に答える。

「理由になっていません。彼らは任務を果たそうとしただけです」
「俺は……人を殺したくない」
「……?」

 コーデリアはポカンとした顔になった。

 よほど驚いたのか、目を丸く見開いている。
 元がクール系の美人だから、ちょっと可愛らしい表情に思える。

「一体どうなさったのですか、ベルダ様……冷酷無比にして悪逆非道、魔王様の命とあらば、いかなる残酷な所業もいとわないあなたが、たかが村一つを滅ぼすことを躊躇するというのですか」

 コーデリアが俺をにらむ。
 冷たい目だった。

「魔族として――まして魔王様の右腕としてあるまじき醜態です」

 言いながら、腰の剣を抜いた。

 しゅおうっ……。

 その刀身を小規模の吹雪が覆う。
 二つ名の通り、彼女は氷雪系の魔法を操るのだ。

「……俺を斬るつもりか」

 ごくりと息を飲んだ。

 それは――生まれて初めて味わう、本物の『殺意』だった。

 ただ、不思議と恐怖は感じない。
 多少の緊張感はあるけれど、それだけだ。

 心のどこかで、こんな気持ちがこみ上げていた。

 たとえコーデリアが斬りかかってきても、俺なら問題なく対処できる――と。

 実際、ゲームにおいては暗黒騎士ベルダと氷雪騎士コーデリアのステータスには圧倒的な開きがある。

 というか、魔王軍でベルダと対等のステータスを持つ者なんて、ほとんどいない。
 ほぼ全員が、はるかに格下である。

 だからこそ、主人公もベルダに大苦戦するわけだが――。

 ……どうする。

 俺は内心で自問自答した。

 力で退けることは、おそらくたやすい。
 俺がゲーム通りの強さを出せれば、だが。

 でも、俺に彼女と戦えるんだろうか?
 魔族と言っても、見た目は人間そのものだ。
 俺が全力を出して戦った場合、どうなるか分からない。

 もしかしたら、あっさり殺してしまうかもしれない。

「最後にもう一度だけお聞きします、ベルダ様」

 コーデリアが俺を見据える。

「魔王様の命令に従うか、否かを」
「俺は――」

 もう迷っている時間はない。

 俺の結論は――。

 おおおおおおおおおんっ!

 そのとき、咆哮が響いた。

「なんだ……!?」

 振り返ると、

「うわぁぁぁぁぁっ……!?」

 兵士たちが悲鳴とともに吹っ飛ばされているのが見えた。

 その中心部にいるのは、体長十メートルくらいのモンスターだ。
 外見は全身が真っ黒な狼といったところか。

 ただしその額と両肩から鋭利な角が生えていた。

「ラゼルヴ!?」

 コーデリアが叫ぶ。

 ラゼルヴ――今回の部隊に加えている魔獣の名前だ。

「まさか、暴走している……なぜだ!」

 そう、魔獣はこちらの制御を振り切り始めたようだ。

 さっきまではおとなしくしていたのに、今は見境なく暴れている。
 手近の魔族兵たちを一人、二人と蹴散らしていく。

 ――こんなイベント、ゲームにはなかったよな……!?

「逃げろ!」

 俺は思わず叫んでいた。

「ベルダ様!」
「こいつは俺が止める」

 言って、剣を抜く俺。

 混乱はあったが、自分でも驚くくらいに冷静な気持ちも同時にあった。

 あらためて対峙すると、とんでもない巨体だ。
 こんなモンスターを相手に勝てるのか、俺は……!?

 戦慄する。
 恐怖がこみ上げる。

 だけど――、

「ううう……」
「ベルダ様……」

 周囲には苦しみにうめく兵士たちの姿があった。

 人間だろうと魔族だろうと関係ない。
 こんな状況を放っておくことなんてできない。

 状況を打開できるのが、俺しかいないなら――、

「来い……!」

 恐怖を押し殺し、俺は魔獣を見据えた。

 おおおおおおんっ。

 突進してくるラゼルヴ。

「【斬撃強化】【火炎の刃】【連撃×5】」

 俺は同時に三つの魔法を唱えた。

 ヴンッ!

 手にした剣が赤い輝きを放つ。
 炎が、刀身に宿る。

「はあああああああああっ!」

 振り下ろした剣は、おそらく音速に達していただろう。

 それが、合計五度。

 魔法効果により速度を増した上に五連撃になった、その魔法剣は――。

 ラゼルヴをバラバラにし、さらに跡形もなく燃やし尽くした。