俺と勇者ルーカスには明らかな力の差があった。
数字で言うなら、たぶん俺を10としてルーカスは2か3くらいだろう。
これがゲーム終盤だと互角か、あるいはルーカスの方が上になってくるはずだ。
今のうちにルーカスを殺してしまうことが、俺の死亡エンド回避のためには最善の策だと思う。
けれど――。
「生きてるもんなぁ、こいつ……」
データじゃない。
『生命』なんだ。
明らかに人を襲っている『モンスター』とかなら心情的に違うけど、やっぱり『人間』相手はなぁ……簡単に割り切って殺せるわけがない。
「……とにかく、俺の目的はまず魔界に行くことだ。ルーカスは追い払えば、それでよし」
言葉に出して自分の考えを整理した。
「退け」
ルーカスに言い放つ。
「なんだと?」
「……お前の力は見るべきものがある。だが完全ではない――いずれはもっと強くなる」
と、俺。
「強くなれ、勇者ルーカス。お前が完全な強さを得たとき、ふたたび剣を交えようぞ」
「……俺を見逃すというのか」
ルーカスがにらんでくる。
「我が望みは強者とのギリギリの死闘。今のお前ではそれを満たせぬ」
芝居がかってるなぁ、と思いつつ、俺は言った。
「だが、お前が力を磨けば、いずれそれを満たせよう。俺はその機会を与えてやる」
「……後悔することになるぞ」
ルーカスは屈辱をかみしめるように言った。
とはいえ、このまま戦えば、俺に殺されることは分かっているのだろう。
「いずれ、お前を――必ず!」
言い捨てて、勇者ルーカスは逃げていった。
他の人間の兵士たちを引き連れて。
完全な撤退である。
「ふう……これ以上犠牲者を出さずに済んだか」
俺はホッと一息をついた。
最初に、向こうの軍で最強のルーカスに完勝したから、あっさり士気をくじくことができたようだ。
とはいえ、ルーカス一人に魔族が大勢殺されたようだ。
俺はこれから魔族のアルドーザを討伐に行く。
『エルシド』のゲーム内容から考えても、この世界で行われているのが『戦争』であることを考えても、誰も殺さずに済ませる、というのは難しいだろう。
だが、たとえ死んだのが人間ではなく魔族だといっても、やはり何も感じないわけじゃない。
できるだけ死人が出るのは避けたいな……。
俺はしばし、死んだ魔族たちに黙とうを捧げた。
「ベルダ様、ご無事で!」
コーデリアが率いる一軍がやってきた。
「勇者と一戦交えたよ。追い払ったけど」
「あの勇者ルーカスを、ですか!?」
コーデリアは驚いた様子だ。
「……さすがです、ベルダ様。ですが、ルーカスを追い払った、とは? 殺さなかったのですか」
「弱すぎて、な。奴がもっと強くなるまで泳がせる」
しまった、コーデリアが怒りだすかな。
俺は不安になりつつも、さっきのキャラで押し通すことにした。
「弱いやつを殺しても面白くない。せっかく楽しめそうな相手だからな。奴が強くなったときに、今度こそ殺してやる」
「……根っからの武人なのですね、ベルダ様」
つぶやくコーデリア。
「ですが、足元をすくわれないよう、どうかお気を付けを」
「ああ、分かっている」
よかった、納得してくれたみたいだ。