俺は勇者ルーカスと十メートルほどの距離を置いて対峙していた。

 周囲には魔族兵たちの死体が折り重なっている。

 むせ返るような血の匂い。

 ゲームではなく、ここが現実の世界なのだと教えてくれる匂いだ。
 俺自身はこんな大量の血の匂いを嗅いだ経験はないんだけど、この『暗黒騎士ベルダ』の体が慣れているためか、特に気持ち悪くなるようなことはなかった。

 こういうとき、漫画なんかだと血の匂いとか死体を見て、吐き戻すようなシーンもあるからな。

「お前の名は?」

 ルーカスが俺をにらんだ。

「ベルダ。称号は『暗黒騎士』」

 短く名乗る俺。

「お前が、あの『暗黒騎士ベルダ』か……知っているぞ。魔王軍の四天王筆頭……最強の魔法剣士――!」

 ルーカスが剣を構えなおした。

「それなら全力で行かせてもらうぞ。【聖剣起動】」

 ヴ……ン!

 銀色の刀身を包みこむようにして、黄金の光があふれた。

「俺の聖剣イクシードの最大攻撃形態だ。いくら『暗黒騎士ベルダ』でも、まともに受ければただでは済まない」
「そいつはおっかないな」

 こんな状況で軽口を叩ける自分に軽く驚いた。
 自分でも不思議になるくらい落ち着いている。

 なぜだろう?
 もしかしたら――。

「はああああっ!」

 俺が考えをまとめるより先に、ルーカスが突っこんできた。
 黄金の光でコーティングされた聖剣イクシードを繰り出す。

 さすがに鋭い。
 とはいえ、俺のステータスは魔王軍最強だ。

 余裕を持って、その一撃を剣で受け止めることができた。
 さらに、

「おおおっ!」

 気合いを込めて、押す。
 俺の剣全体から魔力や生命エネルギーなどが混じった強烈な圧力がほとばしった。

「くっ……!?」

 ルーカスは耐えきれずに吹っ飛ばされる。

 どごぉっ!

 後方の岩壁に叩きつけられ、ルーカスは地面に倒れた。

「うぐぐ……」

 苦しげにうめきながら、弱々しく立ち上がるルーカス。

 両脚が震えている。
 今の一撃で相当のダメージを受けたようだ。

「随分弱いな……」

 俺は戸惑いを隠せない。

「いや、違う。俺が強すぎるのか」

 この時点では、まだ『暗黒騎士ベルダ』の方が『勇者ルーカス』よりもかなりレベルやステータスが上なんだろう。
 さっき俺がルーカスに対して恐怖や不安を感じなかったのも、きっとこれが理由だ。

 俺の本能が察知していたんだ。
 今のルーカスは、俺の敵じゃない――と。

「つ、強すぎる……」

 ルーカスは青ざめた顔で俺を見ていた。