「ほら、よそ見してると馬車に引かれるぞ」

 ディータが俺に手を伸ばす。

さすがにそれにはムッとしたが、黙ってその手を繋いだ。

フィノーラと三人、待合室へ入る。

ディータは俺たちを残し、ごった返す人の波を泳いで、受付らしき場所に並んだ。

あまりの狭さと人の多さに、フィノーラは俺を抱き上げる。

「おい。あまり俺を子供扱いするな」

「まぁ。みんな子供はそう言うものよ」

「バカにしてんのか?」

「してないって。子供ほど大人になりたがるもんだから」

 受付でディータが騒いでいる。

何やら揉めていると思ったら、案の定怒りながら戻ってきた。

土埃舞う喧騒の中に、ディータの声が混ざる。

「くそっ。もうグレティウスへ向かう特別便は出た後だってよ。次の便は志願者が集まってからだそうだ。そもそも、聖騎士団の審査に合格したものだけが乗れるってよ」

「じゃあ無理じゃない」

「そうだな。そこにだけは世話になれない」

「ちっ。聖騎士団っていうだけで、うんざりするぜ。やっぱ地道に稼いで歩くかぁ~?」

 しかしそれでは、あと何ヶ月かかるか分からない。

ふとこちらに向かって歩いてくる、がたいのいい男と目があった。

「こんなところにいたのか」

「イバン!」

 白金の髪にブルーグレイの瞳。

いつだって上品めかしたその立ち居振る舞いは、この喧騒と土埃の中でもひときわ目を引いた。

「たまには連絡しろ。ビビさまが心配している」

「あんたこそどうしたのよ。ここで何してんの?」

「私か? 私はこれから、エルグリムの悪夢を探す調査隊に……」

「それだ!」

 俺たちは、同時に声を上げた。

「確かに私は、調査隊に志願して行くが、それは聖剣士として参加するんじゃない。あくまで休暇中の暇潰しだ」

 場所を移した俺たちは、駅馬車の行き交う大通りを見渡す、テラス席に腰を下ろした。

「は? なんで休暇中に行くんだ?」

 ディータは眉をしかめる。

「仕事中じゃないんなら、仕事すんなよ」

「他にすることもないからな」

「休みがたまってたんでしょ? 石頭イバンさまっぽい」

 フィノーラの言葉に、彼は頬を赤くする。

「いいじゃないか別に。これが私にとっての、余暇の過ごし方だ」

「グレティウスに行くのか?」

「そうだよ」

 俺の言葉に、イバンは静かに視線を向けた。

剣を教えると言った、その時の彼が頭をよぎる。

「確か君たちも、グレティウスを目指しているんだったな。一緒に行くか?」

「それは助かる!」

 声をそろえた俺とフィノーラに対し、ディータは明らかに不満気な表情を浮かべた。

「冗談じゃない。だれが聖剣士なんかと……」

「確かに私は聖騎士団の一員だが、今は休暇中だぞ」

「バカねディータ。これからどうやってグレティウスまで行くつもりよ」

「地道に日銭を稼いで行くんだろ?」

「ねぇ、イバン?」

 フィノーラは、キラキラと輝く目でじっと彼を見上げた。

「私たち三人分の、駅馬車代出せる?」

「はい?」

「それは違う。俺は子供料金で大丈夫だ」

「……。ちょ、ちょっと待て。君たちは一体、どうやって旅をしてきたんだ? ビビさまから、ちゃんとまとまった金額を……」

「色々あって、没収されちゃったのよ。きっとナルマナの聖騎士団のところに行けば、預かり分があるわ」

 イバンは大きくため息をつくと、その頭を抱えた。

「君たちはまた何かやらかしたのか。そういえば、ナルマナ聖騎士団の団城が最近……」

「ね! イバンなら同じ聖騎士団だもの、すぐに話しがつくでしょ。お金がないワケじゃないの。イバンならそれを知ってるじゃない?」

 彼はその青い目で、指の隙間からじっとフィノーラを見た。

その視線は、今度は俺に注がれる。

フィノーラはディータを振り返った。

「ほら。この騎士さまが私たちの駅馬車代を立て替えてくれるってよ。一緒に行きましょう?」

「信頼できるのか」

「それはもう!」

 ディータはかなり不満げだったが、その顔を背けて言った。

「……。まぁ、そういうことなら……。仕方ない、かな……」

「これで決まりね!」

 結局フィノーラの一言で、イバンは三人と一人分の切符を購入した。