まさか、「昨日おかしな目にあったところを助けてくれた狐のあやかし」だなんて、本当のことを言ったら頭がおかしくなったと思われるのがオチである。

「ん〜……」
「何を悩んでいる?」

 背後から声をかけられたのは、その時だ。聞き覚えのある声に、紗良は驚いて、んぐっとおにぎりを喉を詰まらせた。慌てて胸をどんどんと叩くと、誰かが水筒を手に握らせてくれる。
 ごくごくとそれを一気に飲み干すと、紗良は「ぷはぁ」と大きく息をついた。

「あ、ありがと……」
「気をつけろ、紗良」

 ——やはり、聞き間違いではないらしい。正面では、実琴と花音が頬を染め、ぼうっとした表情で自分の背後に視線を注いでいるのがわかる。
 恐る恐る振り返ると、やはりそこにいたのはコハクだった。どこで手にいれたのかは知らないが、薄い色のついたサングラスをかけている。それがまた嫌みなほどに似合っていて、紗良は口の端をひきつらせた。

「な、なんでいるの……?」
「おまえを守るために」

 至極あっさりと、コハクはそう口にした。その途端、正面の二人が「きゃあ」と楽しそうな悲鳴を上げるのが聞こえる。
(ああ……っ!)
 紗良は慌てて「なんでもない」と誤魔化そうとしたが、時既に遅し。実琴も花音も目をきらきらさせ、ここぞとばかりにコハクを質問攻めにし始める。
 それに当たり障りのない答えを返していたコハクだったが、実琴が「紗良とはどういう関係なんですか?」とずばり核心をついた質問をすると、堂々とこう答えた。

「いずれ結婚したいと思っていて、今は求婚中だ」
「え、ええっ……!」
「きゃあ……!」

 コハクのその言葉に、二人は驚きつつもきゃあきゃあと黄色い悲鳴じみた声をあげる。こうなると、もうどうしようもなかった。

「ちょ、ちょっと待って、待って……!」

 必死になって紗良がその場をおさめようとするが、盛り上がった二人の耳には届かない。
 昼時の中庭、という場所も悪かったのだろう。紗良たちだけならばまだ良かったが、周囲にはちらほら他のグループの姿もある。
 おそらく発生源はそこなのだが、気付けば放課後になる頃には、紗良はすっかり噂の渦中の人と化していた。
 いくら嘆いても遅く、そしていくら否定しても「照れてるんでしょう」とからかわれ。紗良はその日、肩身の狭い思いをした。

 さらに悪いことに、コハクはいくら紗良が言っても学校についてくるのをやめない。朝どこからともなく現れては校門まで送り届け、放課後になると再びふらりと現れて、紗良を家まで送っていく。
 周囲はその献身的な姿に「超愛されてる!」と盛り上がり、紗良がいくら「彼氏ではない」と否定しても聞く耳を持たない。
 それもそうだろう、花の女子高生——受験からようやく解放され、ちょうど恋愛ごとに飢えている時期だ。
 紗良は一つため息をつくと、げんなりしながら机に突っ伏した。