それから、私たちは収録する日を摺り合わせてから、それまではカラオケで一緒に歌の練習をするようになった。
歌えば歌うほど、自分の中で馴染んできて、出ないと思っていた高音も、無理だと思っていた低音も滑らかに出てくるようになる。
一曲歌いきるたびにお茶を飲み、飴を舐めながら、互いの歌の感想を述べ合うようになっていた。
「やっぱり山中さんの歌は、聴けば聴くほど、癒やされていくね」
そうしみじみとした口調で萩本くんに言われる。自分では好き勝手に自分本位で歌っているつもりだったから、最初から言われているこの感想が、いまいちよくわかっていない。
「前から思っていたけど、ウィスパーボイスとか、癒やされるってなに? 自分だと意識してそう歌ったことないんだけど」
「前にも言わなかったっけ? 歌い手ってさ、どういう形であれ受け狙いを念頭に入れて歌っているけど、山中さんにはそれがない」
「……自分本位だから?」
「違う。皆が皆、『俺が俺が』って主張だけ聞いてたら疲れるじゃない。山中さんの歌にはそれがないから、聴いていてすごく落ち着く。自分に言い聞かせているというか、そういうところが」
自分本位な歌い方で、聴いている人について考えながら歌っている萩本くんは偉いねと思っていたけれど。こういう考え方もあったんだ。
私の中での、小さな驚きだった。
「だから、山中さんの歌い方には肩の力が入ってないし、練習すればするほど、いい具合に力が抜けていって聴きやすくなっているんだよね。それがすごくいい。だから俺はそのままでいいと思うんだけど」
そうしみじみとした口調で言われてしまうと、私もどう答えたらいいのかわからない。ただ、思ったことを口にしてみた。
「……でも、私【カズスキー】さんの歌が好き」
「そう?」
「なんだろう。私、萩本くんほどたくさんの歌が歌えない。声のキーが全然合わないし、いろんな人が好きな歌を歌えるのって、サービス精神が旺盛じゃないとできないと思うから」
「それって、自分に芯がないって思わないの?」
「ううん」
売れっ子歌い手って、ナイーブなのかな。ふとそんな考えが頭を掠めた。
よく自分で作詞作曲している人は、歌い手の人のことを「すぐに人の歌をパクって、人気の上澄みを取って!」と怒るけれど、曲をつくるのと歌うの、どちらも負荷って同じだと思うんだ。
人に喜んで欲しい。私には完全に欠落している感覚だけれど、サービス精神旺盛な人気者がいつも持っているもの。それって、芯がないってこととは全然違うような気がする。
「人に楽しんで欲しいって考えられるのは、人のことが好きってことと同義語だと思うから。私は、本当に自分のために歌っていて、そういうのが全然ないから。だから萩本くんはすごいね」
私の言葉に、萩本くんは少しだけ虚を突かれたように目を見開いたあと、すぐに外していたマスクを付けてしまった。私はその光景をキョトンとして見つめていた。
「ええっと……次は萩本くんの練習の番だけれど。歌わなくっていいの?」
「……今、俺。すごい情けない顔していると思うから、先に山中さんが歌って」
「ええ? そりゃ私は嬉しいけれど……でもいいの?」
「いいから! どうぞ! ああ、ちょっと飲み物取ってくるけれど、リクエストある!?」
まるで今にも逃げ出したいような態度を取るので、私はますます混乱した。
人気歌い手って、いろんな人に褒めてもらえるものだと思ったのに、私の言葉でそこまで取り乱して、どうしたんだろう。おべんちゃらが嫌だった? 言われ慣れてるからがっかりした?
私は混乱している萩本くんに「じゃあ、ぶどうジュース……」と言ったら、「オッケー、言ってくる!」とそのまま飛び出してってしまった。ドアの閉まる風で、私の結った癖毛が揺れる。
「……人気歌い手って、大変なのかな」
私には全然縁のない世界だと思っていたけれど、私と萩本くんは同級生で、学校でもカラオケ屋でも、こっそりと会っては歌の話ばかりしている。
世界って思っているよりも近いのかもしれない。
そうしみじみと思いながら、私は歌を練習しはじめた。
何度も何度も萩本くんが言ってくれたウィスパーボイス。自分では実感がなかったけれど、それで一曲歌いきるとたしかに気持ちがいい。
萩本くんは私が一曲歌い終わった頃に、やっと戻ってきた。
「ただいま……」
「お帰りなさい。もう歌える?」
「ん……歌う」
ようやく鼻から下を覆っていたマスクを取って、マイクの電源を入れた萩本くんが歌いはじめる。さっきの慌てようはなんだったのか、すっかりといつものぼんやりとした表情ながらも、端正な顔立ちで歌いはじめる萩本くんは格好いい。
私は持ってきてくれたぶどうジュースを飲みながら、彼の歌と一緒に彼の横顔をこっそりと眺めていた。
多分私と萩本くんは、同じクラスにいながらも、互いにひとりでうろうろしている者同士。どちらもアプリで歌い手として活動しているって秘密がなかったら、こうして昼休みに一緒に食事をすることも、カラオケ屋で歌を歌うこともなかったんだろうなと思う。
彼のマスクの下を知ったからそう思うのか、彼の歌い手名義を知っているからそう考えるのか、よくわからない。
ただ秘密の共有は、ぶどうジュースの味がする。
甘くてずるくて後を引く。
****
いよいよアプリにそれぞれの歌を流す日が来た。
私は緊張しながら、アプリを起動させる。
普段歌を歌うとき、私はちっとも緊張していない。だって誰かに聴かせようなんて思っていないからだ。それがどうだ。今日は萩本くんや曲をつくってくれた方々、少なくとも三人は聴いてくれることが確約されているから、私は中学時代の音楽のテスト以来の突っ張る喉をどうにか飼い慣らして歌わないといけない。
どうしたら力が抜けるだろう。どうしたらいつも通り歌えるだろう。そもそも、いつもはどうやって歌っていたっけ。
まるで呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、私はいつも通りに歌う術をどこかに置いてきてしまっていた。
私は困り果てて、通信アプリを起動させて、そこで萩本くんに連絡をしてみた。
【緊張し過ぎて怖い。歌えない】
それで泣いている女の子のスタンプをポンポンと押して送信する。意外なことに、もう歌っていると思ったのに、すぐに返事が来た。
【カナタさんの歌は素敵だよ】
【誰かのためじゃなくって、自分のために歌ってみてよ】
【君が君のために歌う曲を、ちょっとだけお裾分けしてくれないか】
私はその返事の文面を指でなぞっていた。
とっても詩的だ。なんでもかんでも、すぐに「ポエム」と嘲笑する文化は嫌いだ。私はそれが原因で絵が描けなくなってしまったから。
それをなんの躊躇いも照れもなく返してしまえる萩本くんは、きっとすごい人だ。
私はこの詩的な文面に添えるような返事が思いつかず、とりあえずガッツポーズを取っている女の子のスタンプを押して送信してから、やっとアプリに戻った。
何度も何度も練習した歌を、歌いはじめる。
行きたくってひとりで見知らぬ人ばかりの学校に入学した訳じゃない。他の選択肢がなかったから、ここに来た。
なりたくってひとりでいる訳じゃない。でも全然覚えられない名前の人に囲まれているのは苦痛だ。
歌だけは、私が選んだことだ。
萩本くんにうっかりと見つかったのも、萩本くんの歌い手名を知ったのも、本当に偶然で、歌い続けていたら、気付けば結果がついてきた。
好きなものをずっと続けられるのは奇跡だ。私にとって大切なものは、誰かにとっては退屈なもので、それをいともたやすく踏み潰し、それで傷付いていることを理解できない人が多過ぎる。
私は今まで積み重ねた理不尽を、一気に歌詞に乗せて歌い上げた。
何度も褒められたウィスパーボイスは誰かを慰めるものじゃない。自分を励ますためのものだ。私はそれを一気に歌い上げたあと、送信した。
私はなにも見ずに、アプリを一旦消して、そのままベッドに突っ伏した。
萩本くんは歌い終わっただろうか。どうだろう。
私はベッドでごろんと寝転がりながら、もう一度アプリを確認しはじめた。
アプリでは【カズスキー】さんの新曲の話題で溢れかえっていた。まあ私の曲に対する感想がないのは相変わらずだし、一度【カズスキー】さんが紹介してくれたくらいじゃ、なにもないだろうと思っていたけれど。
「……あれ?」
閲覧数が多くなれば多くなるほど、閲覧ランキングに入ることがある。私はそういうのに興味がないからあんまり確認したことはないけれど。でもそこにピコンと私の新曲がランキングの一番下に引っかかったのだ。
「……普段こんなところに入ったことないのに」
いくらなんでも早過ぎないかな。そう思いながら怖々と自分のアカウントを覗いてみたら。
【かなたんさんの紹介から来ました。いい曲ですね!】
【マキビシさんのSNSから来ました。こんな上手い人が隠れてたの?】
【カズスキーさんのアカウントから来ました。うっま!】
【──……】
【──】
「嘘……」
今まではコピーソングだったからよかった。【カズスキー】さんが紹介してくれたところで、所詮はコピー歌い手だから、なにを言われても「知らない人が来たなあ」くらいで済ませないといけなかった。
でも今回はかなたんさん作詞、マキビシさん作曲の完全新曲な上、【カズスキー】さんと男性パート女性パート歌い分けるという、どちらも聞き比べられるという形で歌っていた。
【カズスキー】さんは、ランキングとかに興味がない私ですら知っているような歌い手なのだ。その相方に選ばれたのが、無名の【カイリ】だったら、なに言われるかわかったものじゃないと思っていた。
もっと有名人と無名が絡んで生意気とか、いい気になっているとか、そんな悪口が書かれるのかと思っていたのに、コメントはどれもこれも温かだ。
ここまで温かい言葉をかけられたの、萩本くん以外だったらいつだろう。自分ひとりで歌っている身勝手な私の歌を褒めてくれる、優しい人たち。
気付けば私は、泣いていた。胸がいっぱいになり、久し振りに寂しくなくなっていた。
誰かに声が届くって、こんなに心地のいいことだったんだと、生まれて初めて知った。そんな気がした。
歌えば歌うほど、自分の中で馴染んできて、出ないと思っていた高音も、無理だと思っていた低音も滑らかに出てくるようになる。
一曲歌いきるたびにお茶を飲み、飴を舐めながら、互いの歌の感想を述べ合うようになっていた。
「やっぱり山中さんの歌は、聴けば聴くほど、癒やされていくね」
そうしみじみとした口調で萩本くんに言われる。自分では好き勝手に自分本位で歌っているつもりだったから、最初から言われているこの感想が、いまいちよくわかっていない。
「前から思っていたけど、ウィスパーボイスとか、癒やされるってなに? 自分だと意識してそう歌ったことないんだけど」
「前にも言わなかったっけ? 歌い手ってさ、どういう形であれ受け狙いを念頭に入れて歌っているけど、山中さんにはそれがない」
「……自分本位だから?」
「違う。皆が皆、『俺が俺が』って主張だけ聞いてたら疲れるじゃない。山中さんの歌にはそれがないから、聴いていてすごく落ち着く。自分に言い聞かせているというか、そういうところが」
自分本位な歌い方で、聴いている人について考えながら歌っている萩本くんは偉いねと思っていたけれど。こういう考え方もあったんだ。
私の中での、小さな驚きだった。
「だから、山中さんの歌い方には肩の力が入ってないし、練習すればするほど、いい具合に力が抜けていって聴きやすくなっているんだよね。それがすごくいい。だから俺はそのままでいいと思うんだけど」
そうしみじみとした口調で言われてしまうと、私もどう答えたらいいのかわからない。ただ、思ったことを口にしてみた。
「……でも、私【カズスキー】さんの歌が好き」
「そう?」
「なんだろう。私、萩本くんほどたくさんの歌が歌えない。声のキーが全然合わないし、いろんな人が好きな歌を歌えるのって、サービス精神が旺盛じゃないとできないと思うから」
「それって、自分に芯がないって思わないの?」
「ううん」
売れっ子歌い手って、ナイーブなのかな。ふとそんな考えが頭を掠めた。
よく自分で作詞作曲している人は、歌い手の人のことを「すぐに人の歌をパクって、人気の上澄みを取って!」と怒るけれど、曲をつくるのと歌うの、どちらも負荷って同じだと思うんだ。
人に喜んで欲しい。私には完全に欠落している感覚だけれど、サービス精神旺盛な人気者がいつも持っているもの。それって、芯がないってこととは全然違うような気がする。
「人に楽しんで欲しいって考えられるのは、人のことが好きってことと同義語だと思うから。私は、本当に自分のために歌っていて、そういうのが全然ないから。だから萩本くんはすごいね」
私の言葉に、萩本くんは少しだけ虚を突かれたように目を見開いたあと、すぐに外していたマスクを付けてしまった。私はその光景をキョトンとして見つめていた。
「ええっと……次は萩本くんの練習の番だけれど。歌わなくっていいの?」
「……今、俺。すごい情けない顔していると思うから、先に山中さんが歌って」
「ええ? そりゃ私は嬉しいけれど……でもいいの?」
「いいから! どうぞ! ああ、ちょっと飲み物取ってくるけれど、リクエストある!?」
まるで今にも逃げ出したいような態度を取るので、私はますます混乱した。
人気歌い手って、いろんな人に褒めてもらえるものだと思ったのに、私の言葉でそこまで取り乱して、どうしたんだろう。おべんちゃらが嫌だった? 言われ慣れてるからがっかりした?
私は混乱している萩本くんに「じゃあ、ぶどうジュース……」と言ったら、「オッケー、言ってくる!」とそのまま飛び出してってしまった。ドアの閉まる風で、私の結った癖毛が揺れる。
「……人気歌い手って、大変なのかな」
私には全然縁のない世界だと思っていたけれど、私と萩本くんは同級生で、学校でもカラオケ屋でも、こっそりと会っては歌の話ばかりしている。
世界って思っているよりも近いのかもしれない。
そうしみじみと思いながら、私は歌を練習しはじめた。
何度も何度も萩本くんが言ってくれたウィスパーボイス。自分では実感がなかったけれど、それで一曲歌いきるとたしかに気持ちがいい。
萩本くんは私が一曲歌い終わった頃に、やっと戻ってきた。
「ただいま……」
「お帰りなさい。もう歌える?」
「ん……歌う」
ようやく鼻から下を覆っていたマスクを取って、マイクの電源を入れた萩本くんが歌いはじめる。さっきの慌てようはなんだったのか、すっかりといつものぼんやりとした表情ながらも、端正な顔立ちで歌いはじめる萩本くんは格好いい。
私は持ってきてくれたぶどうジュースを飲みながら、彼の歌と一緒に彼の横顔をこっそりと眺めていた。
多分私と萩本くんは、同じクラスにいながらも、互いにひとりでうろうろしている者同士。どちらもアプリで歌い手として活動しているって秘密がなかったら、こうして昼休みに一緒に食事をすることも、カラオケ屋で歌を歌うこともなかったんだろうなと思う。
彼のマスクの下を知ったからそう思うのか、彼の歌い手名義を知っているからそう考えるのか、よくわからない。
ただ秘密の共有は、ぶどうジュースの味がする。
甘くてずるくて後を引く。
****
いよいよアプリにそれぞれの歌を流す日が来た。
私は緊張しながら、アプリを起動させる。
普段歌を歌うとき、私はちっとも緊張していない。だって誰かに聴かせようなんて思っていないからだ。それがどうだ。今日は萩本くんや曲をつくってくれた方々、少なくとも三人は聴いてくれることが確約されているから、私は中学時代の音楽のテスト以来の突っ張る喉をどうにか飼い慣らして歌わないといけない。
どうしたら力が抜けるだろう。どうしたらいつも通り歌えるだろう。そもそも、いつもはどうやって歌っていたっけ。
まるで呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、私はいつも通りに歌う術をどこかに置いてきてしまっていた。
私は困り果てて、通信アプリを起動させて、そこで萩本くんに連絡をしてみた。
【緊張し過ぎて怖い。歌えない】
それで泣いている女の子のスタンプをポンポンと押して送信する。意外なことに、もう歌っていると思ったのに、すぐに返事が来た。
【カナタさんの歌は素敵だよ】
【誰かのためじゃなくって、自分のために歌ってみてよ】
【君が君のために歌う曲を、ちょっとだけお裾分けしてくれないか】
私はその返事の文面を指でなぞっていた。
とっても詩的だ。なんでもかんでも、すぐに「ポエム」と嘲笑する文化は嫌いだ。私はそれが原因で絵が描けなくなってしまったから。
それをなんの躊躇いも照れもなく返してしまえる萩本くんは、きっとすごい人だ。
私はこの詩的な文面に添えるような返事が思いつかず、とりあえずガッツポーズを取っている女の子のスタンプを押して送信してから、やっとアプリに戻った。
何度も何度も練習した歌を、歌いはじめる。
行きたくってひとりで見知らぬ人ばかりの学校に入学した訳じゃない。他の選択肢がなかったから、ここに来た。
なりたくってひとりでいる訳じゃない。でも全然覚えられない名前の人に囲まれているのは苦痛だ。
歌だけは、私が選んだことだ。
萩本くんにうっかりと見つかったのも、萩本くんの歌い手名を知ったのも、本当に偶然で、歌い続けていたら、気付けば結果がついてきた。
好きなものをずっと続けられるのは奇跡だ。私にとって大切なものは、誰かにとっては退屈なもので、それをいともたやすく踏み潰し、それで傷付いていることを理解できない人が多過ぎる。
私は今まで積み重ねた理不尽を、一気に歌詞に乗せて歌い上げた。
何度も褒められたウィスパーボイスは誰かを慰めるものじゃない。自分を励ますためのものだ。私はそれを一気に歌い上げたあと、送信した。
私はなにも見ずに、アプリを一旦消して、そのままベッドに突っ伏した。
萩本くんは歌い終わっただろうか。どうだろう。
私はベッドでごろんと寝転がりながら、もう一度アプリを確認しはじめた。
アプリでは【カズスキー】さんの新曲の話題で溢れかえっていた。まあ私の曲に対する感想がないのは相変わらずだし、一度【カズスキー】さんが紹介してくれたくらいじゃ、なにもないだろうと思っていたけれど。
「……あれ?」
閲覧数が多くなれば多くなるほど、閲覧ランキングに入ることがある。私はそういうのに興味がないからあんまり確認したことはないけれど。でもそこにピコンと私の新曲がランキングの一番下に引っかかったのだ。
「……普段こんなところに入ったことないのに」
いくらなんでも早過ぎないかな。そう思いながら怖々と自分のアカウントを覗いてみたら。
【かなたんさんの紹介から来ました。いい曲ですね!】
【マキビシさんのSNSから来ました。こんな上手い人が隠れてたの?】
【カズスキーさんのアカウントから来ました。うっま!】
【──……】
【──】
「嘘……」
今まではコピーソングだったからよかった。【カズスキー】さんが紹介してくれたところで、所詮はコピー歌い手だから、なにを言われても「知らない人が来たなあ」くらいで済ませないといけなかった。
でも今回はかなたんさん作詞、マキビシさん作曲の完全新曲な上、【カズスキー】さんと男性パート女性パート歌い分けるという、どちらも聞き比べられるという形で歌っていた。
【カズスキー】さんは、ランキングとかに興味がない私ですら知っているような歌い手なのだ。その相方に選ばれたのが、無名の【カイリ】だったら、なに言われるかわかったものじゃないと思っていた。
もっと有名人と無名が絡んで生意気とか、いい気になっているとか、そんな悪口が書かれるのかと思っていたのに、コメントはどれもこれも温かだ。
ここまで温かい言葉をかけられたの、萩本くん以外だったらいつだろう。自分ひとりで歌っている身勝手な私の歌を褒めてくれる、優しい人たち。
気付けば私は、泣いていた。胸がいっぱいになり、久し振りに寂しくなくなっていた。
誰かに声が届くって、こんなに心地のいいことだったんだと、生まれて初めて知った。そんな気がした。