私のアカウントの動画のコメント欄は、悪質な書き込みで埋め尽くされていく。
これを消していいのかどうかがわからず、私はただそれを眺めることしかできなかった。
私にとって、歌うことは息をすることと一緒だった。しゃべることが苦手で、自己主張することができなくて、自分が好きなものを好きだと言い切ることができなかった。
昔、私の描いた絵を「なんかへん」と言われたことを思い出した。言った子はきっと悪意がなく、素直な感想だったんだろう。でも私は傷付いたし、それ以降なるべく自分の好きなもののことは、誰かに馬鹿にされたくない一心で言葉にすることができなくなってしまった。
私が好きだと言ったから。私の歌が、悪意で染まっていく。
なにやらアカウントにメッセージが来ているけれど、それを怖くて見ることができなかった。
どうしよう。どうしよう。
このことを萩本くんに相談しようかと思ったけれど、私は思わず止まってしまった。
【カズスキー様に対してなれなれしいのよ】
ファンの子の言葉を、暴言と切って捨てることはできなかった。
だって、萩本くんは格好いいから。でもそれを口にすることは、私にはできなかった。
萩本くんは、自分のせいで周りが勝手に喧嘩するのに疲れ果てて、マスクで顔を覆って、歌を歌うことで自分の居場所をつくったのに、私が助けを求めたら、きっとまた自分のせいで人が喧嘩をしていると、傷付いてしまう。
だったら……私が我慢するしかないじゃない。
「うう……」
結局私は見てられなくなって、スマホの電源を切り、ベッドで膝を抱えてしまった。
私の居場所がひとつ、失われてしまったような気がした。
****
どれだけ泣いても嘆いても、学校はある。
私がさんざん泣いたせいで、目が赤くなってしまい、起きてきたときにお母さんに「なんかあった?」と心配されたけれど、私は「なんにもないよ」としか言いようがなかった。
だから学校に通うけれど、教室に入った途端に、萩本くんがクラスの派手な女の子たちに取り囲まれているのが目に入ってしまった。
「ねえねえ、萩本って歌上手いの?」
「この間カラオケ行ってたの見たよ。なに歌ってんの?」
萩本くんは、黒いマスクで顔を覆っているせいか、クラスの半分くらいは怖がって近付かない。学校の先生たちにあれこれ言われているのを右から左に受け流しているのを見たら、不良のレッテルを貼られてしまうからかもしれない。
だから今まで放置されていたというのに、普段私に掃除を頼んでくる子たちは、そういうのを無視する……あの子たちは校則をギリギリのところで誤魔化し続けているから、萩本くんみたいに思いっきり真っ正面から破っている子に興味があるんだろう。
女子に取り囲まれた萩本くんは、眉根をひそめてしまい、ただ椅子に足を投げ出して、なにも見てない聞こえてないという姿勢を維持する構えのようだった。
私が見ているのに気付いたのか、派手な女の子のひとりがこっちを見てニヤリと笑った……なに? そう思っていたのも束の間。
「昨日一緒にいた子誰? 私立の女子校の子だよね?」
それに私は言葉を詰まらせる。
……中学時代はモテていたと本人が言っていたんだ。中学時代から萩本くんのことを好きで、学校を離れても諦めてない子だって、そりゃいるだろう。
女の子の質問に、クラスが少しだけざわつく。今はなにかあったらすぐにアプリで拡散されてしまうご時世だから、皆、知っているようで案外人間関係を知らない。一度口にしたことは、すぐに拡散されてしまう以上、大事なことは全部電話や直接会って会話をし、アプリで記録されないようにするからだ。
「ええ、萩本。まさかの他校に彼女?」
「マジかあ……格好いいもんな、黒マスク」
「やっぱり世の中、品行方正よりチョイ悪かあ……」
僻み、妬み、好奇心。
それがアプリの悪意あるコメントのように、一気に教室内に拡散していく。
やめて。やめてやめて。違うよ。
萩本くんは、たしかに校則を破るよ。でも、不良じゃないよ。いい人だよ。他校の女の子のことは知らないけど、周りが面白可笑しく突き回していいもんじゃないよ。
私はなんとか声に出そうとするけれど。教室の人口は五十人と少し。それを前にすると、足が竦んだ。喉に声がへばりついて、なにも言葉にならない。私が必死に言葉を紡ごうとしている中。
とうとう萩本くんが立ち上がった。そのまま女子を無視して、廊下に出てしまう。あと少しで予鈴が鳴るけれど、そのままスタスタと歩いて行ってしまう。
「あ……」
私はなにか言わないとと思って萩本くんの背中を見ていても、普段一緒にいても見たことのない横顔をしている彼の背中を見ていたら、なにも言えなかった。
目の近くにいっぱい皺をつくって、いろんな感情に必死に耐えている顔だった。私はそのまま立ち尽くしている中。
「行かなくていいの?」
気付けば清水さんが私の席の近くまで来て、立って廊下を見送っていた。
「で、でも……もうすぐ予鈴……」
「生理前だったら保健室に行って寝ててもおかしくないでしょ。先生には保健室って言っておくけど」
そうボソリと提案する清水さんに私は目をパチンとした。
彼女は悪い付き合いはなるべくしないって言っていた。だからこそ、校則の抜け道をわかっている人なんだ……あの校則の穴を突いて誤魔化している子たちと同じ。
私は小さく「ありがとう」とお礼を言って、そのまま廊下に出て行った。
いつもの場所まで歩いて行く。もう廊下はすっかりと人がはけてしまっているから、走ると廊下に足音が響く。これじゃあ先生に見つかってしまう。
いつもの校舎。いつもの階段。そこまで足早に行ったところで、私よりもだいぶ大きな靴を見た。
「萩本くん」
私の声に、萩本くんは返事をしてくれなかった。仕方がなく、私は階段を上がる。
階段の最上階で、萩本くんは体を投げ出して寝転んでいた。目はうつろで、天井を向いているはずなのに、どこも見てないように見えた。私はその隣に腰を落とすと、ようやく萩本くんはこちらを見た。
「大丈夫?」
「……ごめん」
「謝るのはどうして? 私のほうこそ……ごめん。教室でなにか言えばよかったのに、なにも言えなくって」
「でも言えることってなにもないでしょう? だって俺と山中さん、なんにもないよ? ただ放課後に一緒にカラオケに行って、一緒に歌って、たまにコラボしたり紹介しているだけの仲。友達ってほど近い距離じゃないし、付き合ってもいないでしょう?」
その言葉に、私は本当になにも言えなくなってしまった。萩本くんがさも当たり前のように、淡々とした言葉で続けてくれたら、私もなにか言えたかもしれないけれど。
まるで萩本くんは、そうなんだと言い聞かせているようだったから。
「そんなに嫌なんだ? 誰かと付き合ってるって思われるの」
「うん。やだ。そのせいで、友達みぃーんな、いなくなった。付き合ってもいないのに、勝手に噂を流されて、それを違うって言ったら、今度は卑怯者呼ばわり。加害者に親切な国は、被害者にはちっとも親切じゃない」
「言葉、大き過ぎるよ。でも気持ちはわかる」
私は頬杖をついて萩本くんを見た。相変わらず萩本くんは、こちらをぼんやりとした表情で見るばかりで、なにも言わない。
私は口を開いた。
「してないことを、さもしているように言われるのってやだもんね。でも無神経なことを言ったほうが、自分の言葉をすぐ忘れるんだ。燃費がよ過ぎる」
「あるある」
「アプリとかだと、そんな無神経な言葉でも、忘れたくっても忘れられないのにね」
「なんか言われた? 昨日は慌ただしくって、【カイリ】さんのアカウント、確認できなかったんだけど」
そう言われてしまい、私は困る。
クラスの子たちが言っていた、女子校の女の子の話だってまだ聞けてないのに。これ以上萩本くんに負荷をかけて大丈夫なんだろうか。私だったらきっと圧迫してしまうのに。
でも萩本くんは、ようやく起き上がると、ジャケットの背中についた埃をベシベシと叩いてはたき落としたので、聞く気にはなってくれたみたいだ。
「……なんかね、私【カズスキー】さんに対してなれなれし過ぎるって。ファンの子たちに思いっきり罵倒されたの。気持ちはわかるよ。だって、【カイリ】は別に有名歌い手じゃないもの。いきなりオリジナル曲でコラボして、何様って思われても仕方がないよ。コメントを消していいのかどうかもわからなくって、昨日は全然歌をアップできなかった」
私がポツンポツンと漏らした言葉に、萩本くんは困ったように眉根を寄せてしまった。……こんな顔をさせたくなかったから、言いたくなかったのに。私は全部吐き出したあとになって、後悔してしまう。
「……ごめん」
「どうして謝るの。私が弱小アカウントだから、仕方ないよ」
「だって、俺が【カイリ】さんの歌を素敵だって思ったから、いろんな人に聴いて欲しかっただけなのに。それで山中さんを傷付ける気なんてなかったのに」
「……嬉しかったよ。たくさん素敵な歌い手さんがいる中で、私を見つけてくれて」
「ごめん……本当に、ごめん」
そう謝られてしまったら、あれだけ怖くて泣いていたのが、嘘のように気持ちが凪いだ。
「……ううん、私が今まで、炎上に慣れてなかったから」
「でも……これで山中さんがしんどいんだったら大変だから……俺の炎上はあんまり参考にならないし」
「……【カズスキー】さんも炎上してたの?」
あんまり炎上しているようなコメント欄は、怖くてなるべく見ないようにしていたから、少し驚いた。それに萩本くんは「うん」と答える。
「なんかうるさいなあと思って、アプリのコメント欄を見えなくするツール使って、無視して歌い続けてた。歌い続けてたら勝手にそういう人がいなくなっちゃったから。他のSNSでも、なんかやだなあと思ったら、迷わず見えなくする癖付いてたから」
「……それ、強過ぎないかな」
「そう?」
そりゃかなたんさんもマキビシさんも、ふたり揃って【カズスキー】さんは図太過ぎると言い張るはずだと、少しだけおかしくなって笑ってしまった。
でも……私がやるとなったら無理だ。コメントを消すことすら、怖くてできないのに。
「うーん……でもこのまんまだったら【カイリ】さんのアカウント見られないよね。この辺りは、かなたんさんやマキビシさんに相談しようか」
「め、いわく、かからないかな。ふたりとも、プロのアーティストでしょう?」
「でもふたりとも、商売道具のアプリやSNSの炎上については詳しいよ。それが炎上しちゃったら、仕事にならないから。メッセージくらいだったら迷惑にならないと思う」
そう言って、さっさとふたりに【カイリ】のアカウントが炎上していることを連絡した。
こういうとき、萩本くんって頼もしいんだなと思いながら、私は胸を押さえる。でも……。女子校の子については、まだひと言も聞けていなかった。
これを消していいのかどうかがわからず、私はただそれを眺めることしかできなかった。
私にとって、歌うことは息をすることと一緒だった。しゃべることが苦手で、自己主張することができなくて、自分が好きなものを好きだと言い切ることができなかった。
昔、私の描いた絵を「なんかへん」と言われたことを思い出した。言った子はきっと悪意がなく、素直な感想だったんだろう。でも私は傷付いたし、それ以降なるべく自分の好きなもののことは、誰かに馬鹿にされたくない一心で言葉にすることができなくなってしまった。
私が好きだと言ったから。私の歌が、悪意で染まっていく。
なにやらアカウントにメッセージが来ているけれど、それを怖くて見ることができなかった。
どうしよう。どうしよう。
このことを萩本くんに相談しようかと思ったけれど、私は思わず止まってしまった。
【カズスキー様に対してなれなれしいのよ】
ファンの子の言葉を、暴言と切って捨てることはできなかった。
だって、萩本くんは格好いいから。でもそれを口にすることは、私にはできなかった。
萩本くんは、自分のせいで周りが勝手に喧嘩するのに疲れ果てて、マスクで顔を覆って、歌を歌うことで自分の居場所をつくったのに、私が助けを求めたら、きっとまた自分のせいで人が喧嘩をしていると、傷付いてしまう。
だったら……私が我慢するしかないじゃない。
「うう……」
結局私は見てられなくなって、スマホの電源を切り、ベッドで膝を抱えてしまった。
私の居場所がひとつ、失われてしまったような気がした。
****
どれだけ泣いても嘆いても、学校はある。
私がさんざん泣いたせいで、目が赤くなってしまい、起きてきたときにお母さんに「なんかあった?」と心配されたけれど、私は「なんにもないよ」としか言いようがなかった。
だから学校に通うけれど、教室に入った途端に、萩本くんがクラスの派手な女の子たちに取り囲まれているのが目に入ってしまった。
「ねえねえ、萩本って歌上手いの?」
「この間カラオケ行ってたの見たよ。なに歌ってんの?」
萩本くんは、黒いマスクで顔を覆っているせいか、クラスの半分くらいは怖がって近付かない。学校の先生たちにあれこれ言われているのを右から左に受け流しているのを見たら、不良のレッテルを貼られてしまうからかもしれない。
だから今まで放置されていたというのに、普段私に掃除を頼んでくる子たちは、そういうのを無視する……あの子たちは校則をギリギリのところで誤魔化し続けているから、萩本くんみたいに思いっきり真っ正面から破っている子に興味があるんだろう。
女子に取り囲まれた萩本くんは、眉根をひそめてしまい、ただ椅子に足を投げ出して、なにも見てない聞こえてないという姿勢を維持する構えのようだった。
私が見ているのに気付いたのか、派手な女の子のひとりがこっちを見てニヤリと笑った……なに? そう思っていたのも束の間。
「昨日一緒にいた子誰? 私立の女子校の子だよね?」
それに私は言葉を詰まらせる。
……中学時代はモテていたと本人が言っていたんだ。中学時代から萩本くんのことを好きで、学校を離れても諦めてない子だって、そりゃいるだろう。
女の子の質問に、クラスが少しだけざわつく。今はなにかあったらすぐにアプリで拡散されてしまうご時世だから、皆、知っているようで案外人間関係を知らない。一度口にしたことは、すぐに拡散されてしまう以上、大事なことは全部電話や直接会って会話をし、アプリで記録されないようにするからだ。
「ええ、萩本。まさかの他校に彼女?」
「マジかあ……格好いいもんな、黒マスク」
「やっぱり世の中、品行方正よりチョイ悪かあ……」
僻み、妬み、好奇心。
それがアプリの悪意あるコメントのように、一気に教室内に拡散していく。
やめて。やめてやめて。違うよ。
萩本くんは、たしかに校則を破るよ。でも、不良じゃないよ。いい人だよ。他校の女の子のことは知らないけど、周りが面白可笑しく突き回していいもんじゃないよ。
私はなんとか声に出そうとするけれど。教室の人口は五十人と少し。それを前にすると、足が竦んだ。喉に声がへばりついて、なにも言葉にならない。私が必死に言葉を紡ごうとしている中。
とうとう萩本くんが立ち上がった。そのまま女子を無視して、廊下に出てしまう。あと少しで予鈴が鳴るけれど、そのままスタスタと歩いて行ってしまう。
「あ……」
私はなにか言わないとと思って萩本くんの背中を見ていても、普段一緒にいても見たことのない横顔をしている彼の背中を見ていたら、なにも言えなかった。
目の近くにいっぱい皺をつくって、いろんな感情に必死に耐えている顔だった。私はそのまま立ち尽くしている中。
「行かなくていいの?」
気付けば清水さんが私の席の近くまで来て、立って廊下を見送っていた。
「で、でも……もうすぐ予鈴……」
「生理前だったら保健室に行って寝ててもおかしくないでしょ。先生には保健室って言っておくけど」
そうボソリと提案する清水さんに私は目をパチンとした。
彼女は悪い付き合いはなるべくしないって言っていた。だからこそ、校則の抜け道をわかっている人なんだ……あの校則の穴を突いて誤魔化している子たちと同じ。
私は小さく「ありがとう」とお礼を言って、そのまま廊下に出て行った。
いつもの場所まで歩いて行く。もう廊下はすっかりと人がはけてしまっているから、走ると廊下に足音が響く。これじゃあ先生に見つかってしまう。
いつもの校舎。いつもの階段。そこまで足早に行ったところで、私よりもだいぶ大きな靴を見た。
「萩本くん」
私の声に、萩本くんは返事をしてくれなかった。仕方がなく、私は階段を上がる。
階段の最上階で、萩本くんは体を投げ出して寝転んでいた。目はうつろで、天井を向いているはずなのに、どこも見てないように見えた。私はその隣に腰を落とすと、ようやく萩本くんはこちらを見た。
「大丈夫?」
「……ごめん」
「謝るのはどうして? 私のほうこそ……ごめん。教室でなにか言えばよかったのに、なにも言えなくって」
「でも言えることってなにもないでしょう? だって俺と山中さん、なんにもないよ? ただ放課後に一緒にカラオケに行って、一緒に歌って、たまにコラボしたり紹介しているだけの仲。友達ってほど近い距離じゃないし、付き合ってもいないでしょう?」
その言葉に、私は本当になにも言えなくなってしまった。萩本くんがさも当たり前のように、淡々とした言葉で続けてくれたら、私もなにか言えたかもしれないけれど。
まるで萩本くんは、そうなんだと言い聞かせているようだったから。
「そんなに嫌なんだ? 誰かと付き合ってるって思われるの」
「うん。やだ。そのせいで、友達みぃーんな、いなくなった。付き合ってもいないのに、勝手に噂を流されて、それを違うって言ったら、今度は卑怯者呼ばわり。加害者に親切な国は、被害者にはちっとも親切じゃない」
「言葉、大き過ぎるよ。でも気持ちはわかる」
私は頬杖をついて萩本くんを見た。相変わらず萩本くんは、こちらをぼんやりとした表情で見るばかりで、なにも言わない。
私は口を開いた。
「してないことを、さもしているように言われるのってやだもんね。でも無神経なことを言ったほうが、自分の言葉をすぐ忘れるんだ。燃費がよ過ぎる」
「あるある」
「アプリとかだと、そんな無神経な言葉でも、忘れたくっても忘れられないのにね」
「なんか言われた? 昨日は慌ただしくって、【カイリ】さんのアカウント、確認できなかったんだけど」
そう言われてしまい、私は困る。
クラスの子たちが言っていた、女子校の女の子の話だってまだ聞けてないのに。これ以上萩本くんに負荷をかけて大丈夫なんだろうか。私だったらきっと圧迫してしまうのに。
でも萩本くんは、ようやく起き上がると、ジャケットの背中についた埃をベシベシと叩いてはたき落としたので、聞く気にはなってくれたみたいだ。
「……なんかね、私【カズスキー】さんに対してなれなれし過ぎるって。ファンの子たちに思いっきり罵倒されたの。気持ちはわかるよ。だって、【カイリ】は別に有名歌い手じゃないもの。いきなりオリジナル曲でコラボして、何様って思われても仕方がないよ。コメントを消していいのかどうかもわからなくって、昨日は全然歌をアップできなかった」
私がポツンポツンと漏らした言葉に、萩本くんは困ったように眉根を寄せてしまった。……こんな顔をさせたくなかったから、言いたくなかったのに。私は全部吐き出したあとになって、後悔してしまう。
「……ごめん」
「どうして謝るの。私が弱小アカウントだから、仕方ないよ」
「だって、俺が【カイリ】さんの歌を素敵だって思ったから、いろんな人に聴いて欲しかっただけなのに。それで山中さんを傷付ける気なんてなかったのに」
「……嬉しかったよ。たくさん素敵な歌い手さんがいる中で、私を見つけてくれて」
「ごめん……本当に、ごめん」
そう謝られてしまったら、あれだけ怖くて泣いていたのが、嘘のように気持ちが凪いだ。
「……ううん、私が今まで、炎上に慣れてなかったから」
「でも……これで山中さんがしんどいんだったら大変だから……俺の炎上はあんまり参考にならないし」
「……【カズスキー】さんも炎上してたの?」
あんまり炎上しているようなコメント欄は、怖くてなるべく見ないようにしていたから、少し驚いた。それに萩本くんは「うん」と答える。
「なんかうるさいなあと思って、アプリのコメント欄を見えなくするツール使って、無視して歌い続けてた。歌い続けてたら勝手にそういう人がいなくなっちゃったから。他のSNSでも、なんかやだなあと思ったら、迷わず見えなくする癖付いてたから」
「……それ、強過ぎないかな」
「そう?」
そりゃかなたんさんもマキビシさんも、ふたり揃って【カズスキー】さんは図太過ぎると言い張るはずだと、少しだけおかしくなって笑ってしまった。
でも……私がやるとなったら無理だ。コメントを消すことすら、怖くてできないのに。
「うーん……でもこのまんまだったら【カイリ】さんのアカウント見られないよね。この辺りは、かなたんさんやマキビシさんに相談しようか」
「め、いわく、かからないかな。ふたりとも、プロのアーティストでしょう?」
「でもふたりとも、商売道具のアプリやSNSの炎上については詳しいよ。それが炎上しちゃったら、仕事にならないから。メッセージくらいだったら迷惑にならないと思う」
そう言って、さっさとふたりに【カイリ】のアカウントが炎上していることを連絡した。
こういうとき、萩本くんって頼もしいんだなと思いながら、私は胸を押さえる。でも……。女子校の子については、まだひと言も聞けていなかった。