内心では怯えつつも、子供たちと遊んだりゾアとお茶を飲んだりしつつグレンの結果を見守ることにした。

「エヴリンお嬢様」

 試験の開始から十日も過ぎた頃、お茶を淹れながらメメが私に小声で話し掛けて来た。

「なあに?」
「通りましたよグレン様」
「まあ本当っ?」

 ガタンッと席を立つ私に「はしたないですわよ」と言われ慌ててまた椅子に腰掛けた。淹れた紅茶をテーブルに置きながら、

「かなりギリギリですけれどもね」

 と言うメメに安堵で泣きそうになった。

「良かった……良かったわあああ」
「下級魔族の方はマナー的なところが不勉強な方が多かったので落とされやすかったのですが、中級魔族の方は最低限のマナーは心得てますし」
「そうよねそうよね」

 普通の人間種で言えば、下級魔族は平民と同様である。そりゃいきなり普段使いもしない細かい礼儀作法を言われたって困るだろう。

「グレン様はマナーや人心掌握については問題ございませんでしたが、貿易や取引などについてはダメダメでございました。こればかりは経験がないと知識もございませんし、陛下もそこはかなり基準を緩く設定していたようでございます」

 ただ今回のテストで三六一人もいた候補者が一気に百人を切ったようだ。落とし方がかなりえげつないが、私はグレンさえ残ってくれていれば他はどうでも良い。

「『思った以上に今の若い奴らはバカばっかりだった』と陛下も頭を痛めているようですわね。グレン様についても、一応及第点ではあったので特に問題はなかったようです」
「とりあえずは一安心ね」

 私はメメに笑顔を向けた。毎日神に祈ってはいたものの、こればかりは私の力でどうなるものでもないから、不安がずっと拭えず夜もよく眠れなかった。

「そうでございますね。……ただ、次でまたかなり落ちると思いますが」

 メメの発言に私はんん? と首を捻る。

「もう次のテストって決まっているの?」
「はい」
「それならもったいぶらずに教えてちょうだい」
「……魔物討伐でございます」
「──は?」

 私はぽかーんと口を開けた。魔物は意思疎通が出来ない害獣だ。毒を持っていたり、人を襲うかなり好戦的な生き物もいる。定期的に町や村から被害報告が出る厄介な存在でもある。

「ちょっと待ってメメ。何で私と結婚するのに魔物討伐なの? 腕試しなら普通に剣術とかの試合で良くない?」
「いえ、その予定だったのですが……」

 話を聞くと、国境の境目にある山に魔物が大量発生したらしい。猟師が王宮に報告に来て、父が「それなら騎士団出すよりあいつらを出せば良いだろう。最低限腕にはそれなりに自信はあるだろうしな。今後自分が守らねばならないかも知れない国の民のためでもある」となったそうだ。
 簡単に言っているけれど、いくら腕に自信があろうと、騎士団のように統率の取れてない集団に力を合わせて退治させろは無茶がないだろうか。

「今回は三日分の食料を持たせてキャンプしつつ各自で討伐させるそうです。シカのような角のある魔物とイノシシに似た牙のある魔物だそうで、退治して角の一部と牙の数を持ち帰り集計するそうですわ。その獲得数で上位者を決めるとか」
「……実の父ながら結構な鬼畜っぷりね。力を合わせることすら出来ないじゃないの」
「基本はライバルですしね。一体一体ならばさほど大きくもなく、剣を学んだ者であれば処理するのは問題ない魔物だそうです」
「でも、大量発生って言ったじゃないの」
「はい。ですから陛下は、一人の力で如何に単体でいるところを効率的に排除するか、多数でも対処出来る策を見つけられるか、と言う個人の戦略的な考え方も分かるのだと仰っていらっしゃいました。常に集団で行動出来るとは限らないからと」
「いえ、言ってることはもっともだけれど、父様のように戦争で実戦を経験した人と、現在の戦もなく平穏で平和ボケしている若者を一緒くたにするのかどうかと思うわ」
「それも分かっているようで、麓に救護団も待機させるようですわ。あと不安があるのならば、事前に辞退することも可能だそうです」
「そう。まあそれなら安心だけど……ちなみにいつ出発するの?」
「二日後でございます」

 グレンの腕に関しては、騎士団でもかなり強いと聞いているし問題はないだろう。だが……。

「──もちろん、日中なのよね?」
「まあ夜も活動するでしょうが、昼間の方が活発ですわね一般的には」
「……」

 大変まずい展開である。
 彼の場合、吸血鬼族なので昼間は体力も落ちる。当然ながら睡魔に襲われて昼は討伐どころではないだろう。下手すれば寝ている最中に襲われかねないではないか。夜に彼が元気になったところで、魔物だって眠るのだ。討伐しようにも、大人しく眠っていたら見つけられないパターンだってあるかも知れない。

「……私ちょっとゾアのところへ行って来るわ」

 少し悩んでメメにそう告げると、私は急いで身支度をするのであった。