婿選びイベントは、上級~下級魔族問わず、二週間の申請期間内に申し入れをした結婚適齢期の男のみ、ということで募集を掛けられたのだが、何と驚くことに三百人を越える男性が名乗りを上げているらしいと聞いた。想定外で私はぽかーんである。

「……ねえゾア、私モテモテだったのかしら?」
「エヴリンは顔とスタイルは文句なしだもの。あと王族だし。あなたを良く知らない人は、一見慎ましやかな美人を妻に出来て、未来の国王になる訳でしょう? そりゃあ申し込みするんじゃないの?」
「一見って何よ。れっきとした淑女じゃないの」
「──先日も川でバーベキューしたそうじゃない。メメに聞いたわよ。それも自分が仕留めたマスやイノシシまで華麗に捌いたとか」
「えっと、それは近頃のストレスがね……」
「ここ数年、王宮で働いてる人の子供たちを集めて、ズボン姿で虫取りだの追いかけっこだの玉遊びもしてるとか。メメは『マナーの勉強しているよりよほど楽しそうでございます』って嘆いていたわよ」
「…………」
「いじめっ子をやり込めて女の子たちに大人気とか」
「あの……もう……」
「そうそう、帽子で髪を隠して男の子の格好で農家の収穫を手伝ってたとも聞いたわね。カマの使い方が手馴れていてそこらの子に頼むよりよほど即戦力だそうね。そのあとカカシも作って貰ったとか。まあ収穫の手伝いは別に良いことだと思うけど、果たして慎み深い王女のやることかしら?」
「申し訳ございません」

 私は深く頭を下げた。
 ゾアはしばらく黙ったままだったが、我慢できなくなったようにケラケラと笑った。

「まあ昔から頼りになる男の子みたいな感じだったものねエヴリンって。私はそこが好きなんだけど。……で、どうなの? 彼はその中に入っていたの?」
「それよ! 何と名簿に名前が入っていたのよ!」

 そうだ。それを報告しにゾアのところに来たのだったわ。

「あら、良かったじゃないの。少なくとも結婚したいと思ってくれているということよね? 実際のエヴリンのことは知っている訳だし」
「あなたもそう思う? 私もこの片思いが成就するとは思ってもいなかったけれど、本当に申し込みしてくれてたのが嬉しくて」
「まあ王になりたいだけという可能性もあるけど、元々グレンは野心とかそういうの欠片もなかったものね。騎士になりたいってだけで」

 お茶を飲みながらそう呟いたゾアは、ふと真顔になった。

「でも、単に数百人の中の応募者の中にいるってだけよね? これからどんな審査? 選抜? がされるのか分からないけれど、かなり振り落とし作業は激しいと思うわよ? グレンが一番になる保証もないし」
「そうなのよね……」

 腕自慢みたいなものなら騎士のグレンなら問題ないだろうが、他の案件だったら正直未知数だ。せっかく彼が結婚を望んでくれていることが分かったのはありがたいが、ここで振り落とされたら、結局私とグレンの結婚はないのである。

「何とか父様に認めて貰えるだけの結果を出して欲しいわ……」

 私にはただ祈ることしか出来なかった。



 最終的に三六一人にも達した婿選びイベントだが、最初は実務のテストが行われることになった。明日から始まるらしい。
 先々、自分が行うことになるかも知れない貿易の商談や取引を有利にするためのテクニック、人心掌握の方法、他国王族との社交マナーなど、ちらっと聞いただけでも頭が痛くなりそうな内容だった。

「どうせのちのち私が仕込むことになるのだから、現時点で六割方出来ていれば、まあ良しとしてやるつもりだ」

 と父が食事の時に言っていたが、これで少なくとも半分は落ちるだろうとも続けた。

「王族の一員となって敬われたいだけ、という根性なしの薄っぺらい奴らはここで脱落する。ま、実際はそんなに簡単に出来る仕事ばかりではないのだがな」
「……パパの選抜方法がフェアなことは分かっているわよ」

 私はそう言いつつも心配で食欲も失せており、デザートのブドウを数個つまんでいるだけだ。

「そう思うならちゃんと食事をしなさい。私はエヴリンがやつれてしまったらと思うと生きた心地もしない」
「はい……」

 ここでそれならグレンをと言っても無駄なことは分かっている。父は父である前にこの国の王なのだ。
 私は憂鬱な食事を済ませ、お風呂に入る。

(……グレン、大丈夫かしら……)

 湯舟にぼんやりと浸かりながら考え込んでいると、メメが体を洗うために入って来た。

「エヴリンお嬢様、ため息つくと幸せが逃げるって聞いたことございませんか?」
「あら、そうなの?」

 泡立てた目の粗いタオルで私の体を洗いながら、メメは「言い伝えみたいなものですけれどね」と笑顔を見せた。

「でも、気がつけば出てしまってるのよね……」
「エヴリンお嬢様のお婿様選びの件でございますか」
「うん、まあそうね」
「グレン様が上手く行くと良いのですけれどもねえ」
「そうなの──ってメメ、なんで知ってるのっ?」
「エヴリンお嬢様の近くにおります者は皆存じ上げておりますが」
「やだ、それ本当?」
「お嬢様は良くも悪くも感情が顔に出やすいですからね。まあ知らぬは本人ばかりなり、と申しますか」
「……かなりショックだわー……」
「私は絶対にグレンと結婚するのー! って小さい頃私にも訴えておられたじゃありませんか。嫌ですわ、記憶が陥没しておられるんでしょうか? もしや脳内記憶に問題があるから、私の礼儀作法の講義なども忘れてしまいがちなのでしょうか」
「あらメメ、ひどい言われようじゃない私? 確かに忘れてしまうことはあるけれど、脳内のどこかには記憶されているはずよきっと」
「引き出せなければないも同然でございますよ」

 メメはざばーっと私の体にお湯を掛けると、今度は頭を洗い出した。

「ちなみに、マナー審査は私ともう一人が承ることになりました」
「え? 本当? それならグレンの様子は分かるわよね?」

 髪の泡を洗い流しつつ、分かります、と答えるメメに一縷の望みを見出した私は、その後の言葉にガックリとうなだれた。

「様子は分かりますし結果もお伝え出来ますけれども、不正は致しませんのでそちらはご了承下さいませ」
「……せめてほんの少しぐらいは」
「私はお嬢様に幸せになって頂きたい気持ちは人一倍ございますが、流石に国の命運を左右する物事に私欲は持ち込めませんわ」
「そう……それはそうよね……」

 私はド正論に返す言葉は持たなかった。思いっきり私欲だものね。

 ──グレン、お願いだからせめて最終候補までは残ってちょうだい。