私はここ数年で自分史上類を見ないようなパパっ子モードを発動させた。

「ねえパパ。お祖父様とお祖母様ったら最近遊びに来て下さらないから、こちらから行って久しぶりに積もる話をしてきたいの♪」
「ついでにゾアも結婚前に気の置けない友人と楽しい旅行をしたい、ってとても楽しみにしてるのよ。屋敷に引きこもってばかりだとストレスも溜まるでしょう?」
「パパにも麓の町でお土産買って来るわ。だから行って来ても良いわよね? ね? あ、メメも連れて行くから道中の心配もないわよー」

 最初は「……一週間だと?」と渋い顔をしていた父も、グレンの件もあって最近滅多に甘えるような言動をしていなかった私が、全開で甘えてくるのだから嬉しかったのだろう。何しろ大好きだった母譲りの顔立ちにサラサラ金髪、覗き込んで来る瞳まで母と同じエメラルドグリーンである。ゾアに「あなたは母親似の自分の見た目を武器にしなさい」と言われたので、接近戦でニコニコと笑みを浮かべて楽しそうに語ってみたのだが、思った以上に上手く行ったようだ。

「アジサイと……ママと同じ笑い方をする」

 と寂し気に笑みを浮かべられた時には少し申し訳ない気がしたが、グレンが昼間起きていられるようになれば、父だって文句はないだろう。皆が幸せ。私は家族と彼への愛のために動く女なのである。
 ネイサンが、

『一昨日寮を覗きに行ったら、寝間着に着替える途中で力尽きたのか、床で爆睡しておったからそろそろ危険じゃな。ワシもあんな半裸の変態みたいな状態で眠るグレンは見たくないしのう』

 と言っていたので時間の猶予は余りない。
 メメも基本的には私の味方ではあるので、グレンが昼間起きて活動出来るようになるのであればそれに越したことはない、と協力体制は万全だ。

「それでは行って参ります、父様」
「ああ。気をつけて早く戻って来い。メメ、エヴリンを頼むぞ」
「かしこまりました」

 見送りをしてくれた父にダメ押しとばかりにぎゅうっと抱きつくと、父も嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。ただでさえ無駄に美形なので破壊力がすごい。神が降臨したのかと思うほど周囲がきらめくオーラである。並んで見送っているメイドたちが頬を染めてよろめくほどで、我が父ながら独り身でいるのが世界の損失ではないかと思われるほどだ。
 まあ父は亡き母以上の存在は現れないとか言ってるし、仕事が楽しいようなので今後も独りの可能性は高いが、退位してパラディで暮らす頃までには茶飲み友だちのような女性が一人でもいて欲しいと心から願っている。
 いつももう少し愛想を良くすれば良いのにねえ。
 そんなことを考えつつ、私はワンピース、メメはメイド服姿で馬車に乗り込んだ。窓から手を振って別れを告げると車内に座り直す。
 目指すはゾアの屋敷である。

「……ああ、何だか足がすーすーするわ」
「ですからスカートをパタパタしてはいけません」
「あ、ごめんなさい。でも父もまさかワンピースとパンプスでパラディの山を登るとは思ってないでしょう? こんな格好する意味あったのかしら」
「レディーとしては当然の振る舞いですわ。それに陛下に愛娘の淑女的な部分を見せておけば、今後色々と便利ではございませんか」
「そうなのかしらねえ」

 ゾアの屋敷に到着するとゾアの自室に通される。もちろん着替えのためだ。トランクから野山を駆け回れるズボン仕様に着替えると、ホッと一息ついた。

「やっぱりこういう楽な格好が好きなのよね私」
「私もスカートよりは動きやすくて仕事がしやすいですわ」

 メメは昔から一人娘である私の護衛も兼ねているため、武術は一通りこなせるし、正直言って私もゾアも太刀打ち出来ないほど強い。元々メメのオロチ族は戦闘種族だったと聞くので、才能もあるのかも知れない。

「ちょうど昨日から両親が静養で別荘の方に行ってたから良かったわ」

 ゾアが身支度をして現れた。彼女も野生児仕様なので、親に見られるのはよろしくないらしい。

「でも良いのかしら、ご挨拶もしてないけれど」
「ああ、いいのよ。エヴリンと旅行に行くのは話してあるし。本当に友人が王女って便利よねー。まさかこれから山で狩りをしながらパラディに行くなんて思いもしないもの」
「狩りをしながら、って言うのは別に予定には入ってないのだけど」
「あら、ご年配の人たちに山で狩った鳥やイノシシを差し入れすれば、バーベキューも出来るしいいお土産になるじゃないの!」
「ゾア様が単に弓を使いたいだけなのではと思わなくもないですね」
「まあメメひどいわ! エヴリンに近寄る野生の獣を退治して何がいけないの? 私たちだって食事が豪華になるじゃない。腕が鈍るといざとなった時に働けないし」
「……それもそうですわね。私も最近平穏で体がなまっておりましたし」
『ワシは果物でええんじゃが』

 いざとなった時というのが一体いつ起きるのかも分からないが、まあ彼女たちのやる気を削いでもいけないし、ここは黙っておこう。

 そして、こそこそとサバイバルグッズを馬車に詰め込んだ私たちは、いざパラディ山へと馬車を走らせることとなった。ネイサンは自分用の籠が車内に取り付けてあったのでご機嫌でそこに落ち着いている。小物を入れるための吊り下げ籠だったのだが、ネイサンにジャストフィットしていて良かった。これで馬車の揺れで転がることもあるまい。
 御者は普段から私を良く知っている副執事で、パラディ山の麓の町エンジーで私たちの帰りを待っていてくれることになっている。着替えて出て来た私たちの姿を見て、

「……一体どこの武装勢力ですか」

 とため息まじりに呟いたが、流石に長年ワルダード家に勤めている人間である。すぐに気を取り直して野営の際の注意などを教えて、くれぐれもおケガなどをなさらないように、と念押しされた。

「私が陛下に半殺しにされますからね。本当に本当にお願いします」

 彼も犬族でかなり腕は立つ方だが、父は洒落にならないほど強いらしい。

「そうなの? 私は余り父が立ち会っている姿とか見た覚えがないのだけれど。筋力はある方だと思ってはいたけど」
「可愛いエヴリンお嬢様に野蛮なところをお見せしたくなかったからではございませんか? ──大体頑丈で腕っぷしに自信もあって血の気も多いワルダード王国の男たちが崇拝して従っているのですよ? 頭のキレもありますが、ひ弱な男性の下に好んでつきたい男はおりません」
「まあ……父様って無駄に顔も良いくせに、頭も良くて腕も立つなんて。そりゃあそこらの男性が全部使えない人間みたいに見えても仕方ないわね」
「顔が良いのは無駄ではありませんよ。少なくとも国交関係で高い人気がございますから、無駄にコトを構えたがる国がありませんし」
「つくづく、グレンには申し訳ないわよね……」

 私がずっと好きだったから応援したくて頑張っているけれど、むしろ舅イジメみたいにしごかれ過ぎて、過労で倒れてしまわないかと泣きそうになる。

「やあねエヴリン。本人が好きでやってるのよ? エヴリンがいちいち気にする必要ないのよ。彼のためを思ってパラディに向かってるんだし、それだけでも充分じゃない」
「ゾアもメメも巻き込んでしまってごめんなさいね。私が弱いばっかりに」
「エヴリンは強いわよ物理的には。メンタルが気にしいなだけで」
「そうですわ。戦力的には全く問題ございません」
「……戦闘力を褒められる王女って何だかアレだけれど、そうよね、今はぐちぐち悩んでる場合じゃないわ。パラディで何とかグレンの問題を解決しなくちゃ!」
「そうよそうよ! ついでに大きな獲物も仕留めて野営でもパラディでも楽しいバーベキューパーティーよ!」
「賛成ですわ! 私シカ肉も嫌いではございません」
『ワシは果物だけで良いぞー』

 いえーいれっつぱーりー♪ などと歌いながら、武装集団もとい恋する乙女一行を乗せた馬車はガラガラと麓の町へ走って行くのであった。