「まあエヴリン、久しぶりじゃないの! いけない、エヴリン姫と呼ばなくてはね。お元気でいらっしゃいましたか?」
「嫌ですわベリンダおば様ったら。エヴリンで構いませんのよ」
ネイサンとゾアと一緒に、グレンの実家へ向かったのはその日の夕方である。だってベリンダおば様、起きてないんだもの昼間だと。
居間に通されるとメイドがお茶を運んで来た。
「でも知らなかったかしら? グレンは騎士団寮に入っているのよ」
「存じ上げていますわ。実は本日はベリンダおば様に用があったのです」
「あら私に? 何かしら?」
グレンの綺麗な黒髪は母譲りである。色白で華やかな印象の黒髪美人であるベリンダは、色気駄々洩れの妖艶さなのだが、性格的には少女っぽく純粋で可愛らしい。ワクワクしている姿に私の顔もほころぶ。
「あの……ベリンダおば様とうちの母は仲が良かったと聞いております」
「そうね。彼女が結婚してからも良く会っていたものねえ、亡くなるまで」
「ネイサンから聞いたのですが、もう一人仲が良かったご友人がいたと」
「──ん? ああ、マリエルのこと?」
「はい。ご両親が吸血鬼族とリザード族だと」
私は、まだ確定していないのですが、と現在の状況を説明した。
「まっ! グレンが婚約者になったの? まあまあまあっ」
「あ、あのっ、まだ仮なので公にはなってないので内密に!」
鼻息を荒くして大興奮のベリンダに私は慌てて口止めした。
「……ごめんなさいね。ちょっと嬉しくなってしまって。──ああ、それでマリエルのことを?」
「はい、現時点ではまだ辛うじて睡眠時間をずらすのは出来ていますが、このままでは恐らく難しいと思うのです」
「なるほどね。だからマリエルのご両親に話を?」
「そうなんですの。もしかしたら、上手く生活時間を昼型に近づける方法があるんじゃないかと」
「グレンが吸血鬼族でなければ良かったわね。……あの子は昔からエヴリン大好きだったから、このチャンスはものにしたいと思うけれど」
「……あのう、グレンって私のこと好きだったんですか? 子供の頃はまとわりついて鬱陶しいと思われているとばかり……」
ネイサンもそれっぽいことを言っていたが、正直信じられない。
疲れたらセミのようにグレンの背中にひっついていた私は、遊びの邪魔でしかなかったと思う。男の子の遊びに混ざっていた私とゾアだったが、二歳(ゾアは一歳)違うと体力的な違いはやはりあるし。
「疲れてよだれ垂らして眠っているところが可愛いとか、皆で倒したイノシシを自分で持ち帰るって大騒ぎしたのに、重たくて結局引きずることも出来なくて、泣きながら謝って皆で持ち帰ろうって話になったのに、結局泣き疲れて自分の背中に掴まって寝てたりするところとか、ちゃっかりしてて本当に可愛いって良く言ってたわ」
……全く好意を持たれる要素ないじゃない。というか黒歴史でしかない。
隣のゾアを見るとうつむいて肩を震わせているし、ネイサンも視線を合わせようともしない。
「ただ申し訳ないんだけど、マリエルは旦那様の仕事の都合で、隣国に引っ越してしまったのよねえ。今は手紙のやり取りだけ」
「え?」
私用とはいえ隣国に王女がホイホイ行くのは少々難しい。
困ったわね、と思いに耽っていると、ポン、とベリンダが手を叩いた。
「あっ! だけど、マリエルのご両親はパラディに住んでるわよ」
「本当ですか?」
しかし国内とは言っても遠い。
パラディは引退した人たちが住む老人たちの町で、先日魔物討伐に向かった山を更に越えた山の山頂近くにある。馬車が通れるような道は山の最初のほんの少しで、その後は徒歩である。
普通に問題なく向かったとしても片道二日は掛かる。往復最低四日。向こうで一日滞在したとして五日だ。山道など体力的には問題ないと思うが、流石にそこまで父をごまかすのは無理がある。
「パラディ……ちょっと距離があるわねえ」
ゾアもちょっと考え込んだ。
『ワシが付いて行っても良いが、問題はエヴリンの父じゃのう。そんなに長期間の旅を許すかの』
「そうなんですよねえ」
私が難しい顔をしているのを見て、ベリンダが首を傾げる。
「あら、別に問題ないんじゃない? 結婚したらなかなか自由な時間も取れないし、前陛下と前王妃に会いに行きたいと言えば良いじゃないの」
「あ……」
そうだ。向こうから遊びに来てくれるのでコロッと失念していたが、祖父母はパラディに住んでいるんだったわ。
「そうね。理由付けとしては申し分ないわよね」
「マリエルのご両親には私から紹介状を書くから、ご祖父母様に会いに行く【ついで】にお会いすれば良いじゃない」
「ブレンダおば様、本当にありがとうございます!」
私はブレンダに抱きついた。
「未来の嫁がエヴリンなんて、全力で応援するに決まっているじゃないの。あの子ったら定年まで独身で騎士団にいるつもりだ、とか言ってたからガックリしてたけど、妻も子も出来るかも知れないなんて夢のような話、落ち着いてはいられないわ!」
ブレンダが私を抱きしめ返すと、ゾアを見た。
「ゾア、あなたも付き合って上げてくれないかしら? 腕自体は心配ないだろうけどエヴリンは一応これでも姫だもの。流石に信頼出来る人が何人か付いて行ってあげないと」
「一応これでもというのが引っ掛かりますけど、まあ単独ではいくら祖父母に会いに行くと言うのでも許しては貰えないでしょうね」
「私は構いませんわ。ちょうど弓の腕が衰えないようにと鍛錬もまた始めましたし」
『ワシも一緒に行くぞー』
「ネイサンはどうせ一緒に行って山の果物を食べたいだけでしょうに」
『……ブレンダよ、年を取ると疑い深くていかんのう。ワシはグレンの幸せを願っておるだけなんじゃ』
「……そうね、悪かったわ。グレンのためだものね」
「あとは、メメにお願いして一緒に行ってもらいますわ」
「メメ? ああ! そうね、あの人護衛も兼ねているし強いものね」
「メメはアジサイの剣の手合わせも互角だったもの。私の得意な槍でも勝ったの一度しかなかったわ」
『……何でカーフェイ家もワルダード家も女性が皆血の気の多いお転婆ばかりなのかのう。これも血なんじゃろうか』
ネイサンがぷるぷるっと体を震わせた。
あとは私が父をだまくらかしてパラディへ向かう許可を得れば良いだけだ。
よおし。やるぞー。
グレンと結婚して、ブレンダから聞いた黒歴史以外の好きポイントがないのか絶対探り出さないと個人的にいたたまれないわ!
「嫌ですわベリンダおば様ったら。エヴリンで構いませんのよ」
ネイサンとゾアと一緒に、グレンの実家へ向かったのはその日の夕方である。だってベリンダおば様、起きてないんだもの昼間だと。
居間に通されるとメイドがお茶を運んで来た。
「でも知らなかったかしら? グレンは騎士団寮に入っているのよ」
「存じ上げていますわ。実は本日はベリンダおば様に用があったのです」
「あら私に? 何かしら?」
グレンの綺麗な黒髪は母譲りである。色白で華やかな印象の黒髪美人であるベリンダは、色気駄々洩れの妖艶さなのだが、性格的には少女っぽく純粋で可愛らしい。ワクワクしている姿に私の顔もほころぶ。
「あの……ベリンダおば様とうちの母は仲が良かったと聞いております」
「そうね。彼女が結婚してからも良く会っていたものねえ、亡くなるまで」
「ネイサンから聞いたのですが、もう一人仲が良かったご友人がいたと」
「──ん? ああ、マリエルのこと?」
「はい。ご両親が吸血鬼族とリザード族だと」
私は、まだ確定していないのですが、と現在の状況を説明した。
「まっ! グレンが婚約者になったの? まあまあまあっ」
「あ、あのっ、まだ仮なので公にはなってないので内密に!」
鼻息を荒くして大興奮のベリンダに私は慌てて口止めした。
「……ごめんなさいね。ちょっと嬉しくなってしまって。──ああ、それでマリエルのことを?」
「はい、現時点ではまだ辛うじて睡眠時間をずらすのは出来ていますが、このままでは恐らく難しいと思うのです」
「なるほどね。だからマリエルのご両親に話を?」
「そうなんですの。もしかしたら、上手く生活時間を昼型に近づける方法があるんじゃないかと」
「グレンが吸血鬼族でなければ良かったわね。……あの子は昔からエヴリン大好きだったから、このチャンスはものにしたいと思うけれど」
「……あのう、グレンって私のこと好きだったんですか? 子供の頃はまとわりついて鬱陶しいと思われているとばかり……」
ネイサンもそれっぽいことを言っていたが、正直信じられない。
疲れたらセミのようにグレンの背中にひっついていた私は、遊びの邪魔でしかなかったと思う。男の子の遊びに混ざっていた私とゾアだったが、二歳(ゾアは一歳)違うと体力的な違いはやはりあるし。
「疲れてよだれ垂らして眠っているところが可愛いとか、皆で倒したイノシシを自分で持ち帰るって大騒ぎしたのに、重たくて結局引きずることも出来なくて、泣きながら謝って皆で持ち帰ろうって話になったのに、結局泣き疲れて自分の背中に掴まって寝てたりするところとか、ちゃっかりしてて本当に可愛いって良く言ってたわ」
……全く好意を持たれる要素ないじゃない。というか黒歴史でしかない。
隣のゾアを見るとうつむいて肩を震わせているし、ネイサンも視線を合わせようともしない。
「ただ申し訳ないんだけど、マリエルは旦那様の仕事の都合で、隣国に引っ越してしまったのよねえ。今は手紙のやり取りだけ」
「え?」
私用とはいえ隣国に王女がホイホイ行くのは少々難しい。
困ったわね、と思いに耽っていると、ポン、とベリンダが手を叩いた。
「あっ! だけど、マリエルのご両親はパラディに住んでるわよ」
「本当ですか?」
しかし国内とは言っても遠い。
パラディは引退した人たちが住む老人たちの町で、先日魔物討伐に向かった山を更に越えた山の山頂近くにある。馬車が通れるような道は山の最初のほんの少しで、その後は徒歩である。
普通に問題なく向かったとしても片道二日は掛かる。往復最低四日。向こうで一日滞在したとして五日だ。山道など体力的には問題ないと思うが、流石にそこまで父をごまかすのは無理がある。
「パラディ……ちょっと距離があるわねえ」
ゾアもちょっと考え込んだ。
『ワシが付いて行っても良いが、問題はエヴリンの父じゃのう。そんなに長期間の旅を許すかの』
「そうなんですよねえ」
私が難しい顔をしているのを見て、ベリンダが首を傾げる。
「あら、別に問題ないんじゃない? 結婚したらなかなか自由な時間も取れないし、前陛下と前王妃に会いに行きたいと言えば良いじゃないの」
「あ……」
そうだ。向こうから遊びに来てくれるのでコロッと失念していたが、祖父母はパラディに住んでいるんだったわ。
「そうね。理由付けとしては申し分ないわよね」
「マリエルのご両親には私から紹介状を書くから、ご祖父母様に会いに行く【ついで】にお会いすれば良いじゃない」
「ブレンダおば様、本当にありがとうございます!」
私はブレンダに抱きついた。
「未来の嫁がエヴリンなんて、全力で応援するに決まっているじゃないの。あの子ったら定年まで独身で騎士団にいるつもりだ、とか言ってたからガックリしてたけど、妻も子も出来るかも知れないなんて夢のような話、落ち着いてはいられないわ!」
ブレンダが私を抱きしめ返すと、ゾアを見た。
「ゾア、あなたも付き合って上げてくれないかしら? 腕自体は心配ないだろうけどエヴリンは一応これでも姫だもの。流石に信頼出来る人が何人か付いて行ってあげないと」
「一応これでもというのが引っ掛かりますけど、まあ単独ではいくら祖父母に会いに行くと言うのでも許しては貰えないでしょうね」
「私は構いませんわ。ちょうど弓の腕が衰えないようにと鍛錬もまた始めましたし」
『ワシも一緒に行くぞー』
「ネイサンはどうせ一緒に行って山の果物を食べたいだけでしょうに」
『……ブレンダよ、年を取ると疑い深くていかんのう。ワシはグレンの幸せを願っておるだけなんじゃ』
「……そうね、悪かったわ。グレンのためだものね」
「あとは、メメにお願いして一緒に行ってもらいますわ」
「メメ? ああ! そうね、あの人護衛も兼ねているし強いものね」
「メメはアジサイの剣の手合わせも互角だったもの。私の得意な槍でも勝ったの一度しかなかったわ」
『……何でカーフェイ家もワルダード家も女性が皆血の気の多いお転婆ばかりなのかのう。これも血なんじゃろうか』
ネイサンがぷるぷるっと体を震わせた。
あとは私が父をだまくらかしてパラディへ向かう許可を得れば良いだけだ。
よおし。やるぞー。
グレンと結婚して、ブレンダから聞いた黒歴史以外の好きポイントがないのか絶対探り出さないと個人的にいたたまれないわ!