「──いや、普通に厳しくないかしらそれ?」
私がゾアの屋敷に向かって彼女に経緯を説明すると、そう返された。
「だって子供の頃は平気でも、成人になると血が覚醒して昼間起きていられなくなるって、種族の特性みたいなものじゃないの。そりゃあ個人差はあるとは思うわよ? 同じ吸血鬼族でもグレンのお父様みたいに、仕事の関係で昼ぐらいまで起きていられる方もいるし。けれど彼のお母様は生粋の吸血鬼族だし、早朝には寝てしまうでしょう? 子供の頃の記憶では夕食でしかお会いしたことないもの。グレンもお母様の血が濃いんじゃないかしら」
「三カ月で体質改善というか、生活スタイルの矯正みたいなものって、やっぱり無理よねえ」
「グレンがいくら頑張ってくれたとしても、種族に染み付いたものだし、なかなか難しいのじゃない? 気合とか努力で何とか出来る問題ばかりじゃないわ。まあ夜勤の仕事には便利だろうし、エヴリンと結婚出来る可能性が生まれなければ、変える必要性もなかったんだと思うもの」
「サポートしたくても、こればかりはどうにも出来ないものね……」
私はガックリと肩を落とす。
「エヴリン、落ち込んでても仕方ないわよ。グレンには頑張って貰うしかないのだから。祈るしかないわ。ダメなら諦め──」
「諦められる訳がないじゃないの! かすかでも希望の火が灯ったのに」
私はキッとゾアを睨み言い返す。
「ずっと好きだったのよ? と言うか今でも好きだけど、婚約者(仮)まで来たのだから、何とか正式な婚約者に昇格して欲しいのようううう」
「泣かないでよエヴリン。私だって心配しつつも応援してるのだから……あら、ネイサンよ」
ゾアの声に私が顔を上げると、ゾアの部屋のベランダの手すりのところにネイサンが止まっていた。
ちなみにネイサンと言うのはグレンの眷属、と言うかグレンから言えば親友のような存在のコウモリである。
ネイサンは、数十年前からグレンの実家であるカーフェイ家の当主を庇護しているようで、恐ろしく長生きなためなのか、私たちに念話で語り掛けることが出来る。ある程度の気心知れた付き合いがないと難しいそうで、私もゾアも最初の頃は全く通じなかったらしい。グレンと幼馴染みでなければ多分今も話は出来ないままだっただろう。
眷属として犬や猫などと一緒に暮らしている吸血鬼族の友人知人はいるが、念話が出来るという話はネイサン以外は聞いたことがない。
もちろんその念話が出来ない彼らも会話は理解しているようだが、あくまでも一方通行な感じのようだ。
カーフェイ家でもネイサンが念話出来るのは謎だそうだが、グレンの家族は皆のんびりしているので、「まあ便利ね」「本当だなあ」で終わっているらしい。まあそういう家風も、あのほんわかでおっとりしたグレンを育てたのだと思うけど。
『おー、久しぶりじゃのーエヴリンとゾアよー』
ゾアがベランダの窓を開けるとパタパタと室内に飛んで来た。
「お久しぶりねネイサン」
「あら、元気にしてた?」
『ワシはいつでも元気一杯じゃー……ああ、でも腹が減ったから何か馳走してくれんかのう?』
「あ、ちょっと待っててね」
ゾアは呼び鈴を鳴らすと、メイドに私たちの飲み物を頼むついでに果物を頼む。お茶とブドウを運んで来たメイドに、
『いや、こりゃすまないねえお嬢さん』
などと申し訳なさそうに言っているが、当然メイドには全く伝わっていないのでスルーされている。嬉しそうにブドウを食べているネイサンを眺めながら、私は不思議に思って問い掛けた。
「それにしても、普段なら仕事中でも大体グレンの傍にいるのに、今日は一体どうしたの?」
「まあ王宮の天井とかでぶら下がってるのしか見た覚えはないけれど」
『……あのな、年を取ると無駄な動きはしなくなるんじゃよ。これでもちゃんとグレンの危機の時にはシャシャシャっとな』
「グレンが危険になることはそうそうないと思うけれど」
「騎士団でもかなり腕は立つし期待されてるみたいだものね」
『──ゾア、馳走になった。まワシのことはいい。今回はエヴリンとグレンが婚約したって聞いたもんで、王宮に会いに行ったんじゃがゾアのところにいると聞いての。昔馴染みとして祝いがてら話を聞こうかと』
「……まだ仮なのだけどね」
『仮とは何じゃ?』
私はネイサンに事情を説明した。
ネイサンはお腹をさすりながら首を捻る。
『エヴリンよ、お主はグレンが夜型の生活を改められると思っとるのか?』
「ゾアとも話していたのだけど、種族の問題だから難しいんじゃないかって……ただ、私はグレンを婚約者としてきちんと父に認めてもらいたいのよ」
『ふうむ……まあグレンは昔から家でエヴリンエヴリンうるさかったし、結婚して幸せになって欲しいのはやまやまじゃが、難しいのう』
「ちょっとネイサン今の話をもっと詳しく」
『──おっと失敬。口が滑ったわい。今のはなしで頼む。自身の気持ちを他人に語られるなど興ざめじゃからの』
「……」
いや私だって本人に語って欲しい気持ちはものすごくある。だが、グレンからも「まだ仮の状態なので三カ月後に改めて話を聞いて頂きたい」などと先手を打たれてしまったのだ。
このままでは私はモヤモヤで死ぬのではなかろうか。
『んー、だが、何じゃったかのう……エヴリンに伝えたかったことが、何かここまで出ているんじゃが……』
ネイサンが頭をツンツンと爪でつつきながらくりっとした目を閉じた。
しばらくうんうん言っていたが、諦めたように目を開いた。
『思い出せん。まあとりあえず、暫くは様子を見るしかないじゃろな。まずは一カ月後の状況で改めて話し合おう。──余談だがエヴリン、お前はグレンと結婚になっても……ほれ、そのう、問題はないんじゃな?』
「問題ないと言うより、喜んで結婚したいわ」
『……奇特じゃの。まあええ。それならワシも協力せねばなるまい。ゾアよ、お前も友だちなんじゃから協力するんじゃろ?』
「当たり前じゃないの」
ベランダの手すりにパタパタと飛び乗ったネイサンは頷いた。
『じゃあ、ここを作戦場所にするか。王宮より気楽じゃし。ほいじゃあまた来るからの。次は出来たらオレンジを用意しておいてくれ。甘ーいのな』
そう告げると、パタパタと勢い良く飛んで行った。
「人んちを勝手に作戦場所にした上、たかられたわねジー様に」
「フルーツぐらいで協力してくれるなら安いものだわ。家からも山盛りでフルーツ送るから、私からも是非お願いするわ」
「冗談よ。……どちらにせよグレンが乗り切ってくれたら、作戦だの練らなくても終わるのだけどね」
「──そうね」
グレンからの告白も聞いてないのだし、正式な婚約者になってもらわなければ私が困るのよ。
……いえ、私の邪な願いは置いといて、グレンのためになるなら何でもやるわ。私は心の中で誓った。
私がゾアの屋敷に向かって彼女に経緯を説明すると、そう返された。
「だって子供の頃は平気でも、成人になると血が覚醒して昼間起きていられなくなるって、種族の特性みたいなものじゃないの。そりゃあ個人差はあるとは思うわよ? 同じ吸血鬼族でもグレンのお父様みたいに、仕事の関係で昼ぐらいまで起きていられる方もいるし。けれど彼のお母様は生粋の吸血鬼族だし、早朝には寝てしまうでしょう? 子供の頃の記憶では夕食でしかお会いしたことないもの。グレンもお母様の血が濃いんじゃないかしら」
「三カ月で体質改善というか、生活スタイルの矯正みたいなものって、やっぱり無理よねえ」
「グレンがいくら頑張ってくれたとしても、種族に染み付いたものだし、なかなか難しいのじゃない? 気合とか努力で何とか出来る問題ばかりじゃないわ。まあ夜勤の仕事には便利だろうし、エヴリンと結婚出来る可能性が生まれなければ、変える必要性もなかったんだと思うもの」
「サポートしたくても、こればかりはどうにも出来ないものね……」
私はガックリと肩を落とす。
「エヴリン、落ち込んでても仕方ないわよ。グレンには頑張って貰うしかないのだから。祈るしかないわ。ダメなら諦め──」
「諦められる訳がないじゃないの! かすかでも希望の火が灯ったのに」
私はキッとゾアを睨み言い返す。
「ずっと好きだったのよ? と言うか今でも好きだけど、婚約者(仮)まで来たのだから、何とか正式な婚約者に昇格して欲しいのようううう」
「泣かないでよエヴリン。私だって心配しつつも応援してるのだから……あら、ネイサンよ」
ゾアの声に私が顔を上げると、ゾアの部屋のベランダの手すりのところにネイサンが止まっていた。
ちなみにネイサンと言うのはグレンの眷属、と言うかグレンから言えば親友のような存在のコウモリである。
ネイサンは、数十年前からグレンの実家であるカーフェイ家の当主を庇護しているようで、恐ろしく長生きなためなのか、私たちに念話で語り掛けることが出来る。ある程度の気心知れた付き合いがないと難しいそうで、私もゾアも最初の頃は全く通じなかったらしい。グレンと幼馴染みでなければ多分今も話は出来ないままだっただろう。
眷属として犬や猫などと一緒に暮らしている吸血鬼族の友人知人はいるが、念話が出来るという話はネイサン以外は聞いたことがない。
もちろんその念話が出来ない彼らも会話は理解しているようだが、あくまでも一方通行な感じのようだ。
カーフェイ家でもネイサンが念話出来るのは謎だそうだが、グレンの家族は皆のんびりしているので、「まあ便利ね」「本当だなあ」で終わっているらしい。まあそういう家風も、あのほんわかでおっとりしたグレンを育てたのだと思うけど。
『おー、久しぶりじゃのーエヴリンとゾアよー』
ゾアがベランダの窓を開けるとパタパタと室内に飛んで来た。
「お久しぶりねネイサン」
「あら、元気にしてた?」
『ワシはいつでも元気一杯じゃー……ああ、でも腹が減ったから何か馳走してくれんかのう?』
「あ、ちょっと待っててね」
ゾアは呼び鈴を鳴らすと、メイドに私たちの飲み物を頼むついでに果物を頼む。お茶とブドウを運んで来たメイドに、
『いや、こりゃすまないねえお嬢さん』
などと申し訳なさそうに言っているが、当然メイドには全く伝わっていないのでスルーされている。嬉しそうにブドウを食べているネイサンを眺めながら、私は不思議に思って問い掛けた。
「それにしても、普段なら仕事中でも大体グレンの傍にいるのに、今日は一体どうしたの?」
「まあ王宮の天井とかでぶら下がってるのしか見た覚えはないけれど」
『……あのな、年を取ると無駄な動きはしなくなるんじゃよ。これでもちゃんとグレンの危機の時にはシャシャシャっとな』
「グレンが危険になることはそうそうないと思うけれど」
「騎士団でもかなり腕は立つし期待されてるみたいだものね」
『──ゾア、馳走になった。まワシのことはいい。今回はエヴリンとグレンが婚約したって聞いたもんで、王宮に会いに行ったんじゃがゾアのところにいると聞いての。昔馴染みとして祝いがてら話を聞こうかと』
「……まだ仮なのだけどね」
『仮とは何じゃ?』
私はネイサンに事情を説明した。
ネイサンはお腹をさすりながら首を捻る。
『エヴリンよ、お主はグレンが夜型の生活を改められると思っとるのか?』
「ゾアとも話していたのだけど、種族の問題だから難しいんじゃないかって……ただ、私はグレンを婚約者としてきちんと父に認めてもらいたいのよ」
『ふうむ……まあグレンは昔から家でエヴリンエヴリンうるさかったし、結婚して幸せになって欲しいのはやまやまじゃが、難しいのう』
「ちょっとネイサン今の話をもっと詳しく」
『──おっと失敬。口が滑ったわい。今のはなしで頼む。自身の気持ちを他人に語られるなど興ざめじゃからの』
「……」
いや私だって本人に語って欲しい気持ちはものすごくある。だが、グレンからも「まだ仮の状態なので三カ月後に改めて話を聞いて頂きたい」などと先手を打たれてしまったのだ。
このままでは私はモヤモヤで死ぬのではなかろうか。
『んー、だが、何じゃったかのう……エヴリンに伝えたかったことが、何かここまで出ているんじゃが……』
ネイサンが頭をツンツンと爪でつつきながらくりっとした目を閉じた。
しばらくうんうん言っていたが、諦めたように目を開いた。
『思い出せん。まあとりあえず、暫くは様子を見るしかないじゃろな。まずは一カ月後の状況で改めて話し合おう。──余談だがエヴリン、お前はグレンと結婚になっても……ほれ、そのう、問題はないんじゃな?』
「問題ないと言うより、喜んで結婚したいわ」
『……奇特じゃの。まあええ。それならワシも協力せねばなるまい。ゾアよ、お前も友だちなんじゃから協力するんじゃろ?』
「当たり前じゃないの」
ベランダの手すりにパタパタと飛び乗ったネイサンは頷いた。
『じゃあ、ここを作戦場所にするか。王宮より気楽じゃし。ほいじゃあまた来るからの。次は出来たらオレンジを用意しておいてくれ。甘ーいのな』
そう告げると、パタパタと勢い良く飛んで行った。
「人んちを勝手に作戦場所にした上、たかられたわねジー様に」
「フルーツぐらいで協力してくれるなら安いものだわ。家からも山盛りでフルーツ送るから、私からも是非お願いするわ」
「冗談よ。……どちらにせよグレンが乗り切ってくれたら、作戦だの練らなくても終わるのだけどね」
「──そうね」
グレンからの告白も聞いてないのだし、正式な婚約者になってもらわなければ私が困るのよ。
……いえ、私の邪な願いは置いといて、グレンのためになるなら何でもやるわ。私は心の中で誓った。