「待たせた。水、後ろに入れた
から。じゃあ、行くな。」

戻ってきた駐車場で
ラゲッジに
水とショップ袋を入れて、
ドライバーシートに乗り込む。

リアシートから

「ナガレ悪いな。戻らせて。
最近、物忘れがひどいかな。」

父親が
笑いながら謝ってくるが、
本人が言っている程
老けてもいないし、
地域電力会社の仕事も現役。
確かに白髪が多くなったが、
これは冗談半分で、
買いに行かせた後ろめたさを
ごましているやつだ。

「いいって、行くぞ。」

照り返し防止に
いつものサングラスを
掛けて、
カスタマイズした
ステアリングに視線を落とすと、
おれは父親に手振って、
スタートボタンを押した。

国道から脇道の分岐を
ハザードランプを点滅させて、
いつもの通りに入っていく。

反対の道を先に行けば、
先生の家で、
もう1つは旧住宅街。

ドアウインドウから見える
田んぼの青い穂波が、
風を受けて
生きているみたいに
ウェーブを作っていく。

「ナガレ、ちょっとだけ田んぼ
見て行く。降ろしてくれ。」

「大丈夫か?迎えは?」

「いい、田んぼの中道上がって
いく。すぐだしな。悪いな。」

「ん。」

畦道脇に停めてやると、
父親は
リアドアから軽快に降りて、
さっさと農道を上って行った。

うちの家は由緒とかは無いが、
代々受け継いだ
けっこうな敷地の水田がある。

専業農家ではなくても、
長男のおれと父親で
互いに
仕事をしながら
マメに手入れをしているのだ。

それこそ自分達が食べれて、
海側の神社に奉納する米は
収穫出来る程に。

「元気だな、オヤジ。」

父親の後ろ姿を見届けて、
愛車を走らせようとしたが
正面を確認した
おれは、
一時停止のままにする。

「夏休みん部活終わりか。
盆なのに、忙しいねぇ。」

ちょうど中学生が列になって
田んぼの真ん中を、
自転車で漕いでくるのが
見え、
歩いている生徒に礼を
しているのが分かったからだ。

「先輩ってとこか。律儀だな。」

とりあえず自転車をやり過ごして
車を出そうと考えた時、
自転車組の1人が
礼をした反動で、
肩のスクールバッグを
勢いよく飛ばした。

「うあ!」

バッグは閉めていなかったのか、
中身を撒き散らして、
おれの車のフロントウインドウに
容赦なく降ってきたから
たまったもんじゃない!

『す、すいません!!』

『おい、ヤバい。拾え!』

スローモーションで
飛んできたノートと、
フロントウインドウに張り付いた
本。

「マジ、停まってて良かった。
てか、朝、ワックスったのが」

冷や汗をかきながら、
先輩後輩関係なく、
慌てて詫びにくる中学生達。

ボンネットに散乱した
カバンや
本を集めに
サングラスを頭に上げて、
おれは一旦外に出た。

「大丈夫、大丈夫。」

と声を掛けて、
さりげなくボンネットに
『こすり』『ひっかき』が無いか
確認すれば、
幸いにも傷はなかった。

道に散らばったモノを
かき集める
汗だくの中学生に、
ボンネットのモノをまとめて
おれも、
渡してやろうとした。

「あれ、これ、、」

手にしたノートに混じって、
見覚えのある表紙を
見つけて、思わず呟いた。

「図書室からの借り物だろ?
破れてたら、先生に怒られるん
じゃないか?見といたら?」

鞄を飛ばした生徒に、
一言声を掛けておく。
確か母校に赴任した同級生もいる。
あいつらに叱られるのは
なんだか、可哀想に思った。

『『ありがとうございます!』』

『『すいませんでした!!』』

壊れたスクールバッグに
粗方荷物を詰め込んで、
頭を下げつつ
学生達は、
畦道の草を撒き散らして
立ち去っていく。

「懐かしいなあ、あれ、レオの
課題本だったヤツだよな。」

自転車を押して遠ざかる
若い後ろ姿を
車から降りたままに眺める。

記憶が正しければ、
先生の塾で会うようになった
レオに、
先生が感想文を書くよう
課題に出した本だったはずだ。

先生は、塾生一人一人に
違う本を課題にしていた。

「あ、いけね。時間ない。」

ドライバーシートを覗きこんで、
エアコンダクトに着けた、
デジタルクロックの表示を
目に入れる。

日差しが少しずつ陰っても来た
せいか、表示が目立って見える。

「服、水通す暇は、ないな。
まあ、丁度いいかもな。」

おれは、
後ろのラゲッジに入れた、
『新しいシャツ』を頭に描くと
ドアミラーを使って前髪を
軽く整える。

ショップモールで
ハンガーに掛けていたから、
値札を切って、
そのまま着ても大丈夫だろう。

おれは、
サングラスを頭に
乗っけたまんま、
水田の先にある母家に向けて、
ゆっくりと
愛車を発進させた。