学校が始まり、約一ヶ月が経とうとしている。
 七海はプリンセスのように周りの子からチヤホヤされていい気分になっているみたい。
 私はというと一ヶ月が経つっていうのに未だに友達ゼロ人。
 憧れを持っていた高校生活は思っていた通りにはいかない気がする。
 クラスでは孤立しているし、七海は私が嫌がらせをしているなどとデマを流したり散々だ。
「てかさ、齋藤の妹の方ってさ、七海ちゃんの事いじめてるんでしょ?」
「サイテーじゃない!そんなことして楽しいのかな」
 陰口も言われ、もう居場所がなくなっていた。
「あ、あの、大丈夫?」
 廊下を歩いているところだったから誰かに無意識でぶつかっているのかと思った。
「え、えと……?」
「突然ごめんね、あなた一組の芽唯ちゃんでしょ?」
「う、うん」
 また何か言われるのではないかと内心びくびくしている。
「芽唯ちゃんがいじめを受けているって二組では噂されてるの」
「え、二組?……ってことはあなたも二組?」
「うん、二組の桜井(さくらい)新菜(にいな)って言うの」
「新菜ちゃんって可愛い名前だね!あと、いじめは受けてないよ!ただのデマ」
 七海やお母さんに何も言われないように。
「ありがとう!……なにかあったら言ってね?」
「うん、あの、私と友達になってくれない?」
「もちろん!」
 次の授業は国語か。
 席に座ると七海が話しかけてきた。
「芽唯ー!新しく友達できた?あたしがいなきゃ一人も作れないもんね?」
 最後の方は小声で言ってきた。
「……そんな、こと、ないよ」
「は?なに?あたしに口ごたえしないでよ」
 私が七海の言ったことを否定するとすぐ機嫌を悪くし、私に八つ当たりする。
「ねぇ、齋藤さん。妹の方、教科書見せて?」
 鬼頭君が言った。
「え、えぇ?」
 突然すぎて、何と答えればいいかわからなかった。
「あ、ごめんね!芽唯がすぐに答えられなくて……良かったらあたしが見せるよ?」
 さっきまでとは大違いな高い声を出す七海。
「……アンタより、妹の方がいいから」
 一瞬聞き間違いだと思った。
 そう思いたかったけれど、少し期待した自分がいた。
「わ、わかりました……」
 私はその時間、鬼頭君に教科書を見せることとなり、心臓が破裂するかと思った。
 鬼頭君は鬼だから私たち人間とは違い、誰もが憧れる美貌を持っている。
 七海とはなるべく一緒に帰りたくないのでいつも一人で帰る。
 だけど、なぜか隣には鬼頭君がいる。
「あ、あの……?なぜここに?」
「ん?齋藤さんっていつも一人で帰ってるでしょ?心配なんだよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
私の反応が気に入らなかったのか鬼頭君はムッとした顔をした。
「クラス同じなんだしさ、敬語やめたら?」
 同級生に対して敬語はおかしいみたいだ。
「や、やめていいんですか?」
「うん、当たり前じゃん」
「わ、わかった!」
 今だけかもだけど、私は鬼頭君の隣にいたいな。
 自然と笑顔が零れた。
「笑うと可愛いじゃん」
「へっ……⁉」
 思わず間抜けな声が出てしまった。
「……ずっと笑顔でいた方が楽しいんじゃない?」
 楽しい……私の生活には縁のない言葉だ。
 それを隠すように笑う、それは辛いこと。
「あ、りがとう……じゃ、じゃあね」
 私は家に入った。
「ねぇ、芽唯?なんで鬼頭君といたのぉ?」
 目の前には七海がいた。
 七海の瞳には光が宿っていなかった。
 これからの始末を想像するだけで背筋がゾッとする。
「お、送ってもらっただけで……」
「ふ~ん?鬼頭君に守ってもらおうなんて考えないでね?きっと大変なことになっちゃうからね?賢い芽唯ちゃんならわかるよね~?」
 最後に意味深な笑顔を残した七海だった。
 こんなんじゃ、笑顔で生活なんてできっこない。
 七海だったらできるのに私はその逆。
 その日の夜、いつもみたいにお皿洗いをしていた。
「あっ……!」
 お皿を落としてしまい、見事に割れてしまった。
「あれぇ~?芽唯なにしてるの~?」
 馬鹿にしたような七海の声。
「どうしたの?」
 お母さんがリビングに入って来た。
 これはもう終わった。
「アンタねぇ……!何しているの⁉」
 お母さんは怒りで声が震えていた。
「芽唯ってお皿を洗うこともまともにできないのぉ~?」
「このお皿が私や七海のだったらどうするの⁉このっ……!」
 パチンッ!私の頬を叩く音が部屋中に響いた。
 痛みで目には涙が浮かんだ。
「こんなんで泣いてるとか情けないわね!」
「いったそ~!きゃはは!」
 お母さんと七海に言われるがまま。
「ご、めん、なさい……」
 急いで洗い物を済ませ、部屋に駆け込んだ。
「…ぅ…うぅ……」
 私は声を殺して泣いた。
 翌日、学校へ行くと、七海はすでに来ていた。
「齋藤さん?頬が赤く腫れてるけど大丈夫?」
 ボーっとしていたのでビックリした。
「あ、鬼頭君。だ、大丈夫だよ?」
 私が答えると鬼頭君は私の腕を引っ張った。
「え、ちょっ……!」
 連れてこられたのは空いていた教室。
「てか、頬だけじゃなくて目も腫れてる……」
 頬はお母さんだけど、目は多分泣いたから?
「あ、いや大丈夫だから……」
 そう言うとしばらく鬼頭君は目を瞑った。
 なにしてるのだろう。
「……なにが大丈夫なの?母親に叩かれたんでしょ?」
 なぜ鬼頭君が昨日の出来事を知っているのだろうか。
 私は鬼頭君を見つめる。
「ど、どうして?」 
「記憶を見たから」
 記憶を見たとはどういうことだろうか。
「俺の能力」
 そうだ。鬼頭君は鬼。
 あやかしは並外れた能力がある。
 鬼頭君は人の記憶を見れる能力があるのか。
「それに……齋藤の姉の方も」
 もうそれ以上は聞いていられなくなり、私は急いで教室に向かった。
「はぁ……はぁ」
 教室に向かったのに来ていたのは中庭。
 なんだか気持ち悪い。
 四時間目はサボることなるけれど、今はそれどころではない。
 四時間目の間は保健室で休むことにした。
「大丈夫そう?無理はしないでね?」
「はい、ありがとうございました」
 私は保健室を出て、中庭で昼ごはんを食べることにした。
 ああ、最悪だ。
 私は七海とは逆。
 七海にはなれない。
 七海のように皆に笑顔でいられる子になりたかったのに。
 だけど、鬼頭君は私のこと少しは理解してくれそう。
 そんな淡い希望を心のどこかで抱いていた。