数日間、色々なことがあって学校に行けてなかった。
俊君が学校側には連絡をしてくれているみたいだ。
「あ、斎藤さんじゃん……」
ヒソヒソと聞こえるがなぜか皆、私ではなく七海を見ている。
「ねえ、芽唯。ちょっと話があるんだけど、いい?」
何日も話していない七海に声を掛けられた。
「う、うん」
とても緊張してきた。
何を言われるか不安で仕方がなかった。
「……突然だけど、あたし転校することになったの」
少し不機嫌そうに言う七海。
「え?それってどういう──」
「もう意味ないって知ったからよ。芽唯を虐めて何も得にならないこと今更だけど気が付いたの」
私から目を背けた七海。
「……芽唯を虐めてたってことがバレて逆にあたしが散々な目にあったのよ。まあ、きっと芽唯が負った傷よりもずっとずっと浅いものなんだけどね」
そう言って私には普段見せなかった笑顔を見せた。
「……謝ってもきっと許されることではないのはわかってるんだけど、ごめんなさい、芽唯。鬼頭君と仲良くね?鬼頭君に芽唯の傷は癒してもらうといいわね。じゃあね」
「うん、な、七海も元気でね……!」
そう言って七海とは永遠に別れることとなったのだ。
けれど、最悪な別れ方じゃなくてよかったと思う。
笑顔も見れずに別れることもあったかもしれない。
そう考えるとまだマシな別れ方だった。
家に帰ればいつものように俊君が待っていた。
「おかえり、芽唯。姉の方とは綺麗さっぱり別れられた?」
「うん。七海が転校なんて驚いたよ。でも、これも俊君のおかげだね」
「そう?俺のおかげ?」
「うん!俊君がいなかったら最悪なままだったよ」
俊君に出逢えたことに感謝しなくちゃいけない。
学校へ行くと、見知らぬ少女が俊君と話していた。
「ねぇ、俊くん!今度遊ばない?」
「無理」
少女の誘いを即座に拒否する俊君。
「あ、芽唯」
私に気がついた俊君。
少女は私のことを睨みつけている。
あまりよく思われていなさそう。
「……あなた、斎藤芽唯ちゃん?」
「はい。そうですよ……?」
「そうなのね。私は宮野メアリって言います。この間この学校に転校したの」
メアリさんの髪の毛の色は誰もが羨むであろう綺麗な茶色。
瞳はサファイアのような青色。
とても綺麗。
「よろしくお願いします。……俊君のお友達ですか?」
「そうよ。幼馴染みなの」
「……芽唯ちゃんって、双子のお姉さまがいるんでしょ?なのに虐げられて……なんて不幸なのかしらね」
なぜ七海のことを知っているのだろう。
「えっと……姉はいます。いじめられてたのは事実です。でも、不幸なんかではありません……!」
「お姉さまやお母さまに虐められていたのは本当なんでしょ?虐められて幸福な方なんてきっといないわ。嘘は吐かなくていいのよ?」
ニッコリと笑うメアリさんは氷のように冷たい言葉を吐く。
「……メアリ。何を言ってんの」
「俊くんだって思うでしょう。不幸でしかないって」
メアリさんの言葉に顔を険しくする俊君。
「昔は辛い生活だったかもしれないが俺は芽唯が幸せに暮らしていると思う」
俊君の言葉に心が温まる。
家に帰るとメアリさんの言葉が頭から離れなかった。
「芽唯、どうかした?」
「なんか、メアリさんの言葉が気になっちゃって……」
「メアリのことは気にしなくていいよ。アイツは昔からあんな感じだから」
そういえば幼馴染みって言っていたような。
「幼馴染みなんだっけ」
そう聞くと、俊君は渋い顔をした。
「アイツがそう言っただけ。父さんが経営している会社の取引先の娘で昔からよく会っていたってだけ。まあ、単なる腐れ縁ってわけ」
「そうなんだ」
それから数日後、愛梨珠ちゃんと会うことになった。
今回は俊君はいない。
「へぇー。メアちゃんに会ったんだ。毒舌でしょ?」
「うん。まあ、そうだね。毒舌だね」
愛梨珠ちゃんの質問に苦笑いするしかなかった。
「あーしもあの毒舌には思うところもあるけどね。でも、本当は優しく子だよ?メアちゃんはお兄ちゃんのこと大好きだったっけな」
私はまだ優しい子なのかわからないな。
「というか、メアリさんって人間?」
俊君や愛梨珠ちゃんみたく明らかに整った顔立ちの人ならあやかしだとわかるが、わからない場合もある。
メアリさんは顔立ちが整いすぎてあやかしだと思っている。
「ん?人間だよ。あの髪色と目の色だとわかんないよね。メアちゃんって初対面の人には警戒心強めなんだよね」
その後、楽しくおしゃべりをして帰ったのだった。
学校の階段を降りると、誰かが落ちそうになっているのを見かけた。
「危ない……!」
とっさに支えるとそれはメアリさんだった。
「あれ……?メアリさん⁉」
驚いて目を見開いた。
「驚きすぎだと思うわよ。まあ、助けてくれてありがとう……」
プイッとそっぽを向いたメアリさん。
「あ、あの、メアリさん。この間、私が姉にいじめられていることをなぜ不幸だと思ったんですか?」
聞いてしまった、と後悔の気持ちが胸の中を渦巻くがそれをかき消すようにメアリさんの声がした。
「私には妹がいるの。お母様の再婚相手の子なの妹は。私の実のお父様は……暴力を振るうような人だった」
そこまで話すと一息入れるメアリさんの瞳は切なそうな瞳だった。
「そんな人の娘の私を今のお父様はよく思っていないみたい。でも、お母様も妹のマリアも私の味方をしてくれているわ。……それは、嬉しくて、でもとても苦しいの。だから、家庭内でよく思われていなかった芽唯ちゃんは不幸なんじゃないかって勝手ながらに思っていたわ。幸せだったのね」
力なく微笑むメアリさんは「ごめんなさい」と付け足して去って行った。
愛梨珠ちゃんが言っていたけれど、悪い子ではなさそう。
後日、鬼頭家にお邪魔することになった。
真彩さんも俊君のお父さんも仕事でいないらしい。
「芽唯さん!こっちで遊ぼうよ」
愛梨珠ちゃんが言った。
「──愛梨珠?」
声のした方を振り向くと息を呑むほど美しい女性が立っていた。
でも、その人は制服を着ていた。ということは学生。
可愛いというよりも大人びているという言葉がぴったりだ。
目の前にいる彼女は胸の下あたりまでのびた真っ黒の髪をおろしている。
「お姉ちゃん……なんでここに?」
愛梨珠ちゃんの言葉でわかった。この人は鬼頭家のご令嬢だ。
「先ほど戻って来たのよ。それで、そちらの方は?」
目を向けられ、ビクッと肩が震えた。
「お兄ちゃんの彼女だよ」
「え、えっと……斎藤芽唯です」
「俊の彼女?……そう。私は鬼頭美月。俊と愛梨珠の姉よ」
「よ、よろしくお願いします」
感情の読めない瞳に吸い込まれそうになる。
美月さんの仕草一つ一つに色気がある。
「そんなにかしこまらないでちょうだい。だって……私とあなたは同級生ですもの。私と俊は双子なのよ」
「そ、そうなんですね……」
「芽唯──って、美月。なんでここにいるんだ?」
「あら、俊。久しぶりね、元気だったかしら?」
美月さんがそう聞くということはいつもは一緒に暮らしていないのかな。
「元気。でも、なんでこっちに来たんだ?ついこの間まで京都にいたんじゃないのか?」
「そうね。京都には参考になるものがたくさんあった。でも、たまには家に顔を出してもいいのではないか──ただそう考えただけよ」
美月さんは今まで京都にいたのか。なぜだろう。
「そうか。あいにく父さんも母さんも仕事だな」
「お父様とお母様が忙しいのはいつものことでしょう。……喉が渇いたわ、四人でお茶でもしましょう?ばあや、お紅茶とお菓子を持ってきてくれるかしら」
そして、ばあやと呼ばれた人がすぐにお辞儀をした。
「かしこまりました。美月お嬢様」
「芽唯さんもゆっくりしてくださいね。いつも愛梨珠と遊んでくれてありがとう。お話は俊から聞いていますわ」
「そうなんですね。あの、なぜ美月さんは京都にいたんですか?」
美月さんは紅茶を飲み、一息ついたところで話し始めた。
「私の夢は自分のファッションブランドをつくること。そのために、さまざまな場所に行き、たくさんの服を見て勉強しているのよ」
自分の夢を叶えるためにか。
「お姉ちゃん~!あーしね、能力のコントロール上手くなったの、だから勝負しよう!」
愛梨珠ちゃんは美月さんに決闘を申し込んだ。
美月さんから溢れ出るオーラはただ者ではなさそうだ。
「あら、本気かしら。私の力、ご照覧あれ──」
そう言うと美月さんはソファーから立ち上がった。
「物だけは壊すなよ」
俊君が言うと、愛梨珠ちゃんと美月さんは頷いた。
「芽唯さん、お気を付けて」
美月さんは私を見た後に愛梨珠ちゃんの方を見た。
そして、美月さんの周りにあった花のくきがどんどん伸びていき、愛梨珠ちゃんの手足に絡まる。
これが、美月さんの異能。驚くほどに美しい。
「えっ⁉お姉ちゃん、こんな異能使えたの?」
「ふふっ。愛梨珠、これで終わりかしら?つまらないのは好きじゃないの」
「そんな訳ないでしょっ!」
愛梨珠ちゃんは前に使っていた稲妻でくきを壊した。
そして、美月さんの目の前に小さな稲妻が落ちた。小さいものだったけれど威力は小さくない。
「……初めてだわ。愛梨珠の異能に負けるなんて、今回は愛梨珠の勝ち」
「やったー!お姉ちゃんに勝てた!」
愛梨珠ちゃんが今まで勝てなかったってどれだけ強いのか。
その日は圧倒される日だった。
次の日、学校へ行き、久しぶりに新菜ちゃんと話した。
「え?鬼頭君のお姉さんって、美月様だよね……?」
「うん。美月さんだよ?なんでそんなに驚いてるの?」
新菜ちゃんは顎が外れそうなくらい口を開けていた。
「え、もしかして知らない?美月様が有名なこと。多分驚かないほうが珍しいんじゃない?」
鬼頭家のご令嬢ということしか知らない。
「美月様は‘’漆黒の来訪者‘’って呼ばれてるの」
「漆黒の来訪者?なんで?」
「美月様って髪は綺麗な黒でしょ?で、日本だけじゃなくて海外を飛び回って、そこで出会った人たちは美月様の虜になっちゃうんだって」
確かに綺麗で同じ女性である私も魅了された。
「だから、漆黒の来訪者って呼ばれて、敬わられているの」
美月さんってそんなに有名人だったんだ。
こうして時は過ぎて行き、あっという間に春。
桜が満開だ。
「芽唯、行こう?」
「うん……!」
桜の花びらたちが私たちの背中を押す。
私たちは二年生になった。
「芽唯ちゃん!私たち同じクラスだって」
新菜ちゃんが走ってきた。
「本当?嬉しいなっ」
「芽唯、俺たちも同じクラスだよ」
俊君が言った。
「俺たち……?」
私が疑問を抱いていると俊君の後ろから声が聞こえた。
「私も同じクラスですの」
「私もよ」
声の正体は美月さんとメアリさんだった。
「え……!美月様とメアリ様と同じクラス~!」
新菜ちゃんは嬉しくてたまらないようだ。
ぴょんぴょん飛び跳ねる新菜ちゃん。
「に、新菜ちゃん……⁉」
「なんでそんなに芽唯ちゃんは冷静なの?あの美月様とメアリ様だよ?」
周りに俊君たちがいるから偉大さがわからなくなってきた。
「新菜、私はそんなに偉大じゃないわよ?美月は偉大かもしれないけれど」
メアリさんが呆れたような眼差しで新菜ちゃんを見る。
「まあ、早く行かないと遅れてしまうわ。行きましょう」
美月さんの言葉で私たちは足を動かした。
教室に入れば誰もが美月さんの方を見ていた。
「美月様だ……!」
「嘘、俊様も!」
「メアリ様まで~!」
メアリさんは鬼頭家には及ばないものの、大企業のご令嬢だ。
美月さんは誰もが見惚れるオーラがある。
学年の中で三大美女と呼ばれている美月さんとメアリさん。
その名に恥じない歓声だ。
「あの、メアリさん──」
「メアリって呼んで。同じクラスで関りもあるんだから。それに敬語じゃなくていいわ」
「うん!メアリ、さっき先生が呼んでたよ」
「そう。ありがとう」
メアリとも仲良くなれそうでよかった。
休み時間、新菜ちゃんと話していると誰かの声がした。
「鬼頭君っていますかー?」
その子はミルクブラウンのふわふわの髪をなびかせていた。
「あの子って新堀夏奈だっけ。三大美女の最後の一人」
「そうなの?確かにとても可愛い子……」
メアリや美月さんは大人っぽい美人だったけれど、新堀さんは可愛いが似合う子だった。
俊君になにか用なのかな。
「新堀?何か用?」
俊君が椅子から立ち上がり、新堀さんの方へ行く。
「あのね、委員会の話でね──」
俊君と新堀さんが話しているところを見ていると新菜ちゃんが言った。
「新堀さんって隣のクラスなんだけどね、すごい人気があるモデルみたいだよ」
新堀さんってモデルなんだ。すごく可愛いもんね。
「あれってモデルの夏奈だよね?」
「え、知らないの?超有名人じゃん」
クラスメイトも皆新堀さんのことを話している。
そして、下校時刻。
俊君は委員会の仕事があるみたで今日は一人で帰る。
「ねぇ、芽唯ちゃん?」
この声は確か新堀さん。
「……新堀さんだっけ?私に用かな」
「あのね、夏奈に手に入れられないものはないの。なーんでも手に入るの。だから、夏奈に鬼頭君を頂戴?」
なにを言っているのだろう。
「そんなことさせないわ」
「──っ?」
新堀さんが息を呑む。
柱の後ろからメアリが出てきた。
「あれ?メアリちゃん。盗み聞きなんて悪趣味だなぁ~」
ふふっと笑う新堀さんは不気味だ。
「趣味悪いのはどっちかしらね。俊くんは芽唯の彼氏。新堀さんのものにはならないわ」
メアリがきっぱりと言い切った。
「……その自信どこから湧いてくるのかなぁ。まあ、そんなこと関係ないよね、結果は同じなんだから」
意味深な笑顔を残して新堀さんは帰ってしまった。
「メアリ、ありがとう」
「いいえ。気を付けて帰るのよ」
帰り道、久しぶりに一人で帰るのでワクワクしていた。
「──……!」
誰か知らない人に腕を掴まれ、人がいない場所に連れてこられた。
「リーダー、こいつっすよね」
金髪の明らかにガラが悪そうな男性が何人かいた。
「そうだな。お前、鬼頭俊の連れだろ?そいつ、今どこにいんの?」
「し、知らないっ!早く帰して」
「帰すわけないだろ」
どうすればいいのか。
俊君の名前を心の中で何度叫んだだろうか。
本当は口に出して助けを求めたいが恐怖心から上手く声が出ない。
「芽唯!」
「芽唯さん……!あなた方、パーティーにいらしていた方でよろしくて?」
この声は俊君だ。それに美月さんも。
どこか見覚えあると思えば鬼頭君が開催しているパーティーで愛梨珠ちゃんが倒してくれた人たちだ。
「……!鬼頭俊、それに漆黒の来訪者⁉」
「鬼頭美月もいたら勝てるわけないでしょ……最強と謳われるやつでしょ?」
「リーダー、逃げましょう!」
私を捉えていた人たちは二人を見た途端に先ほどまでの勢いがなくなっていた。
「質問に答えてくださる?それ以外は何も興味はないわ」
「ひっ!」
美月さんは周りに咲いていた花のくきを伸ばし、複数人の大人たちを捉えた。
「……つまらない人たち」
美月さんがボソッと呟いた。
「芽唯、大丈夫?」
俊君が優しく言った。
「う、うん。大丈夫……」
本当は怖くてたまらない。
「大丈夫。安心して」
そう言われた途端、安心して涙が零れた。
「やっぱり、いつも助けてくれるのは俊君だね」
「いつでも助けにいくよ」
俊君の暖かい腕の中に閉じ込められた。
翌日、新堀さんと話すことになった。
「……で、新堀と芽唯の件は関りがあるのか?」
「新堀さん、答えてくださる?」
「……あたしがあの大人たちに頼んだの。だって、芽唯ちゃんが羨ましくて……」
羨ましい?何がだろう。
「なんで芽唯が羨ましいの?」
メアリが顔を険しくして聞いた。
「芽唯ちゃんは鬼頭君やメアリちゃんたちに守られてる。だけど、あたしは誰も守ってくれない。なぜか憎らしくて……」
「……そう。貴方の嫉妬が度を過ぎた、ということかしら」
「うん。ほ、ホントにごめんなさい!」
新堀さんは勢い良く頭を下げた。
「大丈夫だよ。でも、今回のことでわかったでしょ?意味ないって」
私は今思ってることを伝えた。
「うん……」
「ならいいの。わかってくれたなら」
そして、放課後。
「そうだっ!皆、明日暇?」
新菜ちゃんが満面の笑みでこっちを見た。
「ええ。空いていますわ」
「私は暇よ」
「なら、皆でお出かけしようよ!」
私と俊君と新菜ちゃん、美月さんとメアリで出かけることになった。
家に帰って明日着る服を選ぶ。
「芽唯?なにしてるの?」
「明日着る服を選んでいたの」
「そっか。……じゃあ、明日は楽しみにしておかないと」
俊君は甘い笑みを浮かべて部屋を出て行った。
私は顔が真っ赤になっていると思う。
翌日、やって来たのは有名なテーマパーク。
美月さんは高級車での登場。
「テーマパークなんて初めて来ましたわ」
さすが令嬢というべきだろうか。
「確かに美月はこういう場所に来なさそうね」
「メアリも同じではなくて?」
「私は何度も来ているわよ。一緒にしないで」
今見ると結構美月さんとメアリは仲良しなんだなと思う。
「はぁ……天国みたい。推しが尊い……」
私の隣ではうっとりとしている新菜ちゃんが。
新菜ちゃんって思ったよりもオタク気質……?
「行こう」
私は俊君と手をつないだ。
「あれっ!次はあれに乗ろう!」
新菜ちゃんが指さしたのはジェットコースターだった。
「あれは……ジェットコースターでして?」
「そうだよ!楽しそうでしょ?」
「そ、そうですわね」
美月さんは目の前に繰り広げられる光景に驚いているようだ。
「美月、洋服の勉強している時にこういうもの見なかったの?」
メアリが少し呆れたように言う。
「とりあえず乗ろうよ、ね?」
私が言うと美月さんは深呼吸をした。
「承知いたしました。皆さまがいらっしゃるもの、平気……」
「本当美月は世間知らずのお嬢様の鑑ね」
「あははっ」
メアリの言葉にその場にいる全員が頷いたのだった。
「はぁ……楽しかったー!皆付き合ってくれてありがとね」
「いえ。私も社会勉強になりましたわ」
ふと近くのベンチに目を向けると見覚えのある人が座っていた。
「七海……?」
そう。座っていたのは七海だった。
「芽唯どうかした?──あれって……」
「行って来てもいい?なにかあったらすぐに知らせるから」
俊君はすごく悩んでいるがどうにか許可は取れないだろうか。
「わかった。気を付けて」
「うん……!」
七海はまだ私に気づいていないよう。
「な、七海っ……!」
「えっ?芽唯……なんでここに」
「遊びに来ているの。七海こそなんでここに?」
もう昔のように七海の思い通りにはならない。
「あたしは……散歩よ。芽唯は最近どう?鬼頭君と仲良くしてる?」
「うん。……そういえば、お母さんは?」
七海の瞳が一瞬だが揺らいだ。
「お母さんは今一人で暮らしているの。芽唯がいなくなってから自分の愚かさに気が付いたからよ」
「そうなのっ?」
「うん。あたしもお母さんも一からやり直しをしているの」
「七海は新しい学校楽しい?」
「うん。とても楽しい。……芽唯、ありがとう」
何に対しての礼だろうか。
「芽唯がいなかったらあたしは嫌なヤツのまま。芽唯があたしたちの愚かさを気がつかしてくれた。だから感謝してる。……じゃあね」
七海は満面の笑みを浮かべて去って行った。
「ごめんっ。遅れた」
七海と別れた後、皆のほうに向かった。
「大丈夫ですわ。……芽唯は楽しく遊べましたか?」
「うん!とっても楽しかったよ。美月」
こうやって誰かと遊ぶことが少なかった私にとって大切な思い出になった。
「よーしっ!走って外まで競走だ!」
「えっ……ちょ、待ってよ!新菜」
「……芽唯、競走だってよ?行こうよ」
「うん!」
もう、誰にも何も言わせない。私は堂々と生きよう。
だって、俊君が隣にいてくれるから。
【完】
番外編 side/愛梨珠
あーしは鬼頭愛梨珠。
あーしはずっとご令嬢ってことで特別扱いだった。
それは嬉しいけど、周りに友達がいなくて寂しかった。
あーしには自慢のお兄ちゃんとお姉ちゃんがいる。
お兄ちゃんは成績優秀で顔良しだってよく聞く。お姉ちゃんは漆黒の来訪者と呼ばれていて、とっても自慢の二人だけど、たまにコンプレックスになってしまう時がある。
『──愛梨珠お嬢様、お姉様のようにできませんか?』
小さい時にお手伝いさんに言われた言葉は今でも傷となっている。
お姉ちゃんは華やかでなんでもできてしまう。それとは対照的なあーしは華やかに何かをすることができなかった。
お姉ちゃんは茶道や和歌など色々なことができた。
多分、あーしには華やかに何かをするということが合わなかったのかも。
『愛梨珠お嬢様はどこにいらっしゃるのですか?』
『あっちの部屋も探したけどいなかった……次は三階を見に行ってくる』
あーしは小さい頃は大人しくするのが難しかったらしい。
『ありすー?どこにいらっしゃるの?』
『ありすー!どこだー?』
そんな時にいつもお姉ちゃんとお兄ちゃんが探してくれた。
それがとても嬉しかった。
『ここだよっ!あーしはここ!』
『そんなとこにいたのか』
『まあ、こんなに泥だらけになっちゃって。すぐにばあやを呼んで来るわ』
パパもママもずっと忙しくて家にいなかった。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも大きくなって家にいなくなってしまった時はあーし一人しかいなくて楽しくなかった。
……でも、お兄ちゃんが家に帰って来た時は驚いたな。
だって、お兄ちゃんが知らない人を家に入れてたのだから。
お兄ちゃんはその人とすごく仲睦まじかった。
『あれ、お兄ちゃん。その人、彼女さん?』
冗談で言ったつもりだったのだが、返事は予想とは異なったものだった。
『うん』
ちょっと芽唯さんには嫉妬したけど、芽唯さんは憎めなかった。
とても優しくてずっと一人だったあーしにとっては傷を癒してくれる人だった。
パーティーの時なんかは芽唯さん、緊張していて。
芽唯さんを見てるとなんだか目を離せないのだ。
ねぇ、芽唯さん。
「あーしを救ってくれてありがとっ」
「……?私が愛梨珠ちゃんを助けたの?」
「そーだよ」
「そう?なら、よかった」
これからはもう一人じゃない。
番外編【完】