学校の階段を降りると、誰かが落ちそうになっているのを見かけた。
「危ない……!」
 とっさに支えるとそれはメアリさんだった。
「あれ……?メアリさん⁉」
 驚いて目を見開いた。
「驚きすぎだと思うわよ。まあ、助けてくれてありがとう……」
 プイッとそっぽを向いたメアリさん。
「あ、あの、メアリさん。この間、私が姉にいじめられていることをなぜ不幸だと思ったんですか?」
 聞いてしまった、と後悔の気持ちが胸の中を渦巻くがそれをかき消すようにメアリさんの声がした。
「私には妹がいるの。お母様の再婚相手の子なの妹は。私の実のお父様は……暴力を振るうような人だった」
 そこまで話すと一息入れるメアリさんの瞳は切なそうな瞳だった。
「そんな人の娘の私を今のお父様はよく思っていないみたい。でも、お母様も妹のマリアも私の味方をしてくれているわ。……それは、嬉しくて、でもとても苦しいの。だから、家庭内でよく思われていなかった芽唯ちゃんは不幸なんじゃないかって勝手ながらに思っていたわ。幸せだったのね」
 力なく微笑むメアリさんは「ごめんなさい」と付け足して去って行った。
 愛梨珠ちゃんが言っていたけれど、悪い子ではなさそう。
 

 後日、鬼頭家にお邪魔することになった。
 真彩さんも俊君のお父さんも仕事でいないらしい。
「芽唯さん!こっちで遊ぼうよ」
 愛梨珠ちゃんが言った。
「──愛梨珠?」
 声のした方を振り向くと息を呑むほど美しい女性が立っていた。
 でも、その人は制服を着ていた。ということは学生。
 可愛いというよりも大人びているという言葉がぴったりだ。
 目の前にいる彼女は胸の下あたりまでのびた真っ黒の髪をおろしている。
「お姉ちゃん……なんでここに?」
 愛梨珠ちゃんの言葉でわかった。この人は鬼頭家のご令嬢だ。
「先ほど戻って来たのよ。それで、そちらの方は?」
 目を向けられ、ビクッと肩が震えた。
「お兄ちゃんの彼女だよ」
「え、えっと……斎藤芽唯です」
「俊の彼女?……そう。私は鬼頭美月(みづき)。俊と愛梨珠の姉よ」
「よ、よろしくお願いします」
 感情の読めない瞳に吸い込まれそうになる。
 美月さんの仕草一つ一つに色気がある。
「そんなにかしこまらないでちょうだい。だって……私とあなたは同級生ですもの。私と俊は双子なのよ」
 えぇっ!こ、こんなに大人っぽい方が同級生?
「そ、そうなんですね……」
「芽唯──って、美月。なんでここにいるんだ?」
「あら、俊。久しぶりね、元気だったかしら?」
 美月さんがそう聞くということはいつもは一緒に暮らしていないのかな。
「元気。でも、なんでこっちに来たんだ?ついこの間まで京都にいたんじゃないのか?」
「そうね。京都には参考になるものがたくさんあった。でも、たまには家に顔を出してもいいのではないか──ただそう考えただけよ」
 美月さんは今まで京都にいたのか。なぜだろう。
「そうか。あいにく父さんも母さんも仕事だな」
「お父様とお母様が忙しいのはいつものことでしょう。……喉が渇いたわ、四人でお茶でもしましょう?ばあや、お紅茶とお菓子を持ってきてくれるかしら」
 そして、ばあやと呼ばれた人がすぐにお辞儀をした。
「かしこまりました。美月お嬢様」
「芽唯さんもゆっくりしてくださいね。いつも愛梨珠と遊んでくれてありがとう。お話は俊から聞いていますわ」
「そうなんですね。あの、なぜ美月さんは京都にいたんですか?」
 美月さんは紅茶を飲み、一息ついたところで話し始めた。
「私の夢は自分のファッションブランドをつくること。そのために、さまざまな場所に行き、たくさんの服を見て勉強しているのよ」
 自分の夢を叶えるためにか。
「お姉ちゃん~!あーしね、能力のコントロール上手くなったの、だから勝負しよう!」
 愛梨珠ちゃんは美月さんに決闘を申し込んだ。
 美月さんから溢れ出るオーラはただ者ではなさそうだ。
「あら、本気かしら。私の力、ご照覧あれ──」
 そう言うと美月さんはソファーから立ち上がった。
「物だけは壊すなよ」
 俊君が言うと、愛梨珠ちゃんと美月さんは頷いた。
「芽唯さん、お気を付けて」
 美月さんは私を見た後に愛梨珠ちゃんの方を見た。
 そして、美月さんの周りにあった花のくきがどんどん伸びていき、愛梨珠ちゃんの手足に絡まる。
 これが、美月さんの異能。驚くほどに美しい。
「えっ⁉お姉ちゃん、こんな異能使えたの?」
「ふふっ。愛梨珠、これで終わりかしら?つまらないのは好きじゃないの」
「そんな訳ないでしょっ!」
 愛梨珠ちゃんは前に使っていた稲妻でくきを壊した。
 そして、美月さんの目の前に小さな稲妻が落ちた。小さいものだったけれど威力は小さくない。
「……初めてだわ。愛梨珠の異能に負けるなんて、今回は愛梨珠の勝ち」
「やったー!お姉ちゃんに勝てた!」
 愛梨珠ちゃんが今まで勝てなかったってどれだけ強いのか。
 その日は圧倒される日だった。 


 次の日、学校へ行き、久しぶりに新菜ちゃんと話した。
「え?鬼頭君のお姉さんって、美月様だよね……?」
「うん。美月さんだよ?なんでそんなに驚いてるの?」
 新菜ちゃんは顎が外れそうなくらい口を開けていた。
「え、もしかして知らない?美月様が有名なこと。多分驚かないほうが珍しいんじゃない?」
 鬼頭家のご令嬢ということしか知らない。
「美月様は‘’漆黒の来訪者‘’って呼ばれてるの」
「漆黒の来訪者?なんで?」
「美月様って髪は綺麗な黒でしょ?で、日本だけじゃなくて海外を飛び回って、そこで出会った人たちは美月様の虜になっちゃうんだって」
 確かに綺麗で同じ女性である私も魅了された。
「だから、漆黒の来訪者って呼ばれて、敬わられているの」
 美月さんってそんなに有名人だったんだ。