「あんたがやりなさいよ」
「ほら、お皿洗いくらいできて当然でしょう?あとこれもお願いね」
いつも理不尽なことばかり。
双子の姉も継母も私を嫌って。
お父さんがいたころはまだマシだったのに。
お父さんが事故死してしまってからは二人にこき使われる毎日だった。
「あ、そうだ芽唯、これ先生に明日渡してくれない?」
「え?」
「なに」
どうしよう。この状況で否と答えたらまた嫌な事が起きるに違いない。
じっと耐えて、今が過ぎるのを待つ、ただそれだけ。
「わかった……」
「ん、じゃあ、これ」
そう言って渡されたのは何百枚と重なったプリント。
重すぎる。
「はぁ……」
この生活はいつまで続くのだろうか。
斎藤芽唯高校一年生になった。
私には双子の姉がいる。
双子と言っても血は繋がっていない。
父は今の母と再婚し、継母の連れ子が姉の七海。
七海はとても美人で明るい。
そんな七海と継母は私のことが気に入らないのかいつも家事は私にやらせ、身の回りのことは私がやっている。
だが、私の実の父は家事をやらされている私のことをかばってくれた。
そんな父は仕事で出張に行っている時に事故にあってしまった。
今日は入学式。
クラスの名簿を見ると顔の血が引いていった。
まさか七海と同じクラスになるなんて。
初っ端から気分が下がりながらも教室に向かう。
「ねぇ、芽唯いーい?あんたはあたしのあくまでただの双子、余計な事言ったらただじゃすまないんだからね?」
七海の声に身体が震える。
「う、うん……」
そして、教室に入ると注目は一気に私たちに集まった。
「わぁー、あの子たち可愛くね?」
「そうそう、特に左側の子な」
私の左側に立っているのは七海。
当たり前だよね、七海は可愛いもんね。
「つーか、右側の子恥ずかしくねーの?あんなに可愛い子の隣に立って」
「それなー!可哀想ー」
最後の可哀想は棒読みだった。
これじゃあ、友達さえまともにできそうにないな。
当たり前だけど七海と私は双子だから席は前後。
私が後ろで七海が前。
七海の後ろってなんか授業集中できるかな。
今日は始業式だけだったので早めに帰れる。
廊下を歩いていると他のクラスの子の声が聞こえた。
「あ、ねぇねぇー!そういやさ、一組って、鬼頭君がいるんでしょ?」
「鬼頭君いるとか天国じゃん。いいなぁ~」
鬼頭俊君はあやかしの鬼で、社会的地位も高い。
私はあまり詳しくはないのだが。
鬼頭君は私と席が隣。
あやかしなので、顔面偏差値はとても高くて勉強もできて、スポーツ万能の完全無欠の鬼。
七海に鬼頭君と喋ったら「調子に乗るな」と言われそうだからあまり話さないでおこう。
でも、鬼頭君はモテるし私なんかに興味はないか。
私もおとぎ話で出てきそうなプリンセスだったらな。
おとぎ話のプリンセスは王子様にチヤホヤされて……私には分不相応か。
「ただいま」
小さい声で家に入るとたまたまそこにはお母さんと七海がいた。
「私と七海は服を買ってくるからあんたは留守番しててね、あと、七海のバックが届くかもだから受け取っといて」
「芽唯、あたしのだから傷とかつけないでよね」
「はい……」
七海とお母さんはそう言い残し家を出て行った。
部屋でゆっくり休んでいる、それが私にとっては嬉しいこと。
七海はお母さんからおこずかいを貰って友達と遊びに行くことが多い。
私は家でずっと家事をやっている。だから、そんな暇はない。
少し時間が経つとインターホンが鳴り、七海の荷物が届いた。
七海はいつもお母さんになんでも買ってもらえる。
私にはなにも買ってくれないのに。
私はお母さんにとっては知らない人の子供。
自分の産んだ子ではない。
だとしても、この生活はおかしいと私は思っている。
学校が始まり、約一ヶ月が経とうとしている。
七海はプリンセスのように周りの子からチヤホヤされていい気分になっているみたい。
私はというと一ヶ月が経つっていうのに未だに友達ゼロ人。
憧れを持っていた高校生活は思っていた通りにはいかない気がする。
クラスでは孤立しているし、七海は私が嫌がらせをしているなどとデマを流したり散々だ。
「てかさ、齋藤の妹の方ってさ、七海ちゃんの事いじめてるんでしょ?」
「サイテーじゃない!そんなことして楽しいのかな」
陰口も言われ、もう居場所がなくなっていた。
「あ、あの、大丈夫?」
廊下を歩いているところだったから誰かに無意識でぶつかっているのかと思った。
「え、えと……?」
「突然ごめんね、あなた一組の芽唯ちゃんでしょ?」
「う、うん」
また何か言われるのではないかと内心びくびくしている。
「芽唯ちゃんがいじめを受けているって二組では噂されてるの」
「え、二組?……ってことはあなたも二組?」
「うん、二組の桜井新菜って言うの」
「新菜ちゃんって可愛い名前だね!あと、いじめは受けてないよ!ただのデマ」
七海やお母さんに何も言われないように。
「ありがとう!……なにかあったら言ってね?」
「うん、あの、私と友達になってくれない?」
「もちろん!」
次の授業は国語か。
席に座ると七海が話しかけてきた。
「芽唯ー!新しく友達できた?あたしがいなきゃ一人も作れないもんね?」
最後の方は小声で言ってきた。
「……そんな、こと、ないよ」
「は?なに?あたしに口ごたえしないでよ」
私が七海の言ったことを否定するとすぐ機嫌を悪くし、私に八つ当たりする。
「ねぇ、齋藤さん。妹の方、教科書見せて?」
鬼頭君が言った。
「え、えぇ?」
突然すぎて、何と答えればいいかわからなかった。
「あ、ごめんね!芽唯がすぐに答えられなくて……良かったらあたしが見せるよ?」
さっきまでとは大違いな高い声を出す七海。
「……アンタより、妹の方がいいから」
一瞬聞き間違いだと思った。
そう思いたかったけれど、少し期待した自分がいた。
「わ、わかりました……」
私はその時間、鬼頭君に教科書を見せることとなり、心臓が破裂するかと思った。
鬼頭君は鬼だから私たち人間とは違い、誰もが憧れる美貌を持っている。
七海とはなるべく一緒に帰りたくないのでいつも一人で帰る。
だけど、なぜか隣には鬼頭君がいる。
「あ、あの……?なぜここに?」
「ん?齋藤さんっていつも一人で帰ってるでしょ?心配なんだよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
私の反応が気に入らなかったのか鬼頭君はムッとした顔をした。
「クラス同じなんだしさ、敬語やめたら?」
同級生に対して敬語はおかしいみたいだ。
「や、やめていいんですか?」
「うん、当たり前じゃん」
「わ、わかった!」
今だけかもだけど、私は鬼頭君の隣にいたいな。
自然と笑顔が零れた。
「笑うと可愛いじゃん」
「へっ……⁉」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「……ずっと笑顔でいた方が楽しいんじゃない?」
楽しい……私の生活には縁のない言葉だ。
それを隠すように笑う、それは辛いこと。
「あ、りがとう……じゃ、じゃあね」
私は家に入った。
「ねぇ、芽唯?なんで鬼頭君といたのぉ?」
目の前には七海がいた。
七海の瞳には光が宿っていなかった。
これからの始末を想像するだけで背筋がゾッとする。
「お、送ってもらっただけで……」
「ふ~ん?鬼頭君に守ってもらおうなんて考えないでね?きっと大変なことになっちゃうからね?賢い芽唯ちゃんならわかるよね~?」
最後に意味深な笑顔を残した七海だった。
こんなんじゃ、笑顔で生活なんてできっこない。
七海だったらできるのに私はその逆。
その日の夜、いつもみたいにお皿洗いをしていた。
「あっ……!」
お皿を落としてしまい、見事に割れてしまった。
「あれぇ~?芽唯なにしてるの~?」
馬鹿にしたような七海の声。
「どうしたの?」
お母さんがリビングに入って来た。
これはもう終わった。
「アンタねぇ……!何しているの⁉」
お母さんは怒りで声が震えていた。
「芽唯ってお皿を洗うこともまともにできないのぉ~?」
「このお皿が私や七海のだったらどうするの⁉このっ……!」
パチンッ!私の頬を叩く音が部屋中に響いた。
痛みで目には涙が浮かんだ。
「こんなんで泣いてるとか情けないわね!」
「いったそ~!きゃはは!」
お母さんと七海に言われるがまま。
「ご、めん、なさい……」
急いで洗い物を済ませ、部屋に駆け込んだ。
「…ぅ…うぅ……」
私は声を殺して泣いた。
翌日、学校へ行くと、七海はすでに来ていた。
「齋藤さん?頬が赤く腫れてるけど大丈夫?」
ボーっとしていたのでビックリした。
「あ、鬼頭君。だ、大丈夫だよ?」
私が答えると鬼頭君は私の腕を引っ張った。
「え、ちょっ……!」
連れてこられたのは空いていた教室。
「てか、頬だけじゃなくて目も腫れてる……」
頬はお母さんだけど、目は多分泣いたから?
「あ、いや大丈夫だから……」
そう言うとしばらく鬼頭君は目を瞑った。
なにしてるのだろう。
「……なにが大丈夫なの?母親に叩かれたんでしょ?」
なぜ鬼頭君が昨日の出来事を知っているのだろうか。
私は鬼頭君を見つめる。
「ど、どうして?」
「記憶を見たから」
記憶を見たとはどういうことだろうか。
「俺の能力」
そうだ。鬼頭君は鬼。
あやかしは並外れた能力がある。
鬼頭君は人の記憶を見れる能力があるのか。
「それに……齋藤の姉の方も」
もうそれ以上は聞いていられなくなり、私は急いで教室に向かった。
「はぁ……はぁ」
教室に向かったのに来ていたのは中庭。
なんだか気持ち悪い。
四時間目はサボることなるけれど、今はそれどころではない。
四時間目の間は保健室で休むことにした。
「大丈夫そう?無理はしないでね?」
「はい、ありがとうございました」
私は保健室を出て、中庭で昼ごはんを食べることにした。
ああ、最悪だ。
私は七海とは逆。
七海にはなれない。
七海のように皆に笑顔でいられる子になりたかったのに。
だけど、鬼頭君は私のこと少しは理解してくれそう。
そんな淡い希望を心のどこかで抱いていた。
放課後。
「……齋藤さん。さっきはごめん」
鬼頭君はバツが悪そうな顔をしていた。
「う、ううんっ!大丈夫だよ」
私はスゥ……ッと、大きく空気を吸って言った。
「あ、あの!鬼頭君、今、時間ある?」
「うん、なにか大事な話?」
「……うん」
鬼頭君には言っておきたい。
その後、自分がどうなってもいいから。
私たちは近くの公園に来た。
「それで、話って?」
「あ、あの、ね。信じてもらえなくてもいい……鬼頭君は私と七海の関係ってわかる?」
「二人の関係?双子ってこと?」
「……えっと、私と七海は義理の関係っていうか、本当は血が繋がってないの」
「え?」
さすがに記憶を見ただけでは血の繋がりなどわからないだろう。
「でね、さっき、鬼頭君が見た記憶、どんな光景が映った?」
鬼頭君は一瞬、言いにくそうな顔をしていた。
「齋藤さんが平手打ちされていたとこ……」
「そう……なんとなく察してるかもだけど、私と七海は仲が悪くてね。七海は私のお父さんが今のお母さんと再婚して、お母さんが連れてきた子供が七海ってわけ」
鬼頭君は納得したような顔をしていた。
「だから、二人とも仲が悪いのか……確かに姉の方が嫌がらせをしているっていう噂を聞いたことはあるが、やっぱり嘘だったようだな」
「え、ウソ?」
「何となく姉の方は裏がありそうだなって思ってたんだ」
「そっか。まあ、そんなとこで私は七海とお母さんとはうまくやっていけていないの」
鬼頭君はしばらく何かを考えていた。
「嫌じゃなかったら、俺と一緒に住む?」
「えっ……?」
住むってどこにだろうか。
それに誰となのか。
「嫌だった?」
鬼頭君はシュンとした顔をしていた。
「あ、え、いや、……住むってどこに?」
「俺の家に」
「え、それじゃあ、ご家族は?」
「母親と父親は本家にいる、それに、俺は別邸に住んでいる。いわゆる一人暮らし」
ということは私と鬼頭君の二人暮らしということ。
私の顔はリンゴ以上に真っ赤だ。
ここで断ったら鬼頭君との関係も終わるし、家でも七海とお母さんと暮らすだけの日々になってしまう。
「あ、あの、迷惑じゃなかったら、一緒にいてもいい?」
「うん。てか、プロポーズ?それ」
意味がわからずコテンと首を傾げる。
「はぁ……こんなんでやってけるかな」
鬼頭君はボソッと呟いた。
「ねぇ、なんで私の家行くの?」
「……挨拶と芽唯は荷物取りに行って」
サラッと芽唯って呼ぶけど結構私はドキドキしてるんだけどな。
「う、うん」
そう言って家の鍵を開ける。
「ただいま」
いつも通り、小さな声でドアを開ける。
「あ、芽唯!って、え?な、なんで鬼頭君が?」
「お邪魔する」
「お、お母さん!鬼頭君がいらしてる……!」
「え?」
お母さんと七海はとても動揺していた。
私は部屋に行き、荷物をまとめ、しばらく部屋でのんびりしていた。
side/七海
あたしはあいつが大嫌いだ。
あいつとは今はあたしの双子の妹の芽唯。
芽唯は容姿はずば抜けて可愛いわけではないが、女子の中では美人な方に入る。
それで明るかったらまだ許せるけど、芽唯はおどおどしていて見ていてムカつく。
高校に入学して、名簿を見れば芽唯と同じクラス。
いいチャンスだ。
教室に入れば当たり前だけど、あたしが注目され芽唯は全然目立たない。
逆に悪目立ち。
気に入らないのは芽唯の隣が鬼頭君だということ。
「ねぇ、齋藤さん。妹の方、教科書見せて?」
芽唯は鬼頭君に動揺していた。
芽唯はそのまま動揺して、あたしが教科書見せれば評判も良くなる。
「え、えぇ?」
「あ、ごめんね!芽唯がすぐに答えられなくて……良かったらあたしが見せるよ?」
これで鬼頭君もあたしの虜。
「……アンタより、妹の方が良いから」
冷たい声、冷たい視線。
芽唯にはお仕置きが必要だ。
楽しく後のことを考えていた。
ある日の夜、芽唯はいつも通りお皿洗い、あたしはテレビを見ていた。
この番組もつまんない。
リモコンを操作していると、何かが割れる大きな音が聞こえた。
芽唯の方を見ると芽唯は震えていた。
心の中で芽唯を煽っていると、お母さんも入って来て芽唯のことを怒っていた。
お母さんはうるさいし、芽唯はずっと謝るだけ。
いつもあたしは得をし、芽唯のことをいじめる。
学校では逆のことを言って芽唯を孤立させている。
学校は楽しくない。
あたしのことを皆好いているけど、寄ってくるのは同じ人間。
あたしはあやかしと話したいのに。
なのに、あの日から変わった。
芽唯が家に帰ってくると、鬼頭君まで一緒にいた
芽唯は部屋に駆け上がった。
「なんで鬼頭君がいるのぉ?」
少しイラつきながらもその気持ちを押し殺して聞いた。
「お前らが何をしたかは知っている。芽唯は俺と暮らすことにした」
「……ちょ、ちょっとお待ちください、どういう事ですか?」
お母さんは恐る恐る鬼頭君に聞いた。
「そのままの意味だ。芽唯に危害を加えるなら一緒にはいさせられない」
「……芽唯でいいんですか?」
あたしは率直に言った。
あんな子ただの見た目だけだ。
何も取柄がない、話しかけてもつまらない反応ばかりする。
「芽唯以外ありえない」
さすがはあやかしって言いたいところ。
あやかしは独占欲が強いらしい。
だから、あたしは選ばれたかった。
あやかしと両想いになったり、お付き合いすることはすごく嬉しいことだと思う。
あやかしは社会的地位も高く、相手は鬼。
あたしが何かをして、勝てる相手じゃない。
「ということで、芽唯には近寄るな」
そう言い残し、芽唯と鬼頭君は出て行った。
あたしには悔しさとほんの少しの羨ましさだけが残った。
「ほら、行こう」
連れてこられたのは普通の家よりも少し大きめな一軒家だった。
「ここって……本家?」
「そんなわけないでしょ、俺の家」
鬼頭君は当たり前のように『俺の家』というが、一人暮らしにしては広すぎる家。
「中に入ろう」
手を引かれ、中に入る。
緊張してきた。
「ふっ、大丈夫。緊張しないで?」
「う、うん!おじゃまします」
中はとっても綺麗で清潔感のあるお部屋だった。
「これからは自由に使ってね」
「うん、よろしくね!」
同居するという実感が沸かない。
お夕飯を食べ、お皿洗いをしようとする。
「あ、食洗器があるから洗わなくていいよ。家事は俺がやるよ?」
食洗器なんてあるのか。
でも、家事はやらないと。
「あ、あの。家事は私、やりたいから……私がやる。それにただでさえ、いさせてもらえてるのに何もしないのは」
何もしないのは気が休まらない。
「ん、それなら……やりたい事好きなようにやってくれて構わないよ。無理はダメだからね?」
「うん、ありがとう」