「…と、その前に、とーっても大切で重要なことがあるのですが、篤姫さんはお気付きですか?」
少し改まった口調でそう言われ、しばし思考を巡らせるも、何も思いつかない。
「んー……わからない。なあに?」
「よく耳をすませておいてね。…ほら、いくよ。……3……2……1」
「……0」
キーンコーンカーンコーン
彼の合図と共に鳴ったチャイムに、冷や汗がだらりと流れた。
「はぁーい、終わりましたー、僕達は2人仲良く遅刻です!」
「えっ、ちょっとなんでそんなに呑気なの!?遅刻だよ!?」
私が焦ってそう返すが、彼は寧ろ白目を剥いて拳を握っている。
「いやー、これは君の新しい門出を祝福する鐘の音的な?だからさ、多分…きっと…大丈夫だよ」
私は急いで校舎に向かうため、もはや現実逃避をし始めている彼の手首を思いっきり掴んだ。
「うわっ、なに!?」
「だから、急ぐの!あの音は祝福の鐘の音なんかじゃなくて、HRの開始を告げるチャイムなんだからね!」
彼の驚きの言葉も耳に入れず、ただひたすらに走る。
一般論で言うならば、最悪の状況であるはずなのに、今の私は思いっきり笑っていた。
……いや、正確にはむず痒く笑っていたのだ。触れている彼の体温にあてられて。
「ねえねえ、橘さん。今度一緒にお買い物に行かない?」
「あ、それいいね!橘さんなら、ショッピングモール貸し切りなんて簡単でしょ?」
「え〜、それ楽しみ!私、貸し切ってお買い物とかしてみたかったの!」
……うるさい
目の前には、休み時間になって急にすり寄ってきた女子が数名。
彼女たちの目は、私を見ているようで、本当は“橘”という存在を見ていた。
そんな空間が気持ち悪くて、つい顔を顰める。
「…あ!そういえば、今日橘さん遅刻してきたよねえ。しかも、アイツと一緒に!」
「……それがなにか?」
“アイツ”という、あまり良い感じのしない呼び方に、つい反応してしまう。
すると、彼女は返事をしてくれたのが嬉しいのか、色々とベラベラ話し出した。
「橘さんも興味あるの?アイツはねぇ、夜遊びが激しいことで有名なんだよ」
「……夜遊び?」
彼のほんわかした雰囲気からは想像もつかない噂に目を見開く。
「そうそう!なんかぁ、夜遅い時間に女の人と2人っきりで歩いているところとかがぁ、よく発見されてるみたいなんだよねぇ。しかも、毎回違う人らしいの」
下品な高い笑い声が、私の耳に、やけに耳障りに響いた。
その声、その表情全てに嫌悪感を感じる。
「…わたくしには、彼がそんなことをするようには見えないのですけれど。少なくとも、彼はわたくしにとても親切にしてくれました。貴女方の見間違いじゃなくって?」
私が反論をすると、一瞬彼女達の顔面から表情が抜け落ちた。
しかし、またすぐにグニャリと顔を歪める。
「ははっ、橘さんは純粋なんだからぁ!…とにかく、アイツとは関わらないほうが良いよー」
「それにさぁ、アイツって前髪で顔が隠れてて正直モサイし?wwお嬢様の橘さんとは釣り合わないっていうかぁ」
それはつまり、貴女達は“わたくし”に相応しいということ?
そんな言葉など言えもしない。
暴れ狂いそうになる感情を必死に抑えつけ、彼の方へと視線を向けた。
そのとき、一瞬だけ目と目が触れ合う。
すぐに彼は視線を逸らしてしまったが、そのとき見た彼の瞳は、絶望、哀しみ、諦め、その全てを混ぜて塗りたくったような色をしていた。
プチッ
どこかで、理性の糸が千切れたような音がする。
しかし、私はそれを只の他人事のように感じていた。
___故に、自分の理性など抑えられるわけがない。
ガタン!
「…貴女方は、人を下げるような話しかできないの?哀れね、お可哀想なこと」
敢えて挑発するように薄く笑うと、案の定、彼女達は怒りで顔を真っ赤に染めた。
「は、はあっ!?人が折角教えてあげたんじゃない、それに本当のことだし!」
「てか、橘さん態度悪くない?お金があるからって調子のってんじゃないわよ」
少しでも抵抗をすると直ぐに態度を変える彼女達が、心底どうでもよく思える。
そんな人達よりも私は、優しく励ましてくれた彼の方がよほど__
「貴女達のことなんか、心底どうでもいいわ。…でもね、そんな屑みたいな貴女達の言動で、わたくしの大切な人が傷つくのは困るのよ」
自分で話しながらも、なんだか不思議な感覚に襲われた。
今日の朝会ったばかりなのに、前から彼に惹かれていたような、そんな暖かいふわふわした気持ち。
この感情がどのようなものなのかはわからない。でも確かに、心に存在しているのだ。
だから__
今度こそ、しっかりと彼女達の目を見て言い切る。
「わたくし__私には、これから何を言ったって、思ったって構わない。でもね、彼を傷つけるのだけは許さないから」
素直に感情を出すことが難しい立場。
でも、この感情は、この気持ちは__
___誰にも縛れないのだ。
少し改まった口調でそう言われ、しばし思考を巡らせるも、何も思いつかない。
「んー……わからない。なあに?」
「よく耳をすませておいてね。…ほら、いくよ。……3……2……1」
「……0」
キーンコーンカーンコーン
彼の合図と共に鳴ったチャイムに、冷や汗がだらりと流れた。
「はぁーい、終わりましたー、僕達は2人仲良く遅刻です!」
「えっ、ちょっとなんでそんなに呑気なの!?遅刻だよ!?」
私が焦ってそう返すが、彼は寧ろ白目を剥いて拳を握っている。
「いやー、これは君の新しい門出を祝福する鐘の音的な?だからさ、多分…きっと…大丈夫だよ」
私は急いで校舎に向かうため、もはや現実逃避をし始めている彼の手首を思いっきり掴んだ。
「うわっ、なに!?」
「だから、急ぐの!あの音は祝福の鐘の音なんかじゃなくて、HRの開始を告げるチャイムなんだからね!」
彼の驚きの言葉も耳に入れず、ただひたすらに走る。
一般論で言うならば、最悪の状況であるはずなのに、今の私は思いっきり笑っていた。
……いや、正確にはむず痒く笑っていたのだ。触れている彼の体温にあてられて。
「ねえねえ、橘さん。今度一緒にお買い物に行かない?」
「あ、それいいね!橘さんなら、ショッピングモール貸し切りなんて簡単でしょ?」
「え〜、それ楽しみ!私、貸し切ってお買い物とかしてみたかったの!」
……うるさい
目の前には、休み時間になって急にすり寄ってきた女子が数名。
彼女たちの目は、私を見ているようで、本当は“橘”という存在を見ていた。
そんな空間が気持ち悪くて、つい顔を顰める。
「…あ!そういえば、今日橘さん遅刻してきたよねえ。しかも、アイツと一緒に!」
「……それがなにか?」
“アイツ”という、あまり良い感じのしない呼び方に、つい反応してしまう。
すると、彼女は返事をしてくれたのが嬉しいのか、色々とベラベラ話し出した。
「橘さんも興味あるの?アイツはねぇ、夜遊びが激しいことで有名なんだよ」
「……夜遊び?」
彼のほんわかした雰囲気からは想像もつかない噂に目を見開く。
「そうそう!なんかぁ、夜遅い時間に女の人と2人っきりで歩いているところとかがぁ、よく発見されてるみたいなんだよねぇ。しかも、毎回違う人らしいの」
下品な高い笑い声が、私の耳に、やけに耳障りに響いた。
その声、その表情全てに嫌悪感を感じる。
「…わたくしには、彼がそんなことをするようには見えないのですけれど。少なくとも、彼はわたくしにとても親切にしてくれました。貴女方の見間違いじゃなくって?」
私が反論をすると、一瞬彼女達の顔面から表情が抜け落ちた。
しかし、またすぐにグニャリと顔を歪める。
「ははっ、橘さんは純粋なんだからぁ!…とにかく、アイツとは関わらないほうが良いよー」
「それにさぁ、アイツって前髪で顔が隠れてて正直モサイし?wwお嬢様の橘さんとは釣り合わないっていうかぁ」
それはつまり、貴女達は“わたくし”に相応しいということ?
そんな言葉など言えもしない。
暴れ狂いそうになる感情を必死に抑えつけ、彼の方へと視線を向けた。
そのとき、一瞬だけ目と目が触れ合う。
すぐに彼は視線を逸らしてしまったが、そのとき見た彼の瞳は、絶望、哀しみ、諦め、その全てを混ぜて塗りたくったような色をしていた。
プチッ
どこかで、理性の糸が千切れたような音がする。
しかし、私はそれを只の他人事のように感じていた。
___故に、自分の理性など抑えられるわけがない。
ガタン!
「…貴女方は、人を下げるような話しかできないの?哀れね、お可哀想なこと」
敢えて挑発するように薄く笑うと、案の定、彼女達は怒りで顔を真っ赤に染めた。
「は、はあっ!?人が折角教えてあげたんじゃない、それに本当のことだし!」
「てか、橘さん態度悪くない?お金があるからって調子のってんじゃないわよ」
少しでも抵抗をすると直ぐに態度を変える彼女達が、心底どうでもよく思える。
そんな人達よりも私は、優しく励ましてくれた彼の方がよほど__
「貴女達のことなんか、心底どうでもいいわ。…でもね、そんな屑みたいな貴女達の言動で、わたくしの大切な人が傷つくのは困るのよ」
自分で話しながらも、なんだか不思議な感覚に襲われた。
今日の朝会ったばかりなのに、前から彼に惹かれていたような、そんな暖かいふわふわした気持ち。
この感情がどのようなものなのかはわからない。でも確かに、心に存在しているのだ。
だから__
今度こそ、しっかりと彼女達の目を見て言い切る。
「わたくし__私には、これから何を言ったって、思ったって構わない。でもね、彼を傷つけるのだけは許さないから」
素直に感情を出すことが難しい立場。
でも、この感情は、この気持ちは__
___誰にも縛れないのだ。