ようやくゲーム機から離れた千夏を部屋に押し込むと、私は自室の勉強机に座って一息ついた。

 時刻は午後十一時を過ぎた。明日も朝は早いから寝る時間なのに、胸を打つ鼓動が収まらなくて少しも眠る気にならなかった。

 その理由は、今日現れたタケルという少年にある。見た瞬間、嫌でも思い出したのは斗真のことだった。

 斗真とうり二つの外見に俯きがちの仕草。それを見たせいで、この喉を押し潰すようにせり上がってくる鼓動が収まらなくなっていた。

 一度大きくため息をついて、私は鍵をかけている引き出しを開けた。中にあるのは、一枚の写真と斗真が大切にしていた宝箱だ。

 写真には、今でも胸を抉られるほどの満面の笑みを浮かべる秀兄が写っている。秀兄は、見た目からは想像できないほどサッカーが得意で、この写真は秀兄が県大会の決勝でゴールを決めた時の写真だ。

 その満面の笑みに、私は一瞬で恋に落ちた。気がつくと秀兄の姿ばかりを追いかけていた。高校一年のときの私と二年の秀兄。春の出会いで始まった恋は、唐突に終わりを告げたはずだった。

 出会ってすぐに兄妹になり、その二ヶ月後には、殺してやりたいくらいに憎い人になった。

 ――なのに

 憎しみの感情の裏側にある、拭いきれない気持ち。同居生活を続ける中で、日を重ねるごとに膨らんでいった秀兄への気持ち。その想いは、目を背けている間に隠しきれないところまで膨らんでいた。

 ――秀兄が好き

 わかっている。どうしようもないことは。だから、秀兄の妹になった時にけじめをつけるべきだった。

 でも、そうしなかった。頭ではわかっていても、気持ちは止められなかった。周りが見えないくらい、秀兄に夢中になっていた。

 だから、秀兄が斗真と事故を起こした時、私の感情が間違った方向に爆発してしまった。私が秀兄の妹になった事実を前にして、どうすることもできない苛立ちが重なって爆発したと思う。

 それでも、葬儀の時に叫んだ殺してやりたいという気持ちは今も変わらない。秀兄を好きだという気持ちと、大切な斗真を失った悲しみと恨み。その二つが今、私の中で混ざりあって暴れ続けている。

 そっと写真を戻し、斗真の宝箱を机の上に置いた。斗真の好きだったゲームに出てくるような宝箱。ダイヤル錠がついていて、最近、暗証番号が判明した。

 私の誕生日が暗証番号になっていた。自分が壊れるくらいに泣いた。涙でよく見えない中、宝箱の中に斗真の短冊を見つけた。

 一年前、斗真と作った短冊。でも、斗真は願い事を明かさなかった。なにか欲しいものがあったのかなと開いて見た瞬間、斗真の想いに再び壊れるくらいに泣くはめになった。

 ダイヤル錠を外して、再び確認してみる。つたない文字だけど、はっきりと書かれた文字は斗真の想いを表していた。

 斗真の願い事。それを叶える為には、いくつものハードルを乗り越えないといけない。

 できるかどうかわからない。でも、叶えてやりたい気持ちも心の隅にあった。そんな迷いを抱いていた時に、タケルが現れた。

 世界を変える為に警察官を銃撃した。そんなタケルが変えたかった世界とは、その先にタケルが見ようとした世界とはなんだろう。

 わからない。でも、これはなにかのきっかけかもしれない。斗真とうり二つのタケルが私の前に現れたのは、もしかしたら運命なのかもしれない。

 タケルの描いた世界とはなんだろう。

 もしかしたら、その世界に触れることで私の世界も秀兄の世界も変わるかもしれない。

 死にたがっている秀兄。そんな秀兄を望んでいる私と望んでいない私。どちらの私が描く世界になるかはわからないけど、きっとなにかが変わるのは間違いないはず。

 だから、私は秀兄と一緒に行動しようと思った。これをきっかけに、私たちの世界を変えてみたいと思う。

 宝箱を閉めて引き出しに戻す。次に取り出す時は、きっと世界が変わっていることを願いながら、私はそっと引き出しに鍵をかけた。