七月七日は、天気予報通りの快晴だった。夕方から開かれた学校のイベントである七夕祭に、僕は千夏を連れて参加した。
僕は京香が用意した甚平姿で、千夏は花火柄の浴衣を着ている。同級生たちがかわいい彼女だと冷やかしてくる度、千夏は僕の背中に隠れて裾を力強く握っていた。
七夕祭は、僕の学校では文化祭と並ぶ一大イベントだ。各教室が色んな店を出したりイベントを行っているおかげで、学校の生徒だけでなく地域の人も参加する行事にもなっていた。
僕も、本当は出店の手伝いをしないといけなかったけど、妹の面倒を見ることを免罪符に抜け出している。京香はというと、出店の管理を任されているみたいで、家を出る時から姿を見せていなかった。
木村は、七夕祭のステージにバンドとして参加していた。木村にしたらこれが最後の活動になるから、僕は木村の姿をしっかりと目に焼き付けておいた。
「千夏、なにか食べる? 綿あめがいいかな、それとも焼きそばがいいかな」
千夏と過ごすのも今日で最後だ。少しくらいは甘やかしてもいいかなと思い、色んな店に連れて回った。
けど、千夏はそんな僕を不思議そうに見上げるだけで、なにが欲しいとは言わなかった。
「秀兄ちゃん、どこにも行かないよね?」
突然、僕の手を握ってきた千夏が、消えそうなくらい小さな声で呟いた。僕が変に優しかったからか、いつもと違う雰囲気を千夏は感じ取っているみたいだった。
「ああ、大丈夫。ちゃんと千夏のそばにいるよ」
不自然さを誤魔化すように千夏の頭を撫でると、千夏はほっとしながら胸を撫で下ろしていた。
「京香が来るから、ここで待ってよう」
京香のクラスが出している店に千夏を座らせると、僕は千夏がおねだりしてきた焼きそばやお好み焼きを買ってきた。
「木村を呼んでくるから、ここで京香を待っていてね」
用意した食べ物を前に笑顔を見せる千夏にそう告げると、千夏の顔をしばらく眺めてから席を立った。
校舎の階段を上りながら、これまでの日々を思い出す。最悪なことをしてしまったけど、僕にはもったいない出会いがあったと素直に思えた。
屋上のドアを開けると、生ぬるい夏の風が汗ばんだ体を包んでくる。これから死ぬ気でいるのに、生きていることを考える自分が妙におかしかった。
「よう、奇遇だな」
屋上入り口の屋根に上ろうとしたところで、フェンスに寄りかかっていた人影に声をかけられた。姿を見なくても、声で木村だとわかった。
例年になく雲一つない快晴の空には、月明かりを受けずに輝きを放つ天の川がゆったりと夜空を彩っていた。そんな天の川を背にして、僕と同じく甚平姿に着替えた木村が姿を現した。
「もうバンドはいいの?」
木村がここにいる理由はすぐに想像できる。けど、それに触れずに当たり障りのない会話を選んだ。
「バンドはもう終わったよ。それよりも、最後のあがきに来たんだ」
木村は一度だけ笑うと、真顔になって真剣な眼差しを向けてきた。
「なあ秀一、俺たちが出会った日のことを覚えているか?」
木村に聞かれ、僕は黙って頷いた。仲良くなったきっかけは、小学五年生の時だ。修学学旅行の班を決める際、一人残っていた木村に声をかけたことだった。
別に可哀想といった気持ちはなかった。同じクラスだけど会話はなかったし、いじめられていることも知っていた。けど、なぜいじめられないといけないのかはわからなかった。だから、ごく普通に声をかけた。一緒の班にならないかと。
「秀一はさ、なんとも思わずに声をかけたって言っただろ?」
木村の問いに、無言で頷いて返した。別に守ってやるだとか、いじめは良くないとかいう気持ちはなかった。強いて言えば、単に友達になりたくて声をかけただけだった。
「秀一はなんとも思ってなかったかもしれないけどさ、俺は、俺はな――」
木村は声を詰まらせると、腕を震わせたままうつむいた。けど、すぐに顔を上げると、赤く染まり今にも零れそうな涙を溜めた瞳を僕に向けてきた。
「俺はな、すげー嬉しかったんだぞ」
木村は口調を荒げながら、でも、真っ直ぐに僕を見つめたまま叫ぶように言った。
「ずっと一人ぼっちだった俺に声をかけてくれたこと、マジで嬉しかった。その後も、秀一に迷惑かけたくなくて距離を取ろうとしたのにさ、秀一は変わらず声をかけてくれたよな?」
木村の言葉に、意識が昔に飛ぶ。確かに木村は素っ気ない奴だとは思った。けど、悪い奴じゃないとも思ったのは間違いなかった。
「秀一と出会って、秀一と一緒にいて初めて俺は知ったんだ。誰かといることが、誰かがそばにいるって思うことが、こんなに嬉しいもんだってな」
木村は言い終わると、「格好悪いよな」と笑いながら涙を拭い、恥ずかしそうに頭をかいた。
「俺な、自分が悔しくてたまらないんだ」
木村は涙を拭い終えると、肩を落として寂しげに呟いた。
「秀一は俺を助けてくれた。生きてる意味なんかなかった絶望の日々からさ、秀一は俺を救ってくれたんだ。なのによ、今の俺は秀一になにもしてやれなかった。秀一が辛くて自殺すると打ち明けたのに、俺は助けてやることもできずにこの日を迎えてしまったんだ」
握りこぶしを震わせながら、歯ぎしりが聞こえるほど木村が奥歯を噛みしめる。僕を止めるために、なりふりかまわず奔走しただけに、今日を迎えてしまったことを木村は悔しいのだろう。
「木村の気持ちは嬉しかったよ」
僕は木村の手を取り、そっと肩を叩いた。
「僕はね、蒼空と出会ってわかったんだ」
僕が優しく話しかけると、ようやく木村は顔を上げてくれた。
「蒼空はね、タケルの為に世界を変えようとして、見事にやりきった。つまり、それは自分がやるべきことを見つけたからだと思うんだよ」
「だからって、秀一も死ぬのはおかしいだろ」
「僕はね、ずっと後悔していた。嫌がる斗真と仲良くなる為に、あの日連れ出したことをずっと後悔してきた。でもね、後悔したところでなにかが変わるわけじゃないんだ。ずっと過去に縛られていても、なにも解決しないって気づいたんだ」
何度も夢にまで見るあの日の記憶。この一年間、一度たりとも思い出さなかった日はないし、後悔しなかった日もなかった。
「本当は、僕が後悔するのは間違いだと思うんだ。本当に大切なのは、残された京香と千夏の未来なんだよ。二人には斗真を失った悲しみに縛られ続けていくのではなく、立ち直ってちゃんとした未来を歩いて欲しいんだ」
その為には、僕という存在は間違いなく邪魔になるだろう。時間がいくら流れても、僕という存在を目にする度に、どこかで僕が生きていると思う度に、きっと京香や千夏は斗真のことに縛られ続けるだろう。
だから、大切な二人の為にも僕の存在は消えた方がよかった。蒼空は自分の命を代償に、大切な友達の世界を変えた。それと同じように、僕も自らの存在を代償にして、二人の未来を切り開いてやりたかった。
「蒼空がそうしたからといって、秀一も同じ道を辿ることはないだろ」
「わかってる。でもね、これがきっかけで少しずつでも立ち直ってくれるなら、僕はそうするべきだと思うんだ」
「なんでだよ? そこまでする理由が本当にあるのかよ」
「理由? 理由は簡単だよ」
荒ぶる木村を落ち着かせる為、努めて笑顔を作りながら木村の肩に両手を置いた。
「京香も千夏も、僕の大切な妹たちなんだ」
僕がそう答えると、木村は目を見開いた後に力なく笑ってくれた。どうやら僕の覚悟に揺るぎがないことをわかってくれたみたいだ。
「秀一の覚悟はわかったよ。でも、これだけは最後に言わせてくれ」
僕の肩に手を置いた木村が、一切の迷いを捨てたような真剣な眼差しを向けてきた。
「一度自殺しかけた俺だから言わせてもらうが、秀一、自殺はな、この世で最も愚かな犯罪なんだぞ」
僕の肩を握る手に力を込めながら、木村は流れる涙を拭うこともせずに声をふるわせた。
「お前は、自分がいなくなることで、亡くなった斗真の死の責任を果たすつもりなんだろ? けどな、そんなことで物事は解決なんかしないんだよ!」
一気に口調を荒くした木村が、僕の肩を激しく揺さぶりだした。
「お前は死んで楽になるかもしれないが、残された者はどうなる?」
「どうなるって――」
「お前は、自分が責任を果たせば残された者は救われると思ってるかもしれないが、それは大きな間違いなんだよ」
「間違い?」
「ああそうだ。なんで自殺がこの世で最も愚かな犯罪っていわれるか教えてやるよ。自殺ってのはな、なにも問題を解決しないまま、ただ残された者に一生後悔を与えるだけの行為だからだ。わかるか? お前がやろうとしていることは、京香ちゃんや千春ちゃんを助けることじゃない。一生後悔する傷を与えようとしているんだぞ!」
すがるように肩を揺さぶってくる木村の迫力に、僕はなにも言葉が返せなくなっていった。
かつて木村は、僕に会う前に一度自殺未遂を起こしている。そんな木村の説得には、有無を言わせない熱があった。おかげで、木村の言葉が僕の中で固まっていた決心にヒビを入れようとするのを感じた。
「秀一、頼むから生きてくれよ。例えその選択によってこの先お前が苦しむことになるというなら、俺も死ぬまで付き合ってやるからさ。お前、俺に言ったよな? 自殺するくらいなら僕と友達でいようって。だから、あの時の言葉を俺にも言わせてくれ。なあ秀一、ずっと友達でいてくれよ」
最後の説得とばかりに、木村が一気に僕の心に近づいてきた。
――木村……
全力で阻止しようとしてくる木村から、僅かに目をそらす。視線の先には、給水タンクが見えた。助走距離に余裕はないから、迷いがあるとフェンスを飛び越すことはできない。このままだと、必死におさえつけているもう一人の自分が顔を出して失敗しそうだった。
――駄目だ! 考えるな!
おさえつける力に抗うように、生きたいと願うもう一人の自分が胸の中で暴れ始めた。失ってしまったかつての楽しかった日々が脳裏に蘇り、息ができなくなって自分の胸を力まかせに掴んだ。
突然わきあがった迷いから逃げるように、木村に背を向ける。これ以上迷ったら成功しない気がして、足早に屋根に登るはしごに手を伸ばそうとした時だった。
「秀一さん、いる?」
突然、屋上のドアが開くのと同時に、千夏とお揃いの浴衣を着た京香が、息を切らしながら千夏の手を引いて現れた。
僕は京香が用意した甚平姿で、千夏は花火柄の浴衣を着ている。同級生たちがかわいい彼女だと冷やかしてくる度、千夏は僕の背中に隠れて裾を力強く握っていた。
七夕祭は、僕の学校では文化祭と並ぶ一大イベントだ。各教室が色んな店を出したりイベントを行っているおかげで、学校の生徒だけでなく地域の人も参加する行事にもなっていた。
僕も、本当は出店の手伝いをしないといけなかったけど、妹の面倒を見ることを免罪符に抜け出している。京香はというと、出店の管理を任されているみたいで、家を出る時から姿を見せていなかった。
木村は、七夕祭のステージにバンドとして参加していた。木村にしたらこれが最後の活動になるから、僕は木村の姿をしっかりと目に焼き付けておいた。
「千夏、なにか食べる? 綿あめがいいかな、それとも焼きそばがいいかな」
千夏と過ごすのも今日で最後だ。少しくらいは甘やかしてもいいかなと思い、色んな店に連れて回った。
けど、千夏はそんな僕を不思議そうに見上げるだけで、なにが欲しいとは言わなかった。
「秀兄ちゃん、どこにも行かないよね?」
突然、僕の手を握ってきた千夏が、消えそうなくらい小さな声で呟いた。僕が変に優しかったからか、いつもと違う雰囲気を千夏は感じ取っているみたいだった。
「ああ、大丈夫。ちゃんと千夏のそばにいるよ」
不自然さを誤魔化すように千夏の頭を撫でると、千夏はほっとしながら胸を撫で下ろしていた。
「京香が来るから、ここで待ってよう」
京香のクラスが出している店に千夏を座らせると、僕は千夏がおねだりしてきた焼きそばやお好み焼きを買ってきた。
「木村を呼んでくるから、ここで京香を待っていてね」
用意した食べ物を前に笑顔を見せる千夏にそう告げると、千夏の顔をしばらく眺めてから席を立った。
校舎の階段を上りながら、これまでの日々を思い出す。最悪なことをしてしまったけど、僕にはもったいない出会いがあったと素直に思えた。
屋上のドアを開けると、生ぬるい夏の風が汗ばんだ体を包んでくる。これから死ぬ気でいるのに、生きていることを考える自分が妙におかしかった。
「よう、奇遇だな」
屋上入り口の屋根に上ろうとしたところで、フェンスに寄りかかっていた人影に声をかけられた。姿を見なくても、声で木村だとわかった。
例年になく雲一つない快晴の空には、月明かりを受けずに輝きを放つ天の川がゆったりと夜空を彩っていた。そんな天の川を背にして、僕と同じく甚平姿に着替えた木村が姿を現した。
「もうバンドはいいの?」
木村がここにいる理由はすぐに想像できる。けど、それに触れずに当たり障りのない会話を選んだ。
「バンドはもう終わったよ。それよりも、最後のあがきに来たんだ」
木村は一度だけ笑うと、真顔になって真剣な眼差しを向けてきた。
「なあ秀一、俺たちが出会った日のことを覚えているか?」
木村に聞かれ、僕は黙って頷いた。仲良くなったきっかけは、小学五年生の時だ。修学学旅行の班を決める際、一人残っていた木村に声をかけたことだった。
別に可哀想といった気持ちはなかった。同じクラスだけど会話はなかったし、いじめられていることも知っていた。けど、なぜいじめられないといけないのかはわからなかった。だから、ごく普通に声をかけた。一緒の班にならないかと。
「秀一はさ、なんとも思わずに声をかけたって言っただろ?」
木村の問いに、無言で頷いて返した。別に守ってやるだとか、いじめは良くないとかいう気持ちはなかった。強いて言えば、単に友達になりたくて声をかけただけだった。
「秀一はなんとも思ってなかったかもしれないけどさ、俺は、俺はな――」
木村は声を詰まらせると、腕を震わせたままうつむいた。けど、すぐに顔を上げると、赤く染まり今にも零れそうな涙を溜めた瞳を僕に向けてきた。
「俺はな、すげー嬉しかったんだぞ」
木村は口調を荒げながら、でも、真っ直ぐに僕を見つめたまま叫ぶように言った。
「ずっと一人ぼっちだった俺に声をかけてくれたこと、マジで嬉しかった。その後も、秀一に迷惑かけたくなくて距離を取ろうとしたのにさ、秀一は変わらず声をかけてくれたよな?」
木村の言葉に、意識が昔に飛ぶ。確かに木村は素っ気ない奴だとは思った。けど、悪い奴じゃないとも思ったのは間違いなかった。
「秀一と出会って、秀一と一緒にいて初めて俺は知ったんだ。誰かといることが、誰かがそばにいるって思うことが、こんなに嬉しいもんだってな」
木村は言い終わると、「格好悪いよな」と笑いながら涙を拭い、恥ずかしそうに頭をかいた。
「俺な、自分が悔しくてたまらないんだ」
木村は涙を拭い終えると、肩を落として寂しげに呟いた。
「秀一は俺を助けてくれた。生きてる意味なんかなかった絶望の日々からさ、秀一は俺を救ってくれたんだ。なのによ、今の俺は秀一になにもしてやれなかった。秀一が辛くて自殺すると打ち明けたのに、俺は助けてやることもできずにこの日を迎えてしまったんだ」
握りこぶしを震わせながら、歯ぎしりが聞こえるほど木村が奥歯を噛みしめる。僕を止めるために、なりふりかまわず奔走しただけに、今日を迎えてしまったことを木村は悔しいのだろう。
「木村の気持ちは嬉しかったよ」
僕は木村の手を取り、そっと肩を叩いた。
「僕はね、蒼空と出会ってわかったんだ」
僕が優しく話しかけると、ようやく木村は顔を上げてくれた。
「蒼空はね、タケルの為に世界を変えようとして、見事にやりきった。つまり、それは自分がやるべきことを見つけたからだと思うんだよ」
「だからって、秀一も死ぬのはおかしいだろ」
「僕はね、ずっと後悔していた。嫌がる斗真と仲良くなる為に、あの日連れ出したことをずっと後悔してきた。でもね、後悔したところでなにかが変わるわけじゃないんだ。ずっと過去に縛られていても、なにも解決しないって気づいたんだ」
何度も夢にまで見るあの日の記憶。この一年間、一度たりとも思い出さなかった日はないし、後悔しなかった日もなかった。
「本当は、僕が後悔するのは間違いだと思うんだ。本当に大切なのは、残された京香と千夏の未来なんだよ。二人には斗真を失った悲しみに縛られ続けていくのではなく、立ち直ってちゃんとした未来を歩いて欲しいんだ」
その為には、僕という存在は間違いなく邪魔になるだろう。時間がいくら流れても、僕という存在を目にする度に、どこかで僕が生きていると思う度に、きっと京香や千夏は斗真のことに縛られ続けるだろう。
だから、大切な二人の為にも僕の存在は消えた方がよかった。蒼空は自分の命を代償に、大切な友達の世界を変えた。それと同じように、僕も自らの存在を代償にして、二人の未来を切り開いてやりたかった。
「蒼空がそうしたからといって、秀一も同じ道を辿ることはないだろ」
「わかってる。でもね、これがきっかけで少しずつでも立ち直ってくれるなら、僕はそうするべきだと思うんだ」
「なんでだよ? そこまでする理由が本当にあるのかよ」
「理由? 理由は簡単だよ」
荒ぶる木村を落ち着かせる為、努めて笑顔を作りながら木村の肩に両手を置いた。
「京香も千夏も、僕の大切な妹たちなんだ」
僕がそう答えると、木村は目を見開いた後に力なく笑ってくれた。どうやら僕の覚悟に揺るぎがないことをわかってくれたみたいだ。
「秀一の覚悟はわかったよ。でも、これだけは最後に言わせてくれ」
僕の肩に手を置いた木村が、一切の迷いを捨てたような真剣な眼差しを向けてきた。
「一度自殺しかけた俺だから言わせてもらうが、秀一、自殺はな、この世で最も愚かな犯罪なんだぞ」
僕の肩を握る手に力を込めながら、木村は流れる涙を拭うこともせずに声をふるわせた。
「お前は、自分がいなくなることで、亡くなった斗真の死の責任を果たすつもりなんだろ? けどな、そんなことで物事は解決なんかしないんだよ!」
一気に口調を荒くした木村が、僕の肩を激しく揺さぶりだした。
「お前は死んで楽になるかもしれないが、残された者はどうなる?」
「どうなるって――」
「お前は、自分が責任を果たせば残された者は救われると思ってるかもしれないが、それは大きな間違いなんだよ」
「間違い?」
「ああそうだ。なんで自殺がこの世で最も愚かな犯罪っていわれるか教えてやるよ。自殺ってのはな、なにも問題を解決しないまま、ただ残された者に一生後悔を与えるだけの行為だからだ。わかるか? お前がやろうとしていることは、京香ちゃんや千春ちゃんを助けることじゃない。一生後悔する傷を与えようとしているんだぞ!」
すがるように肩を揺さぶってくる木村の迫力に、僕はなにも言葉が返せなくなっていった。
かつて木村は、僕に会う前に一度自殺未遂を起こしている。そんな木村の説得には、有無を言わせない熱があった。おかげで、木村の言葉が僕の中で固まっていた決心にヒビを入れようとするのを感じた。
「秀一、頼むから生きてくれよ。例えその選択によってこの先お前が苦しむことになるというなら、俺も死ぬまで付き合ってやるからさ。お前、俺に言ったよな? 自殺するくらいなら僕と友達でいようって。だから、あの時の言葉を俺にも言わせてくれ。なあ秀一、ずっと友達でいてくれよ」
最後の説得とばかりに、木村が一気に僕の心に近づいてきた。
――木村……
全力で阻止しようとしてくる木村から、僅かに目をそらす。視線の先には、給水タンクが見えた。助走距離に余裕はないから、迷いがあるとフェンスを飛び越すことはできない。このままだと、必死におさえつけているもう一人の自分が顔を出して失敗しそうだった。
――駄目だ! 考えるな!
おさえつける力に抗うように、生きたいと願うもう一人の自分が胸の中で暴れ始めた。失ってしまったかつての楽しかった日々が脳裏に蘇り、息ができなくなって自分の胸を力まかせに掴んだ。
突然わきあがった迷いから逃げるように、木村に背を向ける。これ以上迷ったら成功しない気がして、足早に屋根に登るはしごに手を伸ばそうとした時だった。
「秀一さん、いる?」
突然、屋上のドアが開くのと同時に、千夏とお揃いの浴衣を着た京香が、息を切らしながら千夏の手を引いて現れた。