警察官銃撃事件は、容疑者の少年が遺体で発見されるという結末で幕を下ろした。これには、マスコミを通じて世間も大騒ぎになった。結局、犯人の少年が何者なのか最後までわからなかったみたいで、氏名住所不詳のまま蒼空君の遺体は処理されることになったと、木村先輩のお兄さんが教えてくれた。

 一時は事情聴取で拘束された秀兄も、今は解放されている。警察の聴取に最後までタケル君のことや蒼空君のことは明かさなかったみたいだ。もちろん、私も警察の事情聴取には知らないの一点張りで突き通した。

 木村先輩のお兄さんによれば、蒼空君になったタケル君は、村井蒼空として今後は施設で暮らすことになるだろうということだった。ただ、その中身については知ることはできないみたいだ。皮肉にも、大人たちが作った世界から阻害されてきたタケル君は、大人たちが作った個人情報保護という壁に守られることになった。

 自室の机にうつ伏せたまま、ぼんやりと考え事をしている間に日付が変わっていた。七月七日になった今日は、斗真の命日でもあり、秀兄が自殺すると決めた日でもあった。

 今日、秀兄は間違いなく自殺する。蒼空君が亡くなった時、多分、秀兄は悟ったんだと思う。自らの命を犠牲にすることで、切り開ける未来があるということに。

 秀兄は、私と同じように蒼空君を通じて斗真を見ていたと思う。自分をお兄ちゃんと呼び、頼ってくる蒼空君に斗真の姿を重ねていたはず。

 そして、秀兄は蒼空君を失った。それはある意味、斗真を再び失ったことになるのかもしれない。

 それは、私も同じだった。斗真によく似た蒼空君が現れて、かつて過ごした日々を再び過ごすことになった。そのおかげで、斗真を失った意味を嫌でも思い知らされた。

 でも、不思議なことに、あの時感じた憎しみはなかった。秀兄の自転車の後ろに乗り、斗真と同じ世界を見てわかった。斗真はきっと、大好きだった秀兄と一緒だったことで幸せだったんだろうなって。

 そして、私は蒼空君に教えられたことがある。人の幸せは、出会えて良かったと思えるような人に出会えるかどうかということだ。

 蒼空君は、恵まれない環境の中でレナちゃんと出会ったことで幸せを見つけた。例えその生涯が短ったたとしても、幸せを見つけた蒼空君の人生は無駄じゃなかったはず。

 だとしたら、斗真の生涯はどうだったのだろうか。それは、考えるまでもなかった。斗真は、秀兄と出会ったことできっと幸せだったはず。だからこそ、斗真はその想いを七夕の短冊に込めたんだろう。

 さらに私は、蒼空君の想いに触れてわかったことがある。蒼空君は、大切な友達のタケル君の為に、そして、一途に想い続けたレナちゃんの為に命をかけた。その純粋な想いに触れた時、きっと私の想いはそこまでないのだと思い知らされた。

 秀兄が好きな気持ちは、今も変わりはない。けど、兄妹になり、憎む相手になったことで、いつしか私は、悲劇のヒロインを演じていたのかもしれない。

 だから、どんな環境でも、どんなに不恰好な手段だったとしても、一途にレナちゃんを想い続けた蒼空君の気持ちが胸に突き刺さった。同時に、私の想いはそこまでなかったのかもしれないと、目が覚めたような感覚に包まれた。

 そう結論づけた時、ふっと肩が軽くなった気がした。結局私は、周りの環境に流されて意地を張っていただけの、弱くて狡い女というだけだった。

 机の鍵を開けて、斗真の宝箱を取り出した。次に開ける時はどんな自分になるかはわからなかったけど、こうして開けた今の自分を考えてみると、悪くはないのかなと思える自分がいた。

 宝箱を開け、斗真の短冊を手にしてみる。斗真の願いを叶える為には、今私が変わらないといけない。

 その為に、明日、私は自分の恋を終わらせようと思う。この気持ちにきちんと決着をつけ、斗真と秀兄に、もう一度向かい合ってみようと思う。

 それが、私の出した答えだった。

 初恋は実らない――。

 みんなが言い続けてきた言葉の通りになった。けど、秀兄を好きになったことは後悔していない。一瞬で心を奪われたあの笑顔に夢中になって恋をしたことは、きっと一生忘れないと思う。

 私は短冊を宝箱に戻すと、宝箱を胸に抱き、机にうつ伏せて声を殺して泣いた。

 悲しいのか辛いのか、よくわからなかった。

 ただ、今だけは秀兄を思い出に変える為に、泣く事を抑えるのは止めようと思った。