連日降り続いた雨は、月末の今日も相変わらず降り続いていた。それでも、天気予報によれば、今日を最後に明日からは嘘のように晴れるらしい。
そんな予報を聞いた時、なんだか僕らの門出を祝ってくれているみたいで、ちょっとだけ気持ちが嬉しくなった。
家に放火した後、僕らは秘密基地に身を隠していた。放火事件はちょっとした騒ぎとなっていたみたいで、食料を調達しに行った先で色んな噂を耳にした。
と言っても、噂のほとんどがお母さんの彼氏の仕業というものばかりで、僕という存在が話題に上がることはなかった。
そんな嬉しいような寂しいような気持ちの中、僕とタケルは作戦実行の準備を進めていた。一番気にかけていたレナの心当たりについては、ようやくレナが作戦に参加してくれることになったおかげで、教えてもらうことができた。
レナの遺体を探してくれることになる人は、「秀一さん」と呼ばれている高校生で、借金取りみたいに怖い人じゃないから、頼みも聞いてくれる可能性が高いらしい。
事件後、秀一さんと呼ばれる人が、レナの遺体を見つけるまで匿ってくれるだろうか。親がいない家らしく、ちょっと怖い女の人がいるみたいだけど、多分力になってくれるはずとレナが言いきっていたから、レナを信じるしかなかった。
作戦実行日は月末に決めていた。日曜日だから、桜木公園も夜には人気がほとんどなくなるからだ。この公園を、毎日夜の十時過ぎに警察官がパトロールに来る。その警察官が僕らのターゲットだ。パトカーは一台だけだし、警察官も二人しかいない。公園の周囲は住宅街が密集しているから、逃げるにはちょうどよかった。
時刻は間もなく午後十時。桜木公園は、予想した通り人の気配はなかった。
「タケル、これ」
僕は、家から持ってきた物をタケルに差し出した。
「本当にやるんだな?」
タケルが受け取りながら、僕の意思を確認してくる。大丈夫だと示すように、僕は大きく頷いた。
「悪いけど、先に行ってくれる?」
レナの気配を感じた僕は、怪訝そうな顔をしたタケルを公衆トイレから追い出した。
「いよいよだね」
姿を表したレナは、鏡の前に立っていた僕の隣に並んだ。
「あれだけ覚悟したのに、緊張して手の震えが止まらないんだ」
僕は苦笑いを浮かべながら、震えが止まらない両手をレナに見せた。
「ねえ蒼空、私たちが最初に出会った時のこと覚えてる?」
震える僕の手に、レナが手を重ねながら聞いてきた。もちろん、出会った日のことは覚えている。十歳の時だった。近くのスーパーで一升瓶を抱えて出て行く僕の前に、同じく一升瓶を抱えたレナが現れた。
同じ境遇を生きていると直感で思った。屈託のない笑顔に、小さな胸が高鳴ったことは今でも覚えている。
その日から、僕は夢中でレナを追いかけた。なにをするにもいつも一緒だった。ときめきが恋心に変わった時には、こんな弱い僕でもレナを守りたいと本気で思った。
結果的には、レナを守れなかった。その悔しさと情けなさが、今の僕を突き動かしている。大切なレナを守れなかったから、せめて仇だけはとりたかった。
「蒼空」
そっと手を離したレナが、僕の前に立った。いつ見ても息が止まりそうになる笑顔がそこにあった。
「私もね、本当は蒼空のことが大好きだったんだよ」
不意に告げられた言葉。その意味を理解しようとした時、レナがゆっくりと僕に顔を近づけてきた。
もちろん、感触はなかった。ただ、唇が触れていることだけは、はっきりとわかった。
「村井蒼空。私が好きなら、ちゃんと男を見せるんだぞ」
顔を離したレナが、笑いながら勇気づけてくれた。でも、その顔はなぜか泣いているようにも見えた。
「わかってる。きっとうまくいくよ」
気づくといつの間にか手の震えが止まっていた。僕は力強く頷いてレナの瞳に応えた。
トイレから出ると、雨は上がっていた。僅かに灯る外灯に照らされながら、僕はタケルと合流した。
「蒼空、いよいよだな。体は大丈夫か?」
「体なら問題ないよ。今なら、秘密基地まで休まず走り続けられると思うよ」
笑いながらツッコミを入れると、タケルは頭をかきながら笑い返してきた。
そんなやりとりの中、目的のパトカーが視界に入ってきた。僕は用意していたタバコに火をつける。苦いだけで、すぐに咳込んだ。タケルはそんな僕を見て笑っていたけど、一口吸って同じようにむせた。
不思議な気分だった。あれだけ怖かったのが、今はなぜか楽しささえ感じていた。パトカーが目の前にとまり、警察官が姿を見せた時には、緊張よりも興奮が勝っていた。
――レナ、僕は必ず君の所に行くよ
心の中で呟きながら、何度も大きく深呼吸を繰り返した。
一発の銃弾が世界を変える――。
だとしたら、この一発は僕とタケルの世界を変える為のきっかけになってくれるはず。
いいことなんてなにもなかった僕の世界。
でも、レナに出会って全てが変わった。
いつも一緒にいたかった。守ってやりたいと本気で思った。
けど、守ってやれなかった。だから、今度こそ新しい世界で、僕はレナを守ってやるつもりだ
右肩を押さえながら、タケルが叫んでいた。その声に、ようやく僕は我に返った。
「蒼空、頼んだよ」
作戦の第一歩はとりあえず成功だった。後は予定通りに進んでくれれば、全て解決するはず。
そう信じて、僕はタケルと一緒に作成を実行することにした。
そんな予報を聞いた時、なんだか僕らの門出を祝ってくれているみたいで、ちょっとだけ気持ちが嬉しくなった。
家に放火した後、僕らは秘密基地に身を隠していた。放火事件はちょっとした騒ぎとなっていたみたいで、食料を調達しに行った先で色んな噂を耳にした。
と言っても、噂のほとんどがお母さんの彼氏の仕業というものばかりで、僕という存在が話題に上がることはなかった。
そんな嬉しいような寂しいような気持ちの中、僕とタケルは作戦実行の準備を進めていた。一番気にかけていたレナの心当たりについては、ようやくレナが作戦に参加してくれることになったおかげで、教えてもらうことができた。
レナの遺体を探してくれることになる人は、「秀一さん」と呼ばれている高校生で、借金取りみたいに怖い人じゃないから、頼みも聞いてくれる可能性が高いらしい。
事件後、秀一さんと呼ばれる人が、レナの遺体を見つけるまで匿ってくれるだろうか。親がいない家らしく、ちょっと怖い女の人がいるみたいだけど、多分力になってくれるはずとレナが言いきっていたから、レナを信じるしかなかった。
作戦実行日は月末に決めていた。日曜日だから、桜木公園も夜には人気がほとんどなくなるからだ。この公園を、毎日夜の十時過ぎに警察官がパトロールに来る。その警察官が僕らのターゲットだ。パトカーは一台だけだし、警察官も二人しかいない。公園の周囲は住宅街が密集しているから、逃げるにはちょうどよかった。
時刻は間もなく午後十時。桜木公園は、予想した通り人の気配はなかった。
「タケル、これ」
僕は、家から持ってきた物をタケルに差し出した。
「本当にやるんだな?」
タケルが受け取りながら、僕の意思を確認してくる。大丈夫だと示すように、僕は大きく頷いた。
「悪いけど、先に行ってくれる?」
レナの気配を感じた僕は、怪訝そうな顔をしたタケルを公衆トイレから追い出した。
「いよいよだね」
姿を表したレナは、鏡の前に立っていた僕の隣に並んだ。
「あれだけ覚悟したのに、緊張して手の震えが止まらないんだ」
僕は苦笑いを浮かべながら、震えが止まらない両手をレナに見せた。
「ねえ蒼空、私たちが最初に出会った時のこと覚えてる?」
震える僕の手に、レナが手を重ねながら聞いてきた。もちろん、出会った日のことは覚えている。十歳の時だった。近くのスーパーで一升瓶を抱えて出て行く僕の前に、同じく一升瓶を抱えたレナが現れた。
同じ境遇を生きていると直感で思った。屈託のない笑顔に、小さな胸が高鳴ったことは今でも覚えている。
その日から、僕は夢中でレナを追いかけた。なにをするにもいつも一緒だった。ときめきが恋心に変わった時には、こんな弱い僕でもレナを守りたいと本気で思った。
結果的には、レナを守れなかった。その悔しさと情けなさが、今の僕を突き動かしている。大切なレナを守れなかったから、せめて仇だけはとりたかった。
「蒼空」
そっと手を離したレナが、僕の前に立った。いつ見ても息が止まりそうになる笑顔がそこにあった。
「私もね、本当は蒼空のことが大好きだったんだよ」
不意に告げられた言葉。その意味を理解しようとした時、レナがゆっくりと僕に顔を近づけてきた。
もちろん、感触はなかった。ただ、唇が触れていることだけは、はっきりとわかった。
「村井蒼空。私が好きなら、ちゃんと男を見せるんだぞ」
顔を離したレナが、笑いながら勇気づけてくれた。でも、その顔はなぜか泣いているようにも見えた。
「わかってる。きっとうまくいくよ」
気づくといつの間にか手の震えが止まっていた。僕は力強く頷いてレナの瞳に応えた。
トイレから出ると、雨は上がっていた。僅かに灯る外灯に照らされながら、僕はタケルと合流した。
「蒼空、いよいよだな。体は大丈夫か?」
「体なら問題ないよ。今なら、秘密基地まで休まず走り続けられると思うよ」
笑いながらツッコミを入れると、タケルは頭をかきながら笑い返してきた。
そんなやりとりの中、目的のパトカーが視界に入ってきた。僕は用意していたタバコに火をつける。苦いだけで、すぐに咳込んだ。タケルはそんな僕を見て笑っていたけど、一口吸って同じようにむせた。
不思議な気分だった。あれだけ怖かったのが、今はなぜか楽しささえ感じていた。パトカーが目の前にとまり、警察官が姿を見せた時には、緊張よりも興奮が勝っていた。
――レナ、僕は必ず君の所に行くよ
心の中で呟きながら、何度も大きく深呼吸を繰り返した。
一発の銃弾が世界を変える――。
だとしたら、この一発は僕とタケルの世界を変える為のきっかけになってくれるはず。
いいことなんてなにもなかった僕の世界。
でも、レナに出会って全てが変わった。
いつも一緒にいたかった。守ってやりたいと本気で思った。
けど、守ってやれなかった。だから、今度こそ新しい世界で、僕はレナを守ってやるつもりだ
右肩を押さえながら、タケルが叫んでいた。その声に、ようやく僕は我に返った。
「蒼空、頼んだよ」
作戦の第一歩はとりあえず成功だった。後は予定通りに進んでくれれば、全て解決するはず。
そう信じて、僕はタケルと一緒に作成を実行することにした。