レナの遺体を見つけた僕らは、色々と思案した結果、木村の兄に相談することにした。

 僕らが直接警察に通報してもよかったけど、事件性が高いことと、万が一警察が家に来たら、タケルのことで面倒になると考えた結果だった。

 木村の兄は、全てを話すことを条件に僕らの頼みを引き受けてくれた。記者をやっていることが幸いし、木村の兄は独自で調査した結果の末に遺体を発見したというストーリーで、警察に通報してくれた。

 無言のまま帰宅した僕らを待っていたのは、血相を変えた千夏だった。昼過ぎに帰ってきた時にはタケルの姿がなく、どうやら書き置きを残して家を出ていったという。

 なんとなくそうなるような気がしていた僕は、書き置きの手紙を受け取って中身を確認した。当たり障りのないお礼の言葉が綴られた手紙は、どう考えても僕らがレナの遺体を発見したことをわかった上で、手紙を書いたとしか思えなかった。

 夜になると、レナの遺体とキャロルのメンバーの遺体が発見されたというニュースが速報で流れた。誰もが注目する警察官銃撃事件の犯人へと繋がる手がかりが、最悪な形で発見されたことにテレビのニュースだけでなく桜木町も再び大騒ぎになっていた。

「秀一さん、ちょっといい?」

 夕食の準備を終えた京香が、リビングに戻ってきた。どことなく寂しそうな千夏とぼんやりテレビを観ていた僕は、京香に促されて隣の部屋に移った。

「タケル君のことだけど、タケル君はレナちゃんが亡くなってたことを知ってたんだよね?」

 京香は目を合わせることなく、テーブルの上で組んだ手を見つめながら呟いた。

「あの学ランが村井蒼空の物だとしたら、タケルは知ってたと思う。それに、このタイミングで姿を消したことからも、間違いないと思う」

 タケルには、レナが亡くなっていることは伝えていない。今日の捜索も、京香はレナの知り合いを訪ねて回るとしか言わなかった。なのにタケルは反論することなく黙っていた。つまりタケルは、最初から僕らがレナの遺体を探すことを知っていたのだろう。

 そうなると、どうやって知り得たのかが問題になる。タケルの目的は、僕らにレナの遺体を見つけてもらうことにあったはず。とすれば、僕らがレナの遺体を見つけたことをどうやって知ったのかも問題だった。

 けど、それはあっさりと予想はついた。僕らの情報を伝えることができるのは、タケルと共にいなくなったレナだ。タケルがレナの姿を見ることができるとしたら、レナが伝言役をしていたと考えられるだろう。

 そこまで考えて、僕はある事に気がついた。タケルは、警察から逃げる過程でこの家にたどり着いた。それは果たして偶然なのだろうか。もしかしたら、最初から狙ってきたのではないだろうか。

 理由は、僕が幽霊を見ることができることにある気がした。レナの姿を見ることができる僕を使って、レナの遺体を探させようとしたのではないか。事実、レナの導きでレナの遺体までたどり着いた。そして、申し合わせたようにタケルとレナは姿を消した。このことからも、タケルとレナが僕を利用したのは間違いないはず。

 だとすれば、なぜ僕を利用したのだろうか。レナの遺体を見つけていながら、なぜタケルと村井蒼空は、警察に連絡しなかったのだろうか。

「秀一さん?」

 ぐるぐる回る思考に意識が絡め取られていて、京香がなにかを話していたことに気づかなかった。

 そのことを謝ると、京香は無表情のまま小さく首を振った。

「なんでもない。ただ、タケル君とレナちゃんがちょっと心配なだけ」

 そう京香が答えたところで呼び鈴が鳴った。木村と兄が来たみたいだ。木村の兄と話をする為に、二人を夕食に誘っていた。京香は無言で立ち上がると、二人を出迎えに行った。

 その背中を見つめながら、京香の不安に胸がざわつくのを感じた。わざわざ僕に話しかけたぐらいだから、タケルとレナを相当心配しているとしか思えなかった。

 ざわつく胸に、漠然とした不安が広がっていく。なにか重大なことを見落としているように思えてならなかった。根本的な、すぐ目の前にあるのに気づかないような、そんな目に見えないけど具体的ななにかを、僕は見落としているような気がしてならなかった。

「お邪魔するぞ」

 一つ長いため息をついたところで、短髪によく日焼けした顔の木村の兄が声をかけてきた。開襟シャツに黒のスラックス姿からして、警察署から直行してきたみたいだ。

「やっぱり京香ちゃんの料理は最高だね」

 席につくなり、木村の兄が唐揚げを口に放り込んで親指を立てた。

「さて、早速だけど話を聞かせてもらおうかな」

 全員が席についたところで、木村の兄が僅かに表情を引き締めて切り出してきた。その言葉に応じるように、僕はこれまでの経緯を包み隠さず話した。

「なるほどね。ミスターXというのは、タケル君という男の子だったわけか」

 かきこむようにご飯を口にした後、木村の兄が手帳にペンを走らせた。

「そのタケル君は、家族や生い立ちのことをなにか言ってた?」

「いえ、特には何も。各地を転々としながらこの町に流れ着いたことと、家族は母親しかいないことぐらいしかわかりません」

 僕が答えると、木村の兄はメモを取るペンを止めた。

「記者の間で言われているんだが、ひょっとしたらタケル君は、母親と一緒ではなく一人でこの町に来たのかもしれないな」

「一人で、ですか?」

「そうだ。このクラスの事件になれば、色んなタレコミがあったりして意外と情報が集まるんだよ。しかし、今回はそれが全くない。特に母親に関しては、なに一つ判明していない。こんなことは普通じゃありえないんだ」

 木村の兄いわく、普通は事件の大きさに比例して噂話やタレコミは増えるらしい。それがないということは、そもそも母親が存在していない可能性があるという。また、タケルが無戸籍という点を考えたら、タケルに関しても、ほとんど情報は期待できないと考えているみたいだった。

「警察署で聞いてきた話によると、レナちゃんの遺体遺棄現場付近に争ったような跡が見つかったらしい。おまけにキャロルの遺体からは拳銃の弾も見つかってる。これから線条痕の鑑定をするらしいが、おそらく警察官銃撃事件で使用された拳銃が使われたとみて間違いないだろう」

 レナの遺体近くにあったもう一つの男の遺体。警察は争った跡からも判断して、男の死因にタケルたちが絡んでいると睨んでいるみたいだ。

 最後の唐揚げに箸を伸ばしながら、木村の兄が捜査状況を教えてくれた。といっても、警察もまだ動き出したばかりだから、詳しくはこれから判明していくことになるだろうとのことだった。

 木村の兄が言った線条痕というのもその一つだ。線条痕とは弾に残った傷のことで、傷を調べることによって、どの拳銃から発射されたのかを特定できるという。

「キャロルのメンバーの遺体から見つかった弾と、警察官銃撃事件で見つかった弾の線条痕が一致すれば、タケル君は警察官銃撃事件の犯人だけでなく、キャロルのメンバー殺害の容疑者にもなる。いくら正体不明とはいえ、逃げ続けるのは無理だろうな」

 木村の兄の言葉に、京香が微かに肩を震わせた。無表情の顔にも暗い影が射しているから、その胸中は穏やかでないことはすぐにわかった。

 その後は自然と話題が途切れた。食事を終えた木村の兄が、メモをまとめながらいくつか質問してくるだけだった。

「木村さん、なぜタケルはこんな回りくどいことをしたんでしょうか?」

 メモが一段落したのを見計らって、僕は抱えていた疑問を木村の兄にぶつけてみた。

 今回の警察官銃撃事件の背景には、いなくなったレナを探すために、警察とマスコミを利用しようとしたのではという疑惑があった。

 けど、タケルも村井蒼空も既にレナが亡くなっていることは知っていたし、どこに遺体があるのかも知っていた。にも関わらず、嘘をついて僕らに探すように頼んできた。そのことが、僕には不自然に思えてならなかった。

「そうなると、なぜ秀一君に頼んだのかが謎になる。事件を起こしてマスコミの注目を集めようとしたことに、なにか意味があるかもしれないな。レナという女の子が殺害されたことに対する復讐であれば、匿名でもいいから警察に通報すればいい。なのに、リスクを背負ってまで他人に頼んだ理由はなんだろうな」

「最初は、タケルも村井蒼空も自分たちが何者かを誰も知らないことを利用して、警察にレナを探させようとしたのではないかって考えてました。けど、レナにそれだけではないって言われました。ということは、事件を起こした理由が他にあったということになります。ひょっとしたら、その理由のせいで通報できなかった可能性があるのかもしれません」

 脳裏に秘密基地で交わしたレナの言葉が浮かんだ。タケルと村井蒼空の狙いは、レナの居場所を探すことではなく、レナの遺体を警察に見つけてもらうことにあったと考えていいだろう。

 そして、警察が本気になりマスコミが騒ぎ始めたのを見て、タケルはなに食わぬ顔で僕に近づいてきた。理由は、自分では通報できないから、代わりにレナの遺体を見つけて警察に知らせるのが目的だったはず。

 レナに酷いことをしたキャロルに対する復讐を考えていたとしたら、他人に頼るよりも自分で通報した方が確実だろう。それをあえて他人に頼んだ理由とは一体――。

「腑に落ちない顔をしているね?」

 いつの間にか意識の底に沈んでいた僕は、木村の兄に声をかけられ、顔を上げると同時に現実へと戻ってきた。

「もう一つ、気になることがあるんです」

 タケルと村井蒼空の狙いは大方予想はついた。警察とマスコミを巻き込み、レナの遺体を発見させてキャロルに復讐する。言い替えれば、レナの仇をとるのが今回の事件の目的だろう。いくつか謎は残ったけど、大筋では間違いないはずだ。

 そうなると、どうしても気になることがあった。些細なことかもしれないけど、見過ごすわけにはいかないような気がしてならなかった。

「タケルは、一発の銃弾が世界を変えると言ってました。その意味を、最初はレナを探す為に世間を巻き込むことだと思っていました。けど、今はその前提条件が崩れています。それに、タケルが言っていた世界とは、タケルと村井蒼空のことを指しているような気がするんです」

「つまり、タケル君が変えようとした世界というのは、タケル君だけではなく、村井蒼空の世界も変えようとしたと言いたいんだね?」

 木村の兄の言葉に、僕は深く頷いた。タケルや村井蒼空の内面はわからないけど、傍目からしたら二人の世界が変わっているようには見えない。

 でも、タケルは世界を変える為に警察官を銃撃したと言い切っている。つまり、傍目には変化していないように見えても、二人の世界は変わっているということではないだろうか。

「僕は、なにか見落としているような気がするんです。二人が変えようとした世界は、本当はもっと特別な意味があるような気がするんです」

 漠然とした気持ちだけど、僕は木村の兄にぶつけてみた。考え過ぎだと笑われるかと思ったけど、木村の兄は笑うことなく真っ直ぐに見つめ返してきた。

「本格的な捜査は始まったばかりだからね。これから詳しいことはわかってくるだろう。ただ――」

 木村の兄はそこで話を切ると、この話は口外厳禁と釘を刺してきた。

「村井蒼空の家が放火された事件なんだけど、警察は村井蒼空が犯人だと断定している。しかも、母親は焼死じゃない。放火された時には既に亡くなっていた。おそらく病死だろうと警察は判断していて、村井蒼空は母親の遺体をどうにかしようとして火をつけたのだろうと考えているようだ。この件についても、村井蒼空は黙秘しているから詳しくはわかっていないんだけどね」

 木村の兄が小さくため息をつきながら話を終わらせた。本当は話せない内容だったのを、あえて教えてくれた感じがして、僕は頭を下げて感謝を伝えた。

 と同時に、再び僕の中でなにかが見えようとしているのを感じ、僕は意識の底に沈んでいった。