「レナ!」

 突如現れた人影は、まさかのレナだった。金髪のツインテールを揺らしながら、レナは呆れたような顔つきで近づいてきた。

「良かった、生きてたんだね」

「死んでるっつーの」

 レナに会えて喜んでいる僕に、レナが厳しいツッコミを入れてくる。レナの言う通り、レナの手はあっさりと僕の体をすり抜けていった。

「でも、会えて嬉しいよ」

 改めて見つめたレナの姿に、嫌でも鼓動は高鳴っていった。なんだか随分と会ってなかったような気がして、つい泣きそうになるのを懸命に堪えた。

「全く、幽霊に会ってマジで喜ぶのはあんたぐらいなものよ」

 レナがため息をつきながら、僕に哀れみの視線を向けてきた。

「それより、これからどうするの? もちろん、タケルと一緒に逃げるんでしょ?」

「もちろん、レナの仇をとるよ」

 格好つけようとして勇ましく答えたのに、返ってきた言葉は「馬鹿」の一言だった。

「あんたね、キャロルのメンバーを相手にして勝てると思ってるの?」

「勝てるかどうかはわからないけど、でも、このままなにもしないのは嫌なんだ」

「馬鹿みたい。てか、あんた、本当に馬鹿よね」

 レナが鬼のような形相で睨みながら、僕を怒鳴り散らしてきた。

「馬鹿かもしれないけど、でも、レナの為だから」

「そういうの、マジでウザいんだけど。てかさ、あんた、いい加減私のこと諦めたら?」

「どうして?」

「だいたい、私はもう死んじゃってるし。そんな私なんか諦めて、他の子を探したら?」

「無理だよ」

 矢継ぎ早に攻めてくるレナの言葉を遮るように、僕はレナを見つめながらゆっくりと呟いた。

「なんで? 何度も言うけど、私もう死んでるんだよ?」

「そうかもしれないけどさ。でも、こうしてレナの姿が見えるなら、やっぱり諦めきれないよ」

 弱々しく頭をかきながら恥ずかしさを誤魔化すと、レナは怒った顔をいくらか緩めてくれた。

「僕も、よくわからないんだ。でも、レナの姿を見たら嬉しいし、胸が苦しくなるんだ。レナに好きだって伝えた時から、ずっと気持ちは変わらない、いや、多分、もっと大きくなってると思う。だから、こうしてレナの姿が見えるから、レナと話ができるから、諦めろって言われても自分でもこの気持ちは止められないよ」

 恥ずかしさを堪えながら、僕は正直に自分の気持ちを伝えた。出会った時からずっと一緒に過ごしてきたけど、レナを女の子と意識した時に感じた胸の高鳴りは、今も消えることなく続いていた。

「あんたの気持ちはわかったけど、でも、やっぱりこんな私なんかより、他の子にしたほうがいいって」

「なにを言われても、僕はレナが好きなんだ」

 何度も伝えてきた気持ち。その度にはぐらかされ、拒絶されてきた。でも、それでも、相変わらず笑ってくれるレナだから、僕は好きでいるんだと思う。

「まったく、思い込んだら頑固なんだから。幽霊になったっていうのに相変わらず告白するのって、あんただけだよ」

 レナは文句を言いながらも、最後は笑ってくれた。

「それより、本当にこれからどうするか考えないといけないね」

 レナがちらりと僕のお母さんを見る。お母さんが亡くなった以上、僕もタケルと同じく一人ぼっちになってしまった。

「私の仇をどうしてもとりたいなら、やっぱり警察に頼んだがいいかな。でも、警察が本当に捜査してくれるかはわからないけどね」

「どういうこと?」

「だって、私ってこの世にいないことになってるから、いうなれば、身元不明の遺体ってことになるよね。そんな面倒くさいことに、警察が本気になるとは思えないけど」

 レナの言う通り、警察は頼んだところで動いてくれない可能性が高い。僕が一生懸命頼んだのに、レナのお母さんの話ばかり聞いていたのを見る限り、今回も適当にあしらわれて終わりになりそうだった。

「家出少女、しかも身元不明。これじゃあ面倒くさくてなにもしない可能性は否定できないでしょ?」

「てことは、やっぱり、警察に頼んでも意味ないってことなの?」

 僕の質問に、レナがあっさりと頷いた。仕方ないけど、警察に頼んだところで仇をとるのは難しそうだった。

「でも、だからといってあんた一人で行くのはもっと意味がないんだからね」

 だったら僕一人でも行くと言おうとしたところで、レナに先手を打たれた。どうあっても、レナは僕一人での仇討ちを許してくれそうになかった。

「でも、なにか方法はあるはずだよ」

「方法って、どんな方法よ」

「今はわからないけど、でも、きっとなにか方法があるはずだよ」

 懲りずに粘る僕に、レナがお手上げとばかりに肩をすくめた。

「まあ警察を動かすだけなら、方法はないことはないんだけどね」

 レナが僕の隣に座りながら意味深に呟いた。レナにつられて床に腰を下ろした僕は、レナの顔を覗き込んで真意を確かめてみた。

「警察はさ、自分たちがやられると意地になるから、思いきって事件に巻き込んでやれば嫌でも動くと思うよ。それか、マスコミを利用するってのもあるかな」

「マスコミって、テレビのこと?」

「テレビだけじゃない。新聞、雑誌、ネットなんかもいいかな。そうしたマスコミを騒がすようなことができれば、警察も動かないわけにはいかなくなるんだけどね」

 レナの説明に相づちをうちながら、頭の中で連想してみる。警察を巻き込んだ大事件を起こせば、マスコミも騒いでくれるだろうし、そうなったら、警察も嫌でも動かないわけにはいかなくなる。

 そう考えて、あるアイデアが閃いた。昔もらった本に書いてあった話だけど、警察を事件に巻き込みつつ、マスコミを騒がすには十分な方法に思えた。

「この拳銃を使って警察官を撃ったら、マスコミも大騒ぎするんじゃないかな?」

 警察は自分たちが被害者になると本気になると本に書いてあったし、しかも、日本では発砲事件は大々的なニュースになるとも書いてあった。その二つを組み合わせただけの思いつきのアイデアだったけど、なんだかいけそうな気がした。

「確かにマスコミは騒ぐかもしれないけど、警察はあんたを逮捕して終わると思うんだけど」

 してやったりな気分に水を差すように、レナは冷たい口調でバッサリと切り捨ててきた。

「そっか、結構いいアイデアだと思ったんだけどね」

「ま、簡単にいかないし、やっぱ諦めたほうが賢明だと思うんだけどね」

 話は終わりとばかりに、レナはそれ以上語ることはなかった。僕はまだ諦めきれなくて、色々と考えてみたけど、やっぱりいいアイデアがそう簡単には浮かばなかった。

 無言の空気と、レナが隣にいる安心感のせいか、ふと睡魔が忍び寄ってきた。

「蒼空、あんた体調悪いの?」

「え? なんで?」

 急に顔を覗きこんできたレナの表情に、僅かな影が帯びていた。

「顔色悪いし、なんだか息苦しそうだから」

「僕は大丈夫だよ。きっと色々あって疲れたんだと思うんだ」

 無理矢理笑顔を作りながら、僕は適当に誤魔化した。その間も、刺すような痛みが続いていたけど、レナがそばにいてくれるから耐えられない痛みではなかった。

「そっか。なら少し眠りなよ。見ててあげるから」

 不意に出たあくびを噛み殺していると、レナが笑いながら声をかけてきた。色々あったせいで頭が麻痺していたけど、体は正直みたいで、僕はレナの言葉に甘えるように静かに目を閉じることにした。