懐中電灯に照らされた僕は、咄嗟にバックから拳銃を取り出して身構えた。逆光に遮られて顔はよく見えなかったけど、ぼさぼさの金髪と痩せた体が見えた瞬間、僕は一気に力が抜けた。

「タケル!」

 懐中電灯を持つ者の正体がわかり、その名を叫びながら走り寄った。

「蒼空? やっぱり蒼空か」

 懐中電灯を下ろしたタケルが、僕を見て嬉しそうな声をあげた。

「タケル、生きてたんだね。良かったよ」

 タケルの左肩を触りながら怪我の具合を聞いてみる。弾は貫通しているみたいで、出血は止まっていた。ただ、怪我の具合としてはあまり良くないらしい。

「ていうか、置いていったくせに勝手に殺すなよ」

 タケルがむくれながら僕の頭を軽く叩いてきた。そんなやりとりがなんだか嬉しくて、僕は笑いながら頭をかいた。

「それより、蒼空はここでなにをしていたんだ?」

「レナを探してたんだよ。この前はよくわからないで来たよね? だから、今度はちゃんと場所を調べて来たんだ」

 僕がこれまでの経緯を説明すると、タケルは僕が一人で来たことに呆れたようにため息をついた。

 僕らが最初にエリアOO1に来たのは、三日前になる。レナがキャロルのメンバーと一緒だったと聞き、キャロルの情報を集めながらもよくわからないままここにタケルと一緒にたどり着いた。

 そして、僕らはキャロルのメンバーに襲われた。理由はわからなかったけど、この森に入ったことに対して激怒していた。今にして思うと、たまり場はさらに山奥のダムにあるはずなのに、なぜ怒っていたのか不思議だった。

 相手は二人で、最悪なことに拳銃を持っていた。まともに戦ったら勝てる相手ではなかったけど、降りしきる雨が味方してくれた。

 雨音に紛れてメンバーの一人を襲い、拳銃を強奪した。その後は、揉み合いになったところで僕が発砲したから、蜂の巣をつついた騒ぎになった。キャロルのメンバーが逆上して撃ち返してきたから、タケルが負傷する騒ぎとなり、僕は脱兎のごとく逃げることになった。

「あの後、結局どうなったの?」

「あの後、メンバーの一人は逃げていった。俺が倒れたのを見て、多分死んだって思ったんだろ。だから俺は助かったんだ」

 タケルはその後、自力で山を下りて近くの民家に隠れて傷の治療をしていたという。

「それより、蒼空、大変なことになってる」

 それまで笑っていたタケルが、急に真面目な顔をして僕を見つめてきた。

「なに?」

「蒼空が撃った相手、死んでた」

 あっさりとタケルが言ったせいで、上手く言葉を理解できなかった。でも、遅れて言葉の意味が頭の中で回り始めた瞬間、僕はなにかに縛られたみたいに動けなくなった。

「死んだって?」

「多分、心臓に当たったんだと思う」

 そう呟いたタケルが、急に足元を照らした。そこには、タンクトップ姿の男がうつ伏せに倒れていた。

 情けない悲鳴をあげて、僕はその場に崩れ落ちた。思考が上手く働かない頭でも、大変なことになったということだけはわかった。

 民家に隠れていたタケルは、動けるようになるとすぐに、僕が撃った相手のことを確認した。タケルが確認した時は、倒れた時のまま血を流して死んでいたという。どうやら逃げたメンバーも、このメンバーのことはずっと放置していたらしい。タケルを殺したと勘違いしているせいで、ここには近寄らないようにしていたのかもしれない。

 そこでタケルは、警察はもちろん、キャロルの他のメンバーにばれないように死体を隠すことにした。それが今夜のことで、この森の奥なら隠す場所があると思って死体を移動していたら、僕に出会ったということだった。

「とりあえずさ、こいつをどうにかしようぜ」

 タケルは死体に手をかけると、僕に手伝うように促してきた。

 タケルは小柄だし、僕も変わらない体格だから死体を運ぶのに二人がかりでも骨が折れる作業だった。頼りない懐中電灯の明かりだけで、ふらふらと運び続ける。頭がおかしくなりそうなくらい、色んなことが頭の中をぐちゃぐちゃにかき回していた。

 ――捕まったらどうなるんだろう?

 もし、運悪く警察に見つかったら僕はどうなるんだろう。人を殺したんだから、ごめんなさいではすまないはず。一生刑務所に入ることになったら、もうレナには会えないかもしれない。

 そう考えたところで、僕はレナのサンダルのことを思い出し、片腕で辛そうに死体を抱えているタケルに話しかけようとした時だった。

 突然、僕の足が地につかなくなった。そのせいで大きくバランスを崩し、タケルも一緒になってバランスを崩した。

 なにが起きたかわからないまま、闇に飲まれるように地面に引きずり込まれる。一際大きく音を立てて死体が滑り落ちていくのを見て、崖に気づかないまま足を踏み外したとわかった。

「タケル、大丈夫?」

 崖から這い上がり、辛うじて滑り落ちないでいるタケルを引っ張り上げる。タケルはよろよろと立ち上がると、懐中電灯で崖下を照らした。

「俺は大丈夫だけど、こいつはヤバいぜ」

 タケルが崖下を見つめたまま、弱々しく呟いた。ここから崖下まではほぼ垂直で十メートルくらいはある。とてもじゃないけど、下りて死体をどうにかするのは無理だった。

「とりあえず、このまま見つからないことを祈るしかないな」

「祈るって、見つからずにすむの?」

「俺にもわかんねえよ」

 まずい状況に慌てる僕に、タケルが肩を落とした。どう考えても、このまま見つからないですむのは絶望的だった。

 でも、そのことを僕もタケルも口にはしなかった。具体的に言葉にするのが怖かったんだと思う。いつか警察やキャロルのメンバーに見つかってしまうだろう。そうなったら、僕もタケルも終わりだと思った。

「帰ろうか」

 どうすることもできずに立ちつくしていると、タケルが慰めるように肩を叩いてきた。このままここにいても仕方がないので、頷いて引き返そうとした時だった。

 ふと、なにかが聞こえてきた気がした。最初はわからなかったけど、風音に紛れて聞こえたのは、確かにレナの声だった。

「レナの声がする」

 一向に歩き出さない僕を見かねて戻ってきたタケルに、レナの声が聞こえてきたことを伝える。と同時に、レナのサンダルのことを伝えると、タケルは驚いたように目を見開いた。

「まさか、奥にいるのか?」

 タケルが懐中電灯を森の奥へと向けた。照らされるのは藪や樹木ばかりだけど、その先にレナが隠れているような気がした。

「行こう」

 タケルに呼びかけて走り出すと、タケルも後をついてきた。声が聞こえてきた方向を慎重に調べながら、更に奥へと足を踏み入れた時、懐中電灯の明かりが草陰に横たわる姿を捉えた。

「レナ!」

 見覚えのある金髪のツインテールに鼓動が高鳴った僕は、ようやく出会えたレナに向かって走り出した。

 藪やでこぼことした足場に転びそうになりながらも、こみ上げてくる嬉しさに任せて全力で走り続けた。

「レナ」

 草むらに横たわるレナに呼びかける。目のやり場に困るくらい、裸に近い姿で寝ているレナの肩をそっと揺らしてみる。レナの両手には手錠がしてあった。力任せに引っ張ってみたけど、頑丈な鎖はびくともしなかった。

「レナ、僕だよ、蒼空だよ」

 全く反応のないレナに、僕はちょっとだけ強く体を揺さぶった。なぜかわからないけど、僕の両目からはいつの間にか涙が溢れていた。

「タケル、レナは爆睡してるみたいだね」

 無理矢理笑顔を作って追いついてきたタケルに話しかける。けど、なぜかタケルは困惑した表情で固まっていた。

「蒼空、レナは寝てるんじゃなくて――」

「寝てるんだよ!」

 タケルが最後まで言い切るのを妨害するように、僕は声を荒げてタケルを睨んだ。

「レナ、起きてよ。もう大丈夫だから、一緒に帰ろうよ」

 レナの両肩を激しく揺さぶりながら、何度もレナに呼びかける。そんな僕をタケルが制止してきたけど、僕は言うことを聞かない駄々っ子のように、その手を振り払った。

「蒼空、やめろよ!」

 更にレナを揺さぶろうとした僕に、タケルが厳しい一声を浴びせてきた。その声にびくついた僕は、必死で目をそらしていた現実と向き合うことになり、そのまま地面に崩れ落ちた。

「あんまりだよ……」

 草むらを強く握りしめ、僕は沸き上がる怒りと悲しみを声にのせた。

「レナがなにしたって言うんだよ! なんでこんな目に遭わないといけないんだよ!」

 溢れる怒りを声に乗せて、力の限りに地面を殴りつけた。拳から血が滲んでもやめなかった。ただ、これが現実なんだと思うだけで、胸が引き裂かれそうで辛かった。

「蒼空、これが現実なんだよ」

 だらりと両腕を垂らしたまま、タケルが虚ろな表情で呟いた。

「これが、俺たちの現実なんだよ! 親にも社会にも見捨てられ、存在さえしていない俺たちの、これが現実なんだよ!」

 タケルはそう叫ぶと、声高く笑い始めた。

 タケルがおかしくなったのかなと思ったけど、両目から垂れ落ちる涙を見て、おかしくなったわけじゃないとわかった。

 物言わぬレナの体を抱き起こし、冷たい身体を力の限りに抱きしめた。

 これが僕らの現実なんだと、改めて思い知らされた。

 これが、大人たちが作った世界から外れた僕らの、誤魔化しようのない現実だった。