今日はレナの体探しについて、木村と打ち合わせの約束をしていた。昼休みになり、木村に誘われて学食に向かうと、なぜか京香が席取りをしていた。学校ではどんなに接点があっても関わろとしない京香だけに、この状況はあまりにも意外だった。
「俺がセッティングしたんだ」
自販機でコーヒーを買ってきた木村が僕の肩を叩いた。確か木村は、京香にアタックして玉砕したはず。以来、京香はなんとなく木村を避けていた。だから、たとえレナの件とはいっても、木村の誘いに応じたことには二重の驚きだった。
「つっ立ってないで座れよ」
木村が京香の対面に座って手招きする。空いている椅子は木村か京香の隣だけ。一瞬迷ったけど、京香が隣の席の椅子を引いたからそこに座ることにした。
僕が座ると同時に、どこからともなくレナが現れて木村の隣に座った。そのことを木村と京香に話すと、木村は笑いながらレナによろしくと右手を差し出していた。
「さて、みんな揃ったところで俺から新たな情報を話そうと思う。まず、病院に運び込まれた村井蒼空だけど、事件直後から意識はあって命に問題はないらしい」
木村が兄から仕入れた情報によると、村井蒼空は事情聴取に応じてはいるけど、話すことは自分のことばかりで、事件はもちろん、タケルやレナについては完全に黙秘しているとのことだった。
「所持品の生徒手帳から身元が判明したらしいけど、家は焼け落ちているから、そこからレナやタケルの情報は引き出せないみたいだな。今は交友関係を手当たり次第に探っているようだけど、やっぱり思うようには進んでいないらしい」
今のところ警察もマスコミも、レナの交友関係を調べて回ってるけど、誰もが頑なに口を閉ざしているという。特にレナについては、しゃべったら間違いなく援交で捕まるから、たとえ知っている人がいても表に出ることはないのだろう。そんな状況に、木村の兄もまさにお手上げだという。
「なあレナ、亡くなった時のことを詳しく教えてくれない?」
木村の話はそこで一旦区切り、レナの体を探す本題へとシフトする。レナはあまり亡くなった場所を覚えていないらしく、亡くなった状況から辿っていく必要がありそうだった。
「君が亡くなる前に一緒にいた男の人っていうのは知り合いなの?」
僕が尋ねると、レナは右手の人差し指を振りながら目を閉じた。
「あんまり知らない人。ていうか、初めて出会ったばかりかな」
なにを勘違いしているかはわからないけど、レナはなぜか誇らしげに説明した。
「いや、ドヤ顔の場面じゃないんだけど」
その場違いな態度に呆れてツッコミを入れる。京香が横目で睨みつけ、レナが頬を膨らませて睨んできた。
「ただ、入れ墨からキャロルのメンバーだったってことはわかるかな」
レナは頬杖をつきながら、重要なことをさらりと口にした。
「今、キャロルのメンバーって言った?」
僕の言葉に、レナはあっさりと頷いた。それとは対照的に、キャロルという言葉に木村と京香のコーヒーを飲む手が止まる。無理もなかった。この町に住む人なら、キャロルという少年ギャングの悪名は、一度は耳にしたことがあるからだ。
「もしかして、レナはキャロルのメンバーとトラブったのか?」
木村の顔から血の気が引くのがわかった。多分、僕の顔も同じようになっているはず。できればではなく、絶対にキャロルのメンバーとは関わるながこの町のルールだからだ。
「トラブってなんかないんだけど。一緒に遊びに行って、寝ちゃったら死んじゃっただけなんだけど」
レナが不愉快そうに頬を膨らます。けど、世間ではそれをトラブったと言うんだと、熱を込めて説明してやった。
風向きが一気に怪しくなってきた。いくらレナの体を探してやるといっても、亡くなった背景にキャロルが関わっているなら、僕らの手に負える話ではなかった。
「ねえ、レナちゃん」
話は一気にお流れムードになりかけたけど、意外にもこの状況で口を開いたのは京香だった。
「レナちゃんは自分の体がどこにあるかはなんとなく覚えてる?」
京香の問いに、レナは腕を組んで考え込んだ後、なんとなくだけならと答えた。
「亡くなった時のことは覚えてる?」
この問いには、レナはすぐに首を横に振った。ジュースを飲んだ後から意識がないと笑った。それを通訳しながら、僕はどう考えても事件に巻き込まれているとしか思えず、頭痛を抱えるはめになった。
「そっか」
京香は僕の通訳に目を閉じて頷くと、瞼を開いて意志のこもった瞳を向けてきた。
「レナちゃんは、キャロルのメンバーと知り合ってすぐに亡くなっている。だから、それほどキャロルのメンバーとは関係はないと思うの」
無表情の中にも、微かに意志を表情に表しているようにも見えた。僕に対しては徹底して鉄仮面を貫いていた京香が、いつ以来かぶりに感情を向けたような気がした。
「だから、レナの体を探したいの?」
京香の変化に戸惑いながらも、京香の意志を確認してみる。京香は黙って頷いたけど、そこにははっきりとした意志が感じられた。
「まあ、京香ちゃんの言うことはあながち間違いじゃないかもしれないな。レナの体を探すだけだし、ヤバくなったら警察に連絡すればいいし、やってやれなくもないと思う」
黙って聞いていた木村が、やれやれといった感じに京香へ助け舟を出す。確かに、体を探すだけだから直接キャロルのメンバーと関わることはなさそうだった。
「いけるとこまでいって、ヤバくなったら別の方法を考えてみよう」
一呼吸置いて自分の意志をみんなに伝えた。返事は聞かなくても決まっていた。レナのために、木村も京香もやるだけのことはやろうという気持ちを瞳に浮かべていた。
そんな二人の為に、レナから情報を聞き出していく。レナは亡くなった日の夜、キャロルのメンバーに誘われてエリアOO1へと車で向かっていた。エリアOO1といえば、地元では有名なヤバい場所で、キャロルの溜まり場として有名ないわくつきの場所だった。
そんなヤバいエリアに向かう途中、渡されたジュースを飲んで意識を失い、気がつくと幽霊になって森の中をさ迷っていたという。
「キャロルの溜まり場になってるダム周辺までは行ってないと思うから、多分、手前の森の中で死んじゃったと思う」
レナは相変わらず他人事のようにあっけらかんと説明していた。それを木村と京香に通訳しながら、マップアプリでおおよその位置を特定していった。
予想される場所がいくつかある中、キャロルの溜まり場へ続く道と車で行けるという条件で絞り込んでいったところ、ダム手前に横道へとそれる道があり、その先が一際深い森になっている場所を見つけた。
「ここを調べてみよう」
「だな」
僕の言葉に、木村が決まりとばかりに頷いた。京香も頷きはしたけど、その表情はあまり冴えていなかった。
「どうかしたの?」
「こんなところで一人でいるって思ったら、なんだか悲しくなって」
京香が無機質な声で答えると、また微かに表情を曇らせた。
そんな京香のそばに、いつの間にかレナが移動していた。
「姉ちゃんに、手を握っていいか聞いてよ」
レナが屈託のない笑顔を浮かべて通訳をお願いしてくる。京香の様子を見て慰めようとしているみたいらしい。
京香にレナが手を握りたがっていると伝えると、京香はぎこちない動きで右手をテーブルの上に伸ばした。
「やっぱ姉ちゃんは天然やね」
隣に移動していることを知らない京香に、レナが呆れたようにため息をつく。僕は笑いを堪えて隣にいると伝えると、京香はレナに向けて両腕を広げながら微笑んでみせた。
そんな京香に、レナは恥ずかしそうにしながらも腕の中に飛び込んでいった。見た目は不格好な抱擁だけど、レナは嬉しそうに京香の胸に顔を埋めていた。
「姉ちゃんたちに、もっと早く会いたかったな」
京香に擬似的に抱かれたままのレナが、顔を上げて消えそうな声で嘆いた。その表情は笑っていたけど、どこか寂しい影が漂っていた。
「俺がセッティングしたんだ」
自販機でコーヒーを買ってきた木村が僕の肩を叩いた。確か木村は、京香にアタックして玉砕したはず。以来、京香はなんとなく木村を避けていた。だから、たとえレナの件とはいっても、木村の誘いに応じたことには二重の驚きだった。
「つっ立ってないで座れよ」
木村が京香の対面に座って手招きする。空いている椅子は木村か京香の隣だけ。一瞬迷ったけど、京香が隣の席の椅子を引いたからそこに座ることにした。
僕が座ると同時に、どこからともなくレナが現れて木村の隣に座った。そのことを木村と京香に話すと、木村は笑いながらレナによろしくと右手を差し出していた。
「さて、みんな揃ったところで俺から新たな情報を話そうと思う。まず、病院に運び込まれた村井蒼空だけど、事件直後から意識はあって命に問題はないらしい」
木村が兄から仕入れた情報によると、村井蒼空は事情聴取に応じてはいるけど、話すことは自分のことばかりで、事件はもちろん、タケルやレナについては完全に黙秘しているとのことだった。
「所持品の生徒手帳から身元が判明したらしいけど、家は焼け落ちているから、そこからレナやタケルの情報は引き出せないみたいだな。今は交友関係を手当たり次第に探っているようだけど、やっぱり思うようには進んでいないらしい」
今のところ警察もマスコミも、レナの交友関係を調べて回ってるけど、誰もが頑なに口を閉ざしているという。特にレナについては、しゃべったら間違いなく援交で捕まるから、たとえ知っている人がいても表に出ることはないのだろう。そんな状況に、木村の兄もまさにお手上げだという。
「なあレナ、亡くなった時のことを詳しく教えてくれない?」
木村の話はそこで一旦区切り、レナの体を探す本題へとシフトする。レナはあまり亡くなった場所を覚えていないらしく、亡くなった状況から辿っていく必要がありそうだった。
「君が亡くなる前に一緒にいた男の人っていうのは知り合いなの?」
僕が尋ねると、レナは右手の人差し指を振りながら目を閉じた。
「あんまり知らない人。ていうか、初めて出会ったばかりかな」
なにを勘違いしているかはわからないけど、レナはなぜか誇らしげに説明した。
「いや、ドヤ顔の場面じゃないんだけど」
その場違いな態度に呆れてツッコミを入れる。京香が横目で睨みつけ、レナが頬を膨らませて睨んできた。
「ただ、入れ墨からキャロルのメンバーだったってことはわかるかな」
レナは頬杖をつきながら、重要なことをさらりと口にした。
「今、キャロルのメンバーって言った?」
僕の言葉に、レナはあっさりと頷いた。それとは対照的に、キャロルという言葉に木村と京香のコーヒーを飲む手が止まる。無理もなかった。この町に住む人なら、キャロルという少年ギャングの悪名は、一度は耳にしたことがあるからだ。
「もしかして、レナはキャロルのメンバーとトラブったのか?」
木村の顔から血の気が引くのがわかった。多分、僕の顔も同じようになっているはず。できればではなく、絶対にキャロルのメンバーとは関わるながこの町のルールだからだ。
「トラブってなんかないんだけど。一緒に遊びに行って、寝ちゃったら死んじゃっただけなんだけど」
レナが不愉快そうに頬を膨らます。けど、世間ではそれをトラブったと言うんだと、熱を込めて説明してやった。
風向きが一気に怪しくなってきた。いくらレナの体を探してやるといっても、亡くなった背景にキャロルが関わっているなら、僕らの手に負える話ではなかった。
「ねえ、レナちゃん」
話は一気にお流れムードになりかけたけど、意外にもこの状況で口を開いたのは京香だった。
「レナちゃんは自分の体がどこにあるかはなんとなく覚えてる?」
京香の問いに、レナは腕を組んで考え込んだ後、なんとなくだけならと答えた。
「亡くなった時のことは覚えてる?」
この問いには、レナはすぐに首を横に振った。ジュースを飲んだ後から意識がないと笑った。それを通訳しながら、僕はどう考えても事件に巻き込まれているとしか思えず、頭痛を抱えるはめになった。
「そっか」
京香は僕の通訳に目を閉じて頷くと、瞼を開いて意志のこもった瞳を向けてきた。
「レナちゃんは、キャロルのメンバーと知り合ってすぐに亡くなっている。だから、それほどキャロルのメンバーとは関係はないと思うの」
無表情の中にも、微かに意志を表情に表しているようにも見えた。僕に対しては徹底して鉄仮面を貫いていた京香が、いつ以来かぶりに感情を向けたような気がした。
「だから、レナの体を探したいの?」
京香の変化に戸惑いながらも、京香の意志を確認してみる。京香は黙って頷いたけど、そこにははっきりとした意志が感じられた。
「まあ、京香ちゃんの言うことはあながち間違いじゃないかもしれないな。レナの体を探すだけだし、ヤバくなったら警察に連絡すればいいし、やってやれなくもないと思う」
黙って聞いていた木村が、やれやれといった感じに京香へ助け舟を出す。確かに、体を探すだけだから直接キャロルのメンバーと関わることはなさそうだった。
「いけるとこまでいって、ヤバくなったら別の方法を考えてみよう」
一呼吸置いて自分の意志をみんなに伝えた。返事は聞かなくても決まっていた。レナのために、木村も京香もやるだけのことはやろうという気持ちを瞳に浮かべていた。
そんな二人の為に、レナから情報を聞き出していく。レナは亡くなった日の夜、キャロルのメンバーに誘われてエリアOO1へと車で向かっていた。エリアOO1といえば、地元では有名なヤバい場所で、キャロルの溜まり場として有名ないわくつきの場所だった。
そんなヤバいエリアに向かう途中、渡されたジュースを飲んで意識を失い、気がつくと幽霊になって森の中をさ迷っていたという。
「キャロルの溜まり場になってるダム周辺までは行ってないと思うから、多分、手前の森の中で死んじゃったと思う」
レナは相変わらず他人事のようにあっけらかんと説明していた。それを木村と京香に通訳しながら、マップアプリでおおよその位置を特定していった。
予想される場所がいくつかある中、キャロルの溜まり場へ続く道と車で行けるという条件で絞り込んでいったところ、ダム手前に横道へとそれる道があり、その先が一際深い森になっている場所を見つけた。
「ここを調べてみよう」
「だな」
僕の言葉に、木村が決まりとばかりに頷いた。京香も頷きはしたけど、その表情はあまり冴えていなかった。
「どうかしたの?」
「こんなところで一人でいるって思ったら、なんだか悲しくなって」
京香が無機質な声で答えると、また微かに表情を曇らせた。
そんな京香のそばに、いつの間にかレナが移動していた。
「姉ちゃんに、手を握っていいか聞いてよ」
レナが屈託のない笑顔を浮かべて通訳をお願いしてくる。京香の様子を見て慰めようとしているみたいらしい。
京香にレナが手を握りたがっていると伝えると、京香はぎこちない動きで右手をテーブルの上に伸ばした。
「やっぱ姉ちゃんは天然やね」
隣に移動していることを知らない京香に、レナが呆れたようにため息をつく。僕は笑いを堪えて隣にいると伝えると、京香はレナに向けて両腕を広げながら微笑んでみせた。
そんな京香に、レナは恥ずかしそうにしながらも腕の中に飛び込んでいった。見た目は不格好な抱擁だけど、レナは嬉しそうに京香の胸に顔を埋めていた。
「姉ちゃんたちに、もっと早く会いたかったな」
京香に擬似的に抱かれたままのレナが、顔を上げて消えそうな声で嘆いた。その表情は笑っていたけど、どこか寂しい影が漂っていた。