「って、なんで君がそこにいるの?」
懐中電灯に照らされたハナが、立ち上がって手を振っていた。
「秀一さん、誰かいるの?」
僕の言葉で、京香は誰かいることを察したみたいだ。もちろん、京香にはハナの姿は見えないから、誰がいるかまではわかっていないようだ。
「ちょっと知っている女の子がいる」
「なるほど」
僕が幽霊を視ることができることを知っている京香は、そう呟いただけで状況を飲み込んでくれた。
「で、ハナはそこでなにしてるの?」
「なにって、見ればわかるでしょ? 兄ちゃんたちが来るのを待ってたの」
「待ってたって、じゃあハナはレナなの?」
一瞬、思考が混乱しかけたけど、なんとか状況を飲み込んでハナに聞いてみた。
「そういうこと」
ハナは悪びれた様子も見せないまま屋根から飛び降りると、僕の前に仁王立ちして笑顔を浮かべた。ハナというのはやっぱり偽名で、本名はレナだと改めて自己紹介してきた。
「じゃあ、タケルのことは知ってたの?」
「知ってたよ」
別に誇るところじゃないのに、レナは満足そうに腰に手をあてて胸を張った。その軽いノリに、僕は呆れて声が出なかった。
「どうした? 兄ちゃん」
「いや、色々聞きたいことがあるんだけど、なんかどうでもよくなってきた」
「ちょっと、それどういう意味?」
なんでも聞いてくれと言わんばかりに耳を寄せていたレナが、僕の言葉にずっこけたかと思うと、今度は怒りを露にして睨んできた。
「なにしてるの?」
そんなやりとりの半分しかわからない京香が、当然のことを聞いてくる。その為、僕はレナとの関係やタケルとのやりとりを盗み聞きしていたことを説明した。
「色々と忙しい奴なんだよ」
そう締めくくると、レナが「なにか馬鹿にしてない?」とさらに睨んできた。
「そっか。とりあえず、よろしくね」
話を聞き終えた京香は、特に驚くこともなく誰もいない空間に向けて手を差し出した。
「この怖い姉ちゃん、もしかして天然?」
僕の隣に移動していたレナが、僕の耳もとで微かに囁いた。
「いや、意外と真面目にやってると思うよ」
レナの耳もとで密かにそう返すと、レナは声を殺して笑い始めた。
「それより、事情を聞かせてくれないかな?」
「事情?」
一頻り笑ったレナを見て、僕はようやく本題に入ることにした。
「タケルが探している女の子は、君で間違いないんだよね?」
「そうだよ」
「だとしたら――」
とそこまで口にして、僕は単純なことに今さらながら気がついた。レナが幽霊だということは、レナは既に亡くなっていることになる。
「レナちゃんは、もう亡くなってるんだね」
どう話をするか迷っていたところに、京香が僅かに悲しげな表情を浮かべて呟いた。その表情は、タケルを想ってのことだろう。必死で探していた女の子が亡くなっているとタケルが知った時の悲しみを、京香は案じているみたいだった。
「うん、死んじゃってるけど?」
京香や僕の気遣う空気などどこ吹く風で、レナは他人ごとのようにあっけらかんとしていた。
「とりあえずさ、色々と質問していいかな?」
気遣う必要はなさそうだったから、僕は気を取り直して事情を聞くことにした。
「レナはタケルの友達だよね?」
「そうだよ。まあ正確には、蒼空の友達の友達になるかな。私と蒼空は元々の友達で、タケルは最近知り合った奴になるかな」
レナの話によると、タケルと知り合ったのは二、三ヶ月前ぐらいのことで、夜の公園をふらふらしていたところを、蒼空が声をかけて仲良くなったという。
「まあタケルの家も蒼空と同じくらいひどかったから、自然と仲良くなったって感じ。あいつらは、まるで兄弟みたいに仲良いんだ」
兄弟という言葉に少しだけ胸が疼いた。その変化を悟られないように、ちょっとだけ息をのんだ。
「それで、タケルたちは何故あんな凶行に及んだの?」
「うーん、世界を変えたかったからかな」
レナの口からも、タケルと同じ言葉が出てきた。ここまでくると、世界を変えたかったという言葉には、なにか重要な意味があるようにしか思えなかった。
「世界を変えたかったってのは、レナを警察に見つけてもらう為ってことなのかな?」
「私を見つける?」
「タケルたちは、いなくなったレナをずっと探していた。警察にも相談したけど相手にされなかったから、タケルたちは警察官を銃撃したと僕は考えてる。銃撃した理由は、タケルも蒼空も世間にはほとんど知られていないから、警察は必ず二人と接点のあるレナを探すと考えたから。どう? あたってる?」
僕は自分が立てた推理をレナに披露してみた。僕の推理に、一瞬だけ京香が意外な顔をしてみせたけど、その表情はすぐに無表情に戻っていった。
「当たりって言いたいけど、ちょっと違うかな」
僅かに考えるような仕草を見せたレナだったけど、その残念そうな表情を見る限り、僕の推理は外れたみたいだ。
「お巡りさんに私を見つけてもらうというのは間違いないとは思うんだけど、本当の目的とはちょっと違ってるかな」
「本当の目的?」
「そう。あいつらは、私を探す為だけにお巡りさんを撃ったわけじゃないと思うよ。だって、本当の狙いは別にあるからね。まあその狙いってのが、あいつらが言ってる世界を変えることになるんだけどね」
レナが腕を組んで思わせぶりに説明する。警察にレナを探してもらう以外に目的があるとしたら、タケルはなにを狙っているんだろうか。
不意に、木村の言葉が脳裏に浮かんだ。木村も、単にレナを探す為だけに警察官を銃撃したようには思えないと言っていた。
「その目的は教えてくれないんだね? というより、タケルたちはレナが死んでいることは知ってるの?」
「知らないと思うよ。それに、あいつらの目的も教えてあげてもいいんだけど」
レナはそこで口を閉ざし、顎に手をあてて考えにふけるような態度を示した。
「そうだ! 兄ちゃんにお願いがあるの。そのお願いを叶えてくれたら、教えてあげるよ」
しばらく黙り込んでいたレナが、両手を叩いて満面の笑みを浮かべながら取引を提案してきた。
「私の体を見つけてくれない? タケルは、多分私が死んだって言っても信じないと思う。だから、私の体を見つけて死んでるってことを公表して欲しい。そしたら、あいつらの目的も教えてあげる」
レナが提案してきた内容に、僕はすぐに返答するのを避けた。確かにタケルのあの勢いだと、レナが死んでいると言っても信じない可能性が高い。
とりあえず、レナの話を京香に説明すると、京香も考え込むかのように僕の話に黙って頷くだけだった。
「レナちゃん、どうして亡くなったの?」
しばらく目を閉じていた京香が、目を開けて誰もいない空間に向かって質問を投げた。
「姉ちゃん、絶対わざとやってるでしょ」
レナはため息つきながらも、ゆっくりと京香の目の前に移動した。
「男の人たちと遊んでたら、いつの間にか意識を失って、で、気づいたら死んでた」
レナの淡々とした説明に、かえって嫌な感じしか受けなかった。話を聞く限りでは、レナはいい死に方をしていない。下手したら、事件性のある死に方をしてる可能性が強かった。
「レナちゃん」
一通りレナの説明を京香にすると、京香は怒りを露にした顔で冷たくレナの名前を呼んだ。
「女の子なんだから、自分の体は大切にしないと駄目だよ」
京香の張りのある声に、レナが顔をひきつらせながら一歩後ろに下がった。
「この姉ちゃん、やっぱめっちゃ怖いんだけど」
弾けるように僕のもとに戻ってきたレナが、取り乱したように僕に助けの手を求めてきた。
「レナちゃん、これからは自分の体は大切にすること。いい? わかった?」
京香が、再び誰もいない空間に向かって説教した。ただ、その顔には甘える千夏を諭す時のような温かさに溢れる優しい眼差しがあった。
「もう体はないんだけどね」
肩を震わせて縮こまっていたレナが、困ったように笑いながら呟いた。
「ねえ、兄ちゃん」
一度うつむいたレナが、僅かに緊張したような顔を僕に向けてきた。
「姉ちゃんに、その、心配してくれてありがとうって、伝えてくれる?」
レナは恥ずかしそうに顔を背けながら、たどたどしい口調でお願いしてきた。
「私、こんな風に心配されたことないからさ、その、嬉しかったって伝えてよ」
「わかった」
レナの恥ずかしがる姿がおかしくて笑いそうになったけど、レナに呪われそうなくらい睨まれたから、なんとか飲み込んで堪えた。
京香にレナの気持ちを伝えると、京香は誰もいない空間に笑顔を向けた。
「秀一さん、とりあえず今日は終わりにして、明日レナちゃんの体を探しに行こうか」
予想通りの京香の言葉に、僕は黙って頷いた。いずれにしても、レナの体が見つからない限りはタケルの問題も解決しないだろう。
見つけたらちゃんと教えるようにとレナに念を押すと、レナは喜びながら右手の親指を立てて僕に向けてきた。
懐中電灯に照らされたハナが、立ち上がって手を振っていた。
「秀一さん、誰かいるの?」
僕の言葉で、京香は誰かいることを察したみたいだ。もちろん、京香にはハナの姿は見えないから、誰がいるかまではわかっていないようだ。
「ちょっと知っている女の子がいる」
「なるほど」
僕が幽霊を視ることができることを知っている京香は、そう呟いただけで状況を飲み込んでくれた。
「で、ハナはそこでなにしてるの?」
「なにって、見ればわかるでしょ? 兄ちゃんたちが来るのを待ってたの」
「待ってたって、じゃあハナはレナなの?」
一瞬、思考が混乱しかけたけど、なんとか状況を飲み込んでハナに聞いてみた。
「そういうこと」
ハナは悪びれた様子も見せないまま屋根から飛び降りると、僕の前に仁王立ちして笑顔を浮かべた。ハナというのはやっぱり偽名で、本名はレナだと改めて自己紹介してきた。
「じゃあ、タケルのことは知ってたの?」
「知ってたよ」
別に誇るところじゃないのに、レナは満足そうに腰に手をあてて胸を張った。その軽いノリに、僕は呆れて声が出なかった。
「どうした? 兄ちゃん」
「いや、色々聞きたいことがあるんだけど、なんかどうでもよくなってきた」
「ちょっと、それどういう意味?」
なんでも聞いてくれと言わんばかりに耳を寄せていたレナが、僕の言葉にずっこけたかと思うと、今度は怒りを露にして睨んできた。
「なにしてるの?」
そんなやりとりの半分しかわからない京香が、当然のことを聞いてくる。その為、僕はレナとの関係やタケルとのやりとりを盗み聞きしていたことを説明した。
「色々と忙しい奴なんだよ」
そう締めくくると、レナが「なにか馬鹿にしてない?」とさらに睨んできた。
「そっか。とりあえず、よろしくね」
話を聞き終えた京香は、特に驚くこともなく誰もいない空間に向けて手を差し出した。
「この怖い姉ちゃん、もしかして天然?」
僕の隣に移動していたレナが、僕の耳もとで微かに囁いた。
「いや、意外と真面目にやってると思うよ」
レナの耳もとで密かにそう返すと、レナは声を殺して笑い始めた。
「それより、事情を聞かせてくれないかな?」
「事情?」
一頻り笑ったレナを見て、僕はようやく本題に入ることにした。
「タケルが探している女の子は、君で間違いないんだよね?」
「そうだよ」
「だとしたら――」
とそこまで口にして、僕は単純なことに今さらながら気がついた。レナが幽霊だということは、レナは既に亡くなっていることになる。
「レナちゃんは、もう亡くなってるんだね」
どう話をするか迷っていたところに、京香が僅かに悲しげな表情を浮かべて呟いた。その表情は、タケルを想ってのことだろう。必死で探していた女の子が亡くなっているとタケルが知った時の悲しみを、京香は案じているみたいだった。
「うん、死んじゃってるけど?」
京香や僕の気遣う空気などどこ吹く風で、レナは他人ごとのようにあっけらかんとしていた。
「とりあえずさ、色々と質問していいかな?」
気遣う必要はなさそうだったから、僕は気を取り直して事情を聞くことにした。
「レナはタケルの友達だよね?」
「そうだよ。まあ正確には、蒼空の友達の友達になるかな。私と蒼空は元々の友達で、タケルは最近知り合った奴になるかな」
レナの話によると、タケルと知り合ったのは二、三ヶ月前ぐらいのことで、夜の公園をふらふらしていたところを、蒼空が声をかけて仲良くなったという。
「まあタケルの家も蒼空と同じくらいひどかったから、自然と仲良くなったって感じ。あいつらは、まるで兄弟みたいに仲良いんだ」
兄弟という言葉に少しだけ胸が疼いた。その変化を悟られないように、ちょっとだけ息をのんだ。
「それで、タケルたちは何故あんな凶行に及んだの?」
「うーん、世界を変えたかったからかな」
レナの口からも、タケルと同じ言葉が出てきた。ここまでくると、世界を変えたかったという言葉には、なにか重要な意味があるようにしか思えなかった。
「世界を変えたかったってのは、レナを警察に見つけてもらう為ってことなのかな?」
「私を見つける?」
「タケルたちは、いなくなったレナをずっと探していた。警察にも相談したけど相手にされなかったから、タケルたちは警察官を銃撃したと僕は考えてる。銃撃した理由は、タケルも蒼空も世間にはほとんど知られていないから、警察は必ず二人と接点のあるレナを探すと考えたから。どう? あたってる?」
僕は自分が立てた推理をレナに披露してみた。僕の推理に、一瞬だけ京香が意外な顔をしてみせたけど、その表情はすぐに無表情に戻っていった。
「当たりって言いたいけど、ちょっと違うかな」
僅かに考えるような仕草を見せたレナだったけど、その残念そうな表情を見る限り、僕の推理は外れたみたいだ。
「お巡りさんに私を見つけてもらうというのは間違いないとは思うんだけど、本当の目的とはちょっと違ってるかな」
「本当の目的?」
「そう。あいつらは、私を探す為だけにお巡りさんを撃ったわけじゃないと思うよ。だって、本当の狙いは別にあるからね。まあその狙いってのが、あいつらが言ってる世界を変えることになるんだけどね」
レナが腕を組んで思わせぶりに説明する。警察にレナを探してもらう以外に目的があるとしたら、タケルはなにを狙っているんだろうか。
不意に、木村の言葉が脳裏に浮かんだ。木村も、単にレナを探す為だけに警察官を銃撃したようには思えないと言っていた。
「その目的は教えてくれないんだね? というより、タケルたちはレナが死んでいることは知ってるの?」
「知らないと思うよ。それに、あいつらの目的も教えてあげてもいいんだけど」
レナはそこで口を閉ざし、顎に手をあてて考えにふけるような態度を示した。
「そうだ! 兄ちゃんにお願いがあるの。そのお願いを叶えてくれたら、教えてあげるよ」
しばらく黙り込んでいたレナが、両手を叩いて満面の笑みを浮かべながら取引を提案してきた。
「私の体を見つけてくれない? タケルは、多分私が死んだって言っても信じないと思う。だから、私の体を見つけて死んでるってことを公表して欲しい。そしたら、あいつらの目的も教えてあげる」
レナが提案してきた内容に、僕はすぐに返答するのを避けた。確かにタケルのあの勢いだと、レナが死んでいると言っても信じない可能性が高い。
とりあえず、レナの話を京香に説明すると、京香も考え込むかのように僕の話に黙って頷くだけだった。
「レナちゃん、どうして亡くなったの?」
しばらく目を閉じていた京香が、目を開けて誰もいない空間に向かって質問を投げた。
「姉ちゃん、絶対わざとやってるでしょ」
レナはため息つきながらも、ゆっくりと京香の目の前に移動した。
「男の人たちと遊んでたら、いつの間にか意識を失って、で、気づいたら死んでた」
レナの淡々とした説明に、かえって嫌な感じしか受けなかった。話を聞く限りでは、レナはいい死に方をしていない。下手したら、事件性のある死に方をしてる可能性が強かった。
「レナちゃん」
一通りレナの説明を京香にすると、京香は怒りを露にした顔で冷たくレナの名前を呼んだ。
「女の子なんだから、自分の体は大切にしないと駄目だよ」
京香の張りのある声に、レナが顔をひきつらせながら一歩後ろに下がった。
「この姉ちゃん、やっぱめっちゃ怖いんだけど」
弾けるように僕のもとに戻ってきたレナが、取り乱したように僕に助けの手を求めてきた。
「レナちゃん、これからは自分の体は大切にすること。いい? わかった?」
京香が、再び誰もいない空間に向かって説教した。ただ、その顔には甘える千夏を諭す時のような温かさに溢れる優しい眼差しがあった。
「もう体はないんだけどね」
肩を震わせて縮こまっていたレナが、困ったように笑いながら呟いた。
「ねえ、兄ちゃん」
一度うつむいたレナが、僅かに緊張したような顔を僕に向けてきた。
「姉ちゃんに、その、心配してくれてありがとうって、伝えてくれる?」
レナは恥ずかしそうに顔を背けながら、たどたどしい口調でお願いしてきた。
「私、こんな風に心配されたことないからさ、その、嬉しかったって伝えてよ」
「わかった」
レナの恥ずかしがる姿がおかしくて笑いそうになったけど、レナに呪われそうなくらい睨まれたから、なんとか飲み込んで堪えた。
京香にレナの気持ちを伝えると、京香は誰もいない空間に笑顔を向けた。
「秀一さん、とりあえず今日は終わりにして、明日レナちゃんの体を探しに行こうか」
予想通りの京香の言葉に、僕は黙って頷いた。いずれにしても、レナの体が見つからない限りはタケルの問題も解決しないだろう。
見つけたらちゃんと教えるようにとレナに念を押すと、レナは喜びながら右手の親指を立てて僕に向けてきた。