朝に占拠された()のお城は夕方にはすっかり伊月(いつき)さんの軍の人たちで埋め尽くされた。

那美(なみ)どの、少し落ち着いた。これからそなたをタカオ山に送っていく。高龗(たかおかみ)の護符をもらったので、龍神へ帰還の報告もせねば。」

「はい。ありがとうございます。」

伊月(いつき)さんは私を黒毛に乗せ、自身も私の後ろに乗った。
「黒毛、久しぶり。無事でよかったね。」

私は黒毛を撫でた。
私たちの周りを10人くらいの騎馬隊が護衛した。
城下町に出ると、町の人たちがひと際大きな歓声を上げて市中を駆け抜ける鬼武者(おにむしゃ)に手を振った。

鬼武者(おにむしゃ)天晴(あっぱれ)!」

鬼武者(おにむしゃ)、色男!」

などと、皆が叫んでいた。
人々の喧噪を抜けて伊月(いつき)さんはタカオ山の神殿に入った。
手習い所(てなら じょ)の皆、オババ様、夕凪(ゆうなぎ)ちゃん、八咫烏(やたがらす)さんが出迎えてくれた。

那美(なみ)ちゃん、お帰りー!数珠(じゅず)は回収しといたよ!」

「あー、夕凪(ゆうなぎ)ちゃん、ありがとう。見つからなかったらどうしようって、とても心配してたの。ホッとしたー!」

「おめでとうございます!」

と、小雪(こゆき)ちゃんも、お(せん)さんも、涙をたたえながら走り寄って来た。

那美(なみ)様が連れ去られて、オババ様以外、皆、心配していました!」

「そうです。オババ様は一人飄々(ひょうひょう)とされてて…。」

私はオババ様を見てホッとする。

「オババ様、無事で何よりです!」

「無事も何も、あのカムナリキを封じる術式もワシが作ったものだからな。」

「そうだったんですか!?」

「ああ。むろん術式の解き方も知っている。」

(まこと)生田(いくた)は阿呆だな。あのへんな水の化け物をオババ様と思って話しかけておった。」

―― 伊月(いつき)さんにもあれはスライムに見えたんだ。

伊月(いつき)さんが呆れたように言うと、オババ様が、ガハハハッと笑った。

「オババ様、私、オババ様のこと、ちょっと心配してたんですよ!いきなり水の化け物になって!」

「オヌシがワシを心配などと、千年早いわ!」

那美(なみ)どの、この婆さんは殺しても死なんぞ。」

伊月(いつき)さんが真顔で言ったので、思わず笑ってしまった。

「さて、ご龍神に戦勝の報告をしよう。」

伊月(いつき)さんは連れてきた騎馬隊に言って、皆で手を洗い、口を洗い、玉串(たまぐし)を奉納した。
オババ様が八咫烏(やたがらす)さんに言いつけて、酒を持ってきて、伊月(いつき)さんと騎馬隊をねぎらった。

伊月(いつき)、乾杯の音頭を取れ。」

オババ様が言うと、伊月(いつき)さんは皆の前で立ち上がった。

手習い所(てなら じょ)の皆、そなたたちのお陰で、民を傷つけることなく、生田(いくた)をとらえることができた。一滴の血も流さずに、このような巨城の門が開いたことは、タマチの歴史に一度たりともない。これより生田(いくた)に代わり、()を治める者として、そなたたちの人権を守ると、ご龍神の御前で誓う。誠に、何とお礼を申していいか分からぬ。」

そういって、皆に深々と頭を下げたので、手習い所(てなら じょ)の女性たちがびっくりして騒ぎ出した。

「さて、感謝を込めて、乾杯!」

そう伊月(いつき)さんが言うと、皆お酒を飲んで、伊月(いつき)さんたちにお祝いを言った。
伊月(いつき)さんたちはまだまだ忙しい、ちょっと一杯お酒を飲んだら、もう行かなくちゃいけないみたいだった。

「ここには那美(なみ)どのを送り届けに来ただけなので、我らはこれで失礼する。」

そういって、伊月(いつき)さんが立ち上がると、他の兵士たちも馬の準備をする。
伊月(いつき)さんが黒毛に乗る瞬間、私にこっそりと、「明日、会いに来る」と、言った。
馬で駆けていく兵士たちを皆で見送って、騎馬隊が見えなくなる。
その瞬間、手習い所(てなら じょ)の女性たちがワっと私の周りを囲んだ。

「まさか、あの鬼武者(おにむしゃ)那美(なみ)先生の恋のお相手だったなんてー!」

「まさか、あの鬼武者(おにむしゃ)豊藤(とよふじ)家の嫡男だったなんてー!」

那美(なみ)先生!豊藤(とよふじ)様はああ言っておられましたけど、誰も傷つかずに城が開いたのは那美(なみ)先生の案のお陰です!」

「そうですよ、題して、鬼武者(おにむしゃ)いめえじあっぷ作戦でしたっけ?」

那美(なみ)先生と、豊藤(とよふじ)様の愛の力です!」

「何て、素敵なの!」

(せん)さんはまだ涙を浮かべている。

「まさか、豊藤(とよふじ)家のご子孫とは思いませんでした。生田(いくた)()の国主になってからというもの、土着(どちゃく)()の民は、ずっと(しいた)げられていました。でも、やっと、伊国(いこく)の民が伊国(いこく)の民らしく生きていけるようになると思います。」

この日、伊月(いつき)さんたちは、生田(いくた)の血縁者で隠れたり、逃げ出したりした者たちの捜索を開始した。

犠牲者がほぼいなかったせいか、戦があったとは思えないほど、()の国の人たちはすぐに日常が戻ってきた。

少し違ったのは、生田(いくた)のために働いていた役人の長たちが捕らえられて、代わりに伊月(いつき)さんの配下の人たちが市中を見回った。

伊月(いつき)さんはこれから()の治安維持のために、法を変えるというお触れを出した。

伊月(いつき)さんはまだまだ忙しそうだったが、城下町では城をあげての戦勝会になった。

亜城(あじょう)を占拠した鬼武者(おにむしゃ)こと、豊藤(とよふじ)軍は、亜城(あじょう)の蔵を開け、貯蔵してあった酒と食料を出して、()の民にふるまった。

市中のお祭り騒ぎは一晩中続いていたらしい。