タカオ山は不可侵領域とはいえ、追い詰められた生田が何をやらかすかわからんぞ、とオババ様が言った。
「窮鼠猫を噛むというからな。特に生田は生への執着が強い。それに、あいつ、阿呆だからな。」
だからタカオ山に避難した女性と子供たちも、念のため武装した。
オババ様はどこに隠し持っていたのか、大量の具足を女性と子供たちに配った。
そして、槍、薙刀、刀、短刀なども配った。私もスタンガンを配った。
「具足って、結構重いですね。」
私はこのところずっとタカオ山に行き来している八咫烏さんに話しかける。
「まあ、ここまで兵が来ないと思うが、念のため、だ。」
「和睦交渉はどうなるんです?」
「ここまで来て伊月が生田と和睦なんてするもんか。もう王手はかけた。このまま生田家を滅ぼさないと後腐れが残るだろ。」
「…そうですよね。」
「それにしても、この短期間での快進撃は見ものだったな。」
八咫烏さんは目を輝かせている。
「亜国の主要な将軍たちも、伊で殺されて、生田を守るやつはもう、黒田くらいしかいねえ。他の役人も腐りきってるしな。」
「生田は敗走してきた兵士を亜の城に入れなくて、見捨てちゃったって聞きました。そして、その兵士たちが皆伊月さんに助けられ、伊月さんの軍に加わって、今では生田に歯向かっているって聞きました。」
「ああ。生田は阿呆だな。この後に及んで亡命先を探しているみたいだぞ。」
「亡命先、あるんですか?」
「ないだろ。あんなやつ受け入れても何の益にもならん。籠城するしかないだろ。」
「籠城できないでしょう? 民衆は城門を開ける気満々ですよ。」
「そうか。それは那美たちのお陰だな。笑えるな。」
八咫烏さんは西の空を見た。
「伊国もあっという間に奪還して、もうすぐ亜国も伊月の物になるな。やっぱりあいつは大した男だな。」
「八咫烏さんって、伊月さんのこと、そう思ってたんですか? いつも憎まれ口しか言わないのに。」
「俺があいつに憎まれ口を言うのは女がらみだけだ。あいつが堅物で不器用すぎるからそこを指摘するだけだ。だが…」
八咫烏さんは私を見てふっと笑った。
「その櫛、お前ら、夫婦になる約束でもしたのか?」
「あ…」
私は伊月さんにもらったつげの櫛にそっと触れた。
「はい。まぁ。」
八咫烏さんは、良かったなと一言いうと、交渉の様子を見て来ると言って飛び立った。
―――
予想通り、生田と伊月さんの和議交渉は成立しなかった。
鬼武者は亜の国主の首を所望した。
亜の軍を警戒して、タカオ山の神殿で寝起きしている手習い所の女性たちと食事をしているところに、八咫烏さんがやって来た。
人間姿の八咫烏さんが来ると、手習い所の女性たちが色めき立つ。
―― やっぱイケメンパワーすごいな
「那美、民衆が城門を開け始めた。」
「本当ですか?」
「ああ。和睦交渉が上手く行かなかったとわかり、進んで生田の首を差し出すつもりだ。役人もそれに乗じている。」
「良かった!じゃあ、もう、伊月さんたち、入ってきてます?」
「城門に向かって行軍を始めた。民は歓迎しているぞ。」
わっと手習い所の女性たちも歓喜の声を上げた。
「生田が国主じゃなくなったら清々するわね。」
と言い合っている。
「生田はまだ亡命する気ですか?」
「無理だな。城の周りは伊月の軍に完全に包囲されていて、ウサギ一匹通れない。生田は完全につんだ」
すると、そこに吉太郎が飛んできた。
「那美、不思議な女が山に来た。那美を探している。」
「もしかして、逃げてきた人かもしれない。私、見てきます。どこ?」
「手習い所だ。」
「待て。」
オババ様が引き留めた。
「嫌な予感がする。私も行く。それから、これを飲み込め。」
オババ様は私にとても純度の高い雷石のカムナの玉を渡した。
「飲み込むんですか?」
「ああ。常に肌身離さず付けておらねばいざと言う時にカムナリキを使えん。」
―― なるほど。
いつも数珠にとして雷石を身につけてはいるけど、そういうの、奪われたら終わりだもんね。
酒呑童子の侵入の時に学んだことだ。
私は雷石の玉を飲み込んだ。
オババ様と一緒に手習い所に行ってみると、そこには淡い橙色の薄衣を頭にかけて、顔を隠している女性がいた。
しきりに手習い所の中を覗き込んでいる。
「あの、何か御用ですか?」
私が声をかけると、その人は小さい声で、那美様を探しているんです、と言った。
「私が那美です。あなたは誰?」
そういうと、その人が頭にかけていた薄衣をバッとはがした。
―― 男?
私が気づいた瞬間、女装をしていた男が私とオババ様に網のようなものをかけた。
脱出しようとすると網が絡まって余計に身動きが取れなくなる。
カムナリキを出そうとしたけど、それが出来なかった。
―― ど、どうして?
気が付くと私たちは覆面をした集団に囲まれてた。
「この網にはカムナリキを抑え込む術式が施されておるな。」
と、オババ様は冷静に分析している。
「カムナの玉らしきものはすべて取り上げろ。」
予想通り、男たちは私の数珠を奪って、その場に投げ捨てた。
―― 伊月さんからもらったものなのに…絶対許さない。
「連れていけ。」
そのまま縄で縛られた私とオババ様は男たちに連れて行かれる。
「さっさと歩け!」
―― え!?
でも、よく見ると、男たちはオババ様のような形をした、スライムのようなものを捕縛して連行している。
―― え?オババ様、どこに行ったの?どういうこと?
だけど男たちにはそれがオババ様に見えているらしく、オババ様だと思って疑わないようだった。
―― もしかして、分身の術? 私にはスライムにしか見えない!
私がキョロキョロすると、遠く、神殿の屋根の上に座っている本物のオババ様が見えた。
―― って、ニヤニヤしながら手を振ってる? 行ってこいってこと?
―― 私は助けてくれないの? 大丈夫ってこと???
私はわけがわからないままも、抵抗できずにそのまま連れて行かれてしまった。
―――
連れて行かれた先は亜の城の中、本丸だった。
まずは黒田のもとに連れて行かれ、次に黒田が私を生田のもとに連れて行った。
自分の国が大変な状況って時に、生田は女性を何人も侍らせている。
「捕まえました。」
「よし。今は、雷が使えんのだな?」
「はい、この網にカムナリキ封じの術がかけてあります。」
そういって確認すると、生田は私に近寄って来た。
そのまま、扇子を振り上げて、私の頬をぶった。
「民を焚き付けやがって、何のつもりだ!」
私は、自分にかけられた網の術式を皮膚に感じ、術式が弱い所を見つけた。
そこから、自分のカムナリキを放出させる。
バチバチっと火花が散って、生田の足に少しだったが当たった。
「いた! あちちち!」
生田は足をバタバタさせた。
「黒田!この網はカムナリキを封じるのではなかったか!?」
「申し訳ありません! 強度が弱いようで。」
「強度の強い物はないのか!」
私はこの主従が言いあっている間に、またカムナリキを術式が弱い所に流し込んだ。
「く、黒田! また、やっておるぞ! 何とかしろ!」
「足枷を持て!」
黒田の家臣が足枷を持って来て、それを私の右足に付けた。
―― うっ…さすがにこれは強い。
私は右足に痛みを感じた。
足枷にもカムナリキ封じの術式がかかっている。
網よりもずっと強い。
そこから術式が全身に回って、力が入らない。
「タカオどのも今日はやけに大人しいな!」
生田はオババ様の身代わりのスライムに話しかけている。
その姿はかなり滑稽だ。
「おい、那美とやら! 何がおかしい!」
生田がまた私の頬を扇子でぶとうとした。
そこに伝令がかけてきた。
「豊藤軍がすぐそこまで来ております!」
「な、な、何だと!?」
本丸ののぞき穴から生田が外を見て、震撼している。
「く、黒田! ぼ、亡命先はどうなっておる!」
「どこも受け入れません。ここを出れば豊藤の軍に捕まるか、江の国の捕虜になるか、もしくは加の国で殺されるかにございます。八方ふさがりにございます。」
「ど、どうするのだ! この俺が殺されるのか? 黒田!」
「そうならないために人質を取りました。ひとまずこの二人がおれば、すぐに殺すということはないでしょう。時間稼ぎくらいはできるかと。」
「もし、豊藤がこの二人の命を意に介さない時はどうなるのだ。」
「その時には、ご覚悟なさいませ。」
「覚悟とは! 覚悟とは何だ!」
「豊藤に打たれるより、自刃なさった方が良いかと。」
「馬鹿を申せ!」
生田の足がガタガタと震えている。
私は自分自身に失望していた。
―― ここまで来て、伊月さんのお荷物になりたくないのに…。なんで捕まっちゃったんだろう。
「な、亜の兵は、民は、交戦せんのだ! なぜ易々と豊藤に道を開けておる!」
ぎゃあぎゃあとわめき散らす生田に黒田もいちいち答えるのを辞めたようだ。
「殿、女どもを逃がしますか?」
「な、何故だ! 私が今まで目をかけてやった女たちだぞ!」
「最後のお情けをかけてやっては…」
「うるさい!」
生田が侍らせていた女たちは泣き始めた。
それを聞いて、うるさい、うるさいと、生田は女たちを足蹴にしはじめる。
―― 本当、下衆だな。
黒田は私にかけていた網を外した。
「何をしておる!?」
「この足枷があれば大丈夫です。網の方が強度が弱いようですので、タカオ殿に二重にかけようかと。」
そう言って、私にかかっていた網をオババ様のスライムにかけた。
そうこうしていると、軍隊の足音がどんどんと近づいてくる。
生田は慌てふためき、今にも泣きそうな形相になった。
―― いい気味すぎるな
そして、鎧甲冑の重々しい足音が、ズンズンと部屋の前まで来て止まった。