「今日の殿は、いつになく苛立っておられるな。」
堀は魔獣に切り込んでいく伊月を見た。
普段あんな戦い方をされないのに、何か、苛立ちを発散させているかのような太刀筋だ。
伊月の鬼のような戦いぶりのおかげで、魔獣の討伐は早々に終わった。
「なぜ殿は、あんなにむきになっておられたのだ?」
堀が源次郎に聞くと、那美様のことでしょうと言う。
「主はここの所、内藤の事と、於の国情の調査で忙しくされておりました。那美様も何か忙しそうにしておられ、旅から戻って以来お二人の時間がないのでございますよ。」
「そういうことか。」
「今日、久しぶりに那美様がお見えになられて、ようやくお部屋でお二人になられたのに、そこにこの魔獣の知らせが…。」
「ああ、だからあんなにも魔獣に怒りをぶつけておいでだったのか。納得だ。」
「堀!」
伊月が堀を呼んだ。
「はい、殿。」
「今夜はここで野宿する。魔獣は倒したが、ついでに八咫烏の調査にも協力する。」
「は。」
八咫烏はここ最近、人の居住区によく出てくる魔獣の様子を調べているらしかった。
天幕を張り、外で皆で飯を食べていると、八咫烏が飛んできた。
「この1里先に別の魔獣の巣窟を見つけた。ついでにそいつらもどうにか出来るか。」
「ああ。明日の朝一番に見に行こう。」
伊月は短く言うとサッサと天幕に入り、寝た。
「あいつはどうしたのか?」
八咫烏が堀に聞く。
「深刻な那美様不足に陥っておられる。旅から戻って来てからお二人の時間がないのだそうだ。」
「はっ。そんなことか。」
「しかし、おかしなものだ。殿は以前ずっとあんな感じだった。那美様と出会われる前はずっとあのように眉根をひそめておられて、私たちも特別にそれを気にしなかったものだ。」
「確かにな。那美が変えたのだな。あの堅物不器用男を。」
八咫烏はため息をつきながら、明日は少し伊月に加勢してやるか、と思った。
――――
次の日。
源次郎が亜城の門番に魔獣討伐隊の帰還を伝えている時に、那美がそこにいるのが見えた。
八咫烏から、伊月が怪我をしたと聞いたと、血相を変えている。
―― 八咫烏もなかなかやるな。
源次郎はそう思いつつも、心から心配している那美のことを少し気の毒に思った。
源次郎は隊に戻り、堀に言った。
「那美様がお出迎えだ。」
「おぉ。それは良いな。」
伊月は門を入るとすぐに那美を見つけた。
心配そうに伊月に駆け寄っていく那美はいかにも健気だった。
「鬼の面具を付けていても、デレデレ顔なのがわかるようだ。」
堀が源次郎に言うと、源次郎はうんうん、と頷いた。
雨が降ってくると、伊月はすぐに清十郎に那美を屋敷まで送って行くように言った。
「源次郎どの、私は那美様を屋敷にお届けする。そのままオババ様に今夜那美様が屋敷にお泊りになることを伝えに行く。」
そういって、清十郎がさっと消えた。
「聞きましたか?」
源次郎が目を輝かせて堀を見る。
「聞いた! しばらくは殿の機嫌も直るだろうな!」
城での帰還報告を手短に終えて、家に帰ると、すっかり機嫌を直した伊月は嬉しそうに、そしてまっさきに那美のもとへと行った。
那美が夕飯を作ってくれ、皆でそれを食べている間も伊月はデレデレだった。
夕飯の後は、伊月と二人で仲睦まじく、ずっと話しをしているらしい。
談笑する声が伊月の部屋から聞こえてくる。
「あの主のデレデレ顔はどうかと思いますが、那美様がいらっしゃると飯も美味いし、主の機嫌はいいし、屋敷の中が華やぎますね。」
源次郎が清十郎に言うと、清十郎は笑った。
「それにしても、健全なご関係のようだな。」
「そうなのですよ。今日も那美様の布団は客間に敷けと仰いました。どれだけ奥手なのですか。」
「大切になさりたいのだろう。」
「しかしあの、デレデレした締まりのない顔は…」
「良いではないか。しかし、それに比べ平八郎は複雑そうな顔だったな。」
「ああ、あれは旅から帰ってきてから余計にこじらせております。きっと旅の間、那美様のことをますます慕うようになったのではないかと... 本人は自分の気持ちにもまだ気づいておらんでしょうが。」
「そうか。若いな。」
「ですね。」
「ところで、あの、主の部屋にある面妖な狐の人形だが…。」
「あぁ、旅の土産物らしいですが。あれがどうかしましたか?」
「夕凪どのに頼んで那美様の着替えを取りに行ってもらったのだが、その時に那美様の部屋がちらっと見えた。」
「それで?」
「那美様の部屋にも同じ人形があった。」
「え? 何でしょうかね? 何かのまじないか何かですかね。」
奇妙なことをなさる、と二人は言い合って、酒を飲んだ。